反論の機会
現れた天使はギルベルトの大剣を受け止めるだけでなく、ギルベルトを圧倒していた。何合か斬り結ぶが、ギルベルトは少しずつ後ろに下がり始める。
「これが本当に天使ごときの力か?」
本気を出すと周りに被害が出るため、力を抑えていたギルベルトもこのままでは歯が立たないので、本気を出さざるを得ない。両者の剣が一旦拮抗する。
そこで天使が口を開いた。
「天使ごときだと? 我が主、光の神の子よ、神の眷属に向かって不敬であろう」
天使は羽を広げて高圧の魔力による威圧を前面に放つ。
ギルベルトは後ろに下がって距離を取った。
今度は天使がレミリアの方を向いた。
「我が主に愛されし光の巫女よ。安易に我を召喚するなと以前に申し伝えたはずだが」
周りくどい言い方だが、召喚したクリスを非難しているようだ。
レミリアの前にクリスが姿を現した。かなり魔力を消費したらしく、透明度が高い。
「申し訳ございません力天使様。もはやお縋りするしか手が無かったのです。なんとか今だけ力をお貸しください」
クリスは恭しく頭を下げる。力天使は面白くもなさそうに応えた。
「もう我の出現だけで充分であろう。そこの人族も鼻白んでおるわ」
見ると、ギルベルトだけでなくその場の全ての人間が固まっていた。
「まあ良い。其方が滅びれば我が主が悲しむ。今後は我を呼ばずとも難から逃れるように頭を使うがよい」
「かしこまりました」
力天使はクリスの魔力に戻った。クリスの輪郭がはっきりする。
泣きながらベオウルフにしがみついて魔力を送っていたレミリアがお礼を言った。ベオウルフは持ち直したようで、半身を上げていた。
「クリスありがとう。すごく危ないところだったの」
「すまないレミリア、クリス。面倒をかけた」
「ベオウルフさま、無理しないでください。心臓が潰れていたんですから」
「あちらが手加減してなかったら消滅してたかもしれんな。おいレミリア、人前だぞ」
レミリアはベオウルフを離さなかった。
クリスはニコニコしながらそれを見て言った。
「ごめんなさい、できれば教皇庁の方に見つかりたくなくて切り札をすぐには出せませんでした。まさかこんなことになるなんて」
ミドウが声をあげた。
「お前は聖女クリスティナ!? なぜこんなところにいる? なぜ魔族の味方をするのだ?」
ミドウは中央から報告を受けていないため、クリスが何をしてどうなったか知らないのだ。単に身内である聖女が突然現れて、事もあろうに汚らわしい魔族に味方しているようにしか見えない。
「相変わらず女性蔑視が酷い方々ですよね。司祭程度なら私の方が目上のはずなんですけれど。まあ、もう教皇庁とは関係無いので良いですけど」
「関係ないだと? 我らを裏切ったのか」
「私、異端査問官に殺されたところを、レミリアさんに救われまして」
ミドウは開いた口が塞がらない。中央は何をしているのだ。聖女を殺しただと? 魔族が救った? もうめちゃくちゃだ。
「その魔族に使役されているのか? 全く闇の魔力を感じないが」
「もう使役はされておりませんがレミリアさんの味方であることは否定しません。これ以上無粋な真似をするなら容赦はしませんよ」
「不死者ということだな。お前ら、浄化するぞ」
『ターンアンデッド』
ミドウの指示に合わせてクリスのいる場所に幾重もの光の柱が現れるが、光の魔力の塊であるクリスにはなんの効果もない。
「ターンアンデッドが全く効かないだと!?」
「一応元聖女なのであまり不浄な行いはしたくないのですけれど」
クリスの前に3体の能天使が現れる。
「ひいっ!」
ミドウ達は腰を抜かしてしまった。
レミリアは疑問を口にした。
「クリスってどうやって倒したら良いのでしょ」
「レミリアさん、聞き捨てなりませんが、恐らく闇の魔力に弱いんじゃないかなと思いますけど、やめてくださいね」
「ごめんクリス。やるわけないじゃないですか」
クリスが余裕で答える。レミリア達にはだんだん緊張感が無くなってきた。
しかし、王国の連中はそうもいかず、王太子ラインハートがやっとのことで声を上げた。
「ミドウ、これ以上は勝手な真似はやめよ。御前であるぞ。聖女様、先程話されたことは本当なのですか。もはや私には何がなんだかわかりませぬ」
「王太子殿下、恐れながらアレイスター様からお伺いください。私は口下手なもので」
「そうですか……父上、いかがいたしましょうか」
立ち上がっていた国王が力が抜けたように再び玉座についた。
「アレイスターよ、すまぬが一から説明してもらえんか。ベオウルフと魔族の娘の様子も教会から聞いていた話と全く違うし、予は何か間違えておるのだろうか」
力天使が現れた辺りから呆けていたアレイスターも、やっと反撃の機会が訪れたのかと襟を正した。
「かしこまりました。それにはレミリアの出自から話さねばならないので少々長くなりますが、何卒耳をお貸し頂ければと存じます」
アレイスターが長くなると前置きするくらい、長くなる話だった。
アレイスターはマイラ村で教皇庁が行ったことから始め、レミリアがバリアントに来た経緯、クリスを味方にしたところまで一気に説明した。
一通り聞いたところで国王は目を閉じてため息をついた。
他の連中も反応は様々だが、もはやレミリア達を害しようとする者はいなかった。ミドウを除いて。
「異端査問官を殺しただと?」
ミドウは能天使を前にして腰を抜かした割には威勢の良いことを言うものだったが、そこまでだった。
「ミドウ、誰が発言を許した」
国王がミドウを制した。そして、国王がレミリアに謝罪をする。
「魔族の娘よ。其方達に人族のしたことは許されることではない。人族の一部を代表して謝罪しよう」
「いや、別に王様、じゃなくて陛下やこの王国の人が何かしたわけじゃないですから」
田舎娘には貴族社会でのマナーも教える必要があるかもとアレイスターは思った。王は続けた。
「教会の教義はある意味正しいものだ。魔族を敵とするのは、現れる魔王や魔人を想定したものだったはずなのだ。しかし、いつからかその教義が歪んでしまった」
1000年前の魔王戦では世界が一つになり魔王と戦った。それは魔王に住処を追われた魔族達も決して例外ではなく、伝説では魔族も当時の勇者のパーティーに力を貸していた。
むしろ、他種属と魔王の板挟みになった魔族こそが一番の被害者だったかもしれない。平和になった後も迫害され、追われる歴史は今に繋がるのだ。
「言い訳にもならないが、故に我が国では魔族への迫害を公には認めていない。だからといって庇護することはしておらんがな」
「私たちのことはもういいんです。それより、ベオウルフさまに謝ってください。エレオノーレさんを亡くして悲しいのはベオウルフさまなのに、まるで犯人みたいにして。犯人達は別にいるのに! あ、ちなみに私もエレオノーレさんの件は何の関係もないですからね!」
「お、おいレミリア」
慌てるベオウルフをよそに、レミリアは教会の連中を睨みつけた。本来ならかなり不敬な発言ではあるが、国王もその周りもアレイスターも咎める者はいなかった。