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きっかけ

通された客間はバリアントには無い豪華な作りの部屋だった。

そもそも騎士爵は貴族階級とはいえず、バリアントは屋敷がある街と街壁の周囲に広がる田畑を耕す農民だけで構成されている程度である。それに比べて、子爵は下位の貴族とはいえいくつかの村や地域を支配しており、全く立場や収入が違うから仕方がない。


レミリアは、カロリーナにエレオノーレに似ていると言われてから一言も発さずこの部屋まで来てしまった。


一応アレイスターが助け船を出してはくれたが、流石のベオウルフもレミリアの心の機微に気付いてしまったかもしれない。


ショックだった。


最近は死霊魔術の支配下に置かれたベオウルフを完全にマインドコントロールしているかもしれないという不安は、あまり感じなくなっていた。ベオウルフの奔放な態度やアレイスターの助言から、少なからず素のベオウルフが自分に優しくしてくれているんだと思うようになっていた。


しかし自分はベオウルフの幼馴染で婚約者であるエレオノーレに似ていたのだ。亡くなってしまった恋人。ベオウルフが優しかったのは最初から自分がエレオノーレに似ていたから。レミリアなど見ていなかったのだ。


冷静に考えればまだ出会って20日くらいだ。レミリアも自分の気持ちがよくわからないのに、いったい何を期待していたのだろう。


確かに突然現れた魔族の奴隷に尽くしてくれるなんて不自然ではないか。それなのにベオウルフの行動に嬉しくなったり、顔を赤らめてみたり、軽口を叩いてみたり、道化の極みだ。


そしてベオウルフを望んだところで、亡くなったしまった恋人になんて勝てるわけがない。思い出は美しいものだ。


これからどうしたらいいのだろう。

ベオウルフの心の傷につけ込んで、このままエレオノーレの代役を務める。行き場のない自分にはそれしか無いのだろうか。


などと、勝手に悪い方向に考えて独りで沈んでいた。


これは、あくまでレミリアの曲解であり、ベオウルフはそんなしょうもない人間ではない。


しかし、レミリアも酷い目に合って間もないし、いろいろなことを悪く考えるのは無理もない。


そんなことをベッドで三角座りして涙ぐみながらぐじぐじと考えていると、真横から声がした。


「レミリアさん、そろそろ夕飯に呼ばれますよ」


いつの間に入ってきたのかクリスがいた。いつから見ていたのだろうか。びっくりしたのと気恥ずかしさでレミリアが口をパクパクしているとクリスが侵入経路を教えてくれた。


「お隣は私の部屋なんです。なのでそこの壁から」

「それアウトなやつです。次からはノックしてドアからお願いします」


クリスはそろそろ夕食なのでレミリアの様子を見てくるようにアレイスターから言われたらしい。


「なんだか深刻な顔をされていますね」


クリスはカウンセリングに来たつもりなので、少々突っ込んで話を聞くことにしていた。しかしレミリアは何も言わない。


「レミリアさんはベオウルフ様のことが好きなのですか?」

「へ?」


エレオノーレに嫉妬してしまっているが、好きかとまじまじと聞かれると、どうなんだろうかと考えてしまう。いくらなんでも出会ってから早すぎるし。答えにもなっていないことを口走ってしまった。


「私、変なのかな」

「気になっている男性の元カノに似ていると言われて嬉しい人はいないと思いますよ」


クリスが優しく返してくれた。そうだ、気になる男性と言われるとしっくりきた。レミリアは本音を話してみようと思った。


「ベオウルフ様は私が亡くなった恋人に似てるから優しいのかなって」


あのベオウルフの態度なら、絶対そんなことはないとクリスは思ってしまった。どう上手く言えばいいものだろう。


「カロリーナ様がおっしゃるのですから、似ているのは確かなんでしょうけど、ベオウルフ様がおっしゃったわけではないですよね」

「代用品にしているのが後ろめたいから言わなかったとか?」

「逆じゃないでしょうか」

「逆??」


クリスは指を立てて言った。


「いいですか? レミリアさんはベオウルフ様がレミリアさんをエレオノーレ様の代用品にするような器用な性格だと本当に思われますか?」

「うーん、言われたらあまり思いませんね」


ベオウルフはそんなせこい男ではないと思う。むしろ、似ているだけが理由なら遠ざけそうな気がする。


「私は、レミリアさんがベオウルフ様のタイプの女性なのだと思うんです。元カノと似たような女性に優しくしてしまうのは、本能的に好みの女性だからだということなんです」

「なっ」


レミリアが顔が真っ赤になってしまった。でも照れ臭いが、一理あるかもしれない。


「カロリーナ様が第一印象でお二人が似ていると感じたのに、ベオウルフ様が一切その件を口にしなかったのは、レミリアさんに対する配慮もあるとは思いますが、照れ臭くて言えないんじゃないでしょうか」

「あうう」


クリス……なんて恐ろしい子! とレミリアは思ってしまった。あんなに悩んでいたのに、今はクリスの言う通りだと思わずにはいられない。だがあえて反論してみた。


「わ、わわ私が……その、タイプだからって、いきなり優しくするなんて軽くないですか」

「恋が始まるきっかけなんて、そのようなものだと思いますけど。レミリアさんもベオウルフ様が優しかったり頼りになったりするから、気になっているのですよね?」


もはやクリスはレミリアにとって愛の伝道師だった。欲しい言葉を欲しい時にかけてくれる。

散々悩んでいた気持ちがどこかに行ってしまった。


気が楽になると、なんだかお腹が空いてきた。


「私、なんだかお腹が空いてきました」

「では、時間が来たらレミリアさんもいらっしゃるとアレイスター様にお伝えしておきますね」


クリスが部屋を出る時、レミリアはにこにこと上機嫌にしていた。

思い込みが激しいが少しちょろすぎてクリスは心配になった。

ベオウルフ様はもっと上手くやればいいのにとも思った。

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