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第5話 おはようございます。2

目が覚めたら明るく、知らない天井が見えた。

いや、おそらく前にも見ている。

昨日はごちそうになって、ヒデヲと酒盛りしてそれから起きた部屋へと戻ってまた眠ったんだった。良く寝るな俺。寝すぎて老けたのか?ぼーっと天井を眺めて考えを巡らせる。

ヒデヲが言っていたことを思い出す。ローン村、モンスター、魔王。

あと後半はやれ若い頃はハンサムだっただの、息子がどうこうとか明日が何とやら、とか言っていた気がするが、おそらく互いに酔っていて何を聞かされたかも言ったかも曖昧だな。


次に、俺の境遇だ。

とりあえず、俺は線路に飛び出て、その後何故か村の外の草原に倒れてて、この部屋に運ばれたということだな。

ついでに何故かおっさんになっちまったけど。おう中年だぜファッキン。

これはあれか? 最近流行の、現実で死んだので異世界に転生しました的なか? 

俺たちの世界とは違う世界にワープしちまったか?

もしくは天国だか地獄か。この部屋の外には荘厳な神殿があったりとか、はたまた枯れた大地に溶岩が流れているような状態だったりするのか? あーでも草原とか村とか言ってるからな。

死後の世界としてもちょっと似つかわしくなさそうだわ。

顔のすぐ横にはメガネが置いてあった。このメガネはおそらく以前から俺が使っていたものだ。

フレームの内側にある塗装の剥がれに覚えがある。

もう一度試しにかけてみるが、視界が不明瞭になる。やはり度は合わなかったのですぐに外す。

これからは必要ないだろうか。

ただ、このメガネ以外に俺が俺であった証拠が何もない。それに急激に視力が下がってしまったときに必要になるだろう。少なくとも昔の俺はゲームのしすぎで視力が急に下がってしまって絶望した。あの時の落胆と恐怖を再び身をもって体験することになるなら持っておくほうが吉に感じた。

さて、いつまでも横になっててもしょうがないか。


……確か、今日は外でヒデヲの手伝いをするって約束をしたな。

ほんとは村の案内をしたいところだが、今日中に終わらせたい仕事だと言っていた。

……仕事って表現すると反射的にうっと来るものがあるな。虚無感というか、脱力感が。

だけどボランティアとかそんなご都合地域貢献張り切りマンみたいな慈愛でいるつもりはない。世の為人の為以上に我が身の為にだ。


まあ、軽い運動と言ってた気がする。たまには運動もいいなというつもりでいよう。

メガネを手にしたまま勢いをつけて上体を起こし、ベッドから降りて伸びをする。身体に異常はなさそうだ。頭痛なども特にない。昨日のような調子の悪さは感じなかった。


……ま、やっぱりおっさん、だよな。

無精ひげをなぞる。体格は元より全体的に太くなった感じだ。

こう、がっしりしていると言えばいいか。その割に身体が軽い気がする。

今までの荒れた生活を耐え抜いてきた精神には今の肉体が扱いやすいわ。

部屋を出て階段を下り、居間へとたどり着く。

そこには既にチヨがいた。


「あら、おはようございます。ゆっくり休めました?」

「おはようございます。万全ですよ! ヒデヲの手伝い頑張ってきます」


やや丁寧に喋る俺。外見はおっさんでも中身は20代。最近の生きがいはFPSだぜ。


「それは頼もしいですね。大変かもしれませんが、よろしくね」

「それはこちらこそですよ。改めてになりますけど、しばらくお世話になります」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。好きなだけいてください。」


チヨはテーブルの中央を指さす。


「朝食と、それから昼食用にお弁当をあつらえていたのですが、食べていきます?」

「今は、大丈夫ですよ。その分お昼に食べようと思うので一緒に持って行けます?」

「わかりました。じゃあ用意しますね」


チヨはテーブルに用意されていたおにぎりやサンドイッチを手際よくまとめお弁当と一緒に風呂敷にまとめていくのだが、用意されている分量がかなりある。

多く見積もってもふたり分という訳ではなさそうだ。


「はい、準備出来ましたよ。がんばってきてください」


チヨは穏やかな笑みを浮かべる。


「えと…………あり、が、とぅ」


やけに照れ臭くなって今回も言葉に詰まってしまった。

尻すぼみだし。そういや私的都合で感謝を述べるなんて時が無かったし。

チヨの整った顔立ちはやはりメアの母親だと感じさせる。

あの子は成長するときっと美人になるぞと思わせる表情だ。

改めて見るとそりゃもう美人だ。大人の魅力に心は20代でひと回り違うだろう俺もたまらず見惚れてしまいそうだ。いや、身体が老いた結果メンタルも年食ったのか?


