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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
1章 夢の世界へ
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第4話 ここは俺の…

 ユータが扉を開くと、そこには大きな壁があった――ではなく、ヨネシゲと瓜二つの、大きな女性の姿があった。

 黒髪アフロヘアーの彼女は、真っ赤なセーターに身を包む。年齢はヨネシゲと同じ――いや、少し上だろうか。


(な、なんだ!? このおばさんは!?)


 仁王立ちの彼女は漆黒の瞳でユータを見下ろす。あまりの迫力に、彼は蛇に睨まれたかの蛙のように体を硬直させる。そんな彼を気遣うよのうにして、彼女が笑みを浮かべる。


「うふっ! いらっしゃい、お兄さん! 目を覚ましたようね」


「えっ? あっ、はい……」


 彼女からの突然の質問に、ユータ動揺しつつも咄嗟に返事した。


「起き上がって大丈夫なの? まだ横になってていいのよ?」


「だ、大丈夫です! も、もうこの通り元気ですから!」


「本当? 無理しちゃダメよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 強面の外見とは異なり、次々と優しい言葉を投げ掛ける黒髪アフロ。「人は見た目で判断しちゃダメだな」と思うユータであった。


(とりあえず、悪い人ではなさそうだな。それにしても……このおばさん、一体何者なんだ? いや。それはこの人のセリフか……)


 ユータがそんなことを考えていると、エリックがユータの紹介を始める。


「メアリー様。こちらの方は、ユータ・グリーン様です。ヨネシゲ様の板前時代のお弟子様とのことです」


 どうやら彼女の名は「メアリー」と言う名前らしい。

 エリックが紹介を終わると、続けてユータ自ら自己紹介を行う。


「は、初めまして! 俺はユータ・グリーンと言います。ヨネさんとは……板前時代にお世話になりまして!」


 違和感を感じるが、今は板前時代の弟子と言うことになっている。

 ヨネシゲが、どの時期に板前として働いていたか不明だが、この設定だと場合によっては年齢に矛盾が出てくる。

 現在ヨネシゲは45歳、ユータが23歳。

 仮に、ヨネシゲが20代に板前として働いていたならば、ユータはまだ幼児か下手をしたら生まれていないことになる。


(まあ、今は細かい事を気にしても仕方ない。後でヨネさんが上手いこと話を合わせてくれるはずだ……)


 ユータが挨拶が終ると、黒髪アフロが自己紹介を始める。


「私の名前は「メアリー・クラフト」。ヨネシゲの姉でクラフト三姉妹の長女よ!」


 彼女の名はメアリー・クラフト。どうやらヨネシゲの実姉みたいだ。


 この後、メアリーから説明を受けるが、彼女は三つ子三姉妹の長女らしい。皆から「クラフト三姉妹」と呼ばれ親しまれているのだとか。


(三つ子の姉妹ということは――メアリーさんそっくりのおばさんがあと二人いるということか!?)


 そう考えると、何故か背筋に悪寒が走る。


 メアリーはユータの手を強く握ると、言葉を続けた。


「私、貴方みたいな「いい男」には目が無いのよ! 困ったことがあったら何でも相談してね! ウフッ!」


「ははは……そうなんですね。よろしくお願いします……」


 苦笑いで答えるユータ。

 確かに「いい男」と言われて悪い気はしない。


 だが――


(メアリーさんに言われても、あまり嬉しくないな……)


 ユータはメアリーから視線を逸らす。


「あら? ユータさん? どうかした?」


「い、いえ、何でもないです!」


 ユータは慌て言葉を返す。その直後、メアリーの影からもう一人の女性が姿を現した。


 その女性は、サラサラとした金色の長い髪と透き通るような青い瞳の持ち主。優しい笑みを浮かべるその姿はまるで天使のようだ。

 見たところ、年齢は20代後半から30代前半位だろうか。


 ユータは目の前の美女に目を奪われる。


「綺麗だ……」


 ユータは思わず言葉を漏らした。

 メアリーには失礼だが、彼女がこの美女の引き立て役にしか思えない。


 美女はユータの元まで歩みを進めると、自己紹介を始める。


「初めまして、ユータさん。私はソフィア・クラフトと申します。夫のヨネシゲがいつもお世話になっております」


「――え? 夫、ですか?」


 ユータは、時が止まったかのように思考が停止させる。


(この人がヨネさんが夫だって!? 冗談は止してくれ! これは何かの間違えだろ!?)


 こんな美女がヨネシゲの妻であるはずがない。


(ヨネさんにはもったいない!)


 確かに、ヨネシゲはソフィアと言う名の美人妻が居るとよく自慢していたが、ユータは彼の話を信じていなかった。

 彼の話はいかにも作り話のようなものが大半だったため、職場の仲間も彼の話を一切信用していなかった。例えるなら、ヨネシゲは職場の狼少年だ。おじさんだけどね。

 故に、ユータは目の前の現実を受け入れたくなかった。


(これが現実だというのか……!?)


