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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
1章 夢の世界へ
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第5話 領主ヨネシゲ

 ここは港のある田舎町。

 太陽は沈みかけ雪景色した田舎町は夕焼けに染まっていた。その光景をとある屋敷の一室から眺めている二人の男が居た。

 その男たちとは……?


 まず一人が……

 どこにでも居そうな青年“ユータ・グリーン”

 濃い緑色の短髪とエメナルド色の瞳が特徴的であり、175㎝の身長とスタイルの良さが彼の売りであろう。ただ鼻の周りにできたそばかすが玉に瑕である。


 もう一人が……

 ユータの先輩“ヨネシゲ・クラフト”

 ほうれい線がはっきりとした強面の顔に、黒い髪を角刈りにした髪型。銀縁の眼鏡がトレードマークである。小太りで身長はユータより頭1つ分低い。


 この二人はある日突然異世界に迷い込んでしまったようなのだ。


 その異世界とは……


「間違いない、この部屋もここから見る景色も全て同じだ…」


 そう語っているのはヨネシゲである。何が全て同じなのかと言うと……


「ここは俺の空想の世界と全て同じだ」


 そう、二人が迷い込んでしまったのは彼の空想の中。ここはヨネシゲの空想の世界なのである。


 彼にとってこの世界は自分のみ知る理想の世界だ。その世界についてヨネシゲは説明を始めた。


「俺はグレート王国と言う国にあるヨネフト地区と呼ばれる村の領主をしている」


「ヨ、ヨネさんが領主ですか!?」


「そ、そうだ…」


(それにしても、ヨネフトって単純なネーミングだな…)


 ヨネシゲは恥ずかしそうに顔を赤くしながら説明を続けた。


 ここはグレート王国と言う巨大な大陸にある大国。大陸全てが国土らしい。


 そしてヨネフト地区とは大陸の南に位置するヨネフト村、西ヨネフト、アライバ村の総称である。

 ヨネシゲはこの3つの小さな村を管理する領主であるのだ。ちなみにヨネシゲの屋敷があるのはヨネフト村だ。


 領主とはグレート王国の頂点に立つ王族に支える貴族のこと。貴族には階級がありヨネシゲは下級の貴族らしい。


 領主の役目は自分の管理する地区の税の徴収、治安維持、公共事業など多岐にわたる。しかし領主の多くは高額な税を民から徴収し私腹を肥やしているのが現状。その他にも領主の中には軍を編成し国家転覆を企む者も。

