第60話 猫 対 狼〔後編〕
ここはアライバ村付近の南コーケン街道の道中。
辺りには男たちの怒号や叫び声、その他に銃声や爆発音も響き渡っていた。
クラフト家民兵軍西ヨネフト方面隊長のジェツェモンとその愛猫のチャッピーは、マロウータン海賊団幹部のダンベル及び海賊戦闘員たちと激戦を繰り広げていた。
ジェツェモンは特殊能力で発生させた雲の上に乗り、戦闘員たちに雷撃を落としていた。
戦闘員たちも特殊能力や機関銃などで応戦していた。
一方、巨大な化け猫へと姿を変えたチャッピーと、巨大な化け狼に姿を変えたダンベルは一騎討ちの戦闘を繰り広げていた。
チャッピーは爪、ダンベルは牙を活かした肉弾戦となっていた。
この化け物2体から繰り出される攻撃のエネルギーは相当なものであり、他の者は近寄ることができない。
この2体の攻撃に巻き込まれたらただでは済まされないだろう。
化け狼へと姿を変えたダンベルの大きさはチャッピーの約2倍。
その分パワーもありダンベルの方が優勢かと思われるが、チャッピーは小型の体を活かした俊敏な動きでダンベルを翻弄していた。
実力はほぼ互角だ。
心配なのはジェツェモンであった。
ジェツェモンも特殊能力を使った攻撃で海賊戦闘員相手に奮闘を見せていたが、早くも体力が切れ始めていた。
ジェツェモンは息を切らしながら独り言を呟く。
「こんなに動き回ったのは何十年ぶりじゃ…?雑魚相手にもう体力の限界とは情けない…。あと30歳若ければ…」
御年75歳のジェツェモンであるが、方面隊長を任されているだけあって数々の功績を残してきた男だ。
ジェツェモンの実力は確かなもので、彼の若い頃を知る人々は今のヨネシゲやクラフト三姉妹、マックスたちより強かったと話す。
そんな彼も年齢に敵わないようだ。
ジェツェモンの独り言を聞いていたダンベルが、彼を侮辱するかの様な発言をする。
「あと30歳若ければ?フッ…老いぼれの決まり文句だな。本当に強い奴は歳をとってもその強さは衰えない…。所詮お前の実力はその程度だったと言うことだよ…!」
ダンベルの言葉にジェツェモンはムッとした表情を見せる。
こんな青二才に侮辱される日が来るとは…
とはいえ年老いた自分ではダンベルを倒すことはできない。
悔しそうにするジェツェモンを見てダンベルはニヤリと笑う。
すると、ダンベルは新たな行動を起こす。
「狩りの時間だぜ…!」
ダンベルがそう言い腕を振り上げると、海賊戦闘員たちはジェツェモンの相手をするのを止めてアライバ村方面へ移動を開始した。
「ま、待たぬかっ!!」
ジェツェモンが戦闘員の進軍を阻止すべく攻撃を繰り出そうとした時、一発の銃声が彼の耳に入る。
その直後、ジェツェモンは背中に違和感を覚える。
「ま、まさか…!?」
ジェツェモンは背中の違和感があった場所を触ると手に大量の血が付着した。
彼は海賊戦闘員の銃撃によって背中を撃ち抜かれてしまった。
(撃たれてしまったか…!)
ジェッモンがそう思った瞬間、背中に激痛が走る。
そして、目眩がしたと思うと彼は立っていることができなくなり乗っていた小型の雲の上で踞る。
そんなジェツェモンの乗せた雲はゆっくりと降下し地面に降り立つと“ポン”と言う音と共に消滅した。
その瞬間ジェツェモンは地面に倒れ込む。
「ニャァッ!?」
その光景を見たチャッピーはジェツェモンの元へ駆け寄ろうとする。
しかし、その隙をダンベルは逃さなかった。
「よそ見はいけねぇな…ニャンちゃん!!」
「ニャアァァァッ!!」
チャッピーが隙を見せた瞬間であった。
ダンベルは鋭い牙でチャッピーの首元へ噛み付いた。
ダンベルが渾身の力で噛みつき終わるとチャッピーはその場に倒れ込んだ。
「チャ、チャッピー!」
ジェツェモンの目に愛猫チャッピーが倒れ込む姿が映り込む。
おまけに首元からは出血している。
飼い主として早く何とかしてあげたいと思うジェツェモンであったが、自身も負傷しており立ち上がる事すらできない状況だ。
「ハッハッハッ!勝負あったな…」
ダンベルはそう言いながら元の人間の姿に戻ると倒れているチャッピーの側へと近付いた。
「まだ息がありそうだな…」
ダンベルはそう言うと腰元に携帯していた巨大な剣を鞘から抜き取る。
「愛猫が死ぬところをしっかりと見ておくんだな。」
「や、止めるんじゃ…!」
「安心しろ。この猫の後にお前も地獄に送ってやる!」
ダンベルは巨大な剣を先程噛み付いたチャッピーの首元に当てる。
「やはり処刑は剣に限る…」
そう言うとダンベルは不適な笑みを浮かべる。
ダンベルは持っていた剣を振り上げる。
彼にはこだわりがあるらしく、相手を殺害する際はこの巨大な剣を使う模様。
理由は不明であるが、そんなこだわりも時には命取りになる…!