 ユータはとてつもない敗北感を覚えた。

 そんな彼にソフィアは申し訳なさそうにしながら言葉を掛ける。


「キノコ狩り――夫に無理やり付き合わされたのでしょ?」


「え? い、いや、そんなんじゃ!」


「あの人強引だから。ユータさんにまで危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」


 謝るソフィア。ユータは彼女を気遣う。


「いえ、気にしないでください! 俺はこの通り元気ですから! それにソフィアさんが悪いわけじゃないので、そんなに謝らないでください」


「ありがとうございます。ユータさんはお優しいのですね」


「それほどでもありません」


 キメ顔でそう受け答えするユータ。だが、心の中では鼻の下を伸ばして喜んでいた。

 そこへメアリーが二人の会話に割って入る。


「元はと言えばレイラよ! レイラがいけないのよ! シゲちゃんを冬の険しい山なんかに、キノコ狩りへ行かすから!」


「確かに、ヨネシゲさんにキノコ狩りへ行くよう伝えたのはレイラお姉様ですけど、止められなかった私にも責任があります……」


「ソフィアさんは悪くないわ。そんな事言ったら、私にだって責任があるわ……」


 どうやらヨネシゲをキノコ狩りに行かしたのは「レイラ」と言う人物らしい。

 この時点で「レイラ」が何者なのかは不明。一つわかることは、ソフィアの()にあたる人物らしい。

 もしかしたらクラフト三姉妹の一角か!?

 いずれにせよ、ヨネシゲはレイラと言う人物の指示で冬山に赴いたとのことだ。

 一方のユータ。

 彼は自分の意思でもなく、誰に言われたわけでもなく、気付いたらあの冬山に迷い込んでいたのだ。

 謎は深まるばかりだ。


(そうだ! ヨネさんなら何か知っているはずに違いない!)


 ユータが部屋の一角に視線を向けると、そこにはベッドの上で眠り続けるヨネシゲの姿があった。


 そう。ユータがこの部屋に来た理由。それはヨネシゲに会うためだった。


 その時だった。突然、ヨネシゲがうめき声を上げる。


「うぅ……うおぉぉぉっ!!」


「!!」


 うめき声を聞き、ソフィアが急いでヨネシゲの元へと駆け寄る。その後ろをメアリー、ユータ、エリックが続く。


「あなた! しっかりして! しっかりしてください!」


「シゲちゃん! しっかりなさい!」


「ヨネさん! 目を覚ましてください!」


「ヨネシゲ様! しっかり!」


 各々、ヨネシゲに言葉をかける。

 しばらくの間うめき声を上げ続けていたヨネシゲだったが、まるで力尽きたかのように突然大人しくなる。


「ヨ、ヨネさんっ!?」


 ――まさか!?

 驚いたユータが大声でヨネシゲの名を叫ぶ。その声が耳に届いたのか、ヨネシゲはゆっくりと瞳を開いた。


「――こ、ここは?」


 目覚めたばかりのヨネシゲ。まだ自分が置かれた状況を理解できていない様子だ。そんな彼にソフィアは微笑みながら声を掛ける。


「あなた、おはようございます。やっとお目覚めですね……」


 ヨネシゲは、ゆっくりと、ゆっくりと、ソフィアの方へ視線を向ける。半開きの目でソフィアをじっと見つめる――


「えっ!?」


 刹那。ヨネシゲは物凄い勢いで上半身を起こすと、驚愕した表情でソフィアを凝視する。


「ど、どうしたのですか? 私です、ソフィアですよ!」


 するとヨネシゲは、何故か怯えた様子でソフィアに問いかける。


「ど、どうして……? 何故……ここに居る!?」


 この時、ヨネシゲは酷く混乱していた。


(な、何故なんだ!? だって、ソフィア。お前は――!?)


「どうしてと言われましても。ここは、私たちが一緒に住んでいるお屋敷ではありませんか……」


「え? お屋敷?」


 ヨネシゲは「お屋敷」と言う言葉を聞いて、部屋の中を見渡す。そこは、確かに見覚えのある部屋だった。

 

 思考を停止させているヨネシゲに、今度はメアリーが話し掛ける。


「シゲちゃん、大丈夫なの!? 心配してたのよ!」


(ん? 誰だ? この馴れ馴れしいおばさんは?)


