自殺しようとするあなたへ
「さよなら…」
俺は会社のストレスに耐えかねて自殺する寸前の派遣社員山田太郎(30)!
モテないし当然ブサイクだ!
だがそんなファッキン・WORLDも今日でサヨナラ!全力でビル屋上からコンクリートにダイブだっ!
うおおおおおおおおおおおおおおおお!
…あれ?足が止まってた。怖くて竦んでしまった?
ていうか下の車も止まってる、風も吹かない…あれ?もしかしてこれ時間停止?
やべぇなぁ俺全然吸血鬼でもないし近距離パワー型でもないんだけどなぁ。
「ちょっとまって!」
あ!ロリだ!ロリ最高!もしかしてこの子が時間止めてるの!?
「私の名前はジサーツ・シナイデホシイワー。あなたが見てられないからお節介を焼きに来たの。」
名前雑ッ!
「山田太郎に言われたくないわ。」
思考が…読めるのか?まずい…
「何がまずい?言ってみろ」
「あなたがなんで自殺しようとしてるかは知ってるわ。まあ記憶も読めるからね。」
マジで?妹のパンツ食べたこととかも?
「やっぱ死んでいいよ。」
すいません許してくださいやっぱ怖いです。
「まあ死ぬのは怖いわよねぇ、生き物ってそういうふうに出来てるんだから。
ところで、あなたの自殺の理由はそれに抵抗してまで死ぬほどのものなの?」
ああ、はっきりと言える。俺は死んで良い人間だ。
なんせ、誰にも好かれてないし、何の役にも立たない!
「私にはそれが理解できないわ。」
ああ!!??何だとお前。
このまま生きてたって辛いだけなんだから死ぬしかないだろうが。
「いやいや…。逆に聞くけど、アリンコは他のアリに好かれてるかどうかとか、巣の役に立ってるかとか考えてると思う?」
思う!だってアリとキリギリスに出てくるアリは真面目だから!
「どんなメルヘン思考なの…。思ってるわけないでしょ。そもそもSDカード以下のサイズなのにそんな高度な思考できるわけないじゃない。せいぜい餌とフェロモンの匂いを嗅ぎ分けるくらいしかやってないわよ。」
そうかぁ…。
「でもアリは自殺しないわよ。他人に好かれなくても何の役に立ってなくても死にたいなんて思わないじゃない。」
まあそうなんだろうな。
「じゃああなたも自殺しなくていいじゃない。」
…なんでそうなる?
「いや、逆にあなた今の話聞いてアリはとんでもないやつだ、世界から排除しなきゃとか思った?」
思うわけないぞ。
「じゃあ、他の人間から見たあなたもそうなんじゃないの?単にアリみたいな存在だからバカにしてもこき使ってもいいと思ってるんでしょ。そんなあなたを本気で憎んだり殺そうとする人なんていないわよ。」
お前自殺止めに来てんの?勧めに来てんの?
「まあ落ち着きなさいよ。つまり社会はあなたを拒絶してるんじゃなくてどうでもいい存在だと思ってるだけなのよ。だから積極的に殺しに来てるわけでもないし、あなたが嫌いで邪魔してるわけでもないのよ。そもそも、あなたは何も悪いことしてないじゃない。悪いことしてない人が死ぬ必要はないでしょ?」
でも俺アリは嫌だ…人として生まれたからには社会の役に立って生きたい。それができないなら、せめてこれ以上俺が食べ物や土地を無駄にしないために死にたい。
「へぇ…。」
だから時間停止をやめてくれ。俺はやっぱり死ぬしかないんだ。
「それはだめ。」
なんでだ?社会の役に立ちたいって思うことは間違いだって言いたいのか?
「うん、そうだよ。」
…は?
「社会の役に立ってなにか意味があるの?」
そりゃ、社会がなきゃ俺たちは生きていけないからだよ。
社会のおかげで美味しいご飯が食べれて、家に住めて、その他諸々いい思いができるんだ。
その恩を返したいって思って、なにかおかしいのか?
