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逃げた役人

国境の村を出るとアルミダへ最短距離で飛び続ける。前回は一泊の野営をしたその道のりも、座天使(ソロネ)の加護のおかげで1日で踏破できた。


「日が暮れるまでまだ時間があるね。リリ、君は顔が割れていないから、すまないけど先行して、僕らが行くまでは街で可能な限り情報収集しておいてくれると助かる」

「かしこまりました」


リリが姿を消した。


「リリ一人で危なくないですか?」

「隠行する技術ならリリは一人前さ。父親がその手の技術の持ち主だったから、才能を受け継いでいるんだろうね」


逆にゾロゾロ行けば足を引っ張るだけである。


「僕たちは少し休憩しておこう」


レミリアが横を見るとベオウルフは既に仮眠を取っていた。天使に無理やり飛ばされて意外と疲れているのだろうか。

レミリアも緊張してきたが、横になって身体だけでも休めることにした。




先行したリリは目立たないよう冒険者のフリをして南門からアルミダに侵入し、一路教会を目指した。

教皇庁直轄領はどの街も中心に教会が建っており、アルミダも例外ではないのでわかりやすい。


巡礼者を装えば教会の礼拝堂に入ってもなんら不自然ではないが、神殿長の部屋を探して内部をうろうろしていては、万が一見つかった時に先の計画に支障が出るだろう。


リリは教会の裏手に回ると、自分に認識疎外の魔術をかけて、死角から裏口の様子を窺うことにした。

結構頻繁に使用人や神官が出入りしていて、ここから潜入するのも、礼拝堂から内部に侵入するのと同じくらい見つかるリスクは高そうだ。神殿長の部屋を探るのは難しそうだった。


まだ日が暮れないので、そのまま小一時間裏口の様子を見ていると、フードを被った男が出てきた。


リリはその男になんとなく既視感があったが、誰かまではわからなかった。男はスラム街のある北門の方に歩いて行った。リリは認識疎外したまま男を追跡することにした。


男はしきりに辺りを気にしながら歩いていた。おかげでリリも簡単には追跡できない。しばらく進むとスラム街に入っていく。

スラム街は所狭しと今にも壊れそうな木造建屋が乱立しており、そのせいで細い道には光が入りにくいのか薄暗く、道には排泄物や小動物の死骸なども転がっており匂いが酷かった。リリは思わず眉をひそめてしまう。


そこには何をするでもなく座り込んでいる貧しそうな者や、みすぼらしい子供がウロウロしていた。

一応、認識疎外魔術をかけているので身体が当たりでもしない限りは通行人から注視されることはないが、辺りを警戒している追跡対象の男には見つかるわけにはいかない。


人にぶつからないように注意しながら、男の後を追うと、男は人気の無い区画で石造りの建物に入って行った。


建物は一見店舗のようにも見えたが看板は無く、外から見てもなんの施設かはわからなかった。2階から上は木材で増設された集合住宅になっているようだ。


リリは辺りに人の気配が無いことを確認すると、入り口を開けてみた。いきなり地下に降りる石造りの階段が続いている。1階に入る入り口は見当たらないので、どうやらこちらは裏口のようだ。

リリは少し迷ったが、階段を降りていった。


階段を降りた先に男の姿はなかった。地階の割に広い空間には檻がたくさん並んでいる。リリが警戒しながら近づくと、檻の中には人間が入れられていた。あまり衛生的な環境ではないらしく、外ほどではないが空気が汚れていた。たまにすすり泣く声が聞こえる。

ここは奴隷商人の商品保管庫だった。しかも、この保管状況は真っ当な奴隷に対するものではない。


リリは深入りしすぎたかなと思ったが、時はすでに遅かったようだ。辺りから殺気を持った複数の人影が集まってきた。その中から声がした。


「まんまと追跡されやがって。カイエン様にバレたらお前相当怒られるんじゃないか?」

「うるせえよ」


別の男が言うと、フードの男は舌打ちしてリリを睨みつけた。フードで顔がよく見えないが、やはり既視感がある。リリは聞いてみた。


「あなたたち誰? この檻は何?」


返答は無く、代わりに風を切る音がする。リリが横に飛ぶとリリがいた場所にナイフが突き刺さる。リリの後ろからナイフを投げた男が驚いたように言った。


「至近距離でこれをかわすとか只者じゃないぞ」

「カイエン様に報告してくる」


フードを被った男が奥に消えた。


集まってきた者は6人だった。皆リリに向けて短剣を構えているが、先程の動きを警戒しているのか襲いかかってこない。たいしたことはない、ただのチンピラ程度の相手のようだ。


リリは一旦脱出することにした。短刀を構えてから、入り口側に現れた敵に斬りかかり、一瞬で首を刎ねる。堰を切ったかのように残りの5人が襲ってきたが、冷静に全ての攻撃を避け相手の急所に一撃を加えていく。


最後の男の左胸から短刀を抜いたところで、ガシャンという大きな音と共に入り口に柵が降りて外に出られなくなった。

部屋の奥から2人の人影が現れる。


「全員やられたのか!?」

「つけられたお前の失態だぞ。どう責任を取るんだ」


フードの男が戻ってきた。剃髪した屈強な男と一緒だ。男は神官服と同じ色合いの水色の武闘着を着ている。


「申し訳ございません! カイエン様」


フードの男は平伏して謝っている。


「それより鼠を捕らえなくてはならんな。かなりすばしこい鼠だぞ」

「お任せください」


フードの男が杖を構える。


『パラライズ』


突然リリは身体が軽く麻痺する。動けない程ではないが危険な状態だ。慌てて解呪する。


『解呪(ディスペル)』


麻痺から解き放たれる。

しかしその一瞬でカイエンと呼ばれた男が距離を詰めてきた。そのままリリに正拳突きを放ってくる。

咄嗟に後ろに飛ぶが間に合わず、リリは突き飛ばされて壁に激突した。


「ぐっ!」


そのまま床に叩きつけられた。あまりの衝撃に身体が言うことを聞かず、一瞬息が出来なくなる。

後ろに飛んだことで重篤な損傷はなんとか避けられたが絶対絶命だ。シールドが間に合わない速度で詰め寄られ、拳には光の魔力が込められていた。かなりの手練れだ。

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