第8話 ローン村
「すぐそこだから5分とかからないさ。さ、行くぞケンジ」
「おそとー!」
「あ、おうわかった」
俺は、メアと手を繋いで先を促すヒデヲを追って大門をくぐった。
「ヒデヲ、メアも連れて行って平気なのか?」
「村周辺の草原は大丈夫だ。さっきも言ったが、凶暴で危険なモンスターは生息してないらしい。ただし、あっちの森の中はわからねえから気をつけろ」
ヒデヲが指さすほうには先ほど村から確認できた森が窺えた。
「で、ケンジが倒れていたのがそっちだ」
その次は森と反対方向を指さす。だだっ広い草原が広がっているだけだ。
それからちょっと歩いて、
「ま、およそこの辺にケンジは倒れてたんだ。周辺には何もないのだが……どうだ、何か思い出すことはあるか?」
ヒデヲに案内された場所は村のすぐ側だった。広い草原のど真ん中だ。
「悪い。やっぱり何も思い出せない」
……当然何も心当たりなど無い。俺、ここに倒れてたのか。
「そうか、手ごたえ無しか」
「そうかー」
心なしか、メアもしょげているようなトーンでそうかと繰り返した。
若干の罪悪感があるが、何が起きたかは自分でも理解できないのだ。しょうがない。
「……まっ、いつかは思い出すだろ。今は気長でいりゃいいさ」
ヒデヲはバシバシと俺の背中を叩く。
「戻ろうぜ。今日の仕事に行かなきゃな」
「そうだな。手間をかけて済まなかった」
「もどろー!」
俺たちはすぐにきびすを返し、村へと引き返す。
遠巻きから確認できていたが、門は開けっ放しになっていた。
……いや、大丈夫なのかそんなに警戒しなくて。
「おう、どうだったよ?」
大門をくぐったらジロウが気さくに声をかけてきた。
「いんや、収穫は無かった。良い案だと思ったんだがな」
「すまない、何も思い出せなかった」
「すーまーなーいー!」
メアは俺の足にまたしがみついて俺を見上げる。
「げんきだしてー!」
ズボンを握ってぴょんぴょん跳ねたり体重をかけたりしてくる。
可愛らしいなぁ、この生物。
思わず頭を撫でてあげる。メアは目を細めて喜んだ。
にしても、俺って結構メアに懐かれてる気がするんだが、気のせいだろうか?
「じゃあ門を閉めるからな」
「おうよ、ありがとなジロウ」
ジロウは小屋の奥へとまた姿を消した。それから門が閉じられていく。
やがて完全に塞がった門を確認し、
「よし、こっちだ、ついてこい」
「ついてこいー」
ヒデヲが歩き出す。そのすぐ後をメアがかけていく。
俺もその後に続いていった。
門からしばらく歩いた先には川があった。
目測で20メートルほどは幅があるだろうか。それなりに大きい。よく目を凝らすと少しずつ流れているのがわかる。ものすごい緩やかというか、まるで広範囲に伸びている湖のようだ。
「かわわだー」
「メアー、かわわじゃなくて、かわだぞー」
メアはここに来るまでの間で俺とヒデヲの周りを飛び跳ね回ったり、ちょうちょを追いかけたり、少し進んで咲いている花を撫でては次の花を撫でてとせわしなかった。まさしく、蝶よ花よといった感じだ、なんてな。意味通ってねえだろうな。
今は全速で川辺の淵に迫り、四つん這いで水面を叩いてはしゃいでいる。既に大分泥んこになっているように見えた。
「メアー、危ないから川に入っちゃだめだぞー」
離れたメアに大声で注意を促しつつ、ヒデヲは川へと近づいていく。俺もその後に続いた。
「この辺の地形については伝え聞いた程度でしかないんだが、その昔は川なんて無かったらしい。この平地で地形変動が起こるような激しい戦いがあったようで、その時に出来たんだそうだ」
俺はヒデヲと横並びになり歩幅をそろえる。
「へえー。どのくらい昔の話なんだ?」
「さあ、わからんね」
川辺は大きな石や人工物が無くて泥でぬかるんでいた。気を付けないと足を取られそうだ。
水面は所々で日の光が反射してきらびやかだ。澄んでいてこのまま飲んでも大丈夫なのではないだろうかと思わせる。いや、一見綺麗に見えても有害な可能性はあるが、この村の人たちはどうしているのだろうか。
「この川を利用しようとした先人たちは何とか開墾して村を起こした訳だ。それがローン村だ。この川が村をぶった切るように流れているのさ。俺たちへの生活への恩恵も大きいぞ」
「ぶった切る? この川が村を寸断しているのか?」
俺が驚いた様子で訊くのが楽しいのか、ヒデヲは笑う。
「がっはっはっ、そうだ。だがいくつか橋が掛けられてるから往来は不便しないぞ。ちなみに、俺んちはあっち側だ」
ヒデヲは川沿いの先――流れからして上流側を指さした。
その指し示す川沿いを見渡すが、観測できる範囲で湾曲したようなポイントが見受けられない。上流も下流へも一直線に続いているように見える。まるで意図的に作られたかのように人工的に思えた。
そしてここから遠くない場所に、確かに橋が掛けられているのが確認できた。
そうか、あれで横断するのか。
とは言え、ヒデヲ並みに屈強そうだと川底を歩くなり泳ぐなりして渡れそうだ。水深はわからないがな。
「結構深いのか? 水位が上昇するとか、逆に干ばつで干上がったりとかは?」
「ローン村は年間を通して穏やかな気候だ。雨も稀に降るが、あまり多くは降らない。ただこの川の源流は村からは大分離れた山脈にあるそうだ。昔、トモキが辿って確かめにいったから本当だろうな。そこはこの平地と違ってよく雨が降る地域なんだと。だからか、水不足に陥るといったことは今までなかったな」
ヒデヲは誇らしげに言う。
「ちなみに、水中や地中にもバリアが張ってあるらしくて、天地どこからもモンスターは村には入ってこれないようになってるそうだ。超大きな球形にバリアと、あとなんだったっけか……万一のためにともう一つ言ってたんだが、もう忘れちまった」
腕を組みながらうんうん唸るヒデヲ。その間も渋面だったり笑顔になったりとせわしなかった。
「……それで、ここが現場なのか?」
「……いいや、まだ先だ。そんじゃ、先を急ぐとするか。メア、こっちおいで」
「うんっ」
メアはドロドロになった手でヒデヲの手を握る。ヒデヲも気にする素振りもなく愛しい娘に笑みを浮かべた。
「さ、あっちだ。行くぞ」
「いくぞー」
「ああ、わかった」
俺たちは川を沿って下流へと歩みを再開した。