第45話 鉄拳 対 鎌鼬 ※挿絵あり
ここは西ヨネフト北側の南コーケン街道の道中。
とある一人の兵士と海賊たちの攻防が繰り広げられていた。
兵士の名はジェツェモン。
クラフト家民兵軍の西ヨネフト方面隊長である。
御年なんと75歳。
腰を丸め杖をついている姿はとても兵士とは思えない。
そして、そんな彼には相棒が居る。
その名はチャッピー。
キジトラ模様のメスの猫である。
対するは残虐非道な海賊として世界各国から恐れられているマロウータン海賊団の戦闘員たちだ。
彼らは鉄の鎧を身に付け、機関銃や剣などの武器で武装している。
中には特殊能力が使用できる者も居るらしく、電気や炎を身に纏ってジェツェモンたちを威嚇してる。
そんな凶悪な海賊たちをこの老兵と猫だけで迎え撃つつもりだ。
普通に考えたら勝ち目がないが、他とひと味違うのがこの世界の住民たちである。
最初に攻撃を仕掛けたのはジェツェモンの愛猫チャッピーだ。
チャッピーは突然強烈な光に包まれると、身長3メートルは越えているであろう巨大な化け物へと姿を変えた。
単純に猫の体を巨大化させただけだが、目を赤く光らせ鋭い牙と爪を剥き出して海賊たちに迫っていく。
これぞ化け猫と言ったところか。
突然現れた化け物に海賊たちは後退りするも、チャッピーは容赦ない攻撃を浴びせる。
刀のような鋭い爪で海賊たちを次々と切り裂いていく。
海賊たちが着ている鉄でできた鎧も完全に切り裂かれ、チャッピーの爪は海賊たちの胴体へ達する。
一撃必殺である。
チャッピーの攻撃を食らった海賊たちはその場に倒れていく。
海賊たちもただで殺られる訳にはいかない。
持っていた機関銃でチャッピーに銃弾の嵐を浴びせる。
しばらくそんな状況が続くが、やがて弾が切れ銃弾の嵐も静まる。
流石にこれだけの銃弾を浴びればこの猫の化け物も助からないだろう。
海賊たちはそう思ったが、それは一瞬のことであった。
数え切れない程の銃弾を浴びたはずのチャッピーは不気味な笑みを浮かべてこちらに歩いてくるではないか!
そのチャッピーの姿に海賊たちは信じられないと言った感じの表情を見せて言葉を失っていた。
「ほっほっほっ!斯様な豆鉄砲ではチャッピーは倒せぬぞ…」
どこからともかくジェツェモンの声が聞こえてきた。
辺りを見渡しても彼の姿は見えない。
一体どこに居ると言うのだ!?
海賊たちは辺りをキョロキョロさせていると、ようやく一人の戦闘員がジェツェモンを発見する。
「居たぞ、あそこだ!」
海賊の戦闘員が指差したのは自分たちの頭上であった。
そこにあったのは、小さな白い雲の上に乗ってこちらを見下ろしているジェツェモンの姿であった。
「進化したチャッピーの皮膚の強度は鋼鉄並みじゃ。それにあのフワフワした毛がクッションになってるから攻撃の威力も吸収してしまうのだ。」
未知なるものに姿を変えたチャッピーの防御力は機関銃さえも無力化してしまう。
正しく化け物だ。
「お主らにはお灸を据えてやらないといかんな…!」
ジェツェモンはそう言うと持っていた杖を振り上げる。
すると彼が乗っている雲の色が白から黒へと変色し、雲の内部からピカピカと激しい光が漏れ出していた。
「ま、まさか…!?」
その光景を見た海賊たちはあることを察した。
これはもしかしてもしかすると…!