「あなたのやってることは矛盾してるわよ。なんで美味しいご飯が大切なのに、わざわざ『申し訳ないから』って理由でそれを辞退しなきゃいけないの?
あなたが死ねば、あなたはもう二度と楽しい思いはできなくなるのよ。社会と付き合う上でそうする必要があるっていうなら、あなたにとってその社会に何の意味があるの?」
いや…だってそうするのがいい人ってことだろ。
人に施してもらったら返さなきゃ行けない、返せないなら受け取っちゃいけない。
「なんでいい人でいなきゃいけないの?」
…!?
じゃあ君は犯罪者にいきなり襲われたらどうするんだ?そんな社会で安心して暮らしていけるか?
「勿論無理ね。」
そうだろ。みんながいい人でいるから社会が回るんだよ。
「でもあなたは今死ぬんだけど。死んだら社会がいくら上手く回っててもあなたは安心するどころか生きることもできなくなるわね。」
そうだけど…。
「そもそもあなたはいい人であることで、誰かが守ってくれると思ってるだけでしょ。
聞くけれども、社会が守ってるお金持ちや政治家たちはみんないい人だと思う?」
…分からない。
「いい人であるわけがないわ。歴史上も今も。自分の利益のために他人を食い物にするような奴も、平気でスーツを着て偉そうに暮らしてるじゃない。あなたの上司だってそういう人でしょ。」
そうだけど、でも全員そうであるわけじゃないだろ。
「別に全員そうであるかどうかは関係ないわ。政治という社会の中心の場にいる人間が一人クズだったとしても社会はこの通り、回ってるのよ。その末端も末端のあなたが死ぬ程度のことでこの世の中が維持されるわけがないでしょ。」
まあそうかもしれないな。
「でもあなたはいい人であることが他の全てを優先すると思ってるのよ。あなたはどうせ、小学校の先生か両親に『お前は他の子と違ってちゃんと勉強するし言うことも聞くいい子だ』とか言われたクチでしょ。
そしてその後、髪の毛を染める同級生や授業中に騒ぐクラスメイトを内心馬鹿にして生きてきた。
『自分はいい子でいることで大人たちから守ってもらえる賢い子供だ、お前らはそんなことも分からないのか』ってね。」
…………。
「でも残念。あなたが馬鹿にした子たちは自分勝手に楽しんで生きてる。そしてあなたはここで死のうとしてる。大人の言うことを聞いてれば賢いなんて、大人が子供を従えるための嘘に決まってるじゃない。
そんなのを丸々信じて、自殺までしようとしてるあなたが一番のおバカな子供だったのよ。」
……………。
「いい子でいても誰も守ってくれないわよ。あなたが死のうとしたとき誰が本気で止めた?誰があなたのようないい人は死なないでくれと懇願した?
いい子っていうのは社会にとって使い勝手のいい労働力って意味よ。あなたは社会に騙されて、社会に反抗することができなかった子供なのよ。」
………………。
「いや、そもそもあなたも内心はそれが分かってたんでしょう。本当は先生の言うことを聞かずともクラスの中心にいる子たちが羨ましかった。大人の奴隷よりも、自由に楽しめる子供になりたかった。でもあなたにはそうする勇気がなかった。大人に罰せられるのが怖かった。」
…………………。
「そして今もそうでしょう?社会に歯向かってでも生きていくことはできるかもしれない。でもそうすることで成功した人間に馬鹿にされるのが怖い、誰も自分のことを尊重しなくなるのが怖い。だからそうなる前に死ぬ。
あなたは誰かのために死ぬいい人ですらないのよ。ただの臆病で卑怯な人なのよ。」
…お前俺みたいな奴嫌いだろ。
「そうね。」
じゃあなんで死ぬの止めるんだよ。死なせてくれよ。
もう卑怯でも臆病でもなんでもいいよ。死にたいんだよ。
「やだよ。」
何なんだよお前は。
「私があなたのことを嫌いなのは卑怯だからでも臆病だからでもないわ。
というか、強いていうならあなた以外の人も全員嫌いよ?夜中にブンブンうるさい暴走族も、汚い金持ちも。だからあなたを生かしたいの。私が嫌いな人たちが、馬鹿なあなたを騙して殺しておいて、その罪も負わないどころかあなたの存在すら知らず、これからのうのうと生きていくことが耐えられないほどにムカつくから。」
…仕返ししたいんなら自分でやれよ。
「それには意味がないわ。だって私は彼らの被害者じゃないから。関係ない人に仕返しされたって彼らは反省しないし、自分たちは被害者だと厚顔無恥にも騒ぎ出すに決まってるわ。」
俺は死ぬぞ。
「それで本当にいいの?あなたが本当に嫌いだったのは、自分じゃなくて社会でしょ?
