表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彦根南高校文芸研究部 塩津拓也編 

彦根南高校文芸研究部 塩津拓也 高校一年生 春編

作者: さくらおさむ

久しぶりの投稿です。

彦根南高校文芸研究部 高月ちひろ 高校一年生 春編と同時投稿です。

どちらから先に読んでも楽しめる内容になっています。

相変わらず、短編小説なのに長々と書いてしまいました。

読んで頂けると有り難いです。

 太陽が眩しい。

 約九か月ぶりの外だ。

 十月とはいえ、まだまだ太陽は夏の日差しを示している。

 今思えばよく生きて退院する事ができたな。

 入院した時はもしかしたらこのまま死ぬと思っていた。

 

「拓也君、退院おめでとう」

「余呉さん、この度は本当にありがとうございます」


 俺塩津拓也(しおづたくや)余呉こまち(よごこまち)さんに深々と頭を下げた。

 なぜ、余呉さんにここまで頭を下げるのかというと、命の恩人だからだ。

 今年の一月、急に体調がおかしくなり病院に行ったら白血病と診断された。

 医者(せんせい)は「今は治療技術が向上しているから心配しなくてもいい」と言われたがどうしてもプラス思考にはなれない。

 とはいえ、入院しないわけにもいかないのでそのまま緊急入院になった。

 無菌室に入れられ、ただベッドの上で寝ている生活。

 仲の良い連れは高校受験でとても俺に構っている余裕などは無い。

 来たところで無菌室には入れないので意味が無い。

 先生は一度だけ来た。

 それは卒業証書を届けにだ。

 簡単な手紙でもいいから一言添えてくれてもいいと思う。

 所詮は公務員か。

 期待した俺がバカだったな。

 入院して七か月が経った。

 ノートパソコンの閉じて、外を見ながら考える。

 夏も終わりか。

 夏までには退院したかったな。

 それより生きて退院できるだろうか……。


「拓也、生きてるか?」


 そんな失礼な言いながらみき姉が入室して来た。

 無菌室に入室する為に除菌されたガウンと抜け毛が落ちないようにヘアキャップと万が一菌が感染しないように手袋をしていた。

 

「一応、生きてます」

「そうか。生きてるか」


 みき姉は憎まれ口しか叩けないのかね。

 今更、みき姉の性格を問いだしても無駄か。

 とっと用事を済ませて帰って貰おう。


「今日はどんな小説を持って来てくれたんだ?」

「恋愛ものだよ」


 珍しい。

 いつもなら、ミステリーか異世界ものどっちかなのに。

 透明のカーテンを小説が入った紙袋を渡してくれた。

 紙袋を持った。

 今回は十五冊ぐらいはありそうだ。

 

「執筆活動は順調かね?」

「まあまあかね」


 執筆活動というが俺は別に作家ではない。

 ただ小説投稿サイトで小説を書いているだけだ。

 最初、みき姉に知られた時は家族に知られてバカにされると思っていた。

 しかし、母さんとみか姉が来た時、その事は話題にすらならなかった。

 みき姉が次来た時に聞いたら「人の趣味をバカにする趣味は持ち合わせていないから」と軽くあしらわれた。

 どうやら、誰にも喋っていないようだ。

 そんな事を考えているとみき姉が喋る。


「今日はもう一つプレゼントを持ってきたの」

「プレゼント?」


 何をくれるんだと思っていたら、みき姉は一度退室した。

 すると、女性を一人連れて来た。

 見た目は二十代前半、みき姉と同い年だと思う。


「この人だよ」


 この人、いつから人種売買をするようになったんだ。

 と、言ったら間違いなく怒られそうなので止めた。


「みき姉、もう少し詳しく説明してくれ」

「えっと、実はこの人は拓也の命の恩人になる人です」


 あまりにも突然の事なので思考が一瞬止まってしまった。

 

「え、という事は……」

「そう。この人はドナーになってくれる人だよ」

「本当か?」

「本当だよ」


 それをドナーとなる女性に向かって言う。


「本当に骨髄を提供してくれるですか?」

「本当は抵抗感はあるですけど、塩津先輩に三か月も説得されましたからね」

「三か月も……」

「それだけじゃないよ。塩津先輩は色んな人達にドナーになってほしいと声を掛けていた。それだけでも半年近くも時間使っていたよ」


 俺はみき姉を見る。


「みき姉……」

「お礼は拓也が退院してからだよ」

「うん。みき姉の言う通りだね」

「あたしの事はいいから命の恩人になる人、余呉こまちさんにお願いしなさい」

「ああ、そうだった。余呉こまちさんに骨髄の提供をお願いします」


 俺は余呉こまちさんに深々と頭を下げた。


「いいよ。任せてね」

「すみません。もうそろそろ面会時間終了です」


 看護師が二人に退室を促すように言ってきた。

 いかんせん、無菌室なので一般病室と違って面会時間が非常に厳しい。

 

「はい、わかりました。余呉、行くか」

「はい。では拓也君、バイバイ」


 余呉さんは笑顔で手を振って部屋から出ていた。

 俺も余呉さんに手を振った。

 二人が退室した後、俺は天井を見る。

 助かるんだ。

 救われるんだ。

 死なないで済むんだ。

 そう思うと涙が出てきた。

 本当は随分前から涙が出そうだった。

 余呉さんがドナーになってくる事はもちろんの事、みき姉が自分の人脈を駆使してだドナーを探してくれた事に。

 でも、泣くところ見せたら一生この事を言われてしまう。

 なんとかギリギリ踏み止まることができて良かった。

 退院したら、何しよう?

 どこか遊びに行きたいな。

 親父には「受験生だから勉強しろ」と言われるかもしれないが三日ぐらいは自由にさせてほしい。

 さっきまで生きて退院できるのか心配していた奴の考えじゃないな。

 思わず笑ってしまう。

 ああ、早くその日が来てほしい。

 俺は切にその事を思った。

 そして今日はその日が来た。

 俺は背筋を伸ばした後言う。


「さて、何をしよう。まずはファーストフード店でハンバーガーでも食べようかな?」

「何を言っているの、家に帰るのが先でしょう」

「はいはい、わかりました」


 ファーストフード店に行こうしたら、母さんに止められた。

 仕方なく素直に言う事を聞いた。

 まあいい。ハンバーガーはいつでも食べられる。

 入院する前に比べたら死ぬまでの時間はかなりに先の延ばしになったのだから。

 家に着くと親父とみか姉とみき姉が出迎えてくれた。

 

「おう、拓也。帰ってきたか」

「「拓也、お帰り」」

「ただいま」


 何気ない言葉だが、今日に限っては嬉しいものを感じる。

 自分の部屋に入った。 

 綺麗に整理整頓された部屋。

 病院に行った時はそのまま入院したから散らかったままだったから、きっと母さんが掃除してくれたのだろう。

 それに関しては感謝している。

 だけど、隠していたDVDを机の上に置かなくてもいいだろう。

 その側にはメモがあった。


 拓也はこういう女の子が好きなんだね。拓也らしいと拓也らしいね。

 このDVDを参考にして女の子を扱っていると間違いなく嫌われるから止めときなよ。

 胸の大きさが女の子の全てじゃないだからね!


 と書かれていた。

 これは見たな。

 で、感想がこれか……。

 筆跡をみると一番上はみか姉で真ん中がみき姉とわかるが一番下がわからない。

 取りあえず、DVDを別の場所に隠しておこう。

 隠した後、一階に降りた。

 客間に行くと親父と母さん、みき姉、そして余呉さんが居た。

 テーブルには大きな桶に入った寿司が二つあった。

 

「やっと来たか。今日の主役なんだから、早く座れ」


 親父は顔を見るなり、座らすように促す。

 主役なんだから、後から来るのは普通じゃないのか。

 とはいえ、滅多に食べる事ができない寿司。

 下手に言って親父の機嫌を損ねるのは得策ではない。

 ここは素直に謝っておこう。

 

「ごめん。まさか、待っているとは思っていなかった」

「拓也、その辺のところ気を使えないともてる男になれぞ」

「わかった。気を付ける」

「それじゃあ、乾杯するか。拓也、乾杯の音頭を取れ」

「え? 俺?」

「当たり前じゃないか。主役のお前が音頭を取らなくて、どうするんだ」

「音頭って、何をするだよ?」

「この会する当たっての挨拶と感謝を言葉にして、最後に乾杯をすればいい」


 そんな事をさせるなら、家に戻る前に一言言ってほしいものだ。


「では、僭越ながら挨拶させてもらいます。この度は私は白血病になりまして、本当にご迷惑を掛けました。今こうして居られるのも、家族の皆様の看病してくれた事と余呉さんがドナーになってくれた事だと思います。本当にありがとうございました。この感謝の気持ちを忘れずにこれは生きていきたいと思います。それでは乾杯」

「乾杯!」


 俺が乾杯の音頭を取るとみんなも乾杯をしてくれた。

 正直、頭の中に浮かんだ言葉をそのまま言葉にしただけだから挨拶としてこれでいいのか心配したけど、親父達は納得しているみたいだからいいとしよう。

 家で食べる飯は上手い。

 寿司自体が上手いという事もあるが、家族で一緒に食べる飯が一番いい。

 そんな事を考えていると親父が俺に話し掛ける。


「拓也、これからどうするんだ?」

「これからって、何を?」

「お前の将来だよ。命が助かっただから、考えないといけないだろう」

「ああ、そうか」

 

 少し考えた後に言った。


「まずは高校進学の為に受験勉強する」

「どこ受験するんだ?」

「城西だね。あそこなら無理する事なく、合格できると思う」

「ねえ、彦根南に受験する気無い?」


 親父との会話に余呉さんが入ってきた。


「え、彦根南ですか?」

「そう。彦根南」

「彦根南は無理ですよ。滋賀県で二番目に偏差値が高い高校ですよ」

「でも、城西が無理なく合格できるなら、もう少し勉強すれば彦根南も合格できるよ」

「余呉さんが考えているもう少しは俺にとってはかなり勉強することになるですけど……」


 余呉さんに対しては恩義はあるが、さすがにこればかりは無理がある。

 レベルが違い過ぎる。

 国債格付けしているムーディーズに例えるなら、彦根南はAa1で城西はAa3と言ったところだ。

 たかが、ランクが二つ下がったと思うかもしれないがこの差は大きすぎる。

 

「入院中勉強はしていたでしょ?」

「まあ、やる事も無かったですからね」


 確かに勉強はしていた。

 けど、それは母さんに頼んで買って貰った城西の参考書やそれより偏差値が高い彦根南と瀬田高校の参考書で勉強しただけ。

 これだけで受験して合格するとはとても考えられない。


「うーん」


 どうやら、余呉さんは諦める様子はなさそうだ。

 

「じゃあ、一回テストしますか? いかに俺が実力無いかわかりますよ」


 ここは議論しているより、実際にテストをやって判断してもらった方がいい。

 

「そうだね、テストしてみよう。三日後、テストするけどいいかな?」

「いいですよ」


 余呉さんは俺の提案を素直に飲んでくれた。

 これで俺の実力がわかればさすがに諦めるだろう。

 そんな事を考えているとみき姉が余呉さんに話しかける。


「余呉、去年の彦根南の合格ラインは何点ぐらいなんだ」

「確か、八十四点ぐらいでした。でも、彦根南の入試の独自ルールがありまして一科目でも八十点以下があったら、その時点で不合格になります」

「ちょっと待って、みき姉。もしかして、余呉さんって彦根南の教員?」

「そうだよ。言っていなかったかな?」

「言っていないよ」

「そうか。じゃあ、覚えておいて余呉は彦根南の国語を担当している教員だ」


 取って付けたように説明したな。

 

「余呉さん、それってまずくない?」

「母さん、何がまずいの?」


 母さんは余呉さんに疑問を投げかけたが、余呉さんは寿司を食べていたので代わりにみき姉が対応した。


「だって、彦根南の教員が来年受験する人にテストする事って、後々不正扱いになって不合格になるじゃないの?」

「大丈夫でしょう」

「みきに聞いていない。余呉さんに聞いているの」


 確かに母さんの言う通りだ。

 なぜ、みき姉が答えるだろうか……。

 

「だって、私大学受験の時に第一志望している大学に在籍している学生から教えて貰って合格したけど、何も問題なく卒業した」

「教員と学生は立場が違うでしょう」


 どうやら、みき姉は根本から勘違いしているようだ。

 母さんは勘違いしているみき姉を無視して、余呉さんに聞いていた。


「余呉さん実際はどうなんですか?」

「試験問題を漏えいしない限りは問題は無いですよ。それに試験問題を作るのはベテラン教員の仕事ですからほとんど新人の私には関係無いですよ」

「うーん、それなら大丈夫かな」


 母さんは若干の不安を持ちながらも理解したようだ。

 結局は始めの話通りに三日後にテストすることになった。


 三日後、余呉さんが入試問題(余呉さんの手作り)を持って家に来た。

 客間のど真ん中に机と椅子が一つだけ置いてある。

 やるなら、できる限り本格的にやった方がいいという親父の考えだ。

 まあ、自分の部屋だと集中できないからそっちの方がいい。

 

「じゃあ、この通りの順番でやりますよ」


 そう言いながら余呉さんはA1サイズに書かれたスケジュールを見せた。

 国語、数学、社会、理科、英語という順番だ。

 それを襖に貼る。

 いいのか? 襖にそんな物を貼って。

 そんな疑問を感じながらもテストは始まった。


 午後三時半。

 全ての科目が終わった。


「じゃあ、採点するね。三十分後には結果が出るようにするね」


 それだけ言って客間から出た。

 俺は天井を見ながら安堵の息を吹く。

 そしたら、母さんがお茶とお菓子を持って入って来た。


「どうだった?」

「結構、難しかった」

「合格できそう?」

「わからない」


 別にこのテストで合格点を取っても意味が無いだけどな……。

 模擬入試とはいえ気になるだろうか……。

 

「拓也、入るぞ」


 今度は親父が入って来た。

 

「どうだ、テストは?」


 そんなに気になるものかね……。

 そんな事を考えながらも答える。

 

「結構、難しかった」

「じゃあ、大丈夫だな」

「何それ?」

「拓也が本当に駄目な時は何も喋らないからな」


 親父にそう言われ、考えてみるとだいたい合っている。

 普段、俺に関心が無さそうにしているけどやっぱりそれなりには関心はあったんだな。


「話は変わるが拓也バイクの免許を取れ」

「唐突だな親父」

「そんな事は気にするな」


 まあ、確かにいつもの事だから気にはしていない。

 

「もしかして、店を手伝わせる為に免許を取らせるのか?」

「当たり前じゃないか。学生じゃないだから働いてもらわないとな」

「誰も好き好んで高校浪人したんじゃない」

「拓也、取りあえず話を聞け」


 親父が真剣な顔して言うので俺は黙って聞くことにした。


「確かに拓也は不幸な目に遭った。だけどな、この一年いや正確には半年ぐらいか。ただ、高校受験の為の勉強していただけでは合格できないと俺は思う」

「どういう事?」

「拓也は病気だから大目に見てほしいと思うが受けられる高校側からしたらそんな事はただの言い訳にしかすぎない」


 親父にしては的を得た発言だ。

 更に親父は話を続ける。


「勉強も大事だがこの一年間で勉強以外で何か経験をしておいた方がいいと思うぞ」

「で、店で働けと」

「そうだ。最近、忙しいからな人手がほしい」

「それが本音か……」


 とはいえ、バイクショップが好評なのはなによりだ。

 元々は親父の趣味が高じて始めたバイクショップ。

 オープンした時は母さんはどうなる事だろうと心配していたが滋賀県では数少ない本格的な店のおかげもあって、湖東地域はもちろん湖北地域、嶺南地域まで固定客が居る。

 ツーリングでトラブルが発生した時のアフターケアも完璧な為、全国にも名が知られるぐらいの店になった。

 その結果、湖東地域と湖北地域のメーカー直営バイクショップを撤退まで追い込んだ。

 俺はそんな親父が羨ましかった。

 趣味の延長線上で仕事ができる。

 もちろん、それなりに苦労はあると思うがそれでも羨ましかった。

 そんな事を考えていると親父が呼ぶ。


「拓也、拓也。聞いているのか?」

「すまん、他所事を考えていた」

「親と話している時に他所事を考えるな」

「ごめんなさい」

「親の俺だから許すけど、世間では許されんぞ。覚えとけ」

「はい。覚えておきます」


 ここは素直謝っておこう。

 親父があの冷酷な口調で話す時は完全に逆鱗に触れた証。

 このまましておいたら、少なくとも家を追い出される。最悪、右上腕部の骨折は逃れることはできないだろう。

 

「親父、バイクの免許は取るけど、どこの教習所に行けばいいんだ?」

「バイクの乗り方なんか俺が教えてやる」

「そんなに簡単なものなのか?」

「簡単だ。自転車にエンジンが付いただけの事だ。一般人の運動神経があれば誰でも取れる」

「原付?」

「中免に決まっているだろう」


 だろうな。

 原付ぐらいでは店の手伝いなんてできるわけないからな。


「わかった。できるだけ早く取れるようにするよ」

「おう。期待しているぞ」


 それだけ言って、親父は客間を出た。

 結局、親父の口車に乗せられたか。

 まあ、親父もいろいろ考えた結果なんだろう。

 長期間入院していたから体力も筋力も普通の高校生に比べたら、かなり落ちている。

 現に普通に生活していても休憩を挟まないといけない。

 もちろん、体力作りの為に朝夕の筋肉トレーニングやウォーキング(本当はランニングをしたのだが、すぐに息が上がるのでできない)をしている。

 こうなると普通のアルバイトは無理だ。

 それを考えたら、親父の店なら多少の融通が利く。

 もちろん、限度はあるがな。

 その辺ところは注意しながら働けば大丈夫だろう。

 

「失礼します」


 申し訳なさそうに余呉さんが客間に入ってきた。


「余呉さん、普通に入って来てくれてもいいですよ」

「いや、拓也君とお父さんが真剣に話していたから入るタイミングが掴めなくて……」


 確かにあの話を傍から聞いていたら、真剣な話に聞こえるな。

 

「ところで採点は終わりましたか?」

「はい。十分ぐらい前に」

「早かったですね」

「拓也君だけだったし、それ以上に採点が楽でした」


 これだけ聞けば、だいたい想像が付く。

 俺の予想以上に結果が良かったか逆に悪かったかのどっちかだ。

 

「拓也君、テストを返しますから席に着いて下さい」


 まるで、生徒に向かって言う感じだ。

 あ、本職は先生なんだからそれは普通か。

 俺は先生の指示従って、席に着いた。


「では、塩津君。テストを受け取りに来て下さい」

「はい」


 取りに行かせるなら席に着かせないでほしい。

 そんな事を思いながらもテストを取りに行った。

 テストを受け取り、席に戻って見てみた。

 国語九十点、数学八十五点、社会八十八点、理科八十四点、英語八十五点だった。

 この結果を見て、取りあえず安心をした。


「塩津君、この点数なら名門塾の模擬テストならA判定が貰えますね。ですが、これに満足せずに常に向上心を保っていて下さい」

「はい。わかりました」

 

 うん、まだ十月だから更に成績を上げれる余地はあるな。

 確実に合格が取れるように頑張ろう。

 この日から平日昼間は店の手伝いとバイクの免許取得の為の勉強、夜は高校受験の勉強。

 週末は余呉さんが来て勉強を見てもらっていた。

 勉強勉強、また勉強。

 本当に休みが無い日々。

 だけど、これぐらいしないと現役高校受験生との差を埋めることができない。

 しかも、従兄弟の木之本真(きのもとまこと)君から聞いた話だと、来年度から彦根南高校は教科書を廃止してタブレットに一元化する事が決まり、競争倍率が一気上がったのも一つの原因だ。