「天罰じゃ!」
ジェツェモンがそうと乗っている雲から強烈な雷を一発落とした。
その雷撃を食らった海賊たちの半数近くがその場に倒れ込んだ。
「全員を倒す為には、チャージ時間がもっといるのう。それに…」
どうやら雷を発生させ落とすにはそれなりの時間が必要だそうだ。
それと、短時間で発生させた雷のため攻撃力も然程強くはない。
その証拠に雷撃を食らって倒れた海賊の戦闘員たちは次々と起き上がり始めた。
その直後、西ヨネフトの方角から男たちの雄叫びが聞こえてきた。
「応援が来たようだぜ!」
雄叫びをあげていたのはマロウータン海賊団の軍勢。
第二陣として送り込まれた戦闘員たちだ。
100人は軽く超えているようだ。
その様子見たジェツェモンは…
「チャッピー、もういいでしょう!」
ジェツェモンのその言葉を聞いたチャッピーは体を元の姿に戻すと、ジェツェモンの乗っている雲に飛び乗るのであった。
「では諸君、さらばじゃ!」
そう言うとジェツェモンとチャッピーを乗せた雲は物凄いスピードで北上して行った。
「あの野郎…ふざけやがってっ!」
怒り心頭の海賊の軍勢は、ジェツェモンの後を追って北上を続けるのであった。
ここは西ヨネフトの中心部から港へと続く大通り。
この通りには商店や飲食店、土産屋や宿など多くの店が軒を軒を連ねている。
宿場街と言うこともあり、普段であればこの大通りも多くの人々で賑わっているはずだが、現在はどこにも人の姿は見当たらない。
そんな大通りを走っているのは、ユータ、ヨネシゲ、マックス、ゴリキッドの4名である。
彼らは港に居る海賊たちを一掃するため、テツの屋敷から急行している途中であった。
ユータたちがマックスと合流したのは副領主テツの屋敷。
マックスはヨネシゲの姉リタと一足先に西ヨネフト入りしており、テツの屋敷で情報を収集していたそうだ。
屋敷で発見したテツの置き手紙には貴重な情報が書かれていた。
村の民たちが街道を避け林道経由で避難していることや、ジェツェモンが囮になって海賊たちを引き付けていること、北アライバから保安隊を派遣してもらっていると言った内容が記載されていた。
副領主として最善の策を尽くしたかに思われる。
しかし、一つ問題があった。
その問題とは、テツ自身が海賊に撤退してもらうべく直談判しに行ったと言うことだ。
敵はマロウータン海賊団。
この村から出ていってくれと言って出ていくような相手ではない。
普通に考えたら殺されに行くようなものだ。
このヨネフト地区から死者は絶対に出したくない!
マックスはそう思っていたが、先程ユータたちから衝撃の真実を知らされる。
それは、幼馴染であるウオタミがこの海賊によって殺害されてしまったということだ。
ユータたちから事実を聞かされたマックスとリタは、これまでに見たことがない悔しそうな表情を見せた。
幼馴染の親友をある日突然失ったのだから無理もない。
しかし、彼らには使命がある。
立ち止まってはいられない。
ここは流石、マックスとリタである。
悔しさと悲しみを押し堪え、次なる行動へと動きを変えていた。
多くの戦いを切り抜けてきたこの二人。
当然、仲間を失うことも多かったであろう。
しかし、使命がある限り立ち止まってはいられないのだ。
大切なものを守るためには…
その後、リタはヨネの細道経由で避難している民たちをの後を追いかけて行った。
直後、ユータたちもマックスに先導され西ヨネフトの港へ向かうのであった。
一同、しばらくの間無言で走っていたが、マックスがユータとゴリキッドに向かって話始める。
「本当の事を言うと、ウオタミの事を聞いた時、お前たちはリタさんに連れて行ってもらおうかと迷った。」
ウオタミが自分の命と引き換えに守り抜いたユータとゴリキッドをマロウータン海賊団が占拠する危険な港に連れて行って本当に良いのか?
マックスはギリギリまで悩んでいたそうだ。
その言葉を聞いたユータは顔を俯かせる。
「やっぱり、俺が選んだ選択肢は間違ってるんですかね…」
ユータも悩んでいた。
もっと多くの人を守って欲しいとウオタミが託した望み。
今回、領主ヨネシゲのサポートをすることが多くの人を守ることに繋がるのではないか?
