カロリーナの服
レミリアが湯浴みから戻ると使用人が肌着と使用人の服を用意していた。
「非常に失礼とは存じますが、マントを羽織るよりはまだマシかと思いまして」
「ありがとうございます! 私はこれくらいの格好が落ち着くんですよね」
使用人の服は縫製も良く、レミリアからすれば高級品だった。
恐らく、カロリーナはドレスとは言わないがそれなりの服を貸してくれるはずだ。晩餐があるのでそちらを着ることになる。
服を着てカロリーナの衣装部屋に案内してもらう。
中に入ると、流石は次期領主の娘だからだろうか、結構な数の服がかけられていた。
「すごい数ですね。1ヶ月間、毎日別の服を着れちゃいそう」
レミリアが思わず使用人に向かって呟いた時、いつの間にか隣にカロリーナが来ていた。
「流石に四季があるからそこまではできないわよ。アレックスに女性の兄弟がいなくて、お義父様もお義母様も面白がってたくさん服を買ってくださるの」
「お姫様って感じですね。羨ましいなあ」
「お姫様は言い過ぎよ。王太子妃様や王女様ならこの屋敷いっぱいの服を持っていると思うわ」
「うーん、想像がつきませんね」
カロリーナは、レミリアは見た目より落ち着いているなと思った。レミリアの見た目くらいの歳の娘だと、内心はともかく、歳上の人間とフランクに話したりはできない。魔族と聞いたので、自分より年上なのだろう。
「レミリアさんはお幾つなの?」
「24になります。私達は人族より成長が遅くて」
「やっぱり。なんだか見た目より達観している感じがしましたわ」
褒められているのか何なのかよくわからなかったが、レミリアもカロリーナに歳を聞いておいた。
「カロリーナ様はお幾つなんですか?」
「私は19になります。実はエレオノーレ様と同い歳なのですよ」
「ベオウルフさまの妹ですもんね。そのくらいかなとは思ってました」
カロリーナはよくエレオノーレの名前を持ち出す。レミリアが似ているからだろうか。
「カロリーナ様はエレオノーレ様をよくご存じなんですか?」
「お兄様が王都にいらした数年の間、たまに遊びに行った時にお会いしました。歳が同じだったのもあって仲良くしていただきましたわ」
「カロリーナ様も古い仲だったんですね」
女ということもあり、箱入りであまりバリアントや両親が仲の良かったリーベル以外に出たことがなかったカロリーナにとっては、数少ない同性の友達だった。
「バリアントに輿入れしてくださる前にも、リーベルに挨拶で寄ってくれたんですよ。まさか、あんなことになるなんて。地味にお兄様ともあれ以来でしたけど」
ベオウルフ、妹を放置しすぎだった。とはいえ、嫁に行けば他家の女なので、あまり頻繁に会わないものだが。
「そろそろお洋服を選ばないと夕食になりますわね」
「あ、そうですね」
お風呂も入ったし、少し時間が押してきたようだ。
「レミリアさんのサイズだと、この辺りですわね」
今のカロリーナには少し小さい洋服が何着か並んで吊るされていた。カロリーナがレミリアを見ながら考えている。
「初めてお会いした時レミリアさんって子供だと思っていたんですけど、改めてこうして見ると着飾れば社交にも出れそうな年齢に見えますわね」
貴族社会で社交にでれるのは成人した者だけだ。フィーンフィルでは15歳からと決められている。
「え、それはその……」
実は急成長しただけだが、座天使の契約の話をしてもややこしくなるだけだ。以前のは見間違い、で押し通すことにした。
しかし、カロリーナには気を悪くしたように取られたようだ。
「あ、ごめんなさい! 私としたことが、また失礼なことを申しましたわ」
「いえ、別に何も悪いことはおっしゃってませんよ」
そう言いながらレミリアも吊るされている服を見ていた。ひとつ、目についた服があった。
レースで装飾された白いブラウスと、胸元の開いたネイビーのワンピースのコーデだ。
ブラウスには大きなリボンも付いていてちょっと子供っぽい気もするが、レミリアはそれを指差した。
「これはどうですか?」
「ええ……これはいいかもしれませんね」
カロリーナは少し間を置いて同意した。レミリアは少し気になった。
「何か大切なものでしたらやめておきますけど」
「いえ、レミリアさんに是非着て欲しいです。残しておいて良かったわ」
レミリアはいくらなんでも大袈裟ではないかと思ったが、着てみることにした。
カロリーナの召使いが着るのを手伝ってくれた。
「お似合いですわ、レミリアさん」
「ちょっと気取りすぎじゃないでしょうか。ベオウルフさま達に見せるのは恥ずかしいような」
「そんなことありませんわ。そうだ、ちょっとお化粧もしておきましょう」
「え!? 恥ずかしすぎます!」
レミリアの話は聞かずにカロリーナは召使いに指示を出していく。レミリアはされるがままだ。
「肌は白くて本当に綺麗で羨ましいわ。そのままでいけそうね。チークと口と目元を薄めにお願いね」
レミリアが出来上がった。化粧なんて生まれて初めてだった。鏡で見るとまるで自分ではないようだ。
「これでお兄様もイチコロね」
「ええっ!?」
「お兄様ったらレミリアさんに凄く気を使っているわよ。あんなお兄様は久しぶりなんだから」
前にベオウルフが優しくしていた人の心当たりはあるわけで、レミリアは少し心がチリッとする。
「私なんかがエレオノーレ様と比較されたら申し訳ないというか……」
「お兄様も早く良い人を見つけなきゃいけないんだから。レミリアさんがお嫌でなければ是非お兄様をお願いしますわ」
「ちょっと話が飛躍しすぎのような……カロリーナ様は魔族の私なんかで良いのですか?」
自分で言っていて少し悲しい気がする。でもこの世界の決まりのような気がして、悪いことをしているような気持ちになるのだ。
「私なんかって……私は全く気にしませんよ? あの人ったら放っておいたら一生独身でいそうなのですもの。むしろ応援しますわ」
ベオウルフの妹らしい発言だった。レミリアは素直に嬉しくて涙が出そうになった。
「ちょっとレミリアさん、涙を流したらお化粧が取れてしまいますわ」
召使いが慌ててハンカチを当ててきた。レミリアは泣いてしまっていた。
「あ、すみません!」
「もう。貴族は感情をあまり表に出してはいけませんわ」
カロリーナはリーベルに来るまでは家庭教師に勉強と作法を教わったくらいで、リーベルに来てから初めて社交や作法を実践した時に、結構義母に厳しく指導されたらしく、よく泣いていたら義母にそう言われたらしい。
もちろん、今では義母が嫌って叱っていたわけではないのはよくわかっている。
「魔族が魔族がと散々罵られてきたので、カロリーナ様の言葉が嬉しくてつい」
言葉にしたらなおさら涙が出てきた。
「はあ……失言でしたわ。とりあえず治まるまで待ちましょうか。お化粧はやり直しですわね」
カロリーナが呆れたように言った。
ひたすらレミリアの目元を押さえる召使いが気の毒なばかりだった。