 なぜ、タブレットを導入なったかというと政策の失敗があったからだ。

 数年前から校内暴力、非行、いじめ、落ちこぼれ、不登校、自殺等が起きるのは子供達にゆとりが無いからだと有識者が唱えて(無論、俺はそれだけが原因ではないと思っている)永田町の人達もその言葉を鵜呑みしてゆとり教育が始まった。

 勉強しなければバカになる。

 それは誰だってわかること。

 その結果、OECDの学習到達度が著しく落ちた。

 始めは参加国が増えたからだと有識者は言い訳していたが二回目調査も更に落ちた事でこれは間違いだったと永田町の人達もわかったようでゆとり教育を推奨していた有識者を排除して教育再生に乗り出した。

 その結果、教科書等が大きく分厚い物なってしまった。

 これには霞が関の人達も良くないと気付き、IT化を進める事になった。

 だが、いきなり全ての学校に導入は制度の不備と予算の関係できない。

 制度の不備はなんとかなるが問題は予算だ。

 東京都、大阪府、愛知県等の歳入に余裕がある所はいいがほとんどの道府県はギリギリか全く無いというのが現状だ。

 国は各都道府県に三校導入を希望しているが、道府県に依っては一校も導入できない所もあった。

 国と都道府県の協議の結果、各都道府県に最低一校は導入する事が決定。

 そして、その予算の全体の五分四は国、残り五分一は都道府県が負担する事も決定した。

 で、滋賀県は言うまでもないが一校が限界。

 そして県議会で彦根南高校に決まった。

 新しい物が大好きな滋賀県民。

 どうせ学ぶなら、最先端の教育システムがいい。

 その結果、滋賀県で偏差値が一番高い瀬田高校に行ける人達が彦根南高校に変更した為、競争倍率が激化してしまった。

 正直、これを知った時無茶な約束をしたなと思った。

 しかし、余呉さんに彦根南に進学を約束した以上はできる限りの事しないといけない。

 考えていても仕方ない。

 やるしかないだから。

 自分にそう言い聞かせて、勉強を始めた。


 そして三か月が過ぎた。

 

「ねえ、拓也君」

「……余呉さん、なんですか?」


 フレンドリーに話しかける余吾に対して、嫌な顔しながら対応する俺。


「どうしたの? そんな顔して?」

「じゃあ、どうしてこういう顔するか考えてみてください」

「うーん、わからない」


 全く考える事無く答えた。

 少し考えろ。

 そう。このいい加減な性格が嫌なのだ。

 始めはそんな事がなかったけど、一か月ぐらい経った時少しずつ性格のほころび出てきた。

 その頃はすぐに訂正していたが、それもだんだん無くなり、今は訂正する事をしなくなった。

 こっちが素の余呉なんだなと思っている。

 性格は簡単に直すことはできないのは理解できるが、一応他人なのでそれなり礼儀というのは大事にしてほしい。

 

「ねえ、拓也君」


 さっきと同じ口調で言う。

 仕方なく対応する。


「なんですか?」

「これなんだけど、手伝ってくれないかな?」


 そう言いながら、タブレットを差し出した。

 

「頑張って下さい」


 俺は対応する必要性が無いと判断して勉強を再開した。


「あん、そんな事言わないで! お願い、手伝って! 手伝って下さい!」

 

 最後には懇願してきたので俺は渋々対応する。

 

「俺、受験勉強のラストスパートを駆けないといけない時期なんですよ」

「それはわかっているよ。でも、どうしても拓也君に手伝ってもらわないとできないの」


 懇願する眼差しで俺を見る。

 溜め息を吐いて言った。


「……一時間だけですよ」

「ありがとう!」


 余呉はとびっきりの笑顔でお礼をした。

 本当にころころ顔が変わる人だな。

 

「で、何をすればいいですか?」

「このタブレットを設定したいだけど、マニュアルを見ても全然わからないの」


 余呉からマニュアルを借りて読んでみる。

 ああ、これはわかりづらい。

 なぜ、そう思わせたかというと専門用語だらけなのだ。

 これを製作した人はこの専門用語は知っていて常識という考えだろう。

 更に解説が所々飛んでいる。

 まるで、安売りしているテントの説明書みたいだ。

 

「これは確かに酷いな」

「でしょ! 常識を疑うマニュアルだよね」

「それでも、それを調べてでも設定しないと駄目でしょう」

「ええ、酷いよ」


 酷いとは言ったが余呉の怠慢は擁護をするつもりはない。

 幸い、自分でもわかる範囲だから、さっさと教えて勉強しよう。

 俺はマニュアルを見ながら、余呉にタブレットを設定させる。

 始めは真面目に取り組んでいたが、徐々に無駄口が出てきた。


「タブレットって、普通はipadじゃないの? 何でWindowsなの? せめて、Androidしてほしい」


 知るか。

 余呉の固定概念に興味ない。

 黙って設定しろ。

 と、言ってやりたいが言って話が長くなるのは得策ではないのでこの部分に関しては黙っていた。

 なんとか、一時間で設定を完了した。


「できた!」


 子供か。

 余呉のその姿に俺はただ呆れている。

 無駄口が無かったら、もう少し早く出来ていた。


「お疲れ様でした。では、お帰り下さい」

「ちょっと待て。今までの所のみんなに説明できるようにマニュアルを作って」

「……はい」


 俺は渋々、即興で作ったマニュアルを渡した。

 余呉が設定している時間を利用してマニュアルを作っていた。

 なぜ、作ったのかというと理由は二つ。

 一つ目はあのマニュアルでは間違いなく設定ができない。

 専門用語とある程度のパソコンの知識がある人じゃないとできない。

 二つ目は余呉の設定状況を見ていて、余呉が別の人にこれを説明できるとはとても思えない。

 それなら、ここで解りやすいマニュアルを作っておけば余呉も説明の練習もできる。

 我ながらお人好しだと思ってしまう。

 とはいえ命の恩人が困っている姿は見たくないからな。

 

「拓也君、ありがとう」


 余呉はそう言って俺の頬にキスをした。

 突然の出来事に動揺してしまった。


「何をしているですか?!」

「お礼のキスだよ」

「そこまでしなくてもいいです!」

「私にはそれだけしてもいいと思ったけどな」


 そう言いながら、首を傾げる。

 なぜ、傾げる。

 

「もしかして、女の子のキスされるのは初めて?」

「……初めてですね」


 余呉の質問に俺の記憶を掘り返してみると頬とはいえキスは初めてだ。

 

「もう一回してあげようか?」

「用事が終わったですから帰って下さい」

「ええ、もう少し居たい」

「約束の一時間はとっくに過ぎていますので帰って下さい」


 そう言って、余呉を部屋から追い出した。

 やれやれ、疲れる。

 余呉は俺の勉強を邪魔しに来たのか?

 彦根南高校に進学してほしいって、言うから勉強しているのに言ってきた本人が邪魔するか?

 気を取り直して勉強しよう。


 彦根南高校の入学試験の次の日。

 時間は朝の八時半、かなり遅い起床した。

 昨日まで朝の六時に起きて勉強していた。

 今日からそれをしなくてもいいと思うと俺は嬉しいと感じた。

 取りあえず、受験勉強は終わった。

 彦根南に合格できるかできないかは話は別として終わった事には間違いは無い。

 滑り止めの城西高校には既に合格しているので四月から高校生になれる。

 さて、今日は丸一日休み。

 どこ行こうかな?

 そう考えていたら、スマホが鳴った。

 画面を見ると余呉だった。

 仕方なく電話に出た。


「もしもし」

「拓也君、おはよう」

「おはようございます」

「昨日はお疲れさま」

「ありがとうございます」

「お願いがあるだけど、いいかな?」


 やっぱりか。

 普通、携帯にかけているなら「今、電話は大丈夫ですか?」の確認を取れないのかね。

 今さら、そんな事を言っても無理か。

 

「いいですけど、何ですか?」

「部屋の模様変えしたいだけど、手伝ってほしいな」

「いいですよ」

「ありがとう。十時ぐらいに私の家に来てくれるかな?」

「いいですよ」

「じゃあ、お願いね」


 それだけ言って電話が切れた。

 はあ、今日ぐらいは自由にしたかったな。

 でも、今日は無理と言っても後日に振り返るだけだと思う。

 結局はやる事になるから、それなら今日やった方がいい。

 面倒な事は早めに済ませるに限る。

 俺はそう言い聞かせて、身支度を始めた。


 十時十五分。

 俺は余呉の家に着いた。

 本当はもう少し早く着くこともできたが、早く着くと余呉に「そんなに早く来て、そんなに私に会いたかったの。もう可愛いだから」と言われそうな気がした。

 (しゃく)だから、わざと遅らせた。

 インターンホンを鳴らすとすぐに出てきた。


「いらっしゃい。さあ、上がって」

「お邪魔します」

 

 俺は余呉に招かれるまま家に入った。

 余呉は実家暮らし。

 郊外に家が建っているので、かなり広い。

 間違いなく、俺の(うち)の二倍はあるだろう。

 きっと、ここの家の人は相当稼いでいるだろうと、つい無粋な事を考えてしまう。

 そんな事を考えているうちに部屋の前に着いた。

 ドアを開けると蛻の殻(もぬけのから)だった。

 俺は不信がりながら、余呉を見る。

 それに勘付いたのか余呉は慌てて喋る。


「違うよ。からかっていないよ。この部屋は妹の部屋だったの。リフォームしたから、ここに住むことにしたの」

「そういう事ですか。わかりました、早速始めましょう」


 もっと早く言え。

 もういいや、とっとやって早く帰ろう。

 俺は余呉に対して、何も言う気が無くなっていた。

 隣の部屋のドアを開けた。

 和室だった。

 これでわかった。

 リフォームした部屋は洋室。

 いくら、ここで模様変えしても和室感が拭うことができない。

 それなら、空き部屋をリフォームした方がいい。

 

「何から運びます?」

「一番大きいベッドを運びましょう」


 ベッドを見る。

 傷一つ無い。

 余呉の雑な性格だったら、いろんな所に傷が有ってもおかしくないと思っていただけに意外だった。


「余呉さん、物持ちがいいですね」

「このベッド、先週届いたばかりなんだ」

「え?」


 余呉の発言に俺は怪訝そう口調で返事してしまった。

 すぐに怒鳴るように言った。


「リフォーム終わってから、ベッド買えばいいじゃないですか!」

「リフォームが終わったと同時にベッドが着く予定だっただよ。だけど、工期が遅れてベッドが先に来てしまっただよ」

「だったら、家具屋さんに頼んで工期が遅れているから、配達を延ばしてほしいって頼めばいいじゃないですか?!」

「あ、その手があったか」


 その言葉を聞いて、余呉は今気付いたという顔をした。

 いや、普通気付くだろう……。

 ただただ、呆れるだけだった。

 

「余呉さん、要らない毛布四枚有りますか?」

「何するの?」

「ベッドを移動させるのに必要なんです。お願いします」

「わかった。探してみる」


 そう言って、余呉は部屋を出ると思ったら立ち止まった。


「拓也君、白いタンスは開けたらダメだよ。特に一番下の引き出しは乙女の秘密が詰まっているから。絶対だよ」


 余呉は少しだけ顔を赤らめて言う。

 

「わかりました。開けませんので行ってください」


 対照的に俺は冷めた口調で言った。


「五分ぐらいかかるからね」

「戻って来るまでこの場から動きませんから、安心して行ってください」

「じゃあ、行ってくる」


 やっと行った。

 何が乙女の秘密だよ。

 下着が入っているだけでしょう。

 男兄弟だけの男なら多少は効果があるかもしれないけど、姉が二人居る俺にとってはなんでもないこと。

 本当に何がしたいだろう……。

 十分後。

 

「お待たせ。なかなか見つからなくて大変だった」


 多分、嘘だな。

 本当は五分、いや三分ぐらいで見つけていたはず。

 

「拓也君、タンス開けなかった?」

「開けてませんよ」


 俺は余呉の話を聞きながら、ベッドを移動させる準備をする。


「またまた、正直に言っていいだよ」

「開けてませんよ」

「もう嘘付かなくてもいいのに」


 余呉は一番下のタンスを開けた。

 そして、閉めた。


「本当に開けてないだね」

「だから、開けてませんよ」

「大人の女性がどんな下着を着けているか興味ないの?」

「それだったら、その手の動画を見ればいいだけの事です」

 

 余呉の意味不明の質問に適当に答えながらも準備の手は緩めない。

 余呉は不満そうな顔をしていた無視をした。

 

「できましたよ。余呉さん、運ぶのを手伝って下さい」

「うん、わかった。けど、これで大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。うちでもこうやって運んでいますから」


 余呉の心配するのも無理もない。

 床に毛布を引いて、その上にベッドを立てただけだからだ。

 でも、専門道具を使わずに人手を最小限に済ませるにはこれが最適なのだ。


「じゃあ、動かすよ」


 俺が言うと余呉は頷いた。

 少しずつ、ベッドを動かす。

 その時に毛布がベッドから外れない注意する。

 時間は掛かるがベッドと床を傷付けずに済む。

 十分以上掛かったが無事に運ぶことができた。

 一番の大物が運ぶことができたら、後は二人で持てる物ばかりだ。

 レイアウトで多少揉めたが家具全部運び終えた。

 俺は床に座り込んだ。

 早く終わらせるためとはいえ、少しスパートを駆け過ぎた。

 ほとんど一人で運んだな。

 さすがに乙女の秘密が詰まったタンスは余呉と一緒に運んだけどな。

 一人でも運べないわけでは無かったが、先程の件があるから誤解を招くのだけは避けた。

 

「はい、お疲れ様。これ、お昼ご飯ね」


 余呉はそう言いながら、いかにも豪華なお重が出てきた。

 蓋を開けるとうなぎが出てきた。

 

「うわ、うなぎだ」

「頑張ってくれたからね。遠慮せずに食べてね」

「いただきます」


 一口食べる。

 美味い。

 やっぱり、うなぎは美味しい。

 うちだと土用の丑の日しか食べることができないからな。

 ちなみに余呉はうな丼だ。


「余呉さんはうな丼ですか?」

「そうだよ」

「どうして?」

「乙女にはいろいろ事情があるのよ」


 ああ、ダイエットしているんだな。

 けど、それは口にしない。

 俺は二人の姉で十分に勉強しているからだ。

 

「ところで昨日の入試はどうだった?」

「やれる事は全てやった。後は天命を待つだけ」

「自信ある?」

「あると言いたいけど、こればかりなんとも言えないな」


 本当は自信は無かった。

 でも、自分の時間を削って俺に勉強を教えてくれた余呉に対して言えなかった。


「面接はうまくいった?」

「特訓の甲斐があって、上手く行きました」


 これは本当だ。

 入試二週間前、面接の練習をした。

 これは余呉のアイデアでは無く、みき姉のアイデアなのだ。

 みき姉に「言葉使いが汚い。それではテストが良くても面接で不合格になってしまう」と言われてしまった。

 思い返すと確かに言葉使いはいい方ではない。

 だから、面接の練習をした。

 最初は何度もやり直しをさせられたが、入試前日には言葉使いはきれいになった。

 まあ、あくまでも表向きだけだが……。

 

「一年遅れて入試を受けた事は指摘受けた?」

「受けました。これも上手く行ったと思いますよ」


 そう、一年遅れの受験はあちら先生方々も珍しかったようで、結構興味本位で聞いてきた。

 無論、嘘付く事無く正直に答えた。

 白血病で入院していた事と退院してからは親父の店の手伝いをしていた事を。

 そしたら、先生方々は感心していた。

 これはかなりの好感触かもしれない。

 親父が言っていた事はあながち間違いでは無かった。

 今日、親父にお礼を言っておこう。

 そんな事を考えていたら、全部食べてしまった。

 余呉はバックから封筒を取り出し、それを俺に渡した。


「はい、今日のバイト代」

「え、貰えるですか?」

「働いてもらったからね。これぐらいしないと」


 そう言いながら、封筒を渡してくれた。

 中身を見たいがさすがに本人を目の前にして見ることができない。

 

「一万円入っているからね。好きに使っていいよ」


 こっちの気遣いを本当に台無しする人だな。

 せめて、俺と余呉の二人だけだった事が唯一の救いだ。

 もし、みか姉かみき姉が居たら間違いなくせびりに来る。

 

「じゃあ、もう帰りますね」


 部屋を出ようとしたら、余呉が両手で俺の左手を握ってきた。


「まだ、帰ったらダメ。せっかく、受験が終わったんだからどこか遊びに行こう!」

「帰りますので離して下さい」

「ねえねえ!」


 ぐいぐい俺の手を引っ張る。

 この部分だけ見たら、余呉が子供としか見えない。

 

「バイクに乗ってどこか行こう!」


 ああ、これが目的か……。

 俺は今日は余呉の家に行くのにバイクに乗ってきたのだ。

 余呉の家は鉄道沿線ではないし、バスも走っていない。

 そうなるとバイクで行くしかない。

 余呉はそのバイクに乗りたいのか。

 まあ、確かにバイクに乗る機会はそうなかなか無い。

 車の方が絶対的に便利がいいからだ。

 

「余呉さん、バイクの二人乗りは親父から禁止されているからできません」

「ええ、そうなの?」

「そうです」

「じゃあ、仕方ないな……」


 物凄く落ち込んでいる。

 そんなに乗りたかったのか。

 嘘を吐いたのが申し訳なく感じる。

 本当は二人乗りは禁止されていない。

 実際に練習であるが親父を乗せている。

 かなりのスパルタだったが最終的には二人乗りができるようになった。

 だけど、女性はさすがに乗せる事はできない。

 事故って、死亡や身体に後遺症が残るのはもちろんのこと顔に一生癒えぬ傷を負ったら時点で責任を取らないといけないからだ。

 そこまで考えなくてもいいと思うが、やっぱり考えてしまう。

 

「じゃあ、映画を見よう。映画」


 余呉はどこから出したのかわからないがブルーレイを持ち出してきた。

 俺を帰すつもりが毛頭から無いな。

 まあ、どこかに行くよりはましか。

 

「いいです。で、どんなやつなんですか?」

「これだよ」

「……大好きな君に」


 差し出されたブルーレイは見た事も聞いた事も無いタイトルだった。

 こういうは大抵自分が好きな物を持ってくるのが定番だからな。

 ブルーレイのパッケージの裏側を見る。

 年下の男性が年上の女性に恋をするという話。

 女性は学校の先生で男性は生徒。

 生徒はいつも問題を起こすいわゆる問題児。

 いつも先生を困らせている。

 でも、それは愛情の裏返しであって本当は先生の事が好きなのである。

 この生徒の恋は無事に成就するのか?

 ……大層なあおりだな。

 そんな事をしているうちにガラステーブルにはお茶とお菓子が置かれ、テレビ画面は大好きな君にが映し出されていた。

 取りあえず、見てみるか。

 俺と余呉は座椅子に座って、映画を見る。

 うーん、自分が言うのも烏滸がましいが面白くないわけじゃない。

 けど、面白いとは思えない。

 簡単に言えば普通だ。

 まあ、恋愛話は面白さを求める間違いか。

 

「があー、があー」


 いびきをする方を見ると余呉が口からよだれを垂らして寝ていた。

 俺はみか姉とみき姉がこの様に寝ているところを見ているから気にならないが女性は静かに寝息を立てて寝るとイメージを持った男性はさぞかしショックを受けるだろうな……。

 余呉はそれなりに顔立ちがいいので、余計に残念感が出てしまう。

 とはいえ、風邪を引かれても困るので掛布団をかけてやった。

 そんなこんなしているうちに映画は終わった。

 スタッフロールを眺めながら考えてしまった。

 なんだ、この映画は?

 先生が他校の生徒に襲われているところに生徒が助ける。

 そこまではいい。

 そこから急に男女の仲に発展するんだ?

