第3話 いただきます。
……フニフニと腕に感触を得る。
何度も触れられる。くすぐったいというか、むずがゆいというか。
そして軽く引っ張られたり、振り回されたりしている。
「……さーん。おじさーん。ごーはーんー。おーきーてーごはんー」
ゆっくり瞼を開くと、薄明りの中で少女が目の前にいた。
なんか、さっきも同じ事があったような気がする。
「あっ、おきた! ママがね、ごはんだよって!」
笑顔だ。無邪気さがまぶしい。
こう、全体的にちっこい。俺の腕に触れる手とか、きっと俺の半分くらいしかない。幼い顔も、腕も、首も。細っちい。
「……」
「んんんぅーうぅー」
少女のほほに触る。じれったいのかくすぐったいのか、はたまた喜んでいるのか。
やはり小さくて弾力がある。そして温度がある。
そこから少女の首に触れる。身体の芯に近づいたからか、若干温度が高い気がする。
細い首だ。手で完全に覆うことができる。
きっと思いっきり握ってしまえる。もしそんなことしたら容易に折れるのではないだろうか?
きっと喉元にちょっと力を入れるだけで、容易に窒息してしまうだろう。
もしそんなことをしたら、この少女はどのような表情になるだろうか。
死の際。
もし自分が死ぬとしたら。
きっと今までそんなことをこの純粋な面持ちの主は考えた事など無いだろう。
絶望するのだろうか。何に? それまでの人生に? 今の境遇に?
それらを恨んで顔を歪ますのだろうか?
そんな表情を垣間見ることができるだろうか?
だとしたら……。
走馬燈とか見るんだろうか。俺には無かった。
いや、待て、確か、俺は……。
…………そうだ、思い出した。
「わぁっ!?」
俺が突然目を大きく見開いたので、少女は驚いて後ろに身を引いた。
そういえば、先ほど目を覚ました時には靄だらけだったが、確か俺は駅のホームで誰かに背中を押されて、そして……。
……で、そういえばここはどこなんだろうか? そしてどうなった俺?
自分がどのような事態に陥ったのか判断できない。どんな状況だよ?
いや、落ち着け、落ち着け。とりあえず今は心身に異常はない。いや、明らかに俺、老けてるけど。でもとりあえず思考できる。
先ほど少女に触れていた己の手を、腕を見る。鬱血なし。
いたって健康そうだ。元の俺より毛が濃いが。
起きたら見知らぬ少女。知らない部屋。
はあ? 謎だ。
とりあえずベッドから降りる。やけに薄暗いと思っていたが、壁にロウソクがかけられている。
窓の外は濃紺で覆われている。どうやら夜のようだ。
圧倒的情報不足だ。
まずは少女とコミュニケーションを図ろう。
少女、確かメアって呼ばれていたな。
ひとまず自分のほほを引っ張る。目をぐっとつむってまた開くも、やはり景色は変わらない。
そのままぐにゃぐにゃと動かした後、軽く発声してみる。
なんか前と違って野太い声になってね?
それからその場にしゃがむ。メアを怖がらせないよう、出来るだけ笑って、穏やかに、だ。
「えと、メア、ちゃん?」
きょとんとしていたメアは途端、笑顔を向ける。可愛いなやっぱ天使だ。
「うんっ。そうだよ、メアだよー」
「ここはどこだい?」
「ここ? おうち! んーいまはね、メアと、ママと、パパがくらしてるの!」
俺にはメアという知り合いの類は知らない。
ボロアパートでひとり暮らしだ。ご近所付き合いは特段無い。
周囲に接点は無いな。
「それよりおじさん! ごはんだよ! はやくしたにいこっ」
メアが駆け足で部屋から出ていく。それを追いかけて俺も部屋からでた。
すぐ横に階段があった。ほとんど真っ暗だが目を凝らすと見える。ダンッダンッと音が聞き取れる。おそらくメアだろう。したって言ってたしな。
それにしても、心身ともに妙に軽い気がする。
外見が年食ったクセに、元の俺より調子が良いんじゃないか?
そう考えながら髭をなぞる。これクセになりそうだな。
ゆっくり階段を下りきると香ばしい匂いが漂っていた。
「おっ、目が覚めたか。おーいチヨ。客人が起きてきたぞー。たしかケンジっつってたっけか?」
「まあとりあえずは座れって。チヨが作るメシはうまいぞ」
部屋の中央にある四角いテーブル前には、今の俺と同じくらいのおっさんがいた。
おそらくメアの父親であろうおっさんが席に着く。俺も促されるままに向かいの席に着く。
「あら、起きましたか。おはようございます。今はもう夜ですけどね」
先ほど見たメアの母親とおぼしき女性が料理を運んできた。
食卓にいきわたるように配膳してくれる。
「ごーはーんー!」
メアがどこからか駆けてきて俺の隣の椅子に座る。母親も俺の斜め前の位置に座って手を合わせる。
「ごーはーんー! いくよー! せーのっ」
「「「いただきます」」」
「……いただきます」
完全に流れに身を任せているけど、料理を目の前にしたら空腹を意識してしまった。
とりあえずはいただくとしよう。