一瞬のことであった。
ぐったりして倒れていたチャッピーがダンベルに突然飛び掛かる。
予想外の出来事にダンベルはただただチャッピーの攻撃を食らう一方だ。
とても化け狼の姿に変身する余裕などなかった。
周りに残っていた海賊戦闘員がチャッピーに向かって機関銃で攻撃するも全然効いていないようだ。
チャッピーは前足でしっかりとダンベルの体にしがみつくと、彼の頭を鋭い牙で何度も噛みつき、鋭い爪が伸びた後ろ足で連続猫キックを腹部にお見舞いする。
容赦ないチャッピーの攻撃にダンベルはその場に倒れ込む。
それでも尚チャッピーの攻撃は止まる気配がない。
ダンベルはチャッピーを振り払おうとするが化け猫に変身したチャッピーの前では無力であった。
あの時、化け狼の姿のままでいればこんな事にならなかったはずだ…!
ダンベルはチャッピーの攻撃を受けながら酷く後悔した。
ダンベルの頭はチャッピーの牙によって大出血の穴だらけだ。
腹部も鋭い爪の猫キックによってえぐられ大量の血を流していた。
チャッピーを振り払おうと必死に暴れまわっていたダンベルであったが徐々に動きが鈍っていき今はぐったりとした様子だ。
それでもチャッピーの猛攻は止まらない。
「この俺が…猫ごときに…」
ダンベルの意識は次第に薄れていく。
そして…
ダンベルはピクリとも動かなくなってしまった。
どうやら息絶えたようだ。
その様子を確認したチャッピーはようやく攻撃を止めると、周りに残っていた海賊戦闘員を一瞬で蹴散らす。
戦闘員を始末するとチャッピーは倒れているジェツェモンの元へ駆け寄る。
「チャッピー、お主も役者じゃなのう…」
ジェツェモンは心配そうに自分の顔を覗き込むチャッピーに微笑んでみせる。
「チャッピーや、ワシの事は後回しで良い。今はアライバ村に向かった海賊たちを食い止めるんじゃ…!」
ダンベルを倒したからといって安心はしていられない。
先程、海賊戦闘員の軍勢がアライバ村方面へ進軍していった。
その先には避難中の民たちが居る。
そして海賊の狙いは民たちの命…
何としても海賊の進軍を止めないといけない。
とはいえジェツェモンはもう動くことが出来なかった。
一方のチャッピーは幸いなことに、首元の傷は思いの外浅いようだ。
そうなると頼りになるのはチャッピーしかいない。
「ワシのことは心配せんでよい!すぐに奴らの後を追ってくれ!」
ジェツェモンは声を振り絞りチャッピーに海賊を食い止めるようお願いする。
チャッピーはジェツェモンの願いを理解して海賊の後を追おうとするが、何故かジェツェモンに手を伸ばす。
「チャッピー…お前と言う奴は…」
「ニャッハッ!」
チャッピーは倒れていたジェツェモンを背負い上げると、海賊を追うため南コーケン街道を北進するのであった。
「やっぱり、お主は最高の愛猫じゃ…!」
場面変わり、ここはヨネフト街道の道中。
ちょうどヨネフト村とアライバ村の中間付近である。
ヨネフト村の屋敷から避難中のクラフト家の人々は丁度この付近に差し掛かっていた。
しかし、彼らに危機が迫る。
後方からはマロウータン海賊団の傘下である海賊たちの軍勢が接近していた。
その光景を見た使用人たちは恐怖で顔が青ざめていた。
そんな中、一人の男が海賊の軍勢に立ち向かおうとする。
「母上、皆さん逃げてください。僕が時間を稼ぎます…!」
「ル、ルイス!」
海賊に立ち向かおうとしたのはヨネシゲの息子ルイスであった。
マックスやクラフト三姉妹みたいな実力者なら話は別だが、医者から運動を禁じられているほど体が弱い彼が海賊の軍勢相手に戦えるはずなどない。
母ソフィアと使用人たちが必死にルイスを説得する。
「母上たち、早く逃げてください!僕は領主の長子…こういう時の為に存在してます…!」
ルイスは領主ヨネシゲの長子としての責任を自覚している。
ヨネシゲ不在の今、家族や使用人、その先に居る避難中の民を守るべく、ここで海賊を食い止める必要がある。
いや…食い止めることなどできないが、少しもの時間稼ぎができれば!
ルイスはそう考え海賊に立ち向かおうとする。
すると、ルイスの背後からある男が近寄ってくる。
「ルイス様、ここは私にお任せを…」
「エリック!」
その男はクラフト家に仕える執事でルイスの世話役であるエリックであった。
エリック、クラフト家の危機を救えるか?
つづく…
豊田楽太郎です。
ヨネシゲの記憶を読んでいただき、ありがとうございます。
今回も早めの投稿ができましたが、次回の投稿も1~2週間程の予定でいきたいと思います。
できるだけ早めに投稿できるよう努力しますので、これからも応援宜しくお願い致しますm(__)m
※極端に遅れる場合は活動報告等でご連絡致します。