第4話 これからどうするよ?
「んで、ケンジで合ってるのか? お前さん、村の外にいたんだぜ。どっからきたよ?」
核心をついてきたというか、非常に回答に悩む質問がきてスープを飲もうとする手を止める。
「……それが、あまり覚えていなくて。どうして私は村の外で倒れていたんでしょう?」
とりあえず先ほど整理した状況を頭の中でまとめてみても、自分でもわからないことしかないのだ。適当にはぐらかすことになってしまった。
「はっはっはっ。自分でも覚えてないとは、こりゃ重症だな? おう、ちょっと待ってな」
メアの父親はそう言ってご飯をかき込んでから席を立ちあがりどっかに行ってしまったが、かと思いきやすぐに戻ってきた。手にビンとグラスを2個持って。
「あらあら。もうお酒を持ってくるなんて、今日は気が早いですね」
「おう。客人がいるんだから盛ったっていいだろう。チヨ、ついでくれ」
「ええ、いいですよ」
「おさけー! パパもうおさけー!」
チヨと呼ばれた女性がビンを受け取り、グラスに中身をそそいでいく。
メアの父親はその所作を満足そうに眺めている。口元が若干ほころんでいる。
そういえば、ふたりの名前も知らなかった。
「ふたりは、メアのご両親ということですよね? お名前をお訊ねてもよろしいですか?」
「ん? ああ、俺はヒデヲ。で、こっちが妻のチヨと、娘のメアだ。よろしくな。それと、型っ苦しい喋り方でなくていいからな。酒をかわしゃ、俺たちゃもうマブダチってもんよ。はっはっはっ」
「あ、お、おう。めんどっちいのはナシだな」
チヨがグラスをこちらに寄こしてくる。グラスを受け取った。
「じゃあ、乾杯だケンジ」
「か、乾杯」
グラスを軽く当てて乾杯する。キンっという音が居間に響いた。
「んっ……、はあー、気持ちがいいねえ」
「あらあらヒデヲさん、一杯目で酔ってもいないでしょうに」
「あぁ、ついでくれチヨ」
「はいはい」
一気に飲み干したようで、ヒデヲが次を催促している。
「にしても驚いたものさ。普段は村の外には出ないからな。モンスターで危ないったらありゃしない。偶然行商人の見送りについてったら、倒れてるのがいるからよ。目を疑っちまったぜ」
「モンスター?」
「おうなんだい。村の外にいたのに、まさか今までモンスターを見たことないのか?」
ヒデヲが驚いた様子で訊いてくるが、当然現代社会でモンスターなんてゲームの中でしか出会ったことがない。
「あぁ、確か魔力を持った狂暴なヤツのことをまとめてモンスターって呼ぶらしい。奴らは人間を襲うから、気をつけなきゃなんねえ」
「魔力?」
……おう、モンスターやら魔力やら、ついぞファンタジーな単語が並び始めてきたな。
「何だこっちも知らねえのか。俺たち人間にもあるぞ。度合いは人それぞれだがな。にしても、全く何ならわかるってんだ?」
俺は一瞬考えるが、とりあえず、
「パソコンでエクセルをちょっとだな」
そのまま出来ることを答えてみた。
ヒデヲはきょとんとするが、すぐ笑って返す。
「ガハハッ、そいつは呪文か? だとしたらうちがばーんと吹き飛んじまってたかもな」
ヒデヲが酒を煽り、大仰にジェスチャーをしながら表情をコロコロ変える。
「ばーん! うちがばーん!」
メアも一緒になってはしゃぎ始めた。
「ほうら、メア。いい子だから、落ち着いて食べましょうね」
「んふふー、はーい」
チヨが腰を浮かせて向かいのメアの頭を撫でてあげて、メアは食事を再開する。
見ていて穏やかな家庭だ。
とりあえず、色々教えてもらおう。
「わりい、実は名前以外に何も覚えちゃいないんだ。ここはどこだ? 俺は誰だ?」
「俺は誰だとは傑作だなケンジ! ここはローン村だ。小さな村だから皆顔なじみだが、当然俺はケンジを知らないぞ」
ヒデヲは愉快そうに笑う。酒が入る前からご機嫌のようだったし、陽気な性格が見て取れる
ローン村、ね。覚えたぞ。
「小さな村だが安心しろ。モンスターが入ってこないようにバリアが張ってあるからな。ここのは強力だぞ! 一度もモンスターに荒らされたことはないからな」
「モンスターってのは、そんなに怖いものなのか?」
「ああ。普通の人間じゃ弱っちいモンスターに襲われても危険だ。種類にもよるが、真っ向から戦ったら殺されるぞ。ま、村の中なら安全だから、そう深刻に考える事でもないぞ」
「色んな種類がいるのか?」
「勿論だ。スライム、ウルフ、ベアー、グレムリン……他にも沢山だ。風のうわさでしか聞いたことがないが、ドラゴンとかっていう翼を持った火を吐く巨大なモンスターとかもいるらしい。こんな辺境の地では信じられない話だがな」
ヒデヲは目の前に並ぶ肉料理をつまむ。
「この肉は、モンスターじゃないのか?」
「違う。モンスターの肉とかは食ったらしばらくは調子が悪くなるらしい。それは村で飼育している獣の肉だ」
どうやら人間以外の生物イコールモンスターというわけでは無いようだ。
「それと、モンスターの頂点には魔王ってのがいるらしい。驚くべきことに、数多の種のモンスターを従えているんだと。こいつも全部人づてに聞いたことしかねえから、ほんとなのかは……知らねえけどな」
ヒデヲのグラスを持つ手に力がこもっている。目も、直前までと違ってグラスを射殺さんばかりににらんでいる。先ほどまでの愉快な表情はなりをひそめていた。
「ヒデヲさん、おっかない顔になってますよ」
「ああ……あぁすまねえチヨ、ケンジ。嫌なことを思い出しちまったからよ。もう一杯くれ」
「はい。……どうぞ」
「ありがとさん」
チヨが丁寧にお酌する様子を見つめて、殺気立ったヒデヲも落ち着いた様だ。
「時にケンジ。お前さん、これからどうするよ?」
「どうするとは?」
自分で訊き返しておいてなんだが、そういえば俺はこれからどうすりゃいい?
普通に生活しようにも、何もないんだった。ノープラン。絶、望。
「当てが無いなら、しばらくうちにいてもいいぞ」
え、それマジか?
「え、それマジか?」
「ああ、マジだ。さっきまで寝てた部屋あんだろ? あそこは使ってない部屋だから、自由に使ってくれていいさ」
なんともありがたい提案だ。俺はしきりにうなずいておく。
「それじゃあ是非。しばらく厄介になる」
「おうよ。さあ、そうと決まりゃほら、食え食え! チヨの料理が冷めちまうぜ。もったいねえぞ美味いんだからよ。がっつけがっつけ」
「んまいー!」
ヒデヲは促しつつ肉を口に運ぶ。確かに脂が乗って美味しそうだ。
「あっ、ああ、じゃあ改めて、いただきます」
食文化はどうやら変わらないらしい。いくつか判別困難な料理があるのは、おそらく俺が食に疎いからだろうな。
炒められたもやしと肉をヒデヲに倣って豪快につまみ、そのまま一気に口に放り込んだ。
「あらあら、ふふふっ」
チヨは穏やかな笑顔で食卓の様子を見守っていた。