成就
ロフトに出た二人は、何故か握り合うことになった手をそのままにして、黙り込んでいた。
レミリアは咄嗟のことだったとはいえ、なんだが恥ずかしくなってきた。手がじっとり汗をかいている気がして、ベオウルフに不快に思われていないか気が気でならない。
状況にたまりかねたのか、ベオウルフの方から口を開いた。
「その服はカロリーナに着せられたのか?」
「い、いいえ。私が気になったので貸していただいたんです。その、似合わないでしょうか?」
いきなりその話題が来たので、レミリアはどもってしまった。しかも変な質問を返してしまった。そう言われて否定できるわけないのに。
しかし、ベオウルフは顔を覗き込んでベタ褒めしてくれた。
「そんなことはない。とても良く似合っている。広間に入ってきた時、目を奪われた。今見ると化粧もしていたんだな。凄く綺麗だと思う」
ベオウルフの顔が近い。
しかしいつものベオウルフらしからぬ物言いだ。酔っているのだろうか。
ベオウルフは実際少し酔っていた。レミリアが入ってきた時の話は本当で、少し高揚したのでカロリーナにからかわれている最中までワインをあおってしまった。
レミリアはそんなベオウルフを見ていてもエレオノーレのことが気になった。本当に自分が嫌になる。
「本当ですか? エレオノーレ様との思い出を汚してしまったんじゃないかと思って」
レミリアがそう言うと、ベオウルフは怒ったような悲しそうな顔になって目をとじた。
やっぱりそうなのかと、レミリアは泣きたくなってきた。握っていた手を離して後ろを向こうとするが、ベオウルフが手を離してくれない。
「ベオウルフさま、ごめんなさい……」
レミリアがそう言った瞬間、ベオウルフが手を伸ばしてレミリアを抱き寄せた。レミリアの手はベオウルフの手を離したまま宙で遊んでいる。
レミリアはあまりに急なことでバクバクしている心臓の音がベオウルフに伝わりそうで恥ずかしくなって、思わず心にも無いことを言ってしまった。
「え!? ベオウルフさま、一旦落ち着いて離しませんか?」
「嫌だ」
ベオウルフはレミリアにくっついたまま、子供のような言い方で拒否した。
「お前までそんなことを言うのか。俺はお前をエレオノーレに重ねたことはない」
100%鵜呑みにはしないが、レミリアはベオウルフがそんなことを言ってくれるとは思わなくて、強張っていた身体から力が抜けてきた。
ベオウルフは続ける。
「正直、まだ出会って1か月も経っていないのにこんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが」
ベオウルフは少し冷静になってきたようだ。言葉を選んでいる。
ベオウルフもレミリアのことで悩んでくれていたのかもしれないと考えると、レミリアは嬉しくなってきた。最後まで言うまで逃さないように、遊んでいた両手をベオウルフの背中に回した。
「レミリアお前……」
「ちゃんと言うまで逃しませんよ」
レミリアもいっぱいいっぱいだったが、狼狽しているベオウルフを見るとそれくらいはできた。顔なんて合わせられないが。
「初めて会った時から気になっていた。皆がお前をエレオノーレに似ていると言う。だが、それで俺がお前を好きになっては駄目なのか?」
もう死霊魔術のこととか、エレオノーレのこととか、いろいろ考えるのは疲れてしまった。
今はこの流れに流されてしまおうと思う。
「私はベオウルフさまの事が好きになってしまいました。そんなの駄目じゃないです!」
ベオウルフをギュッとして言ってしまった。正直、緊張して今にも倒れてしまいそうだ。
「レミリア、好きだ。お前を離したくないんだ」
そこでレミリアの意識は飛んでしまった。
レミリアは気が付いたらベッドの上にいた。
起きて一番に気になったのはエレオノーレの服だ。
シワにしていたらカロリーナに申し訳ない。
しかし、心配することもなく、着ている服は寝巻きだった。
辺りを見ると、部屋の中でカロリーナとクリスが楽しそうに談笑していた。
「あの、私……」