そう考えたユータはヨネシゲと共に危険な西ヨネフトに赴いた。
しかし、直前には西ヨネフトに向かうことをクレアから強く反対された。
まずは生き延びて、もっと長い意味で多くの人を守るべきだ。
それがウオタミの託した望みだとクレアは言う。
これが彼女の考えだ。
当初はユータもクレアと同じ考えをしていた。
長く生きることによって多くの人を守る事ができる。
決して強敵から人々を守ると言った意味ではない。
もっと広い意味でウオタミはそう言ったのであろう。
なのに自分は命を救ってもらったばかりだと言うのに、自ら危険な地へと再び飛び込もうとしている。
これで命を落としてしまったらウオタミは何の為に自分たちを救ってくれたのか…
だが、最終的にユータの選んだ道は西ヨネフトへ向かうこと。
確かにクレアの言った事は正しい。
しかし、今助けなければならない人が必ず居るはず。
今しか助けられない人が…!
その事がウオタミの託した望みに反するであろうか?
実際のところ、その答えを知っているのはウオタミ本人だけ。
今の自分にはその答えを見つけられない…
いや、一生その答えはわからないだろう。
ウオタミが託した望みとは、ある意味自分たちなりの解釈が必要だと思う。
とはいえ、その解釈の仕方が本当に良いものなのか?
ユータの葛藤は続いていた。
「お前たちはウオタミの言ったことを守ればいい。ただ、どこに居ようと死んでしまっては守れるものも守れん…」
危険な場所ほど死のリスクは高くなるのは確かだが、どんな状況であろうと命を落としてしまっては守れるもの守れない。
「無理だけはするな!いざとなったら俺を盾にしてでも生き延びろ。お前たちが死ぬことは絶対に許さん!…死んじまったら俺はウオタミに合わす顔がない。」
何があっても死ぬことは許さない。
そうマックスに強く念を押されたユータとゴリキッドであった。
そんなやり取りをしながら大通りを走っていると目の前に人影が現れてきた。
それもかなりの人数である。
そして何やら争う声も聞こえるではないか!
一体何ごとだろう?
ユータたちは更に距離を詰めてみる。
彼らの姿は次第に鮮明になっていく。
その集団はマロウータン海賊団の戦闘員たちと大乱闘を繰り広げていた。
ん?いや、ちょっと待てよ!?
奴らはまさか…!
目の前に居たのはユータたちがよく知る集団であった。
「マッチャン一家だっ!」
ヨネシゲは大声でそう叫ぶ。
目の前に居たのは、泣く子も黙る盗賊“マッチャン一家”だ!
頭領マッチャンを筆頭にグレート王国内を流離う盗賊団であるが、彼らは少し変わっている。
何が変わっているのかと言うと、彼らの標的は悪徳貴族や悪徳資産家がメインであり、一般人や貧乏人からは絶対に盗みを働かないというところだ。
それどころか盗んだ金品を貧困層が多く住む村にばらまいたりするらしい。
この時代この世界の盗賊としては考えられない行動である。
そんな変わった盗賊団とつい先程熱い戦いを繰り広げていたユータとヨネシゲ。
その戦いはユータたちの勝利と言う形で幕を閉じ、マッチャン一家はアライバ峠から立ち去っていった。
ユータは男気溢れるマッチャン一家が峠から立ち去ったと聞いた時には少々残念な気持ちにはなったが、早々の再会である。
ちなみに、現時点でマッチャン一家がアライバ峠から立ち去ったことヨネシゲはまだ知っていなかった。
いずれにしても何故ここで海賊と乱闘を繰り広げているのか?
どういう状況なのか理解できない。
ユータたちがそんな事を思っていると、ある男が乱闘に加わるのであった。
そう、ヨネシゲだ!