……なんか、むちゃくちゃ恥ずかしいぞ。あとヒデヲ! 

こんな柔和で綺麗な奥さん捕まえやがってうらやましいなクソが! 

若かりし頃はさぞかしアツアツだったんだろうなあ俺は一瞬で劣化して婚期が焦土で干されたわ!


「ケンジさんがいて、昨日はヒデヲさんとっても楽しそうだったのですよ」


終始という訳ではなかったが、ヒデヲが昨日の晩酌で大変ご機嫌がよかったのは容易に見て取れていた。亭主関白じみた雰囲気はあるものの、気さくなおっさんだと俺は感じた。


「ヒデヲさんは……いえ、私もですね。最近さみしくなってしまって。昨夜の話、覚えています?」

昨夜の話? どれのことだろうか?

「ちょっと前に、息子が帰ってこなくなってしまって。いえ、帰ってこないなんてことは頻繁だったのですが。都市からいらっしゃった方に、消息を絶ったと言われてしまいました」

「えっ、息子さん消息不明だったのですか!?」


昨夜はそんなこと一言も触れずに陽気な話をしていただけだったのにそんな事実があったとは。


「私もヒデヲさんもあの子の自由意志を尊重していましたから、心配はすれど大きく気に留めず、咎めたりもしなかったです。いつも必ず帰ってきましたから。でも、ある時から帰ってこなくなってしまって…………。当然、私たちはあの子がどこかで元気にしていると信じているのです。だから日ごろは気丈に振舞えてますけど、やっぱり辛くなる時があってですね」


チヨは顔をうつむかせている。

実家に帰って来ずに音信不通になる息子とか、現代ではありえないだろ!? 

ましてこんな恵まれている家庭環境だ。なんて不良息子だよ? 許せんな。

それよりなんて言葉をかければいいんだよ。

返す言葉が見つからずに気まずい空気が流れる。


「……でも昨日はとっても笑っていて。楽しそうにしているヒデヲさんが見られて良かった。だから、ありがとうございます」


顔を上げてにこやかに笑む。本当に、笑顔が似合う方だわ。

仕事の形式上ではなく本心からの感謝なんていつ以来だろうか。照れ臭いな。

ほんと、ほれてまうやろ。


「いえいえ。厄介になっているのはこちらなので。でも、そうですね。どういたしまして。お役に立てることがあれば、これからも力になりますよ」


紳士的にを心掛けたつもりだが大丈夫だったろうか。

今の俺はおっさんだ。礼をもって礼を制する事を心掛けたい。


「ふふふ、頼りにしていますよ。ケンジさんも、ちゃんと全部思い出せるといいですね」


正直忘れてることはないのだが……まあそこは混乱を招くような事態にならないようにだ。

優しいウソということにしておいてくれ。その後どうするかは状況を把握した後か非常に問題になった時に向き合うことにしよう。

楽観的に捉えられる性格でよかった。


元より守るべきものの無い一人暮らしだったからな。もし以前の生活に未練があった場合はもっと動揺して不振な挙動とかとってしまいそうだ。

俺、適応力高い! 偉い! 社会でも強く生きていける! 寂しい独り身だったけど!


「それではがんばってくださいね。……あら、その手に持ってるのは?」

「ああ、これ……メガネですよ。なんか、これだけは不思議と既視感があると言いますか。必要な気がしたので」


弁当の包みを受け取る際に、チヨが俺の手に持つメガネに気づいた。


「そういえば最初ヒデヲさんが言ってました。メガネをかけていたって。昨日はつけていませんでしたけど、大丈夫でしたか?」

「えぇ、試しにかけてみたのですが度が合わずでしたので。不思議ですよ」

「そうでしたか。あっ、ちょっと待っててください」

「もしかしたらケンジさんの大切な人のものかもしれませんからね。大事に持っておけるようにということで」


チヨはテーブルの傍にあった棚に近づき、何かを手にしてから戻ってきた。

手のひら大ほどのケースを差し出される。


「あっ、助かりますありがとうございます」


ケースを受け取り、その中にメガネを収納してみる。丁度良いサイズだ。そのままだといずれかの拍子に歪んでしまうだろうから助かった。

メガネをズボンのポケットにしまい、それから両手に包みを持ち玄関へと案内してもらった。


「では、いってらっしゃい」

「いってきます」


俺は戸を押して家から一歩踏み出した。

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