 尺の都合もあるかもしれないがあまりにも酷い。

 もう一つ話を入れる余裕はあったはず。

 あれでは生徒が先生をヤりたいだけしか見えない。

 余呉は何の目的でこれを見せたんだ?

 起こして聞こうと考えたもしたけど、間違いなく碌な回答が来ないだろう。

 それならこのまま寝さした方がいい。

 帰ろう。


 お駄賃とうなぎ、ありがとうございました。寝ていますので、このまま帰ります。 塩津

 

 これでいいだろう。

 俺は書き置きして家に帰った。

 家に着くと風呂に入って夕飯を食べ、部屋でくつろいでいるとみき姉が入ってきた。


「拓也、入るよ」

「もう入っているだろ!」

「気にするな」

「気にするわ!」

「心配するな、大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだ?」


 俺は不信感丸出しでみき姉に聞く。


「夜の十時から十一時の間は必ず入らないようにしている」


 その一言で全てを理解した。

 なんで、みき姉はその事を知っているんだ……。

 更に、みき姉は言う。


「お父さんもお母さんもみかも知っているよ」

 

 顔を隠したくなるぐらい恥ずかしい。


「そんな些細な事はどうでもいい」


 俺のデリケートな事を適当に扱うな。


「余呉の家で部屋の模様変えするのに時間が掛かりすぎじゃないか?」

「模様変え自体は二時間ぐらいで終わった。その後、うなぎを食って映画を見ていた」

「本当か?」

「本当だよ。嘘ついても仕方ないだろう」


 みき姉の疑いの念に俺は抗議する。


「いや、拓也は中二の時同級生の女の子達の家を入り浸っている件があるからな」

「だから、あれは勉強を教えていただけだって、言っているだろう」


 まだ、あの件を持ち出すのか。

 あの件とは同級生の女の子達とエッチをしているという疑惑だ。

 初めは同じクラスの女の子に教室で勉強を教えていた。

 あの日、「集中したいから家に来て」と言われたので家に行った。

 その娘は本当に勉強熱心なので教えている俺も真剣になった。

 その結果、その娘の成績が上がった。

 そして、その話を聞き別の女の子も勉強を教える事になった。

 ここで変な噂が立ってしまった。

 塩津がいろんな女の子の家に上がり込んでシているという噂だ。

 なぜ、こんな噂が立ってしまったのかというと女の子達が「塩津君は勉強以外にもいろんな事を教えてくれるからいいよね」と言っていた事だ。

 いろんな事というのは女の子に受けがいい雑学みたいな物だ。

 それが歪曲してしまい、どうやら塩津は女の子とシているという風にながれてしまった。

 これは自分と女の子の二人っきりで居た事という誤解を招く要因もあったがこれはいくらなんでも酷すぎる。

 もちろん、先生に呼び出しを受けた。

 なんとか、女の子達の証言があったおかげで誤解は解けた。

 が、これも同級生の男共が「塩津が女の子達に口裏合わせしてもらうようにお願いしたんだ」という話になってしまっている。

 ひがみもここまで来たら酷いの一言に尽きる。

 なぜか、真君の従姉妹の木之本さんに伝わり蔑んだ顔で見るようになった。

 それはもう全世界の女の敵という感じでだ。

 その件があってはみか姉はあまり話しなくなった。

 母さんとみき姉はなんとか話しかけてくれるが以前と比べるとあまりいい感じではない。

 親父は「もてるからって、複数の女の子と同時付き合うのはダメだぞ」と言われた。

 俺はこの台詞には反論する気が無くなり、「今後はしないよ。約束する」と言った。

 早くこの事態を終息させたかったからだ。

 噂は続いていたが受験も本格化した事と白血病になった事でこの噂も無くなった。

 

「うーん、本当になんだね?」

「だから、本当だって。どうして、そんなに疑うの?」


 ここまで来ると疑う原因を聞いた方が早い。


「あのね、拓也ぐらい歳の男って、したたかなのね」

「したたか?」

「そう。本当に知っているくせに知らないふりして、大人の女性をうまい事騙してあわよくばエッチをすることあるだよね」

「俺はそんな事はしない」


 俺は反論したがみき姉は無視して話を進める。


「余呉は結構真に受けることがあるから、もしかしてと思ったから」

「思わないでくれ」

「その様子だと本当にシていないだな?」

「だから、シていないって言っているでしょ」

「わかった。それは信用する」


 頼むから俺の発言と行動全てを信用してくれ。 

 取りあえず、みき姉は納得してくれたようで部屋から出てくれた。

 と思ったら、すぐにドアが開いた。


「一応言っておくけど、余呉は純粋なところがあるから誤解を招く行為をするなよ」

「わかった。その忠告は受けておきます」

「うん、頼んだぞ」


 それだけ言ってドアを閉めた。

 また、ドアを開けてくるかもしれないと思って警戒していた。

 三分経ったがドアが開く気配が無かったので本当に行ったようだ。

 やれやれ、行ったか。

 本当に無駄一日だった。

 そう思いながら、眠りに付いた。


 一週間後。

 今日は彦根南高校の合格発表日。

 多分、大丈夫だろうと思う。

 とはいえ、結果を見るまでは不安だ。

 学校の中庭に畳二畳分の掲示板がある。

 が、今は白い布が被っている。

 どうやら、あれに合格者の番号が書かれているに違いない。

 続々と受験者が集まってくる。

 各々(おのおの)が不安と希望を持って布が被った掲示板を見ている。

 十時五分、先生が四人来た。


「お待たせしました。ただいまから合格発表致します。合格者の方は事務所で入学金を納めて下さい。そして、入学式に必要事項が書かれたプリントをお渡しいたしますので、入学式当日までに準備して下さい。では、発表します」


 一人の先生が言うと三人の先生が白い布が外した。

 喜ぶ人、泣き崩れる人、結果に納得する人といろいろだ。

 俺は受験番号を探していた。

 真ん中ぐらいだろうと思っていたが、自分の受験番号より後の番号が書かれてあった。

 もう少し、前の方だったか。

 こんなところで感が外れるようなら不合格かもしれないな。

 そんな事を思いながら、掲示板を見る。

 八十五番、八十五番……、有った。

 ふう、と一息吐く。

 合格したか。

 自信はあったがやっぱり番号を見るまで不安だったな。

 

「すみません、すみません。前を空けて下さい」


 後ろを振り向くと紺色セーラー服を着た女の子が居た。

 銀色フレームのメガネ、セミロングの髪。

 可愛い。

 うん、本当に可愛い女の子だ。

 そして、俺の隣に来た。

 番号が見えないのか、俺の方に寄り掛かる。

 石鹸かシャンプーなのかわからないけど、いい香りがする。

 ちょっとだけドキとする。

 でも、女の子は番号を探すことに夢中で寄り掛かっていることに気付いていない。


「七十六番、七十六番……。よし」


 女の子は番号を見つけたようで、小さくだがガッツポーズした。

 どうやら、合格していたようだ。

 俺は女の子に合格したのかと聞こうとしたら、後ろから肩を叩かれた。

 振り向くと従兄弟の木之本真(きのもとまこと)君が居た。


「拓也君、合格した?」


 このタイミングで来るなよ。

 と、言いたかったが下手に勘ぐられると面倒くさい事になるので止めた。


「合格したよ。真君は?」

「もちろん、合格。四月から同級生だね」

「そうだな。よろしくな」

「こちらこそ、よろしく」

「ところで木之本さんは?」

「まことちゃん? まことちゃんはあっちに居るよ」


 真君が指差す方向を見ると木之本まこと(きのもとまこと)さんが泣いていた。

 人がたくさん居るのにも関わらず大声で泣いていた。


「ああ、ダメだっただな」

「ううん、合格したよ」

「合格したの?!」


 耳を疑う言葉に思わず聞き返す。


「したよ。僕の受験番号二百五番でまことちゃん受験番号二百六番。両方あったよ」


 真君が自信持って言うから、間違いは無いだろう。

 しかし、あれだけ泣いているとどう見ても不合格になったと思ってしまう。

 

「ちょっと、泣き過ぎじゃないかな?」

「それはまことちゃんの事を知らない人はそう思うかもしれないけど、まことちゃんが彦根南の合格を勝ち取る為に一年間好きな事を全て捨てて、勉強をし続けていたを知っている。その努力が報われただから、泣いても全然おかしくない」


 真君は優しい笑顔で木之本さんの見ながら言う。

 そういえば、今年の正月木之本家の集まりに居なかったな。

 もしかしたら、去年のお盆も来ていなかったかもしれない。

 遊ぶことが大好きな木之本さんが彦根南高校の合格の為にここまで頑張っていたのか。

 それなら、さっきの言葉は無神経な発言だ。


「前言撤回する。すまなかった」

「僕に言われても困るだけど、わかってくれたならそれでいいよ」

 

 確かにそれもそうだな。

 でも、やっぱり無神経な発言は撤回しないといけない。


「じゃあ、まことちゃんの所に戻るね」

「ああ、今度は入学式で会おう」

「そうだね。入学式で会おう」


 そう言って、真君は木之本さんの所に行った。

 やれやれ、まさかあの二人と同級生として学ぶことになるとは夢にも思わなかった。

 なってしまったのもは仕方ない。

 白血病が治らなかったら、この場所に立つこともできなかったからな。

 俺は周りを見渡す。

 メガネの女の子は居なかった。

 あれだけ時間が経っていれば居なくてもおかしくないよな。

 まあいい。

 あの娘も合格している事は間違いないのだから、いずれは会えるだろう。

 そこで仕切り直せばいい。

 そう考えながら、俺は入学金を納める為に事務所に向かった。


 その日の夜。

 俺は入学式に必要事項が書かれたプリントを見ていた。

 制服の用意等の基本的な事からスマホのeメールの記入等の結構面倒くさい事が書かれてあった。

 一通り目を通し、プリントを机に置いた。

 ベッドに寝転がる。

 彦根南高校に合格したのにうちの家族は何もしないって、どういう事なんだ?

 それなりに頑張っただけどな……。

 するとスマホの着信音が鳴った。

 画面を見ると余呉だった。

 

「もしもし」

「拓也君、こんばんは」

「余呉さん、こんばんは」

「拓也君、合格した?」

「合格しましたよ。って、知らないですか?」

「私は入学試験に関しては一切関わっていないから知らないだよ」

「そうなんです。てっきり、入学試験は全ての先生が関わっていると思いました」

「ううん、そうじゃないよ。入学式担当と入学試験担当と二班に分かれていて、私は入学式の担当なんだ」

「初めて知りました」

「そうじゃないと、拓也君に勉強を教える事ができないよ」


 ああ、それもそうだな。

 もし、入学試験担当だったら不正入学になるからな。

 一応そこまで考えているだな。


「そうですね。勉強を教えてくれてありがとうございました。おかげで無事合格できました。感謝します。では、おやすみなさい」

「待って待って! 本題を言っていないよ!」

「なんですか、本題って?」

「あの、私が顧問する文芸研究部に入部してほしい」

「文芸研究部?」

「そう、文芸研究部」

「何をする部活ですか?」

「小説を書く部活だよ」

「うーん。小説は家で書くからいいです」

「あん、入ってもらわないとまた野球部の副部長をやることになるから入ってよ」

「ごめんなさい、話がわかりません。一から説明してくれますか?」


 文芸研究部から野球部の副部長の話になるんだ。

 これは相当厄介な事が有りそうだ。


「去年、今まで担当していた副部長が突然退任したの。それで私が担当する事になったの」

「はあ、それで」

「そんなに難しいことはないから安心して言っていたけど、それは嘘だったの」

「嘘?」

「去年、彦根南が十二年振りに甲子園に行ったの知っている?」

「入院していましたけど、知っていますよ」

「去年は一年生から三年生まで実力ある子が揃って、甲子園に行けると四月から話題になっていたの。甲子園は夏休みにやるでしょ?」

「まあ、正確には高校野球なんですけど……。そうですね、夏休みですね」

「多少の間違えは許してよ。その前の副部長は甲子園に夏休みが潰されるのが嫌で私に無理矢理に副部長を押し付けたの」


 甲子園は建物の名前だ。

 と言いたいけど、話を先に進める方を優先した。


「本当なんですか?」

「本当だよ。人伝いだけど、本人が『余呉先生に副部長を押し付けたおかげでいつも通りの夏休みが過ごせた。早めに押し付けて正解だった』って、言っていた聞いた」

「でも、甲子園に引率者として行ったでしょ?」

「甲子園に行っていないよ。学校に残って寄付金集めやバスの手配で忙しかったよ」


 野球部の副部長なのに引率できないなんてなんか可哀そうな気がしてきた。


「だから、文芸研究部の顧問になれば野球部の副部長を断る事ができるから入部してよ」

「部活って、一人だけでも成立するですか?」

「ううん、最低五人じゃないとダメ」


 バツが悪いと感じたのか、小声で言った。

 

「小説を書く部活に五人も集まりませんよ」

「でも、同好会だったら二人でも成立するから、入部して」

「部と同好会の違いって、何ですか?」

「部活は毎日活動していて、学校から部活動費が出る。けど、人数や活動成果によって金額が変わる」

「で、同好会は?」

「同好会は週に最低二日活動しないといけない。でも、学校からは部活動費は出ない。けど、活動成果によっては部活動費が出ることもあるよ」

「部活はわかりましたが、同好会の最後の説明がわからないだけど……」

「とにかく学校に貢献したら出ると説明しか受けていないの」


 要は余呉に説明した人もわかっていないようだ。

 俺は黙っていると余呉は慌てて付けた足すように言う。


「あのね、ちゃんとしたメリットがあるだよ。それ聞いても遅くないよ」

「メリットって、何ですか?」

「部活動に参加すると学校の活動により多く参加したという理由で大学進学に有利になるだよ。拓也君も大学進学を考えているでしょ?」

「まだ、高校入学していないのに大学ですか?」

「高校の三年間って、あっという間だよ。一応考えていていいと思うよ」


 確かにそれは一理あるな。

 大学に進学するとなると少しでも有利にしたい。

 しないとしても、小説は書けるから悪い話ではない。

 それ以上に理不尽な状況に居る余呉があまりにも哀れで手を差し伸べたくなる。

 命の恩人だから理由もあるかもしれない。

 ここは引き受ける事にするか。


「わかりました。文芸研究部に入部します」

「本当?! ありがとう! じゃあ、入学式終わったら、入部届けを書きに来てね」

「はいはい。わかりました」


 やれやれ、結局引き受けてしまった。

 でも、ひいき目に見ても悪い条件ではない。

 学校の同好会だから、文化祭で作品発表はしないといけないだろうな。

 まあ、それは追々考えよ。

 始まっていない事に気にしても仕方ない。


「ところで、余呉さん。一つ聞いていいですか?」

「何?」

「他の部員はどうやって集めるですか?」


 俺がそう言うと余呉は黙ってしまった。

 部を立ち上げるだけで手一杯という感じだな。

 と、なると……。

 

「拓也君」

「部員の勧誘のお手伝いなら断わります」

「酷い!」

「酷くありません。余呉さんの無計画が悪いです」

「うぅ」


 正論を言われて、言い返す言葉が見つからないようだ。

 さあ、どう返すのかな?

 俺は余呉の出方を待った。

 

「いいよ。後は自分でなんとかするから!」


 そう言って、電話を切った。

 何なんだ、あの人は!

 あんなに人に頼っておいて、最後は逆ギレって。

 あれがあの人の本性をなんだな。

 これなら、彦根南高校なんか受験するじゃなかった。

 でも、今さら彦根南に行かないというわけにもいかないからな。

 仕方ない、三年間我慢するか。

 若干、後ろ向きであるが前向きに考える事にした。


 入学式当日。

 

「拓也、準備できた?」

「親父、少し待ってくれ」


 俺は姿見で身なりを確かめながら言う。

 紺色のダブルのスーツに見立てて上着、紺色のパンツ、白色のカッターシャツ、水色のネクタイ。

 少し古臭さも感じるが黒の学生服に比べればまだましな方だ。

 

「早くしろ。時間が無い」


 スーツを着た親父がいらつきながら言う。

 別に入学式に参列するわけじゃない。

 昨日、学校から俺のバイクの免許の件で呼び出しを受けたからだ。


「入学初日に呼び出しくらうなんて、全世界の高校生を持つ親の中では俺だけだろうな」


 全世界と来たか。

 確かに父親が入学式に参列するに為に学校に来る事はあっても、入学初日に呼び出し受けて学校に来る事は無いわな。

 

「まだか」

「お待たせ」

「やっとか。じゃあ、行くぞ」

 

 俺と親父は学校に向かった。

 学校に到着して職員室に入る。

 名前を言うと体育会系の先生が対応した。


「塩津さん、お待たせしました。(わたくし)は体育科担当しています能登川(のとがわ)と申します。以後、お知りおきをお願い致します」

「これらこそよろしくお願いします」


 これを見ていると親父なんだと思った。

 普段、仕事するしか見た事だけに余計に新鮮に感じた。

 

「では、早速ですが塩津さん。別室に来て下さい」

「息子は?」

「息子さんは教室の方に行ってください」

「わかりました。それでは失礼します」


 そう言ってくれたので一礼して教室に向かった。

 ただ、俺を見る能登川先生の顔は若干いやかなりに不信感に満ちていたな。

 大方、俺の入学を拒んでいたけど多数の意見に押し切られて入学を認めざる結果になっただろう。

 あくまでも予想だけどな。

 そういえば、どこのクラスになったか調べないと。

 俺は昇降口の側にあるクラス分けを見た。

 Aクラスか。

 Aクラスに入ると既にクラスメイトのほぼ全員居た。

 みんな、俺の顔を見たが気にせずに黒板を見る。

 綺麗な絵だ。

 多分、余呉が書いた物だろう。

 こんな事をしている暇があったら、どうやったら一人でも多く自分が顧問している同好会に勧誘できるか考える事ができないのか、あの人は……。

 教卓の上に箱がある。

 多分、これが席を決めるくじだな。

 そう思いながら、箱に手を入れた。

 うん? もう紙は一つしかないや。

 既に選択権は無かったか。

 一応、紙を取り出してみた。

 四番だった。

 席を見ると番号が書かれている。

 四番と書かれた机を探す。

 あった。

 後ろか、ついていないな。

 目が悪いから前の方が良かったな。

 隣を見た。

 あ、あの合格発表の時に居た女の子だ。

 これはついている。

 この一年でなんとかして仲良しなって、いい関係を築きたいな。

 いかん、じろじろ見ていたら変な奴と思われる。

 俺は鞄から本を取り出してわざと気にしていない振りをした。

 そんな事をしていたら、あの人が入ってきた。

 

「ぜ、全員集まりましたね。で、では体育館に行きましょう」


 息を切らしながら言う。

 どうやら、遅刻したようだな。

 ああ、隣の女の子が呆れているよ。

 仮にも先生なんだから、しっかりしろと言いたい。

 入学式も滞り無く無事に終わった。

 教室に戻り、席に着いて待っているとあの人が来た。

 

「おはようございます」

「おはようございます」


 あの人が挨拶したので、みんな挨拶した。

 俺も一応先生と敬意を表して挨拶する。

 

「入学おめでとうございます、自己紹介が遅れました。私が担任の余呉こまちです。一年間よろしくお願いします」


 そう言った後、頭を下げた。

 俺はよくできましたと皮肉の意味を込めて拍手した。

 すると、みんな拍手した。

 あれ? そんなつもりじゃないだけどな……。


「では、授業に使うタブレットを職員室から持って来てほしいだけど、どうしようかな?」


 余呉が言うとクラス全体(俺以外は)に緊張が走る。

 間違いなく、四番の俺に運ばせるつもりだろうな。

 後はその口実をどうするかだな?

