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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤紙子 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、子供は大丈夫な人かな?

 私は全然ダメだねえ。年をくってからは特に。

 大人になるって、寛容で余裕を持てることだと思ったけど、全然違った。むしろミスひとつに神経をいらだたせ、ややもすれば手をあげたくもなる。すんごい、気が短くなった感があるよ。

 子供は宝物。そういう考えが、ここのところ少しずつぐらついているように私は思う。お腹の中にいる時は、細心の注意を払われ、愛でられる。それが外に出てくるや、親の精神をむしばむものとして、虐げられることさえあるんだ。

 どれもこれも、ゆとりがないせいだと思う。自分の思い通りにいかない者相手に、容赦なく罵る、ぶん殴る。それらに耐えた者が、今度はやる側に回って……のエンドレスだ。

 この余裕のなさという代物。昔からいびつで、厄介な事件をたくさん引き起こしてきたらしいよ。どうだい、ひとつそれに関する昔話を聞いてみないか?



 むかしむかし。とある町の一角で、赤子の大きな産声があがった。

 近くに住まう者なら、みな知っている。商屋を営む旦那と奥方の間に子供が産まれたんだ。

 一緒になってから数年。二人目の子供になる。夫婦仲は円満で、ますます商売に意気があがる者だと、誰もが信じていたそうだ。


 ところが、商屋の奥から聞こえてきた泣き声の主が、途中から変わってしまう。

 女の子の声になり、ほどなく大人たちの騒ぐ声が響き出す。なにごとかと真っ先に駆けつけたやじうまたちは、右目を押さえて泣きじゃくりながら、店の中で騒ぎ立てる姉の姿を見たんだ。その指の間からは血が流れ出ている。


 どうにか手当ては済んだものの、この目のケガの原因は赤子だったという。

 洗い桶の中で泣きまくる弟を、姉は興味しんしんでのぞき込もうとしたところ、赤子の手が急に伸びて、彼女の目をついたんだ。

 およそ考えられないことだった。姉は弟の腕より、明らかに距離をあけてのぞき込んだのに、弟の手は肩が外れたかのように伸びたんだ。その小さい数本の指が姉の目の中に突っ込まれたのを、両親ははっきりこの目で見た。


 それ以来、姉は弟から距離を取るようになる。やられた意趣返しで、弟が眠る桶を遠くからほうきの柄でごんごん揺らすこともしたけど、すぐしなくなった。

 またも弟の手が桶の中から伸び、ほうきの柄を掴んだんだ。いたずらに手をぶらつかせることなく、一発で。まるで天井から見ているかのような正確さだったという。

 そして力強い。四つ上の姉が思い切り引っ張っても、弟がつかんだほうきの柄はびくともしなかった。しまいにほうきを取り上げられたばかりか、弟は生まれたばかりとは思えない手さばきで、くるくると桶の上で回し出したんだ。


 さほど広くない部屋だ。たんすにぶつかり、ちゃぶ台の上の急須やお茶請けを蹴散らしても、回すのを止めない。ほうき自身にくっついていたチリが舞うのも手伝って、たちまち部屋中がゴミだらけになってしまう。

 姉の訴えを最初はまるで信じなかった両親だけど、実際に汚され続けていく現場を見ては、うなずくよりない。ほうきの回転は父親が無理やり止めたけど、取り上げるまでには一瞬の均衡があった。

 父親と赤子の力が、わずかな間だけ釣り合ったんだ。ほうきを取り上げられた赤子は、憑き物が落ちたように、たちまち寝入ってしまう。

 父親はほうきを握った手のひらを見る。白くなるまで握った指先まで含め、いまは赤みがさしていた。


 ――もし、この子がこのまま大きくなったら……。


 期待よりも恐れのほうが勝った。赤子の時点でこの力なら、将来、どれほどの力を持つことになるのかと。



 ほうきの事件から数日。

 赤子が置かれる場所は、日に日に店の奥まった場所へうつされていく。

 もはや泣きもしなくなった赤子は、ややもすると入っている桶をひっくり返そうとがたがた揺らす。外へ出たがっているのは明らかだった。

 それを止めるために、何人もの小間使いたちがそばについているんだが、ケガをする者の数も多かった。

 無理やり止めにかかると、赤子はその小間使いの腕を握りしめる。その力たるや万力のごとしで、何とか引きはがしても、手形が何日も肌の上に残った。服の端でも握られ酔う者なら、容赦なく引きちぎる有様だったという。

 

