第7話 すぐ戻って来いよ
ヒデヲの後を、メアと手を繋いでもう片方の手で包みを持ってついていった先に見えたのは、今までの景色からは目を疑うような不自然な大門だった。
大型のトラックが通れるくらいの大扉があり、すぐ横には人間が通行できるような小さな扉と掘っ立て小屋が設置されている。
その周辺はおよそ人間の身長程度の柵がずっと遠方へ続いて湾曲している。おそらくこの柵に覆われた場所がローン村だと思うのだが、目の前の光景だけは違和感が凄い。
お城の出入り口を想起するのに周辺に壁等が無いからアンバランスさが際立つ。
「なあ、ヒデヲ……あまりにミスマッチな光景だと思うんだが、どうなってるんだこれ?」
「がははっ、それがな、昔トモキが帰ってきたときに王都から色んな人を連れてきてな。なんか作っちまったんだ」
ヒデヲは先ほどまでとは打って変わって大仰に笑いながら答える。
トモキって、さっき話してたヒデヲの息子じゃんか。確かに村の発展に貢献したとか言ってたけど、これには驚かされた。
ここまで歩いてくるのにさほど時間はかからなかったが、その間で思ったこととしては、やっぱり田舎だというところだ。建物はどれも簡素な住宅で彩も無く、第一印象通りに自然と共生している。
しかしこの大門の存在感は凄まじい。
しかも装飾も施されていて、製作者の意匠のこだわりが見受けられている。
ツッコミどころ満載だわ! イカレ芸術家でもいたのか? 場所を選べクレイジーアーティストめ!
「この関所の門からしか村の外には出られない。とは言え、ローン村は辺境の草原にある小さな集落だ。人の往来も週に一度行商人が来る程度で、周辺に凶暴なモンスターもいないそうだ。こんな大きな門作ってどうすんだって話だが、結局は立派なものを作ってくれちまった。がはは」
俺と手を繋いでいるメアも「おっきいー! きれー!」と言って目を輝かせている。
「ほれ、試しに柵から外に手を伸ばしてきな」
俺はメアと繋いでいた手を放し、やや歩いて門のすぐ傍の柵から手を伸ばしてみた。
「ッ!?」
突き出した手は何かにはじかれるように阻まれた。見えない何かに遮られた様だった。
びっくりして、俺はまるで反射が起きたかのように素早く手を引っ込めてしまったが、特に痛みは無かった。
昨夜、確かバリアが村を覆ってると言ってた気がするが、なるほどこれがバリアか。
「はっはっはっ、驚いたか? それもトモキが用意してくれたらしい。そのバリアがあるから、村にはモンスターが入り込めないようになっている。門も同じようになってるらしくて、開けている時だけ通行可能って寸法よ」
なるほど、内外を隔絶するバリアか。
「これは、どこの村や町にもあるのか?」
「ん? ああ、そうなんじゃないか? 珍しいものじゃないらしいぞ」
未だモンスターというものの危険性は未知数だが、このバリアによってローン村は安泰のようだ。
なお、柵から外も草原が一望できる。そちらは村の中と違って建造物なども無い一面の広場だが、視界の隅にはそれとは別に木々が生い茂った場所が確認できる。おそらく森だろう。
そういえば、今更ではあるが俺の視力でこんなに遠くまで見渡すことができるのは新鮮だ。都会の密集した灰色世界では遠距離を眺めるなんてせずに目の前のパソコン画面との格闘だったからな。
おかげで視力も悪かったのだし。こんな開かれた世界は、稀に見るゲーム内の絶景ぐらいのものだったはずだ。
ふむ、感慨深い。
「おーいケンジー! こっちにこーい!」
気付けばヒデヲが小屋の前で叫んでいた。
俺は急いで駆け寄る。
小屋の中にはひとりの人物がいた。
小屋はレジャーランドの受付のようになっているようで、そこから顔を覗かせている。
「紹介しよう。こいつが村長のジロウだ」
「おう、ジロウだ。よろしく」
紹介されたのは、おそらく年は俺やヒデヲと同じくらいの気さくなおっさんだ。この村ほんと廃村間際とかなのか? 村長って一番偉いのにジロウなのか?
「村長なのにジロウなのか?」
言葉にしてしまってハッとなった。しまったまたもすぐさま考えもせずに発するのは良くない! 第一声で無遠慮すぎて冷や汗が噴き出す。
これでイチローは昔モンスターに襲われて亡くなったとか言われたら目も当てられねえ! 俺のクソったれ! あんぽんたんめ全力土下寝不可避ッ!!
「確かに、俺にはイチローって兄がいるが、この村は何もねえって立ち去っちまったさ。でも、別の町で平穏に暮らしている。行商人がたまに手紙を持って来るからな。一家団欒の様が伝わってくるよ」
ほっと俺は一息安堵した。ほんとに暗い話でなくて良かったぜ。
しかし本当にいるのかイチロー。完全に昔の日本のネーミングセンスだわ。
「ああ、俺はケンジだ。よろしく」
「おう、よろしく」
右手で握手を交わす。俺もジロウも筋骨隆々というほどではないにしろ、がっしりとした腕だった。軽く振ってからお互いの手を離した。
「ケンジもこれから手伝ってもらうんだ。村長んとこの息子も、びしばしコキつかってやるぜ」
「村長言うなや。俺とお前の仲だろ、ったく……。ケンジも手伝ってくれるか。いやあ、ヒデヲが背
負って連れてきたときゃ、そりゃ驚いたぜ」
「それは……助けてくれてありがとうな。だがまあなんも覚えてなくてな。きっとしばらくお世話になる」
「おう、何も覚えてないとは、そりゃおっそろしいこともあるもんだな。ここは面白みの無いっぽけな村だが、ゆっくりしていってくれ。あとうちの息子も迷惑かけるかもしれんが、面倒見てやってくれ。よろしくな」
ジロウは親指を突き上げる。俺も同じ手振りで応えた。
「でな、ジロウよ。ちょっとだけ外に出たくてな。折角だから門を開けてくれねえか? 倒れてたところに行けば、何か思い出すかなと思ってよ」
「なるほどそれはありえるかもな。待ってろ、今開けてやる」
そう言ってジロウは小屋の奥へと引っ込んでいった。
俺は小屋の中を覗き見る。ジロウは部屋の壁に取り付けられている船の舵とりのような大きなハンドルをゆっくり回しているようだ。
それに連動してギギギッと音が鳴って、何事かと思って目線を向けると大門が少しずつ開いていくのがわかった。
やがて、人ふたり程度が通過できるほどに門が内開きして止まった。
「人が通るには横の扉から通過すれば容易だ。ノブをひねれば外に出られる。ま、外から村に入りたいときにはひと声かけて内側から開けてもらうか、門が開いている間にしか通行できないがな。でも大抵この小屋に誰かがいることになってるから、村に入れなくなるという心配は無いぞ」
「そういうこった。さ、行ってきな。すぐ戻って来いよ」
ひと仕事終えて額をぬぐいつつジロウが戻ってきて声をかけた。