 

「よし、今日は四月八日だから四番と八番のくじをひいた人は手を上げて下さい」


 そうきたか。

 俺はわかりきっていたからいいけど、八番の奴は付いていないな。

 そんな事を考えながら、手を上げた。

 そしたら、隣の女の子も手を上げた。

 かなりがっかりしている。

 

「それじゃあ、二人ともお願いするね」

「「はい」」


 俺と女の子は返事して廊下に出た。

 女の子が教室のドアを閉めた。


「全く、いきなり使うのかよ」


 俺は不満を思い切り漏らした。

 

「この様子だと、この一年間俺をこき使うつもりだな」


 これは早急に対策を考えないと泥沼にはまりかねない。

 取りあえず、クラスの仕事をした生徒はその日から一か月間は仕事をしなくてもいいルールを提案しておくか。

 目線を感じる。

 感じる方を見ると女の子がいた。

 しまった、いつもの癖で毒を吐いてしまった。

 変に取り繕くとおかしくなるから、少しずつ修正していこう。


「えっと、名前なんだけ?」

「高月、高月ちひろ(たかつきちひろ)です」

「まさか、フルネームで言うとは思わなかった」


 高月ちひろか……、いい名前だな。

 いかん、自分の名前を言わないと。


「俺の名前は塩津拓也。よろしく」


 あ、いい機会だからあの人の事も言っておいた方がいいな。


「そうだ。高月さん、一つだけ忠告しておくね」


 これは大事な事だから真剣に言っておこう。


「あの人……じゃなくて、あの先生にはあまり関わらない方がいいよ。碌な目に遭わないぞ」


 あの人で酷い目に俺だけで十分。

 まして、高月さんには絶対にそんな目に遭ってほしくない。

 さて、どうしようか……。

 いろいろ考えるがいいアイデアが出ない。

 あ、高月さんは?

 俺は隣を見るが高月さんは居ない。

 いかん、考えすぎて高月さんをほったらかしにしてしまった。


「どうしたの?」

「ごめん、早く歩き過ぎた」


 俺は高月さんの歩幅に合わせた。

 身勝手な行動は女の子から嫌われるよ。

 みき姉がよく言っていたな。

 あの時は適当に聞き流していたけど、今は感謝したい。

 そういえば、会話のきっかけは男から作れとも言っていたな。

 (ためし)にやってみるか。


「高月さんはどこの中学?」

「私は浅井草野中です」

「浅井草野中……」


 彦根にそんな名前の中学あったか?

 浅井という名前、どこかで聞いた事あるな……。

 考えていると思いだした。


「もしかして長浜の浅井? え、浅井から通えるの?!」

「彦根の親戚の家に下宿しているの」

「ああ、それなら納得できる」


 そうだよな、JRが通っていないから毎日通学するなんて不可能だよな。


「でも、よく浅井の場所がわかったね」

「木之本に親戚が住んでいるから、浅井の位置もだいたいわかる」

「そうなんだ。塩津君はどこの中学?」

「俺は小泉中」

「小泉中って、どこ?」

「あそこ」


 俺は隣の校舎を指を差した。

 

「あそこ?」

「そう。あそこが小泉中」

「近っ!」

「ちなみに家もすぐ側にある」

「……もしかして、高校は家から近いという理由で決めたの?」

「うーん、それもあるかな」

「それもって、他にもあるの?」

「まあ、いろいろ」


 詳しく説明するのは止めておこう。

 これに関しては俺個人の問題だから下手に高月さんの耳に入れてあの人の印象を悪くするは良くないからな。

 そんな会話をしていたら、職員室に着いた。

 高月さんは立ち止まっている。

 多少、気になったが俺は構わず職員室のドアを開けた。


「1ーAの塩津です。余呉先生に頼まれてタブレットを取りに来ました」


 俺は言うと高月さんは何か言いたげな表情をしていた。

 何かおかしいところ有ったかな?

 聞こうかなと思ったが、その前に教頭先生が奥から出て来た。


「余呉先生の生徒さんね。ここにあるから、持っていてくれる?」

「わかりました」


 俺は三十五枚のタブレットを見ながら考える。

 さて、どう運ぼうか……。

 俺一人では無理だな。

 高月さんと半分ずつも無理だな。

 俺は職員室を見渡す。

 壁に折り畳み可能の台車があった。

 あ、これ使おう。


「先生、台車借りていいですか?」

「いいぞ。使い終わったら戻せよ」

「はい。わかりました」


 俺は台車を持って来て、タブレット三十五枚載せて職員室を出た。

 

「あの人、教頭先生に怒られたくないから俺たちに運ばせただな」

「なんで?」

「今朝、あの人慌てて教室に来たでしょ?」

「うん、来た」

「あれは完全に遅刻してきたと思う」

「うーん、そう言われるとそんな感じがする」

「あーあ、最悪な一年になりそう」


 既になっているけど、更に勢いが増した感じがした。

 教室に戻り、タブレットをあの人に渡す。

 そして、タブレットを生徒一人一人に手渡ししていた。

 渡す時も「これから一年間よろしくね」と言っていた。

 こうして見るとしっかりした先生に見える。

 みんな、こうして騙されていくだな。

 これが詐欺師なら、後日三十万円の羽毛布団を買わされてるだろうな。


「では、設定の仕方を説明します」


 余呉はタブレットの設定の仕方を説明した。

 これ、俺が即興で作ったマニュアルをそっくりそのまま説明しているな。

 少しでもいい自分の言葉を入れろよ。


「これWindowsだ」

「タブレットだから、ipadかと思っていた」

「せめて、Androidして欲しかった」


 と不満が所々で出ていた。

 この様子だと他のクラスも出ているだろう。


「はいはい、わかりますわかります。先生も同じですよ。でもね、ホストのコンピューターがWindowsだからタブレットもWindowsになったですよ」


 確かにその通りだ。

 だけど、あなたは初めて設定する時ここに居る生徒以上に不満を言っていたぞ。

 ICレコーダーに録音しておけばよかった。

 そんなを考えながらもタブレットの設定を終わらせた。

 二回もやっているからこれぐらい早さでできないとダメだろう。

 しかし、学校全体にWi-fiを飛ばすとはなかなかやるな。

 さすが、国が鳴り物入りで進めているだけある。

 これで制限無しでネットが見れたら、なお良かっただけどな。

 設定モードして制限開錠できないか試みるがどうやらプログラム自体に制限がかかっているようだ。

 別に制限がかかっていても気にはしないけどね。


「よし終わった」

 

 高月さんも終わったようだ。

 結構手際がいいな。


「ねえ、塩津君。設定がうまくいかないならやってあげようか?」


 高月さんが話しかけてきた。

 話しかけられた喜びを押し殺して応対する。


「ありがとう。でも、五分ぐらい前に設定は終わっているよ」

「早いね」

「OSが違っても設定はほとんど同じだからね」


 さすがに本当の事は言えないな。

 言ったら、変な事になる事は間違いないから。

 そんな事しているうちにクラス全員、タブレットの設定が終わったみたいだ。


「では、本日はこれで終わりです。明日から本格的に授業を始めます。タブレットは全ての教科に使うわけではありませんが毎日持ってくるように」


 余呉が言うと全員「はい」と返事した。

 一応、俺も返事する。

 やっと終わったか。

 明日は無事に終わってほしい。

 と思っていたら、余呉が思い出したかのように言った。


「そうそう、忘れていました。今年から文芸研究部という部ができました。私はその部活の顧問です。活動内容を簡単に説明すると小説を書くことです。ジャンルはこだわりません。あ、でも高校生らしい内容でお願いしますね。入部したい人は私のところに来てください」


 余呉は文芸研究部を盛大に宣伝した。

 が、対照的に生徒は呆然としていた。

 これで部員が集まると思っているのか?

 この様子だといいアイデアが思い付かなかったみたいだな。

 これに関してはあの人自身が頑張ってもらうしかないね。

 俺はみんなが帰るのを教室で待っていた。

 帰ったのを見計らって職員室に向かった。

 さて、入部届けを貰い行くか。

 職員室には入れない為、入り口から呼ぶ。


「すみません、余呉先生居ますか?」

「あ、塩津君ね。今すぐ行くね」


 学校では名字の方で呼んでくれるみたい。

 良かった。

 これで名前で呼ばれたら、真っ先に能登川に呼び出し受けるな。

 

「なんだったかな?」


 この言葉を聞いた瞬間帰ろうかなと考えたがギリギリで留まった。


「文芸研究部に入部したいですけど、入部届け頂けますか?」


 合格発表日に約束したけど、今日初めて聞いた事にしておかないと変な空気が流れるかもしれないからだ。


「そうだね、約束していたね。今すぐ持ってくるね」

 

 こっちの気遣いを崩す人だな。

 幸い、誰も気付いていないようだ。

 これで勘付いた人が一人でも居たら、今後の高校生活がやりにくくなる。

 そんな事を考えている内に余呉が入部届けを持ってきた。

 俺は必要事項を記入して渡した。


「入部してくれてありがとう」

「部室はどこですか?」

「部室ね……」


 その言葉の様子だと、無さそうだな。


「図書準備室を充てられているよ」


 余呉の後ろから別の女の先生が声を掛けてきた。

 確かC組の担任をしている元浜(もとはま)先生だ。


「そうそう、図書準備室だよ」


 どうやら、忘れていたみたいだな。

 

「余呉先生、しっかりしてくださいよ」

「ごめんね元浜先生」


 この二人を見ていると多分同じ時期にこの学校に赴任したと思う。

 じゃないとここまで仲良くはなれないだろう。

 そんな事を考えていると余呉が鍵を持ってきた。


「はい、これが図書準備室の鍵。持ち出す時はキーボックスから持ち出す前に隣にあるホワイトボードに持ち出す鍵と名前を書いてから持ち出してね」

「はい、わかりました」


 これは学校のルールだから素直に返事する。

 職員室を出て三階にある図書準備室に向かった。

 図書準備室を開けると俺は愕然とした。


「なんだ、これは?」


 見渡す限りの段ボールの山。

 図書準備室とは名ばかり。

 完全に倉庫と化してしていた。

 これはさすがに苦情を入れないとダメだな。

 職員室に戻り、余呉を呼び出す。


「余呉先生、いらっしゃいますか?」

「何、塩津君?」

「あの、一度でも図書準備室に行った事ありますか?」

「無いよ」


 ああ、やっぱりか。


「一緒に図書準備室に来て下さい」

「急に言われても困るよ」


 確かに言えるな。

 とはいえ、来てもらわないと困る。


「準備が終わるまで待ってますから」

「わかった」


 そう言っていそいそと自分の机に戻るかと思ったら、別の部屋に入っていた。

 その行動に首を傾げる。

 三分後、戻って来た。


「さあ、行きましょう」

「……はい」


 本当は「三分間も何をしていたんですか?」と聞きたかったが、間違いなく碌な返事しか帰って来ないと思ったので言うのを止めた。

 それにしてもあの人、嬉しそうな顔をして。

 一度も行った事が無いからそんな顔もできるけど、図書準備室に着いたらそんな顔も消えるだろう。

 図書準備室に着き、ドアを開けた。

 さあ、どんな反応するだろか……。


「何、この段ボールの山?」

「これを見せたかったです」

「ああ、そうなの」


 がっかりしている。

 俺が想像していた以上にがっかりしている。

 逆にこの人は何を期待していたのだろうか……。

 

「どうすればいいですか?」

「うーん、部室の割り当ては教頭先生が決めているから……」

「じゃあ、教頭先生のところに行きましょう」


 俺が職員室に向かおうとするとあの人が右手を掴んだ。


「待って、待って。今日は止めて明日にしよう」


 この必死さを見てみると今朝遅刻の件で怒られたみたいだな。

 だから、今日は穏便に済ませたようだ。

 とはいえ、この件を片付けないと先に進まない。

 心苦しいが厳しく行くか。


「じゃあ、この段ボールの山はどこに移動させるですか?」

「そ、それは……」

「段ボールを移動させるにも許可が要りますよ」

「確かに……」

「入部したいという生徒が来た時に部室がこの状況だと入部を辞めますよ」

「わかりました。教頭先生の所に行きます」


 余呉は怒りながら、職員室に行った。

 ちょっとやり過ぎた感があったがこればかりは事を先に進めないといけないからな。

 だから悪いと思わないでほしい。

 職員室に戻り、教頭先生にさっきの事を相談する。

 すると、三階の一番奥にある空きの教室に段ボールを移動させてもいいと許可を得た。

 さて、始めるとするか。

 台車をもう一回借りて、段ボール載せて移動させる。

 これを三十回ぐらい繰り返して図書準備室の段ボールを全部移動させた。

 折り畳み机と折り畳み椅子が空き教室に有ったので、机を二つ椅子を四つを持って帰った。

 無許可だけど、これは報酬として受け取っていいだろう。

 綺麗に部屋を掃除して、机と椅子を並べる。

 うん、部室らしくなった。

 臭い(くさい)のは今日消臭剤を買って部室に置こう。

 しかし、あの人来なかったな。

 まあ、部活を立ち上げた理由が理由だけに来るわけないか。

 スマホの時計を見る。

 十二時になっていた。

 だいぶ時間が経ってしまったな。

 俺は図書準備室の鍵を掛けたのを確認して職員室に行った。

 職員室に入ると余呉と能登川が喋っている。

 気になるが早く帰りたいので呼ぶ出す。


「余呉先生」

「あ、塩津君。すみまぜん、能登川先生。生徒が呼んでいますから」


 そう言って、早足で俺のところに来た。

 そんな慌てなくてもいいのに。

 

「ごめんね。図書準備室に行こうか」

「いや、今戻って来たばかりなんだけど……」


 俺は言うが余呉は聞かずに図書準備室に向かって歩く。

 しかも、結構な早足で。

 なんで急ぐのかはわからないが黙って付いて行くことにした。

 図書準備室に入ると「ふう」と息を吐く。

 ここまで来るとさすがに少し気になる。


「余呉先生、どうかしたんですか?」

「なんでもないよ」


 ご機嫌な口調で返事をした。

 なぜ、そんなに機嫌がいいのかわからない。

 余呉は部室を見渡す。


「綺麗になったね。さっきまで段ボールの山があった所とは思えないぐらい」

「頑張って掃除しましたから」

「ありがとう。本当は私も行くつもりでいただけど、能登川先生に捕まって行けなかったのよ」

「そうなんですか」


 まあ、来ても掃除ぐらいしかできないから来なくてもいいだけどね。

 部屋の模様変え、文芸研究部の立ち上げ、そしてこの部室の件で余呉の計画性の無さを改めて知ることになった。

 

「これなら、ここで仕事ができるね」

「え、何を言っているですか?」


 余呉のありえない発言に思わず俺は聞き返す。

 

「だから、ここで仕事をするの」

「そんな事をしますとまた教頭先生に怒られますよ」

「うっ」


 あ、これはいいキーワードを手に入れた。

 なんかあったら、これを使おう。

 

「これでいつでも部員が来ても大丈夫だね」

「部室が綺麗なだけで部員が来るなら苦労はしません」


 この人の楽観姿勢はどうにかならないのかね。

 まあいいや。

 部員を探すのは俺の仕事じゃないから。

 

「じゃあ、帰ります」

「え、もう帰るの?」

「今日は入学式ですよ。一年生はとっくに帰ってます。むしろ、こんな時間まで居る事がおかしいぐらいです」

「それもそうだね。鍵は私が返却しておくよ」

「じゃあ、先生よろしくお願いします」


 俺は余呉に鍵を預けて帰る事にした。

 校門を出て、時間を確認する。

 後少しで十三時になるところだ。

 入学初日でこれだと卒業式は夕方まで学校に居そうな気がした。


 次の日、その次の日、そのまた次の日も同じように部員を勧誘していた。

 そんなやり方で部員は集まると思っているか?

 もう少し、活動内容を説明するとかやり方があると思うだけどな……。

 

 次の日。

 授業を終え、部室で執筆作業をしていた。

 といっても、誤字脱字が無いかのチェック作業だけどね。

 あの人は今日も勧誘していたけど全然ダメだな。

 工夫の一つもすればいいのに……。

 このまましておいたら、この部活自体が無くなる可能性もあるな……。

 意外と執筆作業するには最適な部屋なんだよな。

 教室から離れていて、隣は図書室。

 静かでとてもいい。

 たまには余呉と能登川、真君と木之本さんが来るぐらいだ。

 真君と木之本さんは暇つぶし、余呉は顧問だからいいとして能登川が来る理由がわからない。

 一年生の生活指導担当だから来るだろうか?

 そんなに俺は信用が無いのかね。

 特殊な入学したから、警戒しているのだろう。

 それよりこの部活の存続を考えないと。

 俺は執筆を止めて考える。

 やっぱり、真君と木之本さんの名前を借りるしかないな。

 真君は放送部に所属しているから、無理だろうと思っていたら意外な抜け穴があった。

 それは部活同士掛け持ちはダメだけど、部活と同好会の掛け持ちは了承されている事だ。

 これなら、真君に頼む事ができる。

 木之本さんは……真君に賄賂を使って、木之本さんを引き込むしかないな。

 小遣いが減るのは痛いがこの部活を存続させる為だからしかない。

 今晩にも真君に電話でお願いするか。

 考えが纏まり、執筆作業を再開しようとしたらドアが開いた。

 誰だ?