 ほとんど領主が王国と対立しており、この国は一枚岩ではない。

 また領主同士の摩擦も絶えない。

 領主たちには派閥があり各勢力が睨み合っている状態だ。一度その勢力同士が衝突してしまうと戦争レベルまでに発展してしまう。

 派閥を作り出している大領主たちは強大な力を手にしている。その力は国の1つや2つを軽く滅ぼすことができるほどだ。しかし依然としてグレート王国の力も強力である。

 その気になれば各地の領主を一掃できるレベルらしい。だがそれを行うと民たちに甚大な被害が及ぶ。国家転覆を企む大領主も極力被害は避けたい。

 王国の強力な力は各地の領主の暴走を抑える抑止力となっている。


 領主の派閥の中にも王国派が存在しヨネシゲもその派閥に属している。

 各派閥の領主たちも王国派の領主には滅多に手を出さない。下手をすれば王国に消されてしまうからだ。

 他の領主との摩擦がないということは比較的平和だということだ。


 民たちは日々領主同士の争いの恐怖に晒されている。そのため良心的な王国派領主が管理する地区へ逃げ込む民も少なくはない。

 ただ逃げるのも命がけだ。

 領から逃げ出すのを役人に見つかれば殺される可能性がある。仮に逃げ出せたとしても逃げ込んだ先が受け入れてくれるとも限らない。

 そんな民たちの口癖は「逃げ込むならヨネフト」

その理由として、ヨネシゲは逃げ込んできた民たちを手厚く保護し自分の領民として快く受け入れている。


 またヨネシゲ領は税金は安く、公共事業も行き届き、強力な猛者達が街の治安を守っている。おまけに王国派領主であるため、他の領主がヨネシゲ領に手を出す可能性は低い。

 ヨネシゲ自身も街を視察して民たちの声に耳を傾けているのだ。

 こうしたことから民たちからの評判はかなり高いらしい。


「俺はこの世界ではヒーロー的な存在なんだ!」


「そ、そうなんですか…」


 最初は恥ずかしそうに自分の空想について語っていたヨネシゲだが、今は誇らしげな表情に変わって興奮しながら熱弁している。


 ヨネシゲがこうなったら今のユータはただ話を聞くことしかできない。


(ヨネさんの空想に迷い込んだということ自体が信じられないが、本当だとしたら凄い所に来てしまった…)


 するとヨネシゲは突然表情を曇らす。


「ただ、俺の空想と異なるところがある…」


「異なるところですか?」


「そうだ…」


 ここはヨネシゲの空想の世界であり全てが理想。つまり自分の思い描いた通りの世界なのだ。しかしそんな世界にも異なるところがあるみたいだ。


「姉さんの顔はあんなんじゃない…」


 ヨネシゲによると実姉は美人でスタイルも良く彼の自慢らしい。ところがこの世界に現れた実姉メアリーはヨネシゲそっくりの巨漢なおばさんであった。

 ヨネシゲがあのメアリーを実姉だと聞いて驚愕した理由がこれだ。彼の知る姉とは似ても似つかないとのことだ。


「そしてもう一つある…」


「何です?」


「ユータ、お前は俺の空想に出てこないはずなんだ」


「!?」


 どうやらヨネさんの空想に俺という存在は出てこないらしい。

 と言うことは俺はヨネさんの理想の世界に必要ないと言うことか!?

 失礼な話だ!

 しかし自分の都合のいいように思い描いた世界なのに、理想と異なってしまうことがあるのか?


「まあ、ここが本当に俺の空想の中かどうかはわからないがな…」


「他は全部ヨネさんの空想の通りなんですか?」


「ああ、この家も外の景色も、ソフィアにエリックに…」


 すると突然ヨネシゲは何かを思い出したかのようにユータの方を振り返り詰め寄ってきた。


「ど、どうしたんですか!?」


「ソフィアも居るなら、ルイスも居るはずだ!」


「ルイスって確かヨネさんの息子さんですよね?」


 ヨネシゲはよく家族の話をする。

 ユータは以前からソフィアやメアリー、そしてルイスの名前はよく聞いていた。

 ルイスとはヨネシゲの一人息子。

 スポーツ万能で喧嘩も強く女子にモテモテの自慢の息子だ。ヨネシゲの空想の世界には家族の存在が欠かせないようである。

 その息子がこの世界にちゃんと存在しているのかヨネシゲは気になったのだ。


 その時であった。

 ヨネシゲの自室のドアをノックする者が現れた。


「ヨネシゲ様、エリックでございます。夕食の準備ができましたのでお呼びに参りました」


 エリックは夕食の準備ができたのでヨネシゲたちを呼びに来たのだ。


「エリックか!?入れ!」


「失礼します…」


 エリックが部屋の中に入るとヨネシゲが凄い勢いで彼に駆け寄る。


「どうなさいましたか?」


「ルイス!ルイスもこの屋敷に居るんだよな!?」


「え?」


 エリックはヨネシゲの突然の問いに戸惑いつつも答えを返した。


「もちろんでございますよ!ルイス様もこのお屋敷の中にいらっしゃいます」


「そ、そうだよな!ははは…」


「大丈夫でございますか?」


「大丈夫だ!まだ夢を見てるような感じでな…」


 ルイスがこの家に居るのを確認できたヨネシゲは安堵の表情を見せる。


「そうだ、エリック!」


「はい?」


「ルイスを呼んでくれ!キャッチボールするぞって!」


「!?」


 ヨネシゲはエリックにルイスを呼ぶようお願いした。どうやらルイスとキャッチボールをするみたいだ。


(出たな!キャッチボール!)