 今度は、全く見に覚えのないおばさんが、馴れ馴れしく「シゲちゃん」と呼び、話し掛けてくるではないか。

 ヨネシゲは自分の記憶を辿ってみるが、間違いなく初対面の人物であった。


 ヨネシゲが顎に手を添え思考を巡らせていると、エリックから声を掛けられる。


「ヨネシゲ様、無理はなさらず、横になっていてください」


 再びヨネシゲは驚愕する。彼は唇を震わせながらエリックに問い掛ける。


「お前は……エリックか!?」


「えっ? ええ……エリックでございますよ」


「そんなっ!?」


 絶叫の表情のヨネシゲ。彼は真正面を一直線に見つめたまま、固まってしまった。


「ヨ、ヨネさんっ!?」


「あなた! しっかりしてください!」


「エリック! 早く、医者を呼ぶのよっ!」


「か、かしこまりました!」


 各々、ヨネシゲの様子を見て慌てる。


 ――実はこの時。ヨネシゲの脳内では、ある疑心が確信へと変わっていた。


(ソフィアが居る、エリックも居る、そしてこの部屋は……間違いない……!)


 ソフィアたちは医者や使用人たちの手配のため、部屋を飛び出していく。

 部屋に取り残されたユータ。彼はいてもたってもいられず、硬直したままのヨネシゲの身体を大きく揺さぶる。


「ヨネさん! どうしちゃったんですか!?」


 それに気付いたヨネシゲはユータに視線を向ける。


「ユータ?」


「ヨネさん、俺です! ユータです! しっかりしてください!」


(何故、ユータが居る? 彼はこの世界の住民ではないはず……)


 ヨネシゲは寝ぼけたような表情で、ユータに尋ねる。


「ユータ。お前もここの住民だというのか?」


「住民? 違いますよ!」


「じゃあ、何故ここにいるんだよ?」


「それは俺が聞きたいですよ!」


 ヨネシゲの問にユータは不機嫌そうに答え続けた。


「気が付いたら突然冬山の中でした!」


「ユータ! お前もなのか!?」


「え? お前もって……?」


「俺も気が付いたら、あの山の中で倒れていたのだ……」


「状況が理解できませんね。ヨネさんはお姉さんに頼まれてキノコ狩りに行ったんじゃないんですか?」


「キノコ狩り? そんなこと頼まれてないよ! 俺は何も知らないぞ!」


 どうやら、ヨネシゲも気が付い時にはあの冬山に迷い込んでいたみたいだ。彼も何故ここに居るのかわからないそうだ。


 一つ、ユータには疑問があった。

 ここに来て出会った人物は、皆ヨネシゲと縁のある人ばかり。そしてここは、何を隠そうヨネシゲの屋敷である――何も知らない筈がない。


 ユータはヨネシゲを問い詰める。。


「ヨネさん! 本当は何か知ってるんでしょ? 隠さないで教えてください! ここは一体どこなんですか!?」


「え……どこって言われてもな……」


「惚けないでください! ここはヨネさんの屋敷でしょ!? ここに居る人、みんなヨネさんのこと知ってますよ!?」


「………………」


「何も知らないはずはないでしょ?」


 ユータの問にヨネシゲが重たい口を開く。


「恐らくだが……」


「何なんです?」


「こ、ここは俺の……俺の……」


「俺の?」


「俺の……その……」


 もったいぶるヨネシゲ。ユータが苛立つ。


「もう! はっきり言ってくださいよ!」


 するとヨネシゲは意を決したようにして口を開く。そして彼が発した言葉は、耳を疑うようなものだった。


「ここは俺の空想の世界だ!」


「えっ?」


 あまりの信じられない答えにユータの目が点になる。そんな彼にヨネシゲは訴え続ける。


「いいか!? もう一度言うぞ!? ここは俺の空想の中なんだよっ!」


「ちょっと待ってください!? 空想の世界ってどういうことですか!?」


 叫び合うユータとヨネシゲ。その声に気が付いたメアリーが部屋に戻ってきた。


「大きな声を出して、どうかしたの?」


 メアリーの視界に映った光景。それは、呆然と天井を見つめているユータと、こちらをじっと見つめるおとうとヨネシゲの姿だった。


「シゲちゃん! 大丈夫なの!?」


「あっ、はい。大丈夫です!」


「シゲちゃん、ユータさんはどうしちゃったのよ?」


「まあ、色々ありまして……」


「何よ? やけによそよそしいじゃない?」


 普段と異なるヨネシゲの態度。メアリーが不思議に思っていると、ヨネシゲから思わぬ質問を受ける。


「あの~」


「何よ、改まって?」


「すみませんが、あなたは、一体、誰ですか?」


 ヨネシゲの問にメアリーは唖然とする。だが、すぐに答えを返した。


「実の姉の顔を忘れたの!? 私はメアリー! メアリーよっ!」


「えぇぇぇぇっ!!!」


 ヨネシゲは驚愕する。その理由は後ほど説明するとしよう。



 ――この物語はどこにでも居そうな青年「ユータ」が、職場のおしゃべり大好きおじさん「ヨネシゲ」と一緒に、彼の妄想――もとい、空想の世界へと迷い込んでしまうお話である。



つづく……

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