 見てみると余呉と高月さんが居た。

 高月さんはあっ、という顔した。

 俺もあっ、という顔をしたと思う。


「じゃあ、この入部届けに名前書いて」


 余呉はにこにこしながら高月さんが入部届けに名前を記入するのを見ていた。

 高月さんは時より俺をちらちら見ていた。

 

「じゃあ、先生は仕事があるから行くね」


 余呉は笑顔で部室から出ていた。

 そらそうだな。

 やっと、部員を捕まえただからな。

 高月さんが少しずつ俺を見る。

 いたずらをする前に母親に見つかった子供みたいで笑えてきた。

 でも、俺の忠告を無視した事は怒らないといけない。

 俺はワザと低い声を出す。

 こういう時は大きい声を出すより低い声の方が本気度増すからだ。


「高月さん」

「はい。何でしょうか?」

「あの人には関わらない方がいいって忠告したよね」

「はい。でも、名前だけ貸してほしいって言われただけだから……」

「だから、それがダメって言っているの!」


 しまった! 思わず大声を出してしまった。

 高月さんが一歩下がって怯えている。

 これは流石に良くない。

 俺は慌てて謝る。


「あ、ごめん。つい、大声出して」

「それはいいけど」


 高月さんは泣きそうなるのを堪えて言った。


「どうして、余呉先生に関わらない方がいいの? 優しい先生じゃない」

「優しいそうに見えるけど、かなり腹黒い人。あの人の中では高月さんは利用しやすい子だと認識されているよ」


 これぐらい言っておいた方がいいだろう。

 中途半端な言葉ではまた高月さんが騙されるからだ。

 でも、これであの人が利用しやすい子から頼み事をする事がわかった。

 本当あの人は俺にとっては悩みの種だな。

 そういう事は俺だけにしてくれ。

 ため息を吐いた後、高月さんに言う。


「これからはあの人に頼まれ事されたら、返事を一旦保留して俺に相談して」


 そしたら、高月さんはムッとした後、強い口調で言ってきた。


「何で、同い年にそこまで言われないといけないの。自分のことは自分で判断できる」

「俺は一年遅れて入学しているから、君より一つ年上だよ」


 俺がそう言うと、高月さんは一瞬止まった。


「え、一つ年上? 留年したの?」

「違うよ。純粋に一年遅れて入学したの」

「え、どうして?」


 高月さんが言った後、しまったという顔した。

 そして、慌てて取り繕う。


「ごめん。今のは無しでいい」

「何で?」

「一年遅れて入学って、それなりに理由があると思う。それは聞き出す事じゃなくて、塩津君自身が話していいと思った時に話す事だと思うから」


 ああ、そういう事か。

 高月さんの中では一年遅れて入学をしなければならないぐらいの事件か事故に巻き込まれたと勘違いしているな。

 ただ、病気で入院していただけどな……。

 これ以上、余計な気遣いをさせるの気が引けるから本当の事を言っておいた方がいいな。


「気遣いありがとう。でも、隠すほどでもないから話すよ」

「いいの?」

「いいよ、話が長くなるからここに座って」


 俺は高月さんに席を座るように促す。

 高月さんは俺の真向かいに座った。


「できるだけ簡単に話すね」


 俺は一呼吸してから話始める。


「去年の一月、受験勉強している最中に今まで経験したことが無い苦しみを感じて病院に行ったら白血病と診断された」

「白血病って、骨髄移植しか助からない病気?」

「今は治療技術が進んでいるからそれをしなくても良くはなるけど、確実なのは骨髄移植だね」

「で、こうしているから骨髄移植して助かっただね」

「そう。九月に骨髄移植して無事に生還した」

「良かったね」

「うん。あの時は短い人生だったなと思ったよ」

「ドナーって、誰なの? あ、骨髄バンクだったら、身元がわからないか」

「ううん、知っているよ。あの人だよ」

「あの人……。余呉先生?!」

「そう、あの人。助けてもらった時は女神に見えたよ。だけど、それは幻想だったよ」


 思い返しても嫌な気分になる。

 

「じゃあ、ここの高校に進学したのは……」

「そう。あの人がここの先生をしているから」

「大変だねとしか言えない。何もできなくてごめんね」

「俺の忠告を聞いてくれるだけで良かっただけどな」


 そう言うと高月さんは申し訳ない顔をしていた。


「まあ今更感がいっぱいで別にいいけどね」


 呆れながらも気にはしていないと伝えておこう。


「ちなみにこの文芸研究部はあの人が野球部の副部長を辞めるために作ったんだよ」

「え、どういう事?!」


 俺が言うと高月さんは驚いた。

 確かに野球部の副部長を辞めるために部活を作っただから、驚く反応は当然だな。

 きっかけはどうあれ、高月さんが文芸研究部に入部した以上は文芸研究部の成り立ちの全ては説明しておいた方がいいな。

 後から聞いていないと言われても俺が困るだけだし。

 俺は高月さんの疑問を全て答えた。

 今までの余呉の状況も加味しておいた。

 そっちの方が説明が理解しやすいからだ。

 答え終わった後、高月さんが言った。


「なんか、あまりにもかわいそう」

「まあ、さすがにこの辺に関しては同情した」

「だから、入部したのね」

「腹黒い人だけど、命の恩人であることは変わりないからね」

「ところで話は変わるけど、小説書いているの?」

「うん、書いているよ」

「何で? 将来、小説家になるの?」


 うーん、小説家か……。

 そこまでは考えていなかったな……。

 ただ、自分の生きた証を残しただけで、それ以上それ以下無いな。


「ごめん。この話も無しで」

「別に話したくない事はないよ。まあ、戯言だと思って聞いてくれればいいよ」


 そう言って、俺は話をする。

 白血病になってからは勉強以外はやる事が無い退屈な日々の事。

 入院してから一か月ぐらい経った時にみき姉が小説を持ってきてくれた事。

 それから小説にハマった事。

 ある日、この命はいつまで続くと考えた事。

 自分が生きた証を残したい思った事。

 考えた末、小説投稿サイトで作品を作って自分の生きた証を残す事を決めた事を話した。

 高月さんは最後まで黙って聞いてくれた。

 自分が喋った内容を振り返るとかなり重たい話なっているな。

 これでは戯言にならない。

 後付け感があるがなんとか笑い話にしよう。


「でも、所詮はど素人が書いた作品。投稿サイトの上位に載っている人達に比べたら全然大したことないけどね」


 俺は笑ったが高月さんは一つも笑っていなかった。


「ここ笑うところだよ」

「無理だよ。笑えないよ」


 うーん、弱ったな。

 笑い話にしてもらわないと俺が困るだけど……。

 少し考えた後、アイデアが出る。

 そうだ。作品を見せればいいだ。

 そうすれば、滑稽な作品に笑いが出るだろう。


「取りあえず、作品を見たらわかるよ」


 俺は手持ちのタブレットを使って小説投稿サイトを出して高月さんに渡した。

 高月さんは俺の作品を読んでいる。

 読み終わった後「これ住野よるのパクリじゃないの!」とツッコミが来るだろう。

 そうすれば、この重い空気も無くなるだろう。

 読み終わるのに一時間ぐらいはかかるだろう。

 それまで、入学式の日に読んでいた文庫本を読んでいよう。

 

 一時間後。

 高月さんは読みながら泣いていた。

 ちょ、ちょっと。

 確かに悲しい作品だけど……。


「そんなに泣くほどの話じゃないでしょう?」

「そんな事無いよ」

「あれ、俺の予想では『これ住野よるのパクリじゃないの!』と言われると思っていただけどな……」


 作品の内容より、作品全体を見て欲しかっただけどな……。

 それよりもどうやって高月さんを慰めよう?

 俺は目の前の対処に苦慮しているとドアが開いた。


「拓也君、ごめん。遅れて……」


 (まこと)君が居た。

 こんな時に来るな。

 真君が居るって事は……。

 

「真君、何立っているの? 早く、中に入って……」


 やっぱり、木之本(きのもと)さんが居た。

 そうなると次の行動は……。

 木之本さんは俺の側に来て殴った。


「塩津! なに、女の子を泣かせているの!」

「いきなり殴るやつがいるか!」


 しかし、俺の怒鳴りを無視して高月さんの所に行く。


「どうしたの? 何されたの? 一緒に職員室に行こうか?」

「話を聞け!」

 

 やっぱり、話を聞かない。

 木之本さんは高月さんを慰めている。

 

「大丈夫、あたしは味方だから、一緒に塩津を退学させよう」

「だから、話を聞け!」


 真君が木之本さんの頭を軽く叩く。


「まこと、話を聞いてあげなさい」

「はーい」


 真君が木之本さんに話を聞くように促した。

 もちろん、真君の言うことだから素直に聞いた。

 俺は話せる環境が整ったのを確認して話始めた。

 話終えると木之本さんは「なんだ。これを機に塩津を退学させれると思ったのに」とほざいた。

 俺は木之本さんに恨まれるような事をしただろうか……。

 木之本さんはタブレットを手に取り、俺が書いた作品を読み始める。

 十分ぐらい経った後、タブレットを机に置いた。


「住野よるのパクリだ」

「その感想を高月さんに求めていたんだけど、予想外の方向に行ってしまっただよ」


 俺は言うが木之本さんは相手にしていない。


「王道だね。この作品は」

「うん。王道だね」


 真君が言うと木之本さんは素直に同意する。

 わかっていた事なので気にしていない。


「あのすみません。二人はどちら様でしょうか? 塩津君の知り合いというのはわかるですけど……」


 高月さんは恐る恐る二人に尋ねる。

 十分以上高月さんを蚊帳の外にしていた。

 ごめん、高月さん。

 決して、ワザとではない事だけ知ってほしい。


「ごめんごめん。塩津を退学させることばかり考えていた。あたしは一年B組の木之本まこと。よろしくね。真君とは従弟で塩津とはただ知り合い」

「僕は一年C組木之本真(きのもとまこと)。よろしく。拓也君とは従弟でまことも同じく従妹だよ」


 二人は自己紹介してくれたが高月さんはこめかみに人差し指を置いて考えているようだ。

 初見だとそうなるな。

 俺も小さい頃、二人の名前聞いて首を傾げたからな。

 さすがにこのままして置くわけにいかない。

 ここはちゃんとフォローしておこう。


「高月さん、多分聞き間違いしていると思っているけど、間違いじゃないよ。二人とも、きのもとまことだよ」

「さん、ね」


 俺は高月さんに正式に二人を紹介した。

 ただ、木之本さんはさん付けを指示されたが……。

 

「……こちらの女性の方は木之本まことさん。こちらの男性の方は木之本真」

「あたし、木之本まこと。真君とごちゃごちゃになるから、まことちゃんと呼んでいいよ」

「初めまして、高月ちひろです。よろしくね。木之本さん」

「まことちゃん。まことちゃんと呼んで」

「じゃあ、まことちゃん」

「よろしくね。ちひろちゃん」


 うーん、女の子同士と打ち解けるのも早いな。

 

「僕は木之本真。真君と呼んでもいいよ」

「高月ちひろです。よろしくね、まこ……」


 高月さんが真君と呼ぼうとしたら、木之本さんの顔つきが変わった。

 それは正に鬼の形相だ。

 威嚇するな。

 これのせいで真君に近付く女の子が少ない。

 百歩譲って、真君が好きな子に対してするのはいいけど、普通に用事がある女の子までする。

 おかげで真君が「僕って、女の子に嫌われているのかな?」と少し寂し気に言っている始末。

 思春期の男が異性から相手にされないというのは地獄でしかない。

 それでも「幸い、まことだけは相手にしてくれるから有り難い。これでまことからも嫌われたら、どうすればいいだろうか? 思わず考えてしまう」と言っていた。

 原因がすぐ近くにある事に本当に気付いていないか?

 近くに居すぎるから気付けないのか?

 なんにしても、鈍感すぎるだろう。

 高月さんも身の危険を感じたのか、慌てて訂正する。


「さすがに初めて会ったばかりの男の人に対して下の名前は言えないよ。ごめんね、木之本君」

「なんだ。残念だな」


 高月さんが言うと木之本さんは笑顔に戻る。

 正直、そんな事しなくてもいいのに……。

 木之本さんが他の女の子に対して過剰と言ってもいいぐらい攻撃的な行動する理由を知っている。

 真君の事が好きだからだ。

 誰にも渡したくない。

 その思いから来ている行動だ。

 だからと言って、木之本さんはそれ以外の行動をしていないわけじゃない。

 自分磨きに余念がない。

 常に体型には気を使っている。

 これも真君と釣り合える女性で居たいという表れだ。

 そのおかげで木之本町では美少女が居ると話題になるぐらいになった。

 しかし、当の本人はそんな話題は一ミリも気にしていない。

 あくまでも真君の為にしている事だからだ。

 まあ、みき姉から聞いた話だから実際はどこまで本当かはわからないが。

 

「二人とも従兄弟と言っていたけど、いまいちわからないけど……」

「高月さん、一言ではわからないよね。俺がホワイトボードを使って説明するよ」


 と、言ったのはいいがどう説明しよう?

 ここは俺を中心にするじゃなくて、真君を中心した方がわかりやすいな。

 真君の名前を書いて、そのうえに真君の父と書いて左側に俺の母と書き右側には木之本さんの父と書いた。

 そして、真君の父と俺の母の間に姉と書き真君の父と木之本さんの間に弟と書いた。

 更に俺の母の下に俺と書き木之本さんの父の下に木之本さんと書いた。

 ちょっと丁寧過ぎるがこの方がわかりやすいだろう。

 

「なるほど、理解できました」

「こういう事は当事者じゃないとわからないからな」

「ありがとう、塩津君」


 三人同時に従兄弟が現れたら、この質問が出るわな。

 そうなると次の質問は初見の方々が必ず聞く質問に行くだろう。


「あの、まことちゃん。もう一つ聞いていい?」

「いいよ。なんで、あたし達が同じ名前なのかって、聞きたいでしょう?」

「やっぱり、わかりますか?」

「みんな聞くからね」


 やっぱりな。

 これも初見の方はみんな聞くからな。

 この件は木之本さんが答えてくれるから俺は黙っていよう。

 説明をする木之本さん。

 それを聞く高月さん。

 何度聞いてもこんな偶然がよく起きたものだと思う。

 普通そんな取り決めがあったら、生まれた時点でお互い連絡するという約束しておけばいいのにと思う。

 多分、双方の父親が名前を受理してしまえばこっちものと思ったに違いない。

 この名前にどれだけ思いがあるのがわからないがそれなりに理由があるのだろう。

 機会があったら、聞いてみるか。

 忘れていなければの話だが。

 真君が俺に話かけてきた。

 

「拓也君、高月さんは何故ここに居るの?」

「高月さんはあの人に懇願されて入部させられたの」

「必死だな」

「最低二人集めないと同好会としても活動できないから」

「塩津君、同好会って何? 部活と違うの?」

「高月さん、知らないんだ。説明するね」


 俺はホワイトボードに書いて説明する。

 部活は最低五名が部に所属していること。

 毎日、活動していること。

 学校から部活動費は出る。が、人数や活動成果によって部活動費の金額が変わる。

 同好会は最低二名が同好会に所属していること。

 週に最低二日は活動すること。

 学校から部活動費が出ない。が、活動成果によっては部活動費が出ることもある。


「大まかに説明するとこんな感じだ」

「最後の一つがわからないだけど……」


 そうだよね。

 高月さんの言う通りだよね。

 あの人から聞いた後、自分なりに考えたけど答えが出なかった。

 

「あの人に聞いたけど、学校に貢献したら出るらしいという曖昧な答えが返ってきた」


 ごめん、高月さん。

 今の俺にはこれが限界です。


「じゃあ、同好会は成立しているんだ」

「いや、やっと同好会が成立した」


 俺が言うと高月さんは驚き、そして話が見えていない状態に入っていると確信した。


「もしかして、あの二人が文芸研究部の部員だと思っていた?」

「思った。盛大に思ってた」

「ごめん、ちひろちゃん。あたしは真君と一緒に来ただけなんだ」


 木之本さんは手を合わせて高月さんに謝っている。

 俺にもこれぐらい行動してくれたらいいのに……。


「高月さん、僕は放送部に入っているから文芸研究部には入れない。挿絵を描く事なら手伝うことはできるけど、流石に小説は無理だな」


 真君はやんわりと断った。


「高月さん、あの二人が部員だったら高月さんを誘う必要ないでしょ?」

「そう言われば、そうだね」

「じゃあ、僕達は行くね」

「じゃあね、ちひろちゃん」


 二人は部屋出ていた。ちなみに木之本さんは高月さんだけに笑顔を振りまいて部屋から出た。

 やっぱりか。

 今日は高月さんと真君が居たおかげでそんなに酷い目に遭わなくて済んだ。


「さて、書くとするか」


 鞄から折り畳みキーボードを出して、本格的に執筆作業に入る。

 前々から考えていてた文章を書く。

 うーん、なんか違うな。

 作品のイメージを考える。

 これは違うな。

 この部分消すか。

 消して新たに文章を書く。

 それを何度も繰り返した。

 ふと、窓を見た。

 日が西に傾いていた。

 スマホの時計を見る。

 五時をなっていた。

 俺は背もたれにもたれながら「今日はあまり書けなかったな」と呟いた。

 完全下校時間には一時間あるが今日は店の手伝いを親父から頼まれていた。

 

「今日は用事があるから早く帰る準備してくれ」

「あ、はい」


 俺は高月さんに帰る準備を促す。

 本当は急かすような事はしたくないが鍵の取り扱いの件がある。

 それを今日は説明している時間が無い。

 明日しっかり説明しよう。

 俺と高月さんは慌てて帰り支度をして部室から出た。


 店の手伝い(本当はバイトなんだが、バイトになると校則で許可が必要なのであくまでも店の手伝いとして学校には押し通している)が終わり部屋でくつろいで居た。

 俺は文芸研究部の今後を考えていた。

 本来ならあの人が考える事だが同好会が成立した時点でどうでもいいやと考えているだろう。

 今日入部した高月さんにこんな事を頼めない。

 そうなると同好会を存続させたいと思っているのは俺だけ。

 さて、どうしようかね?

 週三日は同好会には出よう。

 活動形跡があれば、学校側も潰しにかかれないだろう。

 後は作品を書いて文化祭に展示すればいいと思う。

 できれば高月さんも書いてほしいが無理強いはできない。

 自発的に書いてもらう方法を考えないと。

 俺にできるのはこれぐらいだな。

 さて、勉強でもするか。


 次の日。

 本日の授業は全て終えて俺と高月さんは一緒に部室に居た。

 俺は執筆、高月さんはそれを見ている。

 正直、これを見て楽しいのか? と聞きたくなる。

 

「ねえ、塩津君」


 呼ばれたので高月さんを見た。

 すぐに目線をタブレットに戻した。

 無視したわけじゃない。

 可愛い娘が俺の側に居る事に少し戸惑ってしまっただけ。

 教室はみんなが居るから気にならないけど、二人っきりだと緊張する。

 でも、それを知られるわけにいかないので冷静に対応する。


「何?」

「余呉先生はいつ来るの?」

「来ないよ」

「来ないの?」

「うん、来ないよ」

「それって、顧問としてどうなの?」


 うん、確かに高月さんの言う通りだ。

 顧問としてどうかしている。


「あの人は野球部の副部長を辞めることできたら、この部活はどうでもいいからね」

「なんか、塩津君の気持ちがわかるような気がしてきた」

 

 この短期で俺の気持ちを理解してくれるなんて、本当に高月さんは優しいな。

 俺は執筆を再開しようと思ったら、高月さんが俺を見ているので聞いてみた。


「ねえ、高月さん。書かないの?」

「うーん、塩津君の作品を見てしまうととても書けそうない」


 あんなレベルの作品なんか、投稿サイトではいくらでもあるだけどな。

 

「……なんか勘違いしているよ」

「勘違いって、何を勘違いしているのかわからないけど……」

「高月さんの考え方」

「あの作品見たら、あの考え方になるよ」

「俺の作品を高く評価してくれて嬉しいよ。けど、その考え方は間違っている」

「考え方が間違っているって、どういう事? 一から説明して」

「人から教えを乞う時は丁寧に言いましょう」

「一から説明して下さい」

「わかりました。説明させて頂きます」


 と、言ったものもこの説明長くなりそう。

 喉を潤してから喋るか。

 鞄からマグボトルを取り出して、一口飲んだ。


「じゃあ、説明するよ。昨日、僕の作品を見てあれだけの作品は書けないと思ったのでしょ?」

「うん」

「それは俺も入院中、小説を書きながら本屋でを売られているような作品を俺は書くことができるのかなと思っていたよ」


 自分で言いながら、本当にそう思う。

 入院中だから書く時間があるが、クオリティとなると話は別になるからな。

 黙っていても話が続かないので更に喋る。


「それでも一つの作品を完成させた。けどね……」

「けどね、何?」

「昨日読んでもらったからわかるけど、住野よるのパクリになっていたんだよ」

「それでも、一つの作品を作った事は事実だよ」

「確かにそれは事実。それで、気付いたんだよ」

「気付いたって、何を?」

「最初の作品はどうしても自分が好きな作家さんのパクリになってしまう事を。けど、それが悪いとは思わない。自分が成長させるには必要な課程だと思うから」


 我ながら、都合良い言い訳だと思う。

 きっと高月さんもそう思っているだろう。


「音楽なんかも好きなアーティストのテクニックをマネないとその音楽ができないし、絵画も好きな画家の技法をマネしないと使わないと描くことができない」

「ここまで言われるとわかる気がする」

「でしょ。結局は始めはマネしないと上達しない。まずは一つの作品を作って自分自身に自信を付ける事が大事だと思う。オリジナルを作るのはその次の課程だよ」

「そうか。私はマネは良くないと思ってた。けど、上達をするにはマネすることが一番早いんだ」

「そうだよ。わかってくれて良かった」

「私、小説を書いてみようかな……」

「うん、書いてみなよ。もしかしたら、新しい発見があるかもしれないよ。明日、俺が使っていたキーボード持って来てあげる」

 

 俺は笑顔で言ったが内心は心が痛い。

 自分の都合の為に高月さんを騙したような気がしたからだ。

 申し訳ないので後でお詫びしよう。

 そういえば、どんなジャンルの小説を書くのだろう?

