王城へ
アレイスターの屋敷で一晩過ごすと、翌日にいきなり王城から招集されることになった。
朝早くに王城から使いが来て、後で馬車を寄越すという話だった。
「意外と早いですね」
「元々陛下には謁見を希望していたし、エレオノーレのことは陛下は1日も早く知りたいだろうからね」
「まあオッさんせっかちだよな」
それまでに朝食を終わらせるように、使用人に朝食を用意してもらった。レミリアはその間にもまたお風呂に入っていた。旅行気分だし自分で湯を用意できるから気兼ねないのだ。
昨晩は、アレイスターが臨時で雇っている使用人に急遽来てもらい、ベッドメイキングと夕食を頼んでいた。その若い女性の使用人は、急な呼び出しにも関わらずきちんと仕事をこなしていた。
朝食もきっちり用意してくれた。食材を買うところからだからかなり大変だったはずだ。
給仕をしてくれているところに、アレイスターが話しかけた。
「急なのにいろいろすまないね。実に良い仕事をしてくれるし、良かったら臨時ではなく正式に雇えないかな」
アレイスターが留守の間もしっかり屋敷を清めてくれていたのもポイントが高い。
使用人は手を止めて頭を下げる。
まだ20歳前後くらいだろうか、若いが落ち着いた雰囲気の女性だった。
「お褒めいただきありがとうございます。ありがたいお話ですが、ご主人様は留守が多いと伺いましたけど、私が常駐してよろしいのですか?」
「ああ、今は一人しかいないからね。そちらは連れて動くから、留守をきちんと預かってくれる者も必要だったんだよ。名前は何ていったっけ」
「サラサと申します」
「ではサラサ、正式に雇用させてもらうよ」
「ご主人様、是非よろしくお願いいたします」
これから王城に行かないといけないので、雇用契約書は後で交わすことにした。
こんな有用な使用人が野良でいるなんて、不思議なことだった。ここまで仕込まれているならどこかで勤めていたはずだし、雇い主も手放さないはずなのだが。
サラサが疑問に応えて自分語りをしてくれた。
「私は奴隷の子供だったのです。親は仕事に失敗して保証金わを支払わないといけなくなり、その借金で奴隷に身をやつしておりました。運の良いことに、ある商家に家族で購入いただけて、全員住み込みで使用人をしておりましたが、先日借金を返し終わりまして」
「なるほど。そのまま使用人として残らなかったんだね」
「はい、両親は残ったのですが、私は外に出てみたくて」
臨時で雇うときにいくらか調べて安全は担保していたが、聞いた感じも特に怪しい出自では無さそうだ。
「何か得意なことはあるのかい? なんでもできそうだけど」
「使用人として10歳頃からお手伝いをしておりましたので家事全般はできます。あと、魔法でお湯を沸かしたりできますよ」
「なんだって? 火と水の素養があるのかい?」
聞けば両親が魔法を使えるらしい。特殊技能があるからこそ、奴隷にやつされる程の借金をたかだか10数年の短期間で返済出来たのだ。
「バリアントに欲しい逸材だな。魔力持ちの使用人なんて引く手数多だろう」
「これで少しはリリも楽になるだろうね。でも連れて歩きたいくらいサラサは有能だね」
こうしてアレイスター宅の留守番役が決まった。
朝食を終えて少しすると馬車が迎えに来た。
昨日のミドウの態度からは考えられないくらい御者の態度は恭しく、王国が令状まで出して無実の者を連行しようとしたとは思えなかった。
令状は法務大臣の印がある書類だった。本当に国が発行したものなら普通に考えれば行き先は伏魔殿ということになるが、これではよくわからなくなる。
行きすがらの馬車の中では、馬車に初めて乗るレミリアが地面の石等を轢いた時の振動に文句を言っている。王侯貴族が使うような良い者では無いが、別に悪い馬車をあてがわれているわけでは無い。
「なんかガタンガタンしてお尻が痛いです。これなら歩いた方がマシかも、いたっ!」
また馬車が跳ね上がりレミリアが悲鳴を上げる。
「贅沢な奴だな。お前尻の肉が薄すぎるんじゃないか?」
「ベオウルフさま、私言われたことは覚えておく方ですからね」
「もう少しでしっかり清められた区画になるから少しはマシになるよ」
王城に近づくと、タイルで舗装された地面が常に清められた区画になる。石ころひとつ、落ち葉ひとつ無いように清められている。
高くそびえる王城を真上に見上げるようになってきた。周りにある建物は大貴族の邸宅や国の機関の建屋になってくる。レミリアは少し緊張してきた。
かなりアウトだと思われるベオウルフの不死化を、教皇庁に暴露されているはずなのだ。もう展開が読めない。
「屍術の件が露見しているとなると、いきなり酷い展開も考えられるんだけど、謁見させてくれるくらいだから一応話は聞いてくれるとは思う」
「昨日の人はどんな嫌がらせをしてくるのか、ドキドキしてきますね」
「問答無用で来たら暴れるしか無いな」
王城は更に堀と外壁に囲まれており、跳ね橋が降りるのを待って中に入っていった。防衛のためではあるが、中に入ったら簡単には出られない作りだ。飛べばどうとでもなるが。
城の前には騎士団が詰めていた。かなりの人間がいるので一個中隊を用意したのだろう。その後ろには小隊程度の魔導士が控えていた。
「全く歓迎されていないじゃないか。騎士団長まで来てるぞ」
「王国最強の男が仕切ってたんじゃベオウルフが暴れたところで万に一つも勝ち目が無いね」
騎士中隊の中心にいる40歳手前くらいの大剣を背中に担いだ大男が、フィーンフィル王国騎士団長ゴッドフリード伯ギルベルトである。燃えるような赤い短髪で鋭い目つきだ。背中の大剣でドラゴンすら一刀両断できると言われている、王国最強の男だ。
馬車を降ろされ、ギルベルトの指示でベオウルフの武装が解除される。
「親父の形見なんだ。大事に扱ってくれよ」
「卿が傀儡となっているなど、にわかに信じられぬな」
ベオウルフが心配そうに言うと、少し驚いたようにギルベルトは応えた。
「責任持って預かるから安心しろ。むしろ、武器より自分達の心配をした方がいい。あと、魔導士対策として会場は反魔法の結界を張るから、無駄な抵抗はしないことだ」
「ギルベルト様、別に俺は操られてなどいませんよ。すぐに全てが明らかになると思います」
「だと良いのだがな。卿の父君には私も世話になった。救国の英雄である卿にも死んで欲しくは無いからな」
ギルベルトは騎士達に連行を指示した。