レミリアが声をあげると、2人はすぐに気付いてくれた。
「あらレミリアさん、おはようございます」
「ちょっとクリスさん、まだ夜ですわよ」
2人がベッドまで寄ってきて、クリスが教えてくれた。
「レミリアさん、ロフトで倒れたんです。顔色が悪いと思いましたけど、ちゃんと体調も悪かったんですね」
「ちゃんと体調もって……」
「失礼しました。座天使様の件やその後の高速飛行もありましたし、確かにかなり無理をされていましたから」
考えてみれば全部座天使のせいじゃないかとレミリアは思った。加護は貰ったけれども。
「それで、お兄様とはどうだったんです?」
「え? 夢でなければ、その……好きっていってもらえたような。でもベオウルフさま酔ってたし」
「「えーーーーー!!」」
2人とも大はしゃぎである。
「やはりあの衣装ですかね。カロリーナ様、策士ですね!」
「いえいえクリスさんこそ。あのタイミングで外に誘導するなんて。お兄様が酔っている事も気付いていたんじゃありませんの?」
レミリアはドン引きだ。あんなに必死になっていた自分が今考えても恥ずかしすぎる。
「明日からどんな顔で会えばいいんでしょうか」
「え? お兄様がレミリアさんを懸想していることはわかったのですから、しっかり尽くさせないといけませんわ。バリアントは貧乏だから、アレックスに少しは領地経営できるようにアドバイスさせておきますから。アレックスはああ見えてやり手なの」
「ええーー!?」
「カロリーナ様地味に惚気てますね?」
レミリアの部屋ではしばらくの間、そんな大騒ぎが続いていた。
隣のベオウルフの部屋ではベオウルフとアレイスターが軽く酒を酌み交わしていた。
「レミリアとは上手くいったのかい?」
ベオウルフは即答しなかった。照れ臭いのだ。
「お前らが悪いんだ。エレオノーレを引き合いに出し過ぎるから、あいつがあんなに気にしてしまって」
「でも、結果的に後から知られるより良かったんじゃないのかい?」
「まあな」
アレイスターがベオウルフのグラスにワインを注ぎながら言う。
「それで、どうなんだい?」
さっさと答えろということだ。ベオウルフはそれを飲み干してから答えた。
「ちゃんと言ったさ。すぐ気を失ったから、覚えていてくれていたら良いが。何度も言えることじゃない」
「何度も言わないと駄目だよ。これは月並みな話じゃないよ」
アレイスターは空いたグラスに再びワインを満たす。ベオウルフには言っておかなければならない。
「レミリアにはまだ、君を死霊魔術で操っているかもしれないという負い目がある。君はしつこいくらい彼女に求愛したらいいよ」
「お前、面白がってるだろう。しかしエレオノーレの次はその問題か」
死霊魔術による支配。ベオウルフはほぼ自覚はないのだが。
「最初の最初、全く気付いてはいなかったが使役されたばかりの時だ。あいつに何かしてやらなければという強い衝動があったから、あいつに何か要求が無いか聞いたんだ。今思えばあれがそうだったのかもしれない」
「そんなことがあったのか。何を頼まれたんだい?」
「奴隷からの解放と、住処の提供だな」
「なるほど、あれはそういうことだったのか」
アレイスターもなんだか楽しくなってきてワインを空けてしまった。ベオウルフがすぐに注いでくれる。
「あれ以来、あの感覚は無いな。恐らくあいつが心配するようなことは無い思うんだが」
「まあ気休めにもならないけど、使役される側は主人の希望に応えはするけど、主人を求めたりはしないと思う。僕は君の気持ちは本物だと思うよ」
ベオウルフは思わず止まってしまった。そしてグラスを空けると言った。
「ふん。本当にお前は嫌なやつだな、親友」
「君が素直じゃ無いからそう思うんだよ」
アレイスターが再びベオウルフにワインを注ぐと、2人はグラスを静かに重ねた。
「おや、なんだか隣が騒がしいね。レミリアが起きたのかな? 顔を見せに行くかい?」
アレイスターが面白そうに言うが、ベオウルフにその気はない。最後の一杯を飲み干すと、今日はお開きにして寝ることにした。