 気になったので聞いてみた。


「どういうジャンルを書くの?」

「学園を舞台にした作品を書くつもり」

「学園ものか……。いいね、学園ものはいろいろ話ができるから、やりやすいよ」


 ジャンルを聞いたんだけどな……。

 まあ、あまり制限するものよくないからこれ以上言うのは止めよう。

 高月さんも嬉しそうな顔をしているから。


「塩津君は恋愛ものが好きなの?」

「好きだよ。でも、本当に書きたいのは主人公達がゲームの世界で戦う話を書きたい」


 これは本当だ。

 でも、本格的なものでは無く、緩いものにしたい。

 なぜなら、血生臭いものは俺自身が苦手だからだ。

 高月さんを見ると「うーん」と唸った後、黙り込んでしまった。

 しまった。

 これは間違いなく返事に困っている。

 そんなに気難しく考えなくてもいいのに……。

 これ以上困らせてもいけないので俺から喋る。


「でも、今は目の前にある作品を書き上げることが大事だから、それはいずれ書くことにするよ」


 そう言うと高月さんはほっとした顔を見せた。

 一通り会話を済ませると俺は執筆を再開させた。

 執筆しながら考える。

 学園ものか、もう一回書いてみたいな。

 前回は悲しい最後になってしまったからな。

 次は幸せな最後にしたい。

 

「ねえ、塩津君はどうやって小説のネタを見つけるの?」


 高月さんが少し困った顔して聞いてきた。

 しかも、結構難易度が高い質問だ。

 正直、俺が知りたい。

 もちろん、無いわけじゃないが……。

 少し考えた後、結論を出す。


「うーん、あまり喋りたくないけど……。でも、書けないのは困るから教えるよ」

「ありがとうございます」


 相談された以上は教えるしかないな。


「参考程度に聞いてくれ。俺はラジオをよく聞いてるから自然とそこから作品になる話を見つけるよ」

「どんな番組を聞いているの?」

「チュートリアルの番組」

「今度聞いてみる」


 聞いてくれるんだ。

 予想外の形でリスナーを増やす事ができた。

 今度の月曜日、さりげなくラジオを聞いたか聞いてみよう。

 上機嫌になった俺は更に喋る。


「それとドキュメンタリーなども参考するね」

「小説は参考にしないの?」

「今はしていない。切り口を変えないとオリジナルの作品ができないから」


 あ、喋り過ぎた。

 これは内緒にしておきたかったな。

 まあいいや。

 また、見つければいいだけの事だから。

 高月さんを見るとまだ悩んでいるようだ。

 これは完全に頭の中でいい作品が出来上がらないと書けないタイプだ。

 このままでは良くないから書くように促そう。


「高月さん、取りあえず自分の頭の中にある作品を書いてみたらどう? 書き始めると意外と書けるよ」

「そんなものなの?」

「そんなものだよ。実際に自分がそうなんだから。実行あるのみだよ」


 そう言うと高月さんはタブレットを操作し始めた。

 どうやら、本格的に執筆活動を始めたみたいだ。

 邪魔したら悪いので、俺も執筆を再開した。

 俺はふと窓を見た。

 太陽は西に傾いていた。

 スマホの時間を見たら、六時になろうとしていた。

 高月さんに声を掛けようした時、机に手紙があった。

 手紙を手に取り見てみた。

 

 作業に集中いているから、このまま帰ります。二人とも頑張って下さい。


 どうやら、あの人が書いた手紙みたいだ。

 来たなら一言ぐらい声をかけてくれたらいいのに……。

 嘆いても仕方ないから帰るか。

 高月さんを見るとまだ執筆していた。

 夢中なっているな。

 けど、時間だから終わらせないと。


「高月さん、時間だよ。帰ろう」


 声を掛けるが反応しない。

 相当筆が乗っているようだ。

 少し大きい声で呼びかけた。


「高月さん、帰るよ」


 反応せず。

 ああ、高月さんって職人肌な方なんだ。

 弱ったな。

 肩に触って気付かせる方法があるが、場合によってはセクハラになるからな。

 それきっかけで嫌われたくないし。

 仕方なく、もっと大きい声で呼びかけよう。

 それがダメなら肩に手を掛けよう。


「高月さん!」

「な、何? 塩津君」

「やっと、返事した。時間だよ、帰るよ」

「え?」


 俺の言葉に驚いて、高月さんは自分の腕時計を見た。

 時間を確認すると、慌ててタブレットの電源を落として帰る準備を始めた。

 俺が部室の鍵を閉めて、二人で職員室に向かった。


「余呉先生、結局来なかったね」

「あの人来たらしいよ」

「先生来たんだ」


 そう言った後、高月さんは少しムスっとした顔した。

 やっぱり、怒るよな。

 邪魔したくない気持ちはわかるが顧問なんだから、声を掛けろよ。

 そんな事を思っていたら、高月さんの顔が何かに気付いたようだ。


「ねえ、塩津君。来たらしいって、余呉先生見てないの?」

「見てないよ。机にあの人のメモがあった」

「メモ?」

「作業に集中しているから、このまま帰ります。二人とも頑張って下さいって書いてあった」


 言ったら、高月さんは黙ってしまった。

 多分、呆れてだろう。


「あの人に期待しない方がいいよ。生徒をほったらかしで帰る人だから」


 これで少しはあの人の素性がわかったらいいだけどな……。

 そんなこんなしている内に職員室に着いた。

 高月さんに鍵を持ち出す時の手順と諸注意を教えながら鍵を戻した。

 二人きりの帰り道。

 高月さんは黙って歩いていた。

 俺はお詫び件で頭がいっぱいだった。

 どうしようかな?

 そうだ、キーボードを渡そう。

 タブレットの直接入力は大変だからな。

 そういえば、あのキーボードのBluetoothのIDとパスワードが書かれたメモどこにやったかな?

 多分、キーボードの説明書に挟んであると思うだけど……。

 うん、高月さん。どこまで付いて来るんだ?

 俺は高月さんに声掛ける。


「あの高月さん、どこまで付いてくるの?」

「ご、ごめん。決して、家に行こうなんて思っていないから!」

「いや、既に家なんだけど」

「え?」


 俺は玄関を指で差した。

 高月さんは指差した方を見ると沈黙してしまった。

 暫く考えた後、気まずい顔をし出す。

 俺はその程ぐらいなら気にはしないだけどな……。

 

「じゃあ、また明日……」

「拓也!」


 高月さんが慌てて帰ろうとしたら、母さんが大声で俺の名前を呼んだ。

 これで高月さんの動きが止まってしまった。

 母さんは高月さんを見る。

 頼むから変な事を言うなよ。

 高月さんは丁寧に母さんに会釈する。

 えらいな。普通、こういう状況なったら何もできなくなるからな。

 対照的に母さんは高月さんを見て終わり。

 年下かもしれないが「どうも」ぐらい言葉をかけてもいいと思うぞ。

 そしたら、母さんは俺にヘッドロックをかけた。

 更に頭部をグーで殴る。

 

「入学してまだ数週間しか経っていないのにもう女の子に手を出すなんて! この! この!」

「母さん、痛い! 痛い!」


 俺は母さんの腕にタップするが無視される。

 それどころか脳天をぐりぐりと捏ねやがる。

 これが二分ぐらいやられた後、解放された。

 あまりの痛さにその場で蹲る。

 人が居ても手加減無しか。

 

「ごめんね。ところでどちら様でした?」


 こら、俺を無視して話を進めるな。


「塩津君の同じクラスで同じ部活に所属しています高月さんです」

「そうですか。いつもうちのバカ息子がお世話になっています。紹介が遅れました。拓也の母です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「こんな場所で話もなんだから、家に入って」


 母さん、何を言い出すだ?!

 高月さんが戸惑っているだろ。


「時間が時間なので、今日は遠慮します」


 良かった。高月さんがしっかりしていて。

 

「そんな事を言わずに」

 

 母さん、止めて。自分の都合ばかり押し付けるのは。

 やっぱり、ここは俺が入らないと。


「母さん、とっくに六時過ぎているんだよ。今日はむりだけど、後日来てもらえばいいでしょう?」

「うーん、わかった」


 高月さんは後日来てもらえばいい。

 あくまでも後日だ。

 そう、期日は決めなければ嘘にはならない。

 嘘を吐けば怒られる。が、嘘は吐いていないからこれは怒られる事案にはならない。

 現に母さんも俺の言葉に納得している。

 もし、何か言われてもこれを言えば文句は言わないだろう。

 我ながら、いい考えだ。

 自画自賛していたら、母さんは高月さんの手を握っていた。


「高月さん、近いうちに家に遊びに来てね」

「は、はい」

「高月さん、本屋まで送るよ」

「ありがとう。じゃあ、お願いね」

「約束だよ」

「母さん、もうそれはいいから」


 俺は高月さんを母さんから離した。

 百メートルぐらい歩いた後、高月さんに話掛けた、


「ごめんね。うちの母さん、人の都合も考えもせずに行動する人だから」

「大丈夫だよ」

「迷惑なら迷惑と言ってもいいだよ。少なくとも、うちの母さんには言っても構わない」


 高月さんは押しに弱いから、心配になってくる。

 

「それに今日は下の姉さんが仕事が休みだから、あまり家にあげたくなかった」

「からかわれるから?」

「そんなところだね」

「ところで塩津君のお姉さんは二人なの?」

「なんで二人ってわかるの?」

「だって、自分で言っているよ」

「言った?」

「言った」


 高月さんがそう言うので考えてみた。

 あ、下の姉さんが休みだって言っている。

 これなら上の姉さんが居ると言っているのと同じだ。

 

「言ってる」

「でしょ」


 何で言った事に気付けなかっただろうか……。

 ただただ、恥ずかしいだけだ。

 高月さんは笑みをこぼす。

 思い切り笑わないだけ気を使ってくれて有り難い。

 急に話題を変えるとおかしくなるから、徐々に変えていこう。


「高月さんは兄弟は居るの?」

「お兄ちゃんが一人いる」

「どんな人?」

「普通の会社員。でも、オンラインゲームではジャンルのゲームでもランキング上位に出て来るぐらいの上級ゲーマー。最近ではゲーム実況の動画を流して、お金を稼いでいるみたい」


 とんでもない兄ちゃんだな。

 ゲーム実況は誰もがやっているがお金を稼げるぐらいだから、余程の腕前なんだな。

 もし、会う機会があったら見せてもらおう。

 そんな話をしていたら、本屋に着いた。


「じゃあ、俺に本屋に寄るから」

「私も寄ろう」

「これ以上遅くなったら、親戚の人が心配するぞ」

「大丈夫だよ」


 自分だけは大丈夫と思っている人ほど、危険な目に遭うだよな。

 高月さんは可愛いから、余計に変な奴に絡まれるかもしれないのに……。

 仕方ない。


「十分で戻って来るからここで待っていて」

「どうするの?」


 高月さんが聞いてきたがこれ以上遅くなるのは良くないので聞かなかったことしてその場を離れた。

 家に着くと母さんが「ご飯できているから食べなさい」と言われたが「高月さんを送って行くから、後で食う」と言った。

 部屋に入りキーボードと説明書を鞄に入れた。

 念のため、説明書の中にBluetoothのIDとパスワードが書かれたメモが挟んであるか、確認して鞄に入れた。

 自転車に乗って急いで本屋に戻った。


「お待たせ」

「どうしたの? そんなに息を切らして」

「家に帰って自転車を取ってきた」

「どうして?」

「もう暗いから。女の子一人歩きは危険だよ」


 そう言うと高月さんは少し考えた後言った。


「じゃあ、よろしくお願いします。でも、せっかく本屋に来たから本を見て行きたい」

「いいよ。それは俺も同じだから」


 俺の考えに納得してくれた。

 これで「別にいいよ。一人で帰るから」と言われたら、かなりショック受ける。

 気持ちを組んでくれた高月さんには感謝したい。

 俺達は本を見て行くことにした。


「どういう本が好きなの?」

「俺はあれだな」


 文庫本のコーナーに向かった。

 そして、一冊の本を手に取った。


「この人が書く作品が好きだな」


 俺はその本を高月さんに渡した。

 高月さんはその本を読む。

 最初は普通に読んでいたが少しずつ難しい顔付きになってきた。

 ああ、この作品はお気に召さないようだ。

 いい作品だと思うだけどな……。

 押し付けも悪いから、早く切り上げよう。


「高月さんはどの本が好きなの?」


 本を棚に戻して、高月さんは女子向けのライトノベルのコーナーに向かった。

 高月さんは本を手に取って俺に見せた。


「私はこれ」

 

 その本は某動画サイトで有名な作品でそれが小説になったやつだ。

 その本を俺に渡してくれた。

 ああ、この作品読みたかっただよな。

 だけど、女子向けだけに手に取ることもできないだよな。

 でも、高月さんのおかげで読みことができる。

 早速、本を読む。

 動画サイトの作品の世界感と同じだ。

 なるほど、ここはこういう意味だったな。

 この本、買おうかな……。

 どうしようかな……。

 すると、高月さんが俺に声をかけてきた。

 ちょっとだけ、周りを気にしている様子だった。


「この本、面白いでしょ?」

「面白い。買おうかなと考えたけど、この本を男の俺がレジに持っていくのは勇気がいるなと考えていた」

「私持っているから貸すよ」

「ありがとう。これで恥を掻かずに済む」


 続きが読める。

 高月さんには感謝しないと。

 そう思いながら、俺達は本屋を出た。

 そして、俺は高月さんの家まで送った。


「ありがとう。送ってくれて」

「ううん、気にしないで。これを渡したかったから」


 そう言いながら、背中に背負っていた鞄からキーボードを取り出した。


「俺の使い古しのキーボードだけどあげる。タブレットの直接入力より早く入力できるよ」

「いいの? 高い物でしょ?」

「いいよ。自分は新しいのがあるから」

「じゃあ、貰うね。ありがとう」

「説明書も一緒に渡しておくね。Bluetoothで繋げることができるよ」

「う、うん。ブルートゥースね」

「じゃあ、明日」

「うん、明日」


 俺は帰った。

 帰り道、高月さんの事を考えていた。

 大丈夫かな?

 Bluetoothのところで、なんかぎぐしゃくした感じが出たけど……。

 説明書もあるから、多分大丈夫だと思う。

 ダメだったら、明日俺が設定するか。

 家に帰り、ご飯を食べようしたらご飯が無かった。

 

「母さん、ご飯は?」

「その前に聞きたいことがある」

「ご飯食べた後にしてよ」

「ダメ。これはご飯より大事な事だから」


 ああ、怒っているのと拗ねているのが一緒になった表情が出ているな。

 仕方なく、母さんの言う事を聞く事にした。

 俺はと母さんは食卓の椅子に座る。


「何、聞きたい事って?」

「始めに言っておくけど、回答依ってはご飯のレベルが変わるからね」


 ご飯を人質……いやご飯質にかけるな。

 まあ、嘘付かなければいい。

 始めから嘘を言うつもりは無いが……。


「わかった、正直に言います。で、何?」

「高月さんとはどんな関係なの?」


 浮気相手を見つけたように言うな。


「高月さんは同じクラスメイトで同じ同好会の仲間だよ」


 高月さんが言った事をもう一回聞くんだ?


「クラスメイトだけで家に来るわけないでしょ?」

「学校と高月さんの家の間にうちがあるんだよ」

「高月さんの家はどこ?」

「ベルロードのところ」

「ちょっと遠回りじゃないの?」

「ちょっとだけ、遠回りだね」

「はい! ボロが出ました!」


 まるで、証拠を見つけたかの如く言った。


「どこも出ていない」

「犯罪者は気付かないだよね。自分がボロ出した事を」

「誰が犯罪者だ?」


 俺は抗議するが母さんは無視して喋る。


「わかっていないから教えてあげる。高月さんがうちに来た時間は何時だった?」

「六時は過ぎていた」

「普通なら真っ直ぐに家に帰ればいい。その方が早く帰れるから」


 ああ、ここまで来ると次の台詞がわかってきた。


「でも、拓也は『ちょっとだけ遠回りになるけどうちに来てほしい。同好会の件で話がある』とか言葉巧み騙して、うちに連れ込もうした。高月さんは『そんなに遠回りじゃないならいいよ』と同意させたはず」

「全く外れている。一ミリも当たっていない」 

「拓也って、外見は人畜無害って感が出ているから、大丈夫だろうと思わせる事ができるだよね」


 一つも褒められている感じがしない。


「高月さんって、人が良さそうだからすぐに言う事を聞きそう」

「数分しか会っていないのにそんな事を言うな! 失礼にも程がある!」

 

 自分の悪口は我慢できるが高月さんの悪口は例え本当の事でも許さない。

 それが親でもだ。


「確かに押しに弱いところあるけど、自分の意思はしっかり主張できる娘だ! まるでバカな娘みたいに言いやがって!」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないだけど……」


 母さんは俺の怒号にさすがに言い過ぎたと思ったらしく謝った。

 本来なら一言謝っただけでは許さないけど、悪口を言われた本人が居ないところでケンカして仕方ないのでこれで終わらせよう。


「じゃあ、うちに連れ込もうとはしていないだね?」

「だから、違うって。成り行きで一緒に帰っただけ」

「本当?」

「本当です」

「本当に本当?」

「本当に本当です」


 くどいな。

 

「わかった。信じる」


 頼むから始めから実の息子の言葉を信じてくれ。

 

「高月さんって、可愛いよね」


 今度はどっち方向に話が進むんだ?

