第70話 大詰めの予感
ヨネフト地区の隣町、北アライバには到着するヨネフト地区からの避難者達が続々と到着していた。
メアリーとレイラが護衛にあたっていたヨネフト村、アライバ村人々、リタが後方から護衛することとなった西ヨネフトの人々、そしてソフィアやルイスをはじめとしたクラフト家の人々も無事アライバ峠越えを果たした。
幸いにも民たちからは負傷者はほぼ出ていないものの、クラフト兵からは多数の負傷者が出ていた。そんな負傷者たちを北アライバ常駐の王国軍兵士や防災局の役人たちが介抱していた。
その様子を見ていたメアリーがある男に頭を下げる。
「本当に助かったわ。クラフト家を代表して礼を言わせてもらうわよ。」
「いえいえ、お礼なら大臣様に言ってくだせぇ。オラは軍人としての役目を果たしてるだけですから。」
メアリーにそう言いながらニコニコしているこの中年男の名前は“ラッセル”。
角張った顔に丸眼鏡が特徴的。髪型はヨネシゲと同じ角刈りである。
“人かきラッセル”の異名を持つグレート王国軍将校で、かつて軍に所属していたクラフト三姉妹の後輩である。
ラッセルは自分に向かって頭を下げるメアリーに頭を上げるよう促す。
「頭を上げてくだせぇ、メアリー先輩。らしくないですよ。」
「かたじけない……」
ラッセルの言葉にメアリーはようやく頭を上げるのであった。
そんなやり取りをしていると、レイラとリタ、そしてソフィアとルイスもラッセルの元へやって来てくる。すると皆はメアリーと同じく、今回ヨネフト地区からの避難者を受け入れてくれたお礼の言葉を述べるのであった。
「やめてくだせぇ。メアリーさんにも言いましたが、お礼なら大臣様に言ってくだせぇ。俺はただ今回の件に関しての指揮を大臣様から任されているだけですから……」
ラッセルは自分に向かって頭を下げてくるクラフト家の人々に申し訳なさそうにして頭を上げるよう促す。
一通り挨拶を済ませクラフト家の人々は民たちの避難所まで誘導し始める。
その道中、リタはヨネフト村方面の状況をメアリーに尋ねる。
リタはマックスと共に西ヨネフトに向かっていたため、その後のヨネフト村の状況がわからなかったのだ。
「あの後、上陸した海賊たちはどうなったの!?」
「海賊はアライバ村の手前まで押し寄せてきたけどもう大丈夫よ。」
「大丈夫って……倒したの?」
「いえ、思わぬ助っ人が現れたからね!」
「助っ人?」
メアリーとリタはそんな会話をしながら避難所へ向かうのであった。
ここは南コーケン街道の道中。
あと少し進めばヨネフト街道と合流し、アライバ村に辿り着くと言った場所だ。
ちょうどその付近を5名のクラフト兵が疾走していた。
彼らはクラフト民兵軍の特殊部隊。
当初ヨネシゲたちと共に、マロウータン海賊団に襲われた西ヨネフトの状況確認のため行動していた。しかし途中からマックスの指示により南コーケン街道を北上した海賊達を食い止めるべく、彼らもこの街道を北上していた。
そこでクラフト兵たちが目にしたのは何者かによって倒された海賊達の亡骸であった。
よく見ると海賊達には鋭い引っ掻き傷ができていた。
こんなことができるのはあの人の相棒しかいない!
海賊を倒した者の正体は大方検討はついていた。
案の定、クラフト兵が想像していた人物達の後ろ姿が見えてきた。
「ジェツェモン方面隊長!」
「!!」
その後ろ姿の正体はクラフト家民兵軍西ヨネフト方面隊長のジェツェモンとその愛猫チャッピーであった。
ジェツェモンはその場に座り込んだ状態で何かを眺めており、チャッピーは元の猫の姿に戻った状態でジェツェモンに寄り添っていた。
突然名前を呼ばれたジェツェモンは驚いた表情で後ろを振り返る。
「お主ら!何故ここに!?」
「ヨネシゲ様とマックス様の命で……。それにしても隊長、そのお怪我は……!?」
ジェツェモンの背中からは血が流れていた。
これは先程のダンベル戦の際に海賊が放った銃弾によるものだ。チャッピーによって止血はされているものの、まだ彼の背中からは血が滲み出ていた。
「隊長、海賊たちは!?」
クラフト兵の一人が上陸した海賊の状況について尋ねる。道中ジェッモンとチャッピーに倒された海賊たちが大勢倒れていたが、これが上陸した海賊たち全員だとは思っていなかった。
海賊達はまだ大勢残っている。下手をしたら避難中の民たちに追い付き危害を加えかねない。
クラフト兵たちはそんな事を考えながら心配そうな表情を浮かべていた。
するとジェツェモンが遠くの方を指差しクラフト兵たちに見るよう促す。
クラフト兵たちがジェツェモンの指差した方角を目を凝らし見てみると、ある集団が目に飛び込んだ来た。
「か、海賊だ!!」
クラフト兵たちが見たものとは、アライバ村の手前でうごめくマロウータン海賊団の軍勢であった。
「マズイ!このままでは避難先の北アライバまで侵入を許してしまう!」
焦り始めるクラフト兵たちにジェツェモンは落ち着くよう促す。
「落ち着くのじゃ。それによく見てみるんだ!」
ジェツェモンの言葉にクラフト兵たちは再度目を凝らし海賊の軍勢の方を見てみると、ある旗印が彼らの目に飛び込んできた。
「あ、あれは!?保安局の旗だ!」
クラフト兵たちが見た旗印とは保安局の旗であったのだ。
そしてクラフト兵たちはあることを思い出す。それは副領主のテツが保安隊の派遣要請を事前に行っていたことだ。
「流石テツ様だ!」
クラフト兵たちは抜かりないテツの行動に感心した様子だ。
「北アライバから保安隊が出動したらしい。これで海賊たちも御用じゃろう。」
ジェツェモンはホッとした様子でそう述べた。
そしてアライバ村を前にした海賊達からは悲痛な叫び声が響き渡っていた。そんな海賊達に保安隊が距離を詰めていき容赦ない攻撃を浴びせていた。
保安隊の先頭に立つ一人の男。
彼の正体は保安局幹部のシールド。元保安官のマックスの同期である。
「ここから先は一歩も通さん!貴様ら、覚悟しとけよな……!」
つづく…