少し臆病だからってだけで、あなたを都合よく育てて利用し、使えなくなったらまるで電池みたいに捨てるこの社会が憎いはずでしょ。
だったら、今からでも反撃すればいいのよ。心配しなくても、何も悪いことする必要はないわ。
あなたはただ生きてればいい。自分のほうが社会より大事だと思ってればいいの。
もうあなたは自分の思いを誤魔化したりしなくていい。本当のあなたの気持ちを知ってるんだから。」
でも俺はやっぱり生きるのが辛い。
「心配しなくても、今の職場をやめる権利も、生活保護を受ける権利もあなたにはあるわ。
そうでなくても、慈善団体に頼ってもいい。あなたの家族か知人に頼ってもいい。
家がなくたって生きてる人もいる。
知恵を絞りなさい。クソみたいな社会でいじめられても30年生きてきた知恵があるなら、そこから逃げることなんて本当はもっと簡単なのよ。あなたは今までそれを本気で考えたことがないから分からなかっただけ。
そして勿論、その過程であなたが社会に気を使う必要なんて一ミリもないわ。今度はこちらが利用する番よ。社会を利用して騙して、必要なくなったらとっとと切り捨てなさい。」
お前、もしかして悪魔だろ。
「そうよ。」
悪魔は、いつの間にか生えたコウモリの翼を広げた。ねじれた角が生えている。舌は裂け、邪悪な笑みを浮かべる。
「悪魔は神の敵。であれば、同時に神の敵の味方よ。
神の作ったルールに傷つけられ、救うことを放棄された人間を守るのが私達の仕事。」
悪魔は、笑っているがどこか悲しげな表情だった。
「教えてあげる。この世界に絶対はないわ。絶対の正義も、絶対の悪も。
闇も、地獄も、見る人によっては光であり、天国なのよ。
私達は堕落した天使。あるいは征服された神。故に、堕落した者や弱者の味方。」
「どんなに正しいように見えるものにも、それが踏みつけ苦しめるものは必ず存在する。
それが社会であろうと、他のなにかであろうとね。
だから、人はそれぞれが正義を掲げて戦うのよ。
分かったなら、あなたも誰かに押し付けられた正義のために死ぬくらいなら、自分のための正義を見つけなさいな。
そうすれば、あなたはきっと生きる糧を得られるわ。」
ビルの屋上で目が覚める。
自殺しようとして失敗したようだ。
なにかずっと同じ姿勢で立っていたような感覚で、気分が悪い。
今思えば、バカバカしい理由で、その時の気分で死のうとしていたように思う。
仕事はやめよう。どうせ他にも仕事はある。
別に馬鹿にされるような人間でもいい、生きよう。
何故か今は、誰になんと言われようと胸を張って生きていけるような気がするから。
男はそのままビルを去った。誰かが見れば、彼は邪悪な笑みを浮かべているように見えたかもしれない。他人を信じない、自分のことしか考えていないような悪人の顔に見えたのかもしれない。
しかし、男にとってはそれでも良かった。むしろ、それがとても気分の良いことのように思えた。
視界の端に大きなコウモリがいたような気がする。しかし振り返っても、ただ町の明かりに照らされた、星の見えない汚い空があるだけだった。
あくまで一つの考え方であり、自殺を推奨するものでも反社会的行為を推奨するものでもありません。