カイエンの罠
レミリア達は日が暮れてきたので、アルミダに向かって歩き始めた。ちょくちょく虫の魔物が襲って来たが先行するベオウルフが全て切り捨てていた。
アルミダが間近に迫ったところで、アレイスターが地面に見慣れない文字で魔法陣を描き始めた。
「変わった文字ですね。全く読めません」
「東方の小民族国家に伝わる秘術でね、僕もよく知らない神の根源をつかうんだ。記号と思うことにしてるけど、書き慣れていない文字だから現地の人から見たら汚い字にしか見えないだろうね」
どこで知ったのかしらないが、認識疎外程度ではなく、完全に気配を消すことができる魔術らしい。摩利支天という馴染みのない神の根源を使う。
『隠形』
魔法陣が完成し、アレイスターが魔術を発動した。魔力に包まれた感じはしたが、自分では何か変わった感じはしない。
「これで、相手が来ることがわかっている上で緻密な感知魔術の結界を張っている人間でもいない限り、誰かに気づかれることなく街に入れるよ」
レミリア達は飛行したままアルミダの外壁を越えて侵入した。確かに何の騒ぎにもならない。人が行き交う広場の真ん中に着地しても誰一人振り返らないのだ。
まずはリリと合流しなくてはならない。
「リリの反応は……あっちだね。いってみよう」
アレイスターがリリの反応を探知すると東街の方に歩き始める。レミリアとベオウルフも後に続く。1本の木の下に着くと、アレイスターは寝ているリリの手に触れた。
「え? 私、リリがこんなところに居たのに気づかなかったです」
「これが認識疎外魔術だよ。隠形ほどではないけど、意識して探さないと気づけない」
アレイスターはリリの様子を見ると眉を潜めた。所々に打ち身のような跡がある。
「うーん、かなり無理をしたようだね。身体も痛めている。クリス、癒しを与えてもらえないかな」
「はい」
首飾りからクリスのヒールが飛んだ。リリの身体が癒されていく。
「ん……」
リリが気づいたようだ。ゆっくりと目を開ける。
「リリ、気がついたかい?」
「え?」
リリはアレイスターに至近距離まで迫られ、手を握られている状況に気付き、顔を赤くしながら驚いている。
しかしすぐに真顔になると、沈んだ様子でアレイスターに謝り始めた。
「アレイスター様、申し訳ありません。力を……使ってしまいました」
力とはなんぞやとレミリア達は思ったが、アレイスターには通じた。
「すまない、随分無理をさせてしまったみたいだ。何があったのかわからないけど、リリ、君が無事で良かった」
「アレイスター様……」
リリは涙を流し始める。なんとか命拾いしたが、アレイスターを見てやっと安堵した。相当思い詰めていたようだ。
アレイスターはリリの頭を撫でている。
「力のことは気にしなくていい。よく判断してくれたね。君に何かあったらレオドールやベルに顔向けできないから」
ベオウルフはレミリアの手を取って歩き出した。
「ベオウルフさま??」
「少し街を見てくる」
そう言って南街の方に向かった。少し歩くと、ベオウルフが話し始めた。
「レオドールの娘をみんな気にかけているんだ。俺は気の良いおっさんくらいにしか思っていなかったが、あいつらの仲間意識は強い」
「ベオウルフさまと参加した戦いで亡くなられたんですよね?」
「そうだ。あれは苦難の連続で今思い出すのも恐ろしいが」
アレイスターが賢者の石を発動せねばならぬ程追い詰められ、ベオウルフは力が抜けて動けないアレイスターを庇うので精一杯だった。
ベルが奥義を使うための時間稼ぎの囮をレオドールが務め命を落としたらしい。
「アレイスターもベルも気にし過ぎなんだ。まあそんなわけであの2人はリリを自分の娘のように大切にしているんだ」
「まあ良い話だけど娘のようにってのがリリには複雑よね」
「そうですねえ。先程も顔を赤らめて可愛かったですし」
レミリアとクリスの話を聞いて、ベオウルフも少し気付いたようだ。
「なに? そんな話なのか」
「ベオウルフ様はわかって時間を潰してらっしゃるのではないのですか?」
「いや、俺たちがいたら泣けないだろうと思っただけだ」
「ベオウルフさまを買い被りすぎですよクリス」
たわいも無い話をしながら戻ると、リリは落ち着いていた。アレイスターがリリから聞いた話まとめてくれた。別に何をするでもなく、業務連絡の時間と化していたようだ。
「リリの話によるとレミリアを連れてきたニックという役人はフェイというのが本名の教会関係者らしい。恐らく天涯孤独のニックという男を殺して戸籍を奪ったんじゃ無いかな」
よく知るものがいなければ、案外自分のことを証明するのは難しいもので、逆も然りだ。
「なんて奴だ。見つけたら八つ裂きにしてやる」
ベオウルフは怒りを隠せない。バリアントで暗躍したのはそいつで間違い無いだろう。もちろんエレオノーレの件も含めて。
レミリアはも苦笑いだ。お礼を言った時の複雑そうな態度は、即死術式が発動していないと勘違いしていたからだったのか。
「ただ、大した術者じゃなかったらしいんだ。術を仕掛けたのは、一緒にいたカイエンという武闘家かもしれない」
「カイエンですって!?」
クリスがペンダントからびっくりした声をあげた。
「クリスは知っているのかい?」
「カイエンさんは神殿騎士団の団長です。神殿騎士団というのは教皇庁本部の護衛や、破門者への攻撃を担当する教皇庁の軍隊ですね」
ベオウルフが関心している。強い奴と聞くとわくわくするのかもしれない。
「リリはよく生きてたな。神殿騎士のボスなんて下手したらギルベルト並みの奴じゃないか」
「リリには切り札があったんだ。でも、それを使っても対等くらいの相手だったらしい。とんでもない化け物と思っていいと思う」
「それはリリとも手合わせしてみたいな」
「身体強化系スキルを使ってだからね? でも君が鍛えてくれると案外助かるかもしれない」
リリの修行が勝手に決まった。リリの表情からは読めないが、あまり嬉しくは無いだろう。
情報も出揃ったようだ。辺りは真っ暗なので行動を開始することになった。
「計画変更してリリが見つけた奴隷商のアジトを先にやろう」
「そいつが待ち構えているかもしれないな」
リリの先導でスラム街を進んでいく。レミリアは嫌な臭いのせいで難しそうな顔をしている。
「ふむむ、臭いますね」
「バリアントも北側はここまで酷くはないぞ」
「治安も悪そうだね。上手く統治できていないか、こういう場所をわざわざ作ったのか」
そんな話をしている間に目的地についたのか、リリが扉を開けて階段を降りてゆく。
しかし、階段の先はだだっ広い空間が広がるだけで何も無かった。リリは数刻前にはここにいたのでびっくりしている。
「こんな短時間で奴隷も檻ごと無くなってる」
「もぬけの空ですね」
「なんだか雰囲気がおかしい。魔力の動きを感じる」
ベオウルフが訝しげな顔をしている。アレイスターも確かに感じる。
「しまった! 罠だ!」
大爆発が起き、地階から上の建物を吹き飛ばす程の炎が吹き上げて一帯は火の海になった。