レミリアの無罪
アレイスターが魔導書を開くと、レミリアはヘラのページを探し始める。
「前回のは緊急連絡の手段だったから、消えてたらどうしようかと思いましたけど、ありますね」
「何度も呼び出すわけにいかないから、ぶっつけ本番になってしまったね」
「前は勝手に出てきてくれましたけど、とりあえず魔力を送ってみましょうか」
レミリアはそう言うと、魔法陣に魔力を送り込む。
「ヘラ様ー。出てきてくださーい」
魔法陣から闇が流れ出して人の形を作る。
黒い身体と赤い目、白い髪の大女が現れる。
「なんだこれは!?」
謁見の間は大パニックになった。皆一様に、異形の女の姿を見て驚きを隠せない。ギルベルトは王の前に仁王立ちになってシールドを張っている。
魔導士長のクラウディアだけがアレイスターのところに飛んできて、研究所を離れてこんな素晴らしい研究をしていたのはズルいなどと言っている。
ヘラは複雑そうな顔で立ち尽くしている。
「レミリアよ、妾も毎回ここまで警戒されると辛いのじゃ」
「仕方ないと思いますけど。皆さんに紹介しましょうか?」
「うむ。その前に、其方の婿殿に言いたいことがあるのじゃ」
「婿殿!? ヘラ様意味がわかりません」
「さっきも、どさくさに紛れてしがみついておったではないか」
「やめてー!」
レミリアは撃沈した。代わりにずっと座り込んでいたベオウルフが立ち上がった。
「俺に用か?」
「うむ、其方に言っておくのじゃ。レミリアの身内じゃから多少の不敬は許すがのう。妾を死神などという魔神崩れの存在と混同して呼ぶな」
「うん?」
「死神の力を借りて糾弾するなどと言うておったじゃろう」
ベオウルフはなんとなく思い出した。ミドウに最初に喧嘩を売られた時だったか。
ヘラによると、死神というのは魔族が変異して強大な力を得た「魔神」の1人らしい。あくまで闇の神の子であり、神ではないという。
「悪かった。以後気をつける」
「言葉遣いも直してくれると良いのじゃが」
しかしよく見聞きしているものである。立ち直ったレミリアがヘラに聞いた。
「ヘラ様って結構私達のこと見てます?」
「妾も暇ではないので四六時中というわけではないがのう。其方が婿殿の元カノに嫉妬して沈んでおるところとか、そこの光の魔力の塊のような娘の身体を羨ましがっておるところなども見ておったわ」
「やめてー! プライバシーの侵害です!」
レミリアは再び撃沈した。この暇神、四六時中見てんじゃん!
「それで、だいたい聞いておったが妾は何をすれば良いのじゃ?」
レミリアはしゃがんでぶつぶつ言っているので、アレイスターが答えた。
「陛下にエレオノーレとベオウルフの命を奪った魔術はレミリアが仕込んだものではないことを伝えていただきたいのです。あと、その術式を仕込まれたレミリアが死ななかった理由も」
「なんじゃ、それで良いのか。てっきり術を仕込んだ者を聞かれるかと思っておったわ」
「教えていただけるのですか?」
「それを教えると妾が主様にきつく怒られるから駄目じゃ」
アレイスターは、それなら言わないで欲しいとは口には出さなかった。
何とか国王が持ち直したようだ。ギルベルトの後ろから咳払いしながらアレイスターを急かしてきた。
「アレイスターよ、早くそちらの御人を紹介せぬか。先程申していた証人なのか」
「失礼いたしました。こちらは闇の神の眷属神、死の神ヘラ様です」
「神……だと?」
国王の顔が引きつる。さっきから天使だの神だの別次元の存在が大安売りで現れている。
部屋の中が静まる中、ヘラが音も無く国王に一歩ずつ近づいていく。
国王を守護していたギルベルトが背中の大剣を構えた。
軍務大臣のゴッドフリード伯が叫んだ。
「やめろ! ギルベルト!」
ヘラは足を止めてギルベルトを一瞥する。
「不敬な。下がれ」
言うや否や、触れてもいないのにギルベルトが横なぎに吹っ飛び壁に激突して動かなくなる。
「レミリアの手前殺しはせぬが、妾は殺戮は嫌いではないぞ」
ヘラはそのまま進み、国王の前で足を止める。国王は思わずひざまずいてしまった。王太子もそれに倣う。
「光の神の子の王よ」
2人ともギルベルトが倒れた神の威圧の余波を受けていたので、かなり疲弊している。国王の額に汗が流れる。
返事をするか悩んでいたが別にヘラは望んでいなかったようで言葉を続ける。
「光の神の子らによって、レミリアに妾の根源を利用した即死術式が刻まれた時、妾はレミリアに加護を与えておる。だからレミリアはその魔術では死なぬ」
短い言葉ではあったが、今必要な全てを語る言葉だった。しかも犯人が人族というリップサービスまでしてくれた。この神様、絶対後で叱られる。
「この意味はわかるな? 妾がわざわざ顕現したのじゃ。最大限の便宜を図るがよい」
完全に国王を脅していた。本当に大丈夫なのだろうか。闇の神の怒りに触れ、ヘラに消えられるとレミリアも困るのだが。
その時、ミドウの側にいた神官の一人が小さく呟いた。
「魔族を加護だと? なんなんだあれは。ただの邪神ではないか」
「おい、よせ」
ミドウがたしなめたが時すでに遅く、ヘラが右手で空気を撫でるような仕草をした途端に、その神官は倒れてしまった。ヘラに命を掻き消されたのだ。
ヘラは何事も無かったかのように立っている。
もうヘラの存在を疑う者はこの場にはいない。
それを見た国王が、エレオノーレの死因のことでヘラに尋ねた。それはベオウルフがヘラを糾弾したときと全く同じだった。
「死の神よ。人族が魔族の娘レミリアを非道な魔術を以て害し、それを御身が加護を与えて救済したことは理解した。しかし、御身は同時に我が娘エレオノーレと、ベオウルフの命を奪った元凶ではないのか」
人の娘を殺しておいて、よくもおめおめと現れたなとは言わないが、感情的にはそんなものだ。
ヘラはベオウルフの時と同じように、魔術というものの成り立ちと、神としての自らの価値観を説明する。
それには国王もベオウルフ同様、納得はいかないが飲み込むしかないと感じた。
「つまり、我が娘の命を奪った魔術を使用した者を探して裁くしかないということだな」
国王は観念したのか、アレイスターの方に向き直る。どんな形であれ、理解してもらえてヘラは満足そうだ。
「アレイスターよ。引き続き、教皇庁領アルミダおよび、首都エテメンアンキで調査を命じる。よいな」
「かしこまりました」
「手段は問わぬから必ず証拠を挙げて来い。教皇庁の関与が確定すれば、王国として一連の事件の関係者の引き渡し要求を行う。断ってくれば戦争だ」
ミドウが慌てて抗議する。
「そんな暴挙が許されると思っているのですか! こんなことが知れたら、現時点で教皇庁はフィーンフィル王家を破門するに決まっておりますぞ!」
「ほう、それは困ったものだ」
国王はさして困っていない様子で言った。
「ギルベルト、今ここに居るミドウを含む教会の者を全て消せ。その足で教会を抑え、関係者を全て捕らえよ。王都全門に検閲を置き、一人も逃すな。尚、この場でのことは全て口外無用とせよ」
「御意」