5話:ミラルダは激怒する(追放者サイド)
王立魔術学院アステリアス――学長室
「どういう事だ!?」
醜いヒキガエルのような女――ミラルダが唾を飛ばしながら、目の前で縮こまった教頭に対し激怒する。
「いえ……それが……その……例の【無能の魔女】が……たった一日でCランクに昇格したという噂が流れていまして……当校に問い合わせが殺到しているのです。【無能の魔女】というのは間違いではないかと……」
「ちゃんとあの小娘を使わないようにって各所に通達したのだろ!? なんで冒険者になっているんだ!!」
「どうも裏魔術師としてソロでダンジョンに挑んだそうで……」
「だったらなんでこんな短期間でCランクに上がるんだよ! おかしいだろ! Cランクなんて才能ある奴でも普通は一年以上は掛かるんだぞ!!」
「そう言われましても……ギルドマスターのベアルに魔術師協会を通して厳重抗議をしたのですが……〝実力と他の冒険者達の推薦を考慮した結果そうなった、お前らの評価なぞ知らん〟の一点張りでして……」
教頭の言葉で、ミラルダは顔を真っ赤にした。まるで自分の決定が間違っているみたいではないか。
それは絶対にあってはならない事だ。
「あの熊親父が……!!」
教頭は、更に報告せねばならない事があって、それを口にしようかしまいかで迷っていた。だが、ここで言わなかったところで、いずれ分かることだ。
「それと……ラッセル先生が」
ミラルダはなぜここで、あの生意気な小娘の担当講師であったラッセルの名前が出てくるのか、が不思議だった。
「ラッセルがどうした?」
「それが……辞表を出しました」
「どういうことだ!! すぐにここに呼べ!!」
「それがもう今朝出て行かれました。もう、学院長の横暴にはついていけな――」
教頭の言葉の途中でミラルダが手をデスクへと叩き付けた。その巨体から繰り出された一撃はデスクを叩き割る。だが、当然前衛職ではないミラルダはそのせいで手を負傷し、だらだらと血を流していた。
だが、激昂しているせいで痛みに気付いていない。
「あの野郎が……!! 誰のおかげで魔術師として最高峰の仕事であるアステリアスの講師に抜擢されたと思っているんだ!!」
「ラッセル先生は人気の講師で、貴族達からの寄付金が増えたのも彼のおかげです……正直かなり手痛いですよ……金づるの貴族令嬢達もこぞって退学申請をしてきていますし……あんな理由で魔女の烙印押されたらたまらんですからな」
「全部却下だ!! ラッセルは縛ってでも連れ戻せ!」
「そんな無茶な……そんな事したら貴族に目を付けられますよ」
「知るか!! いいからやれ!!」
教頭は溜息をついた。そもそも、ラッセルを顔が良いだけで講師に抜擢したのはあんただろうが、と思ったが口にはしない。もちろん、実力もあったからこそ人気講師になったので、それは良かったのだが……扱いが雑すぎた。特に彼が特別、目を掛けていた生徒をただの嫉妬だけで追放するなんて馬鹿げている。
しかしそれを考えても仕方ない。この怒りが自分に向かないようにするしかないのだ。
教頭はニヤリと笑ってミラルダへとこう言ったのだった。
「ラッセル先生ですが……あの【無能の魔女】に唆されて……という噂も。ほら、前々から庇っていましたし。もしやただならぬ関係なのかもしれませんな」
「アアアア!! あの小娘めええええ!!」
その後、ミラルダの激昂が収まるまで相当な時間がかかった。だがそれが収まったと同時に、デスクに叩き付けた手に激痛が走り、彼女はしばらくペンはおろか杖も握れない状態になったのだった。
そして結果として、ラッセルが学院に戻る事もなく、ミラルダの追放に恐れをなした貴族令嬢達が大量に退学した。
――名門である王立魔術学院アステリアスの、評判そして財政状況は悪くなっていく一方であった。
魔術学院の運営費の多くは貴族からの支援金で賄われていました。なので、貴族令嬢達は大事な客なのですが……無能の魔女の烙印を押されると、家門に傷が付くので、それを恐れて親が退学させたようです。
次話はそんな事は一切知らないヘカティ視点に戻ります。