 そうして生後一カ月が経つころ。恐れていた事態が起こってしまう。

 赤子が世話をしている小間使いの首を絞めたんだ。奥の間で暴れる音がし、店の者たちが駆けつけたところ、そこには赤子に馬乗りにされた侍女の姿があったんだ。

 図体だけなら侍女の半分に届かないかもしれない、男の赤子。そいつがいま、彼女の胸の上に乗っかり、その両手で彼女の首を包み込んでいる。

 侍女が必死に身体をばたつかせても、赤子は怖じたり振り落とされたりする気配はない。あえぐあまりに口の端からよだれを垂らす彼女の顔へ向けて、つぶやき続ける。


「ちょ……へ……ちょ……へ……」と。



 赤子を引きはがすには、すでに数人がかりの力が必要になっていた。

 これまでの経緯を知る者の中には、かの赤子が忌み子ではないかという陰口を叩く者さえ出てくる始末。

 このままだと店の評判に傷がつきかねないし、何よりこの子が生きづらくなってしまう。

 夫婦は話し合いの末、近所のお寺に預けることにした。彼が忌み子であろうとそうでなかろうと、この神聖なる境内の中で修行を積めば、まとわりつく業を落とせるだろう、と。

 一度桶から出してしまった赤子は、これまで以上の暴れぶりを見せる。めちゃくちゃに振り回す手足は、もはや鈍器のような重さと力強さ。一発、頬にもらった使用人の肌は、たちまち青タンになってしまった。

 服も着ようとせず、どうにか申し訳ばかりの毛布で隠した赤子の身体。大人たちがせいいっぱいとどめながら、やっと外へ連れ出したんだ。



 結果からいうと、この試みは大失敗だった。

 寺へ向かう道中でも、絶えず暴れようとする赤子は、幾人もの大人に取り押さえられ、また取り巻かれていた。ちょっとした大名行列にも思えたんだ。

 けれど、お寺の門が見えてきたちょうどその時。その門の中から出てくる親子があったんだ。背中に赤子を負ったかっぷくのいい母親は、その手に、彼らの店にいる姉と同じくらいの年頃の娘の手も引いていた。

 そのすれ違いざま。赤子の力が、これまでで最も強くほとばしった。


 大人たちの手がもぎ離された。ぴょんと飛び上がった赤子は、それと同時に、自分のそばにいた母親の頭から、かんざしを抜き取る。


「徴兵だ!」


 はっきりそうしゃべった赤子が、隣の親子に飛び掛かったのは、そのすぐ後のこと。


 まずは背中の赤子。次に母親。飛び降り際に娘。

 それぞれの額へ深々とかんざしの先を突き通し、そののち赤子が来た道を駆け去り出すまで、数拍あるかどうかという早業だった。

 かんざしを受けた三人は、悲鳴ひとつあげず、その場に崩れ落ちてしまう。すぐに主人の指示で、彼女らを介抱する者と、赤子を追いかける者に分かれたものの、この時点ですでに三人ともが虫の息だったとか。


 赤子は血に濡れたかんざしを手に、生まれたままの姿で、大人と遜色ない足の速さでもって路を走っていく。

 あまりの奇異さに、足を止めかける者もいたが、彼らはもれなく赤子のかんざしの餌食になってしまう。飛び掛かって、あやまたず額を貫いていく様は、どこか忍びのようにも思えたらしい。


「徴兵だ! 徴兵だ! お前ら、ここで死んでるな! 向こうで生きろ! 向こうで戦え!」


 野太い声を出しながら、赤子はその途上でいくつもの躯を作り上げていく。その足はやはり家の方を向いたまま。


 ――このまま、自分の姉まで殺める気だ。


 そう察した追手の使用人のひとりは、周りの皆にわずかに遅れてうずくまる。その手に、地面に転がる石をいくつか握り込んだ。

 確かに赤子の足は速い。下手をすればここにいる誰よりも。だが襲撃にかかるわずかな間だけは、どうしても動きが限られる。

 そこを狙うんだ。石を拾った使用人は、皆の後を追いながら、赤子の次なる標的を待った。



 ついに刀を差したお武家さんを狙ったとき、赤子は初めてかんざしを外した。反射的にお武家さんは、頭をひっこめて直撃をかわしたんだ。

 よけられると思わなかったのか、赤子はそのまま前にのめって地面に落ち、うずくまってしまう。

 その瞬間を、使用人は見逃さない。第一石、第二石は赤子の身体を、第三石は赤子とお武家さんの間。第四石はそれとは反対の、塀と赤子の間へ投げた。

 小さい頃、石投げをしていた時に身に着けた、相手を追い詰めるすべだ。のちに偏差射撃と呼ばれる技術だが、もちろん使用人はその概念を知らない。


 これが上手く行った。第一石を頭部にもらった赤子だが、ひるむことなくお武家さんの方へ跳ぼうとし、第三石の直撃も受けてしまう。

 ちょうど第一石で受けた傷を、更にえぐる形となり、半ば頭をかち割られた赤子は失速して、地面に倒れ伏したんだ。



 この日、赤子によって害されたものの人数は23人にものぼった。

 凶行を止めるためとはいえ、仕えるべき主の息子を殺めてしまった使用人は、再三の引き止めも聞かず、おいとまをもらったらしい。

 短くも、まがまがしい生を終えた赤子が残した「徴兵」という言葉。

 あれは文字通り、兵を募っていたのだろう。この世ではなく、あの世で戦うための兵を。

 だからこそ、こちらにいる者を死んでいるとみなし、あの世に送ることで戦わせ、生きさせようとしたんだろうね。


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