 ユータは心の中でそう叫んだ。

 何が出たのかというと…

 毎度お馴染み、ヨネシゲの嘘か本当かわからない話の中に息子ルイスとキャッチボールすると言う内容のものがある。


 話の内容はこうである。

 ヨネシゲは当時5歳のルイス目掛けて150キロ後半のうなる豪速球を投げた。するとその豪速球をルイスは素手でキャッチする。

 そしてルイスも5歳でありながら130キロ後半の球をヨネシゲ目掛けて投げ返す。ヨネシゲはその球を指だけで受け止める……

 これがクラフト親子のキャッチボールらしい。

 近所でもこの二人のキャッチボールは有名だったらしく、彼らがキャッチボールを始めると見物人が100名以上現れるのだ。

 近所のおじさんの話だとプロ野球を見るより楽しいのだとか……


(そんな訳あるか!)


 ユータは心の中で一人ツッコミを入れた。


(そもそも5歳の息子に豪速球なんか投げるなよ……)


 仮にこの話が本当でヨネシゲが150キロ以上の豪速球を投げられたとしても、5歳の息子目掛けて投げつけるとは何を考えているのだろうか?

 疑問に思うユータである。

 まあ、ヨネシゲの話を真に受けないほうがいいだろう…


「早くルイスとキャッチボールがしたいな!いや…サッカーもいいかもな!」


「ヨネシゲ様……」


 ご機嫌なヨネシゲはルイスと何して遊ぶか考えていた。一方のエリックは表情を曇らせヨネシゲを見つめていた。

 ヨネシゲはそれに気づく。


「どうした!?俺はもう大丈夫だよ!」


 先程まで意識を無くし倒れていたヨネシゲ。本来なら休養していなくてはならない人間がキャッチボールをすると言い出している。

 エリックが表情を曇らせたのは自分の事を心配してるのだとヨネシゲは思った。執事が主の心配をするのは当然のことであろう。しかしそれは違っていたのだ。


「俺は大丈夫だからルイスを呼んでくれ」


「それは無理でございます……」


「な、何でだよ!?」


 エリックはルイスを呼びに行くことを拒否した。

 理由を聞くヨネシゲだったが、エリックが口にしたのは衝撃の内容だった。

 それはこの空想が本当に自分が作り出したもので、ここが理想の世界なのかを疑うものだった。


「ルイス様は生まれつきお体が弱くキャッチボールなどとても……」


「え……?」


「ましてやここ数日は体調を崩され休養されております。その事はヨネシゲ様が一番ご存知かと……」


 ヨネシゲは耳を疑った。

 スポーツ万能で健康的な息子が、この世界ではキャッチボールもできないほど病弱なのだと言う。


 信じられない!


 ヨネシゲはその場に立ち尽くす。そんなヨネシゲを気遣ってエリックは言葉をかける。


「ヨネシゲ様、きっとお疲れなのでしょう。今夜の夕食はヨネシゲ様の好物ばかり用意致しました。栄養のあるものを召し上がってお早めにお休みください」


「す、すまない……」


「とんでもございません。さあ、リビングの方へいらしてください。お姉様方やマックス様がお待ちですよ」


「そ、その……」


「ルイス様のお世話は私にお任せください」


「頼む…」


「それでは失礼致します」


 エリックが部屋から出て行く。

 静まり返った部屋でヨネシゲは立ち尽くしていた。そしてヨネシゲは背を向けたままユータに問いかける。


「ユータ……」


「はい?」


「ここは……」


 少し間を置いた後言葉を続ける。



「ここは本当に理想の世界なのか……?」



 ヨネシゲにとってこの世界とは?

 そして理想とは?



つづく…

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