淘汰されるべき存在
10年前にベル達が戦った魔人は恐ろしい存在だったようだ。でもレミリアはわからない。なぜ世界の平穏に身を捧げる勇者が魔族に非道なことをするのか。
「教皇庁の教義が魔族を敵としていることは知っているよね。あれはね、約1000年前に起きた悲劇がそうさせているんだ」
約1000年前、世界は文明の危機を迎えていた。虐げられていた魔族の国家から魔王が発生したのだ。魔王は瞬く間に世界の全ての国を蹂躙して滅ぼし、殺戮のかぎりを尽くした。当時の勇者がそれを倒す頃には、世界の人口は4割程度まで減少していた。そこから今に至るまで復興したのだ。
「実際に教皇庁にある最古の文献に載っている話さ。その時に神託された勇者を見つけるのに手間取ってね。勇者を探したり世界で協力して脅威に立ち向かうために勇者の一行が教皇庁を立ち上げたんだ」
「今はあんなですけど、意味がある組織だったんですね」
レミリアがそう言うが、実際にベルを見つけたのは神託を受けたアレフヘイムから依頼された教皇庁であるし、魔人の討伐計画も教皇庁が立ち上げたので、今でも意味がある組織だ。
「最近は魔族を滅ぼすべきだという急進的な派閥が誕生して急成長している。彼らは世界に隠れ住む魔族を全て討伐すべきと言って活動している」
ルカリオ司教率いる人族至上主義の台頭である。
「処刑のような悪趣味な行為は許容し難いけど、ボクは大筋は彼らの考えに賛同しているんだ」
レミリアは愕然とした。世界を救うはずの勇者はレミリアの敵と完成に同一であった。この先も彼らは魔族を殲滅し続けるのだ。アレイスターが口を挟んだ。
「まあ大体予想はついてたけど、ベル、君は魔族を全滅させれば魔王は発生しないと考えているわけだね?」
「そうだよ。ガラリア帝国には魔族は住んでいない。フィーンフィルとアレフヘイムにある村を全て潰せばいいだけだ。」
ベルは言うが、アレイスターからすれば非常に非合理的である。アレフヘイムは魔族の村を保護している雰囲気だし、非人道的なだけで意味が無いのではないか。そもそも魔王の発生条件のひとつが問題だ。
「そんなことをしても魔王の誕生が早まるだけじゃないのかな」
「じゃあどうしろっていうのさ。教皇庁の文献だと1000年周期で魔王は誕生すると言われている。今はその周期に入ってしまっている。ボクはどこに発生するかわからない魔王と対峙する勇者になるかもしれないんだ。ボクが世界中の人々の命を背負わないといけないんだぞ」
ベルは不安に対して何もせずにはいられないのだ。アレイスターは納得はしないが、ベルの気持ちは良くわかった。だが狩られる側のレミリアからすれば受け入れるわけにはいかない。
「魔王てのがよくわかりませんが、世界のために私達魔族が滅ぼされるなら、私達からすれば世界が滅びたら良いと考えてしまいますけど」
「レミリアからしたらそうだろうな。俺もいかなる事情があれ、教皇庁の今のやり方を許すわけにはいかない」
ベルは黙ってしまった。先程も言ったがベルとて自らの非人道的な行いを省みないわけではない。それでも尚、世界のために動かざるを得ないのだ。救いが無いベルにアレイスターが考えを伝えた。
「ねえ、ベル。僕の予想では何をしたって魔王は発生する。教皇庁の文献に発生周期が載っているのだから、過去の歴史がそれを物語っているんだ。だから、発生を防ぐより発生してからの準備をする方が合理的だよ。1000年前の戦いでは魔族も魔王と戦っているんだ。アレフヘイムの考えでもあるけど、むしろ協力すべきなんだよ」
「今更そんな転換できないよ! 女王陛下の考えにボクは賛同できずにこの10年活動してきたんだ」
直接手を下した数はそんなでもないが、多くの魔族に対する理不尽な行為に参加してきた。ベルはもう後戻りはできないと思ってしまう。
「ベル、魔王が発生したら僕は必ず君と一緒に戦うよ。たぶんベオウルフも来てくれるさ。他にも世界を守るために賛同してくれる者はたくさんいるはずだよ。ねえレミリア。君も来てくれるだろう?」
「今までのことは全く納得いきませんけど、世界が壊れて私の居場所まで奪われるなら断固戦いますよ」
思わずベルは聞いてしまった。
「君の居場所ってなんだい?」
「ベオウルフさまが住まわせてくれるバリアントのお屋敷です。みんないい人ばかりなんです」
「ふーむ、ベオウルフも魔族を保護しているのか。ボクのやり方を続けていたら女王陛下やベオウルフとも戦わなくてはならないというわけだ」
「すまないな。俺はあまり考えていないんだ。レミリアはたまたま拾っただけで」
「人を犬みたいに言わないでくださいベオウルフさま」
目の前の魔族はベオウルフには大切な存在なのだろう。自分が殺した魔族にも家族が、愛する人がいたはずだ。だが、いきなり考えを変えることなんて出来ない。それでも今まで通り魔族を蹂躙することは躊躇われた。
「しかし、君ほどの人物がなぜそんな考えに至ったんだろう。重圧で冷静に考えられなくなっていたにしても、魔王の発生阻止なんて実現性が低すぎる気がする」
「えらい言われようだね。まあ一度教皇庁に帰るとするよ。エテメンアンキにくるんだろ? また会うかもしれないね。行こう、ラティ」
立ち上がりながら言うと、ベルは女僧侶を連れて去ろうとする。
アレイスターはベルがマインドコントロールされいないか危惧していた。ベルの正義感が利用されていないか。
「そうだね。ベル、またエテメンアンキで会おう」
「じゃあね、アレイスター、ベオウルフ、お嬢さんはレミリアだっけ」
ベルは暗闇に消えた。
「何をしに来たんだあいつは。最初から真面目に戦う気が無かった気がするんだが」
「君はそう感じたのか。警告しに来てくれたのかもしれないね」
不意を打てばこちらはタダではすまなかったはずだ。
「また戦うんでしょうか。もう魔族狩りはやめてくれたらいいんですけど」
「彼女の心はそれを後悔しているようだったね。なんだか不自然な感じだったんだよね。教皇庁にマインドコントロールされているか、転生している勇者の根源に流されている可能性もあるけど」
ベルの背負った重い宿命をアレイスターは手助けしてやりたかった。
「さあ、もう寝て、明日はフィーンフィルに入ろう」
「身体を拭きたくなりますね」
「そうだねえ……」
戦闘で疲れたが、なかなか寝付けそうになかった。