 こっちはご飯が食べたいだが……。


「よくあんなレベルが高い女の子と友達になる事ができたね」


 その辺に関しては否定できないな。


「正直、拓也と高月さんが一緒に居るところを見るとまさに美女と野獣という言葉が合う」


 酷いな。

 抗議したいが我慢して聞く。


「高月さんと一緒に居られるのは奇跡と言っても過言じゃないね」


 それも否定しない。


「絶対に高月さんを泣かせるような事はダメだからね。泣かしたら母さんは許さないよ」


 ここまで来たら、脅迫以外なにもでもない。

 

「母さんに言われなくても、そんな事はしない」


 真剣な顔で言った。

 ここは断言した方が母さんも信用するだろう。

 それを見た母さんが言う。


「言質取ったからね。じゃあ、ご飯準備するね」


 やれやれ、やっとご飯が食べられる。

 食卓にご飯とおかずが並べられる。

 ご飯を食べていると母さんがニヤニヤしながら俺を見ていた。

 始めは気にしていなかったが、その表情が一つも収まる様子が無かったので理由を聞いてみた。

 

「母さん、ニヤニヤにしながら俺の顔を見ているんだ?」

「なんでもないよ。ただ」

「ただ、何?」

「お父さんと一緒で面食いなんだねと思っただけ」


 それは自分は可愛いと言っているのと同じだぞ。

 正直、母さんがそんな風には見えない。

 それは口にしなかった。

 したら、間違いなくご飯が出なくなると思ったからだ。

 とはいえ、会話を途切れさすもの悪いのでこれだけ言っておこう。


「そうなんだ。ごちそうさま。宿題があるから部屋に戻る」


 そう言って、部屋に戻った。

 部屋で宿題をやっているとみき姉が入ってきた。


「拓也、彼女ができたって、本当?」

「みき姉、部屋に入る時は承諾してからに入ってくれ」

「そんな事より彼女ができた事の方が大事だよ」


 人のプライベートをそんな事扱いにするな。


「彼女じゃない。クラスメイトの子です」

「なんだ、彼女じゃないのか」

「そうです。宿題の邪魔しないで下さい」

「なんで、その子を家に上げなかったの?」


 どうやら、この様子だと母さんから全部聞いているな。

 みき姉が居るから上げなかったと、言うとややこしくなりそうだな……。

 

「本屋に寄るついでに家の場所を教えただけ、始めから家には上げる予定は無い」


 後付け感が強いが事実ではある。

 

「なんだ、つまんない」

「別に面白くするつもりは無い」


 俺がそう言うとみき姉は部屋から出て行った。

 多少、不満気な顔をしていたが気にしないでおこう。

 五分後。

 今度は親父が来た。


「拓也、クラスの女の子を家に連れて来たのか?」

「本屋に寄るついでに案内しただけだよ」

「ちゃんと家まで送っていただろうな?」

「送ったよ」

「それならいいけど」


 多分、親父はこんな事を聞くつもりではない。

 もっと、別の事を聞きたいはず。


「親父、本当は高月さんの事を聞きたいだろ」

「いや、違う。どっちかというと言いたい事がある」

「何? 言いたい事って?」

「母さんに聞いたんだが、可愛い子らしいな。惚れた女なんだろう? 大事にしないとダメだぞ」

「!」


 予想外の言葉に言葉が出てこなかった。


「その様子だと母さんの読みは正解のようだ」

「不正解です」


 俺は否定するが親父は無視して話を進める。

 

「拓也」

「何?」

「やっぱり、お父さんの子なんだとつくづく実感した」


 それだけ言って部屋から出ていた。

 なんだったんだ……。

 すると、スマホの着信音が鳴った。

 画面をみか姉だった。

 だいたい話の内容はわかるがとりあえず電話に出た。

 

「もしもし、みか姉」

「拓也、彼女ができたって、本当?」


 同じ質問するとは思っていたが、同じ言葉で質問するとはさずがに思わなかった。

 さすが姉妹だ。


「ね、聞いてる?」

「聞いてるよ。残念ながら彼女はできていないよ」

「なんだ。ガセネタか」

「ガセです。じゃあ、切るよ」

「あ、待って」

「何?」

「一応、言っておこうかな」

「何を?」


 みか姉もか……。


「私みたい高校卒業した三か月後に結婚しないでよ」

「するか!」


 俺が抗議したが既に電話は切れていた。

 スマホを机に置いてベッドに横になった。

 勉強する気が失せてしまったからだ。

 久しぶりにみか姉の声を聞いたな。

 元気そうで良かった。

 結婚がする時は正直驚いた。

 なぜなら、高校の先生と結婚したからだ。

 これだけを聞くと禁断の恋愛したのかと思うが実際したのだ。

 学校中どころか世間の話題になったぐらいだ。

 在学中、二人がどこまで進展していたのかわからないが多分行くところまで行ったと思う。

 確認していないから何とも言いようが無い。

 とはいえ、結婚して子供二人(今度三人目が誕生する予定)居て、ケンカするが離婚をするほどではない。

 それを考えれば、幸せであることには間違いないだろう。

 これで高月さんの事を聞く人は居なくなったから、勉強再開するか。

 俺は再び勉強する為に机に付いた。


 次の日。

 身支度を終え、朝食も食べて学校に行こうしたら、母さんが止めた。


「拓也」

「何、母さん?」

「今日、高月さんは来るの?」


 母さん、高月さんの事が気に入ったのか?

 

「来ない」

「連れて来なさいよ」

「じゃあ、行ってくる」


 母さんの勝手な頼みは聞き流して、俺は学校に向かった。

 今日一日の授業を全て終えて、俺と高月さんは部室に居た。

 部活動を始める前にお互い昨日の事を話した。


「設定はできたんだ」

「任せて。これぐらい、大した事ないよ」

「Bluetoothの事を言った時、動揺したから大丈夫かなと思ったけど……」

「私はクラスで二番目、塩津君の次にタブレットの設定をしたんだよ」

「そうだったね。これは失礼」


 俺は軽く謝った。

 真剣に謝るほど、深刻な内容ではないからだ。

 タブレットの設定ができるだからBluetoothの設定もできるだろう。


「ところであの後、お母さんは何か言っていた?」

「何を?」

「私の事」

「ああ」


 昨晩の事が思い出してしまった。

 すると、高月さんがすぐに謝った。


「ごめんなさい。なんかやりましたか?」

「いや、高月さんは何もしてないから謝ることはない。うちの母さんが変な勘違いをしただけ」

「勘違い?」


 高月さんが聞いてきたので俺は昨晩の出来事を説明した。

 正直、身内の恥を晒すのは嫌なのだが、高月さんの事だから話さないわけにいかない。

 取りあえず、母さんの分だけ喋ろう。

 

「まあ、こんな感じかな」


 最後の意味不明部分は除いて話した。

 口にしたら、改めて恥ずかしい。

 できれば、これ以上話したくない。

 そう思いながら、高月さんを見ると恥ずかしがっていた。

 確かに後半の方は高月さんべた褒めだったからな。

 

「本当にそんな事を言ったの?」

「言ったよ。母さんは良くも悪くも正直に言うからね」


 そう。本当に母さんは良くも悪くも言う人だ。

 高月さんはどう言っていいのかわからない様子だ。


「あの様子だと高月さんのことを気に入った感じだね」

「そうなの?」

「うちの姉さん達が就職してから母さんと一緒に居る時間が少なくなって寂しいだよね。だから、高月さんみたい子が居て欲しいだよ」


 これは母さんの行動を見る限り間違いはないだろう。

 基本的に息子より娘の方が好きだからな。

 息子はガサツで嫌だと実の息子の目の前で言ったぐらいだからな。


「で、今日学校行く前に『今日、高月さんは来るの?』と言ってきた」


 それを言うと高月さんは考えてしまった。

 何を考えているかわからないが、悪い事じゃないので気にしないでほしい。


「それでどう答えたの?」

「来ないと答えた」


 ちょっと強い口調だったかな。

 もうそろそろ、この話題を打ち切りにしたい。

 いつまで喋っていると思わぬボロが出そうだ。


「お父さんとお姉さん達は私の事言っていた?」


 まだ、続ける気か……。

 仕方ない、短編的に答えるか。


「親父は高月さんのことは大事にしなさいと言ってだけ。下の姉さんは会わせろとうるさかった。上の姉さんは特に何も言わなかった」

「そうなんだ」


 これぐらいで勘弁してほしいな。

 そう思っていると高月さんは感じてくれたようで話を打ち切ってくれた。

 高月さんは昨日上げたキーボードを巧みに使いこなしている。

 元々、このキーボードが高月さんの物だった如く。

 そういえば、このキーボードに家に持って帰っただから少なくとも何か話題になっただろう。

 一応、聞いておいた方がいいな。

 下宿先の家族構成がわかるかもしれないし。


「ねえ、高月さん」

「なに?」

「俺のことは何か言っていた?」

「うん。あかねお姉ちゃんが塩津君のことを言っていたよ」

「ごめん。あかねお姉ちゃんって、誰?」

「下宿先の従姉のお姉ちゃん」

「そうなんだ」

「それで塩津君はキーボードをプレゼントする変わった男の子だねって、言っていた」

「うーん、まあ、それは否定しない」


 俺だって、高月さんが喜ぶ物をプレゼントしたい。


「これはノーカンしてもらえませんか? ちゃんとしたプレゼント渡したいから」

「え、どうしようかな?」

「お願いします」


 頭を下げてお願いした。

 初めて女の子に渡すプレゼントがキーボードというは人生の汚点にしかならないからだ。


「じゃあ、次はお願いね」


 高月さんは笑顔で言った。

 今度はその笑顔に応えたいと思った。

 

「うん、任せて」

「任せました」

「ところで下宿先のおじさんとおばさんは俺の事は言っていなかった?」

「何も言っていないよ。キーボードを見せていないから。その代わりにあかねお姉ちゃんが塩津君の事をいっぱい言ったよ」


 キーボードの件以外で喋ることあるのか?


「何を言っていたの?」

「塩津君を勝手に彼氏扱いにして、散々からかわれた」


 どこの家庭も姉という生き物は同じなんだなとしみじみと感じた。


「からかわれて、嫌じゃないのか?」

「からかわれるのは嫌だけど、本当に嫌なことはあかねお姉ちゃんはしないと知っているから」


 嬉しそうに言っていた。

 いとこの姉さんは高月さんの事が好きで高月さんもいとこの姉さんが好きなんだ。

 話し方と態度で十二分にわかる。

 

「高月さんのいとこの姉さんは本当に高月さんが好きなんだな」

「好かれることは悪いとは思わないけど、あかねお姉ちゃんに関しては少し過剰なところがあるから」

「きっと、いとこの姉さんは高月さんみたいな妹が欲しかっただよ」

「そうなのかな?」

「そうだよ。うちの姉さん達もそうだったからね」

「それって、あまりにも悲しくない?」

「俺は気にしていない」


 物心付いた時から言われてるから、今更感いっぱいだ。


「高月さんのいとこの姉さんとうちの姉さん達、感覚が似ているな。会わせたら、すぐに意気投合しそうな気がする」

「会わせてみる?」

「止めてくれ。結果が見えている」


 本当に止めてもらいたい。

 確実に高月さんのいとこの姉さんと俺の姉さん達が高月さんを囲んでからかう姿しか想像できない。

 そして、みき姉が高月さんに着せ替えをさえ始まるだろうな。

 可愛い子は可愛い服を着ないとダメだよと言いながら。

 想像しただけで高月さんが哀れで仕方がない。

 ところで今何時だ?

 俺は腕時計を見た。


「あ、四時過ぎてる。本格的に作業しないと」


 少しだけつもりがこんな時間が経っているとは思わなかった。

 俺達は急いで作業を始めた。

 そして、五時半になった作業を打ち切った。

 さすがに昨日と同じヘマはできない。

 なぜなら、高月さんは女の子。

 日があるうちに帰した方がいいに決まっているからだ。

 部室を出ようとしたら、高月さんが昨日貸してくれる本を俺に渡してくれた。


「はい、これ」

「ありがとう。昨日の続きが気になって仕方なかっただよ」


 心の底から喜んだ。

 早く家に帰って読みたい。

 そして高月さんと一緒に帰る。

 会話も自然と弾む。

 だけど、家の近くで別れた。

 昨日みたいならないように高月さんが気を使ってくれた。

 すまない。

 うちの母さんが自由過ぎて。

 次会う時までによその娘には対しては大人の対応するように言っておくよ。

 そう思いながら、家路に付いた。


 そして、一か月が過ぎた。

 部室は俺と高月さん、そして真君と木之本さんが居た。

 俺と真君は真君が所属している放送部の構成を考えていた。

 なんでも一週間後の昼休みに流すに必要のようだ。

 ちなみに高月さんは執筆、木之本さんはスマホをいじっている。

 

「なあ、真君。こういうのは普通は放送作家みたいな人がやらないのか?」


 なかなか、思うように進まない構成作業が苛立つ。

 

「一年は構成とかは自分でやるのが普通なんだ。それを見せて部長に了承されば、それが行われるし、ダメなら部長の構成で行われる」

「厳しすぎる。たかが昼休みに流す校内放送だろ」

「拓也君、気持ちはわかるよ。でも、去年あの事件が起きたからそれ以降チェックが厳しくなっただよ」


 ああ、あれか。

 他校の悪口をネットで流したというやつか。

 入院していたから、詳細は全然知らないが。

 本当に余計な事をしてくれたよ。

 仕方ない、簡単に書いて終わらせよう。

 即効で書いて真君に見せた。


「だいたい、このような構成で行われているからこれでいいじゃないのかな?」


 真君に渡したが高月さんも覘き込むように見ていた。

 そこまでして見るものじゃないだけどな。


「もう少し、具体的に書いてほしいな」

 

 真君は少し不満気に言った。

 

「放送部員じゃない俺に言われても困る」


 実際、放送部員じゃないだからどうしょうもならない。

 放送部員の先輩に聞けと言いたい。

 仕方ない、高月さんと木之本さんに知恵を借りるか。

 俺は二人を見たら、タブレットを使って何やら楽しそうにお喋りしている。 

 うーん、止めとこう。

 話の腰を折るのはあまり好きではないからだ。

 真君を見る。

 書いては消して、消しては書く。

 それの繰り返しだ。

 こっちはこんな状態か……。

 これは自分で考えるしかないな。

 オープニングトークの前にトークのお題を一言言ってから、オープニングトークに入る。

 一曲音楽流した後、生徒から貰った手紙を読んでそれに答える。

 エンディングトークは川柳を読んで終わる。

 これでいいだろう。

 できた構成書を真君に渡す。


「これでいいか?」


 真君は渡された構成書を読む。

 これで文句言うなら、手伝うのを止めよう。


「これならOKがでるよ」

「そうか。じゃあ、帰ってくれ」


 ここは文芸研究部の部室だ。放送部の部室じゃない。

 従弟では無ければ、問答無用で追い出しているところだ。

 そんな事を考えていたら、高月さんが側に来た。


「結局、助けたんだ」

「これ以上、作業を遅れらせたくない」


 ただでさえ、進行が遅れているのに余計な仕事をしてしまった。

 さて、作業を始めるか。

 ところで、高月さんはどれだけ進んでいるのだろう?

 一度、聞いておいた方がいいな。

 

「高月さ……」


 呼ぼうとしたら、木之本さんと一緒に部室から出ていた。

 行っちゃった。

 呼び戻すのは簡単だけど、木之本さんと一緒だとちょっと面倒くさいことになりそう。

 いずれ、戻って来るだろう。

 さて、作業するか。

 トントン。

 誰だ?

 やっと、作業できる体制になったのに……。

 席を立ち、ドアを開けた。


「こんにちは。どう? 作業順調?」


 あの人が笑顔で立っていた。

 俺はドアを閉めそうになるのをギリギリで留まる事ができた。

 一応、こんな人でも先生であることには違いないからだ。


「余呉先生は顧問なんだから、ノックせずに入ってきてください」


 呆れながら言った。

 なんなんだろうな……、この面倒くさい人は……。

 あの人はいつも高月さんが座っている席に座った。

 なんで、俺の対面に座るんだ?


「で、どうかな?」

「行き詰ってます」


 今日はいろんな人達が部室に作業ができません。

 そんな事を言ってもこの人は通用しないけどな。

 

「ところで高月さんは?」


 俺の進捗状況は雑に扱われた。

 

「木之本さんと一緒にどこか行きました」

「どこ?」

「わからないから、どこか行きましたと言っているんです」


 話を聞いてくれ。

 まあいいや、作業しよう。


「高月さんって、可愛いよね」


 今度はなんだ。

 

「ねえ、どうなの?」


 これは相手にしないとダメなやつだな。

 今日は作業するのは止めよう。

 観念してダブレットの電源を落とした。


「確かに可愛いと思います」

「塩津君は高月さんみたいな娘がタイプ?」

「そうですね。高月さんみたいな娘が彼女でしたら毎日が幸せですね」


 これは本音だ。

 高月さんが好みの女の子でもなくても、これぐらいは言っておいた方がいい。

 下手に否定するとそれが回り回って高月さんの耳に入ると気まずい感じになる。

 それだけは何が何でも避けたいからだ。

 

「ふーん、そうなんだ」


 余呉は不満気に返事する。

 なんだ? ちゃんと答えたのに。

 

「そうだよね。高月さんは可愛いし、頭いいし、何よりスタイルいいからね」

「……そうですね」


 一考してから返事した。

 決して、この人に気を使ったわけじゃない。

 高月さんの全体像を考えたのだ。

 女子高生としては普通より上のレベルであることには間違いない。

 だからと言って、べらべらと説明するものおかしい。

 それを考えたら、あの返事で正解だと思う。

 

「塩津君も男の子なんだね」


 言葉に棘が有る。

 俺は何かしたか?

 さっぱり身に覚えが無い。

 更に余呉は不満気に言う。


「そうだね。高月さんは私より胸が大きいからね」

「それは関係ないでしょう」


 俺は否定するが余呉は聞かずに喋り続ける。


「私だって、高校生になったらDカップになると思ったのに中学生で止まってしまった」


 いらん情報を聞いてしまった。

 

「胸を大きくする食べ物やツボとかストレッチやったけど、少しだけ本当に少しだけしか大きくならなかった」


 この言い方だと誤差の範囲ぐらいしか大きくならなかったのようだな。


「男はすぐに胸を見るだから」


 それに関しては素直に認めます。

 

「胸の大きさが女の子の全てじゃないだからね」


 このフレーズ、どこかであったな。

 ああ、退院した時に机の上にあったメモだ。

 まさか、あのDVDをこの人も見ているとは思わなかった。

 まだ喋ると思って黙っていたが、喋る様子は無さそうだ。

 どうやら、全部喋ったようだ。

 この様子だとちょっと言っておいた方がいいな。


「余呉先生」

「な、何?」

「さっきから聞いていると高月さんに恨みまでとは行きませんが妬みが感じられます」

「そんな事は無いよ」

「余呉先生はそうと思いますが、俺にはそうは思いません」


 厳しい目線であの人を見る。

 更に話を続ける。


「先生という立場に居る人なら、その行動は控えた方がいいと思います」


 あの人の顔を見る。

 まだ、押しが足りないようだ。


「高月さんに対して妬み、恨み、愚弄する事は俺は許しませんよ」

「わかりました。以後、控えます」


 それを言うとさすがにあの人も俺の本気をわかってくれたようだ。

 厳しいとは思うがこれぐらいは言ってもいいだろう。

 

「じゃあ、作業頑張ってね」

「はい」


 あの人は落ち込んだ状態で部室から出ていた。

 これであの人の恨みの矛先が俺の向いてくれたらいいと思う。

 少なくとも高月さんに向くことはないだろう。

 考えすぎかもしれない。

 だけど、備えておいてもいいだろう。

 俺はドアを開け、廊下を見渡す。

 どうやら、誰も来ないようだ。

 さて、作業を始めるか。

 タブレットの電源を入れた。

 

「おい、塩津! 居るか?!」


 今度は何だ!?

 能登川が怒鳴り声と共に部室に入って来た。

 

「先生、一応部室だからノックはして下さい」

「緊急事態にそんな事している場合じゃない」

「緊急事態?」


 緊急事態なら女子更衣室に入ってもいいのか?

 そんな事を言っても無駄か。


「そうだ。塩津、余呉先生に何をした?」

「別に話をしていただけですよ」

「話しあっただけで落ち込むわけないだろう」


 どうやら、落ち込んだまま職員室に戻ったようだな。


「ちょっと、高月さんに対して苦言が多かったので控えてほしいとはお願いはしました」

「生徒が先生に発言するなんて生意気だぞ」

「それは認めます。ですが、高月さんの苦言は許す事はできません。先生だって、他校の生徒が自分の生徒が苦言を言われたら嫌ですよね?」

「それはそうだな」

「じゃあ、俺の行動は正当性は認めてくれますね?」

「わかった。認める」


 そう言うとさすがの能登川も認めるしかなかった。

 しかし、なんであの人の事で能登川がしゃしゃり出るんだ?


「ところで余呉先生はここに来て、何をしているんだ?」


 その質問を聞いて答えに詰まった。

 なんせ、何もしてないからだ。

 基本的に俺と高月さんは自分の意思で自由に作業をしている。

 とはいえ、さすがに何もしていませんとは言えない。

 

「進捗状況を確認にする為に来ていますよ」

「進捗状況?」

「そうです。一応、文化祭に作品を出展しますから」

「ああ、そうか。それならいい」


 ふう、助かった。

 あの一言が無かったら、本当に答えが出せなかった。

 

「小説って、そんなに書くのが大変なのか?」

「大変です。正直、今のペースだったら文化祭に出展に間に合うか間に合わないかギリギリの状態です」

「そうか。悪かった」


 そう言って部室から出て行ってくれた。

 さすがに学校行事に支障が出るとなると引くしかないからだ。

 真意は邪魔だから出て行けなんだけどな。

 直球では言ってたら、収まった騒動が再燃してしまうのは得策ではない。

 俺は部室を出た。

 執筆活動をする気が無くなったからだ。

 自動販売機で野菜ジュースを買った。

 頭が使い過ぎには糖分が一番。

 飲みながら、グランドに出た。

 野球部、サッカー部、陸上部が練習していた。

 野球部を見ていると今年も甲子園に出場できそうだ。

 サッカー部は今年も全国大会は厳しそうだな。

 陸上部を見る。

 よく見てみると男女ペアを組んで練習している。

 いいのか、そんな事して?

