始まりの都エテメンアンキ
1000年前に世界を壊滅させた魔王を当時の勇者達が倒した時、そのパーティーメンバーだった賢者、聖女、剣聖、勇者の総意で、教皇庁という機関を設立した。
教皇庁は、勇者誕生の信託を受けることができるエルフの女王と協力して勇者を早期に発見し的確に魔王や魔人に対抗する措置を講じる組織だ。
崩壊した世界から人々を救い、共同生活をできるように整える役目も負った。
復興のシンボルとして世界の中心にエテメンアンキという街を作り、活動の拠点とした。
行き場を失った人が勇者達が作った街の噂を聞きつけ、人が次第に集まっていった。人口も街の規模も膨らんでいき繁栄を極める中で、シンボルとして、山のようにそびえる豪奢な神殿が中央に建てられた。
いつからか「始まりの都」エテメンアンキなどと呼ばれるようになった。
しかし、エテメンアンキは内陸の山が多い土地柄のため食料の生産性が悪く、人々は次第にエテメンアンキを離れて平野部に移り住むようになる。
剣聖フィーンはエテメンアンキには最初から住まず、弟のフィルと大陸西部にある故郷の復興に力を入れていた。そこに大量に人が流れて今のフィーンフィル王国になった。
大陸の東部には数多くの小民族国家が建国され、それぞれが細々と復興していた。
元々排他的な人族社会に嫌気がさしていた他民族は、それぞれの民族の国に帰っていった。
約600年前から龍人族国家の王ガラリアがそれらの小国家に対して侵略併合を繰り返し、ガラリア帝国を築き上げた。
大陸北部はエルフが首都アレフヘイムを中心に支配しており、大陸南部は現在進行形で王国と帝国が争っている。
そうして大陸外周部が発展する中、エテメンアンキは世界の中心ではなくなっていった。しかし、今でも聖地として巡礼者は途絶える事はなく、「始まりの都」の二つ名に相応しい賑わいは衰えていない。
そんなエテメンアンキに危機が訪れようとしていた。
その情報を運んできたのはアルミダから引き上げてきた神殿騎士団だった。
教皇庁は魔王や魔人の誕生を事前に阻止しようと魔族の排除を積極的に行っている。神殿騎士団を中心として、選りすぐりの勇者達が各地の魔族の村を壊滅させていた。
しかし、滅した村の生き残りの魔族が、教会に仇なす異端者と組んで報復に来た。
というような報告が教皇庁のトップである教皇リヒャルトの元に伝えられた。報告してきたのは魔族を迫害する指示を出している司教のルカリオだ。
教皇庁は最高責任者として教皇が神からの指名という形で選ばれる。実際は前教皇が様々な理由で不在になった時、その時の司教の立候補者の中からくじで選ばれるのだが。くじと言うといい加減にも見えるが、くじで選ばれて後ろ指をさされるような者は立候補しないので今のところ問題は起きていない。
その下に司教が4人おり、フィーンフィル、ガラリア、アレフヘイム、直轄領の教会をそれぞれが統括して管理している。その下で各地の教会の神殿長と、本部の神殿騎士団長カイエンが司祭という階級を与えられている。
ルカリオ司教は直轄領の統括と神殿騎士団の管理を任されている。武力を管理しているため同じ司教の中では一番の発言権を持ち、次期教皇などと言われることもあり実際やりたい放題である。
「それで、どうするのかねルカリオ司教」
教皇リヒャルトは表向きの報告しか受けていない。ルカリオの指示でバリアントに嫌がらせをして藪をつついて蛇を出しただとか、異端者にフィーンフィルに所属する賢者アレイスターが混じっているだとか、都合の悪い話は聞いていないのだ。丁度ライバルがいなかったため、教皇になるために教皇になった程度の男で、ほとんどルカリオの傀儡といって差し支えない存在だった。
「不届き者は大した数ではございませんので、城下に現れた場合は本部の勢力で排除いたします。神殿騎士団も控えておりますので全く心配ございません」
「わかった。よろしく頼むぞ」
ルカリオは教皇の下から退出すると、急いで神殿騎士団長のカイエンを自室に呼びつけた。
カイエンの姿を見るや否や、機嫌悪そうに状況を聞いた。
「本当に大丈夫なんだろうな。賢者とバリアントの青二才は魔人を撃退したパーティーのメンバーだぞ。あの2人だけでも教皇庁は潰されやしないかと不安しかないぞ」
アルミダから戻ったばかりなのと、いろいろな手配で忙しいカイエンは何度も呼びつけられて辟易していた。第一、その青二才の逆鱗に触れたのはルカリオのせいなのだが。そんなにやばい相手なら首輪をつけて飼っておけば良いのだが、出来なかったから逆恨みしていたのだと思うと何とも言えない。
「勇者ベルと聖女アドルフィナを投入します。私も出ますので、恐らく大丈夫でしょう。しかし最近は勇者も不作でロクなのがいないし、異端査問官は出払っておりましてアテになりません」
「頼りない話だな。まあよい。最悪、研究中のアレを使え」
「アレでございますか。誰に使わせるのですか?」
「魔力量的にアドルフィナしかおるまい」
「アドルフィナでは力不足な気がいたしますが…まあ他の聖女や神官の魔力を贄にすればなんとかなりますか。クリスティナの魔力量が惜しまれますね」
「裏切り者のことなどどうでもよいわ!」
クリスティナが失踪したのもルカリオのせいだ。おまけに追わせた異端査問官のクレハも帰ってこない。
クレハは全属性を扱うのに勇者にならなかった異例の異端査問官だ。かなり大事な手駒だったのだが、帰って来ないということはクリスティナに返り討ちにされたのだろうか。クリスティナの魔力は絶大だったが、クレハを倒せる程の戦闘技術は持っていないはずなのだが。
リーベルの神殿長からの情報で、クリスティナに似た女僧侶がアレイスターに同行していたらしい。繋がりがわからないのでまさかとは思うが。
そのアレイスター達が向かったはずの王都からは連絡が途絶えており、バリアントの再調査の結果がわからぬままアレイスター達が今度はアルミダに現れた。
手元に不安材料しか入ってこない。
「では、万が一の時はアレを使わせていただきます。恐らく、敵はもうすぐ到着すると思われます。政治的な部分はお願いしてよろしいですね?」
「心配するな。教皇様には報告済みだ」
カイエンは嫌な予感しかしない中、ルカリオの元から退出した。