 こうして見てみると活発的に行動しているペアとぎこちないペアがある。

 活発的に行動しているのは二年生三年生でぎこちないのは一年生だろう。

 この光景を見ながら考えた。

 何か俺の頭に引っかかるものがあったからだ。

 ホーソン効果か?

 確かに陸上部は基本的に個人種目が多い。

 記録を計る係は居るが多数の選手を担当している。

 一対一なら常に見られている。

 男女となると余計に意識する。

 基本、男は女の前では恰好を付けたがる生き物だからだ。

 男が記録を向上させたら、相手の女の子も自分も負けずに記録を向上させる。

 それが無理でも男をここまで記録を向上させたのは自分のおかげと自負できる。

 どっちに転んでも、うまくいく仕組みになっている。

 それを考えたら、ここの顧問は相当の策士だ。

 あ、これ使えそう。

 俺は部室に戻った。

 すぐにタブレットの電源を入れた。

 さっき、思い付いたネタを書き込む。

 が、すぐに手が止まった。

 今、書いている作品にマッチングしないのだ。

 仕方なく、別のウィンドウを出してネタに書き込んだ。

 今は使えなくてもどこかで使えるからだ。

 気配を感じて、その方向をみると高月さんが居た。


「あ、高月さん。戻ってきたんだ。てっきり、そのまま帰ったと思っていた」

「私が出た後も作業していたの?」

「ううん。ほんの三分前までタブレットの前で腕組みをしていた」

「で、今降りて来たんだ」

「そう。だから、忘れないうちに書いている」


 今、作業している作品とは無関係だけど。

 とにかく、忘れないうちに書こう。

 それに高月さんを待たせるわけにいかないからだ。

 俺は全力で書き込んだ。


「ふう」


 書き終わった。

 十分もかかってしまった。

 

「終わった?」

「取りあえず、降りて来た分は書けたと思う」


 返事をしながら、帰り支度をした。

 とにかく、待たせたくないからだ。

 

「待たせて、ごめん。帰ろう」

「うん」


 そう言って、俺達は部室を出た。

 家に帰り、夕飯を食べ終えて部屋でくつろいでいた。

 帰り道、高月さんが言っていたことを思い出していた。

 木之本さんが俺を嫌われる理由がこんな形で知るとは思わなかった。

 高月さんには感謝しないと。

 話の流れで真君と木之本さんの事を喋ってしまったが高月さんが聞きたいと言っていたのだから、トラブルになることはないだろう。

 そういえば、なんでかわからないけどいきなり中間考査の話になったのだろう?

 きっと、心配をしてくれたのだろう。

 それにしても高月さんの頭の良さは並大抵ものじゃない。

 この前の小テストも学年一位を取ったからだ。

 俺も一位になったが、結構前もって勉強していたからだ。

 でも、高月さんは違う。

 全然、勉強せずに小テストに挑んで一位を取った。

 正直、これなら特進クラスでも十分に通用する。

 高月さんは特進クラスには興味はあるみたいだけど、毎週金曜日がテストあるとわかると拒絶反応を示したみたいだから編入することは無いだろう。

 しかし、高月さんの実力は計り知れない。

 説明ができない何かを持っているとしか言えない。

 これを知る事ができるのはまだまだ先の話。

 今はそんな事は考える必要は無いだろう。

 さて、今日放課後できない分を作業しないと。

 そんな事を考えながら、タブレットの電源を入れた。


 次の日。

 俺は早朝からうなだれていた。

 大失態。

 昨日、作業をしながらそのまま寝落ちしてしまった。

 起きた時、のどが完全に乾いていた。

 急いで喉を潤したが時すでに遅し。

 喉に菌が付着していて、のどが痛かった。

 体温を測る。

 三十七度五分。

 完璧な風邪だ。

 仕方ない、今日は休もう。

 一階に降りて、母さんに風邪だから休むと伝えたら……。


「風邪だったら、咳の一つもするでしょう。していないから、その意見は却下です。さあ、とっと学校に行ってこい」


 と、無理矢理制服に着せられて家を追い出された。

 鬼だ。

 普通、念のため休ませようという考えになるだろう。

 そんな文句を呟きながら学校に向かった。

 案の定、授業はほとんど耳に入らずただただ苦行の一言に尽きる。

 幸い、電子黒板に書かれた内容はタブレットに入って来るから後日復習する事ができる。

 それなら学校休んでもいいじゃないかと思うが、出席日数というのが存在するから結局学校に行かなければならないのだ。

 なんとか今日の全て授業に出る事ができた。

 さすがに部活に出るのは止めよう。

 高月さんに伝えないと。


「高月さん」


 呼んだが高月さんは既に居なかった。

 あれ? いつもなら居るのに……。

 いいや、帰ろう。

 俺はそのまま真っ直ぐ家に帰った。

 家に帰り、病院に行く為に保険証とお金を貰いに母さんの所に行ったがどこにも居ない。

 居ない。

 そういえば、今日は店が定休日なのに親父も居ない。

 どういうことだ?

 俺が疑問に感じているとみき姉が部屋から出て来た。


「拓也、もう帰ってきたのか」

「随分なもの言い方だな」

「気にするな。そうだ、伝えたい事があった」

「何?」

「父さん達、真珠婚だから旅行に行ったよ」

「真珠婚?」

「結婚二十五周年のことだよ」


 そんな事を聞いたつもりないがお礼はしておこう。


「説明ありがとう。で、どこに行ったの?」


 まあ、大概検討は付いているが一応聞いてみる。


「恒例の羽合温泉だよ」

「相変わらずだな。飽きないのか?」

「新婚旅行で行ったところだからね。飽きることはないよ。好きな人と行った場所ならなおさら」

「そうなの?」

「そうだよ。まあ、拓也には付き合っている女の子が居ないからわかるわけないけどね」


 いちいち言うな。

 そうなると病院に行くことはできないか。

 仕方ない、風邪薬を飲んで寝るか。

 救急箱から風邪薬を出して飲んだ。

 部屋に入ると机の上にメモがある。

 

 今日は真珠婚式なのでお母さんと二人で一泊二日の旅行に行きます。

 二日分の食事代はここに置いておく。

 それと一つだけ忠告しておく。

 俺達が居ないからってクラスの女の子を連れ込むなよ。


 出掛けるだったら、朝に言え。

 いいや、もう寝よう。

 制服からパジャマに着替えてベッドに入った。

 今日一日を振り返る。

 そういえば、今日高月さんと一度も喋らなかったな。

 いつもどっちかが挨拶してそこから会話が始まる。

 けど、今日はそれが無かった。

 なんだろう、この気持ち?

 寂しい。

 そうだ寂しいのだ。

 高月さんと話す、当たり前の事だったと思っていたのは俺だけだったのか?

 ダメだ。

 どうやら病気で精神が滅入っているみたいだ。

 とっと寝て、早く治そう。

 そうすれば、この気持ちの無くなるだろう。

 俺はそう言い聞かせて、寝ることした。

 しかし、日まだまだ高いから寝ることはできないかった。

 

 ピンポン。


 誰か来た。

 誰だろう?

 起きようとしたが、みき姉の声がした。

 どうやら、みき姉が対応してくれたようだ。

 俺はもう一度ベッドに入った。

 足音が聞こえる。

 それも二つだ。

 みき姉の友達が来たのかな?

 そんな事を考えているとドアが開いた。


「拓也、クラスの子が来たよ」

「みき姉、部屋に入る時はノックしろって言っているだろう」


 体調は悪いが取りあえず抗議はしておく。

 しかし、相変わらず軽く流される。


「そうだったね。じゃあ、私仕事に行くから高月さん拓也の事よろしくね」


 え、高月さん?

 みき姉の後ろに高月さんが居た。

 そして、すぐにみき姉は部屋から出ていた。

 高月さんと二人っきり。

 しかも、俺の部屋。

 本来なら、緊張する場面だがいかんせん俺が病気の為に緊張もへたくれもない。

 

「高月さん、どうしたの?」

「塩津君に言わない事があって、家まで来たんだけど。その様子だと今日は止めておくね」


 ちょっと、それは止めて。

 逆に気になって、眠れなくなるから。

 出て行こうする高月さんを止めようとしたら、机の手紙を見つけて立ち止まった。

 手紙を目に通すと指を差して言った。


「これって……」

「書いてある通り。俺の両親は今日は居ないだよ」

「じゃあ、夕食はどうするの?」

「カップラーメンでも食うよ」

「それでは治る病気も治らないよ。決めた、私が夕食を作るよ」


 高月さんの手料理?

 嬉しいけど、流石に断ろう。


「いや、それはさすがに……」


 と、言いかけたが高月さんは部屋から出てしまった。

 ああ、行ってしまった。

 うーん、どうしよう……。

 考え末に高月さんの厚意に甘える事にした。

 何を作ってくれるだろうか?

 冷蔵庫の中は大したもの無かったはず。

 病気だから、そんなに食べられないから別にいいだけどね。


 一時間後。

 もうそろそろ、出来上がった頃かな。

 俺は台所がある一階に向かった。

 台所に入ると丁度出来上がったところだった。

 高月さんは俺に気付き声をかける。


「今から部屋に持って行こうと思ったのに……」

「上げ膳据え膳はさすがにそれはできない。食事だけは取りに来るよ」


 そう言いながら、食卓に付く。

 食卓にはおかゆとかぼちゃスープが置かれている。

 俺は手を合わせて温かい食事を作ってくれた高月さんに感謝する。

 スープを一口頂く。

 うん?

 もう一度、飲んでみる。

 あ、やっぱり味がわからない。

 完璧に病気で味覚がバカになっている。

 とはいえ、作って貰った以上は食べないと。

 俺は十分ぐらいかけて食べ終えた。


「どうだったかな?」

「病人に優しい献立だったよ」


 そう言うと高月さんが少し不満そうに言う。


「そうじゃなくて、味はどうなの?」


 あ、そっちか。

 うーん、どうしよう……。

 

「不味かった?」


 少しがっかりした顔で言う。

 俺は慌ててフォローする。


「ううん、そうじゃない。味がよくわからなかった」

「わからなかった?」

「そう。多分、病気で味覚が異常になっているかもしれない」

「そうか。次は頑張るね」

「? うん、頑張ってね。じゃあ、後片付けするね」


 俺は食器を片付けようすると、高月さんが遮るように止めた。


「それは私がやるよ。塩津君は早く部屋に戻って安静してよ」

「でもな……」

「早く病気を治してほしいから、やっているの。だから、お願い」

「わかった」


 高月さんに少しだけ強く言われたので素直に部屋に戻った。

 ベッドに入るとさっきの事を考える。

 それは高月さんがここに来た理由だ。

 部活の事かな?

 それなら学校で話せば済む。

 勉強か?

 それは違うな。

 圧倒的に高月さんの方が頭がいい。

 まさか……。

 いや、それいくらなんでも無いな。

 うぬぼれているな、俺は。

 恥ずかしいしかない。

 いろいろ考えている内に眠りに付いてしまった。

 

 次の日。

 体調は良いが一応念のため学校を休むことにした。

 電話を掛けたら、能登川が出た。

 嫌な感じがしたが、ここは黙って休むことだけを伝えた。

 案の定、嫌味を言われたが休むことができた。

 どっと疲れが出た。

 さて、もう少し寝るか。

 ベッドに横になるが眠れない。

 夜、普通に寝ることができるんだから昼間に寝れるわけがない。

 結局、前に録音をしたチュートリアルのラジオを聞くことにした。

 六時間ぐらい経った頃にスマホが鳴った。

 画面を見ると高月さんの名前が出ていた。

 何だろうと思いながら、電話に出た。


「もしもし、塩津君。今、電話いい?」

「大丈夫だよ。どうしたの?」

「プリントを届けに行くから、起きていてほしいだけど」

「いいよ」

「ところで、ご飯はちゃんと食べてる?」


 しまった、食べていない。

 食べていないと言ったら、怒られそう。


「昼はカップラーメンを食べた」

「栄養が偏るでしょう。もう、今日も作りに行くよ」

「よろしくお願いします」

「何か食べたい物ある?」

「牛丼」

「わかった。行く前にスーパーに行くね」

「行かなくてもいいよ。家にあるもので作ってくれば」

「昨日の冷蔵庫の中を見たけど、限界があるよ」

「すみません。じゃあ、それもよろしくお願いします」


 それで電話が切れた。

 今日も高月さんの手料理が食べられる。

 体調が悪くなるもの、悪くないものだ。

 俺は高月さんが来るまでに最低限の身なりを整える。

 気になる女の子の前ではいい姿を見せておきたい。

 一時間ぐらい経った頃に高月さんが来た。


「いらっしゃい、来てくれてありがとう」

「お邪魔します」


 高月さんは家に上がるとすぐに台所に向かった。

 そして制服の上着を脱ぎ、ブラウスのそでを捲くって料理を作り始めた。

 俺は高月さんから貰ったプリントを見ながら言った。


「アンケートか、これなら紙じゃないとダメだね」

「そうだね。ウェブではどこかで漏れる可能性があるからね」


 連絡事項はタブレットに直接送られる。

 けど、アンケートとお金が絡むことは紙で送られてくる。

 なぜ、紙なのか未だにわからない。


「今日はみきさんは居るの?」

「みき姉は居ないよ」

「ところでみきさんって、上のお姉さん? それとも下のお姉さん?」

「みき姉は下の姉さん。上の姉さんの名前はみか姉だよ」

「上がみかさん、下がみきさんね」

「覚える必要ある?」

「知らないよりはいいと思う」


 まあ、それはその通りだけど……。

 そんな会話をしている内にテーブルには牛丼、サラダ、みそ汁が並べられる。

 美味そう。

 朝、食パンの一枚しか食べていないだけに余計に美味しく感じる。

 早速、三品頂く。

 あっという間に食べてしまった。

 

「どうだった?」

「サラダ、みそ汁は良かった。牛丼はもう少し味が濃くても良かったかもしれない」

「……」

「ごめんなさい。調子に乗りました。許してください」


 俺は頭を下げて両手を合わせて謝った。

 

「今回は許します」

「ご慈悲、ありがとうございます」


 そう言うと高月さんが笑った。

 つられて、俺も笑う。

 良かった、ご機嫌は損ねてなくて。

 高月さんは食べ終わった食器を洗って片付けている。

 なんか、こうしてくれると高月さんが俺の奥さんに思ってしまう。

 こんな事を思っていると知られた嫌われるから、黙っていよう。

 後片付けが終わると高月さんは俺の側に来た。


「塩津君、話があるけどいいかな?」

「別にいいけど、何?」


 高月さんが仕切り直すように言ったので、俺は表面上は普通にしたが内心はドキドキしている。

 何かしたか?

 思い返すが高月さんに対して悪い事した覚えは無い。

 そうこうしていると高月さんが意を決して喋り出した。


「昨日、私告白された」

「!」


 この一言に俺はかなり動揺した。

 間違いなく高月さんにばれてしまっている。

 高月さんの見る限り、からかっている様子は無さそうだ。

 取りあえず話を最後まで聞いた方がいい。


「相手は誰なの?」

「一年D組の加田明彦(かだあきひこ)君」


 まさか、一昨日話していた事が現実なるとは……。


「でも、すぐに断ったよ。お付き合いはできませんって」


 それを聞いて安心する。

 あ、やばい。もしかしたら、試されているかもしれない。

 高月さんを見ると表情は変わっていない。

 どうやら、自分のことが手一杯のようだ。

 だったら、そのまま話を進めた方がいい。


「でも、断わる理由に塩津君とお付き合いしていると言ってしまったの。本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げた。

 そこまで下げなくてもいいのに……。

 しかし、嘘を吐いてまで断るなんかあったのか?

 前に余程の事があっただろう。

 彼氏として俺の名前を使ったのだから、これぐらいは聞いてもいいだろう。


「そんな事があったんだね。大変だったね」

「私のわがままで巻き込んでごめんなさい」

「二つ質問していい?」

「いいよ」

「嘘を吐いてまで、どうして加田君の交際を断ったの?」

「中学一年の時、同級生の男の子と付き合っていたけど束縛があまりにも強すぎて別れただけど、そしたらストーカーになってしまったの」

「なるほど。けど、同級生だったらだいたいの性格は知ることできたじゃないの?」

「あまり喋ったことない男の子だったし、私も彼氏ができるという喜びに浮かれていた」

「そうか。気持ちはなんとなくわかる。で、どうやって解決したの?」

「隣のお爺ちゃんがこの事を知って、『儂がその子とその両親に話をつけてやる』と言って、その子の家まで行ってくれたの。そしたら、ぴたと静かになった」

「その爺さん何者だ?」

「去年亡くなって、葬式の時にお爺ちゃんの息子さんが『親父は去年まで滋賀県警察本部の本部長を勤めて……』みたいな事を言っていた」

「滋賀県警のトップじゃないか! それなら誰もが黙るわ!」


 俺を額に人差し指を充てて考える。

 滋賀県警察のトップなら出て来たなら引くしかないな。

 ある程度の際限はあるからな。

 さすがに公安警察は動かせないけど、これ以上やるとストーカー法に引っかかるぞとそれなりの圧力はかけたに違いない。

 しかし、いくら隣の家だからってここまでは踏む入れるかな?

 余程の関係なんだろうな。

 暫くの間が考えたが答えが出ない。

 

「気を取り直そう」


 結論を出ないものをいくら考えても仕方ない。

 いずれはわかることだ。

 次の質問しよう。


「二つ目の質問に行くよ。どうして、俺を彼氏にしたの? 俺よりいい男は同じクラスにも居るよ」

「居るのは居るけど、そんなに喋ったこと無い」

「そう言われるとそうだね」

「塩津君は最初は嫌だなと思っていたけど、話していくうちに良いところが見えて悪い人感じるようになった」

「俺は口は悪いけど、心まで悪い人じゃない」

「ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないです」

「いいよ、本気で言っていないから。で、どうするの? これから」


 俺はそう告げると高月さんは一回深呼吸して言った。


「高校卒業するまで、私の彼氏役をして下さい。お願いします」


 そう言って頭を下げた。

 そうなるよな。

 とはいえ、彼氏役を引き受けた方がいいかもしれない。

 加田という奴は問題では無い。

 多分、このまま引き下がるに違いない。

 問題は余呉だ。

 先日、釘を刺してあるが正直あのまま引き下がるとは思えない。

 いつか俺が預かり知らないところでやるだろう。

 それなら、高月さんとの繫がり強くしておいた方がいい。

 高月さんが懇願するように俺を見る。

 やっぱり、可愛い。

 彼氏役じゃなくて、本当に彼氏になりたい。

 でも、今はその気持ちは抑えておこう。

 焦ってこのチャンスを無くすのは勿体無いからだ。


「いいよ。彼氏役を引き受けるよ」

「え、本当?!」

「本当だよ。止めようか?」

「止めないで下さい」

「彼氏役を務めるから、高月さんも彼女役を務めてよね」

「はい。わかりました」

「じゃあ」


 そう言って、俺は右手を出す。

 慌てて高月さんも右手を差し出す。

 そして、握手した。


「高月さん、卒業までよろしくね」

「塩津君、卒業までお世話になるね」


 こうして、俺達の期間限定の恋人関係が始まった。

どうだったでしょうか?

楽しめましたでしょうか?

なぜ、二つ作品を同時投稿したかというと構想している時、塩津拓也の視点だけではできない内容がいくつか有って、高月ちひろの視点があると成立するという状態だったからです。

だったら、高月ちひろの視点も書こうと決めました。

決めたのはいいですが、大変でした。

高月ちひろ編を書き終わっても、塩津拓也編を書かないといけないと苦しみがありました。

でも、書き上げるとやっぱり書いて正解だったと思いました。

読んでくれましてありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