ヨネシゲは乱闘に加わるなり海賊の戦闘員に張り手や拳を食らわす。
突然のヨネシゲ乱入にマッチャンたちは驚いた表情を見せるも、そのまま海賊たちとの乱闘を続けている。
頭領マッチャンは鉄拳と呼ばれる自慢の拳で海賊たちを次々とノックアウトしていく。
副頭領のジョーソンも鉄腕と呼ばれる太い腕で海賊戦闘員にラリアットをお見舞いする。
ラリアットを食らった戦闘員たちは体を2、3回転させながら倒れていく。
この二人は自身の拳や腕を鋼鉄化することができる特殊能力の使い手なのだ。
他の盗賊たちも負けていない!
ユータたち因縁のスキンヘッドのノア、金髪モヒカンのジョン、リーゼントのチャールズ、ちょんまげのムラマサの中堅四人衆としたっぱの若手団員たち。
彼らはバットや鉄パイプで海賊戦闘員に襲いかかっていく。
海賊戦闘員も機関銃や剣で応戦。
彼らが放った銃弾や斬撃は、マッチャンの鉄拳とジョーソンの鉄腕、盾を持った盗賊たちによって防がれる。
一進一退の攻防戦だ。
「俺も行くぞ!」
そう言うとゴリキッドは持っていたサバイバルナイフを手にして大乱闘に加わる。
それを見たユータとマックスはお互いに目を合わさると、彼らもまた大乱闘に加わるべくゴリキッドの後を追う。
「!!」
その時、突然の事であった。
何かを感じとったマックスが大乱闘中のヨネシゲやマッチャンに向かって大声で叫び始める。
あれだけの騒ぎだと言うのにその声ははっきりと聞き取れる大きさと明瞭であった。
「お前たち!伏せろっ!!」
突然の伏せろと言うマックスの言葉にヨネシゲやゴリキッド、他の盗賊たちは状況を飲み込めておらず困惑していた。
そんな中、マッチャンとジョーソンも何かを感じとったのか、盗賊たちに伏せるように指示を出す。
だが、少し遅かった…
大半の盗賊たちはマッチャンたちに言われるがままその場に伏せた。
しかし、数人の盗賊たちが伏せることをせず辺りの様子を伺っていた。
「バカ野郎!早く伏せろ!」
マッチャンがそう言ったその時であった。
伏せずに立ち尽くしていた数人の盗賊たちが見えない何かに切り裂かれていく…
辺りには盗賊の悲痛な叫び声が響き渡る。
そして、見えない何かは尚も盗賊たちを切り刻んでいく。
すると、攻撃を受けている盗賊の元へマッチャンとジョーソンが駆け寄る。
その途端、見えない何かの攻撃が止まる。
攻撃を受けていた盗賊は血だらけの姿でその場に倒れ込む。
中には腕や脚を切り落とされている者もいた。
「くっ!何てことをしやがる…!」
「来るぞ…!」
怒りを滲ませているマッチャン。
そんな彼にジョーソンが見えない何かの攻撃が再び迫ってると注意を促す。
「鎌鼬か!?卑怯なことしやがる…!」
マッチャンはそう言うと自身の拳を鋼鉄化、同じくジョーソンも腕を鋼鉄化させ次なる攻撃に備えていた。
辺りに沈黙が流れる…
そして、マッチャンが攻撃の気配を感じとる。
「そこかっ!!」
マッチャンはそう言うと、目の前の何も無い場所へ鉄拳をお見舞いする。
その瞬間、まるで金属と金属がぶつかるような音がするとマッチャンの拳から火花が飛び散る。
そして次なる攻撃がマッチャンを襲うも、これを彼は受け止める。
ジョーソンにも見えない何かが襲い掛かってくるが、その度に自慢の鉄腕で受け止める。
辺りには鉄同士、と言うよりも剣と剣がぶつかり合うような音が響き渡っている。
マッチャンとジョーソンの拳や腕は攻撃を受ける止める度に火花を散らしている。
まるで剣戟を見ているようだ。
ユータたちの目には何も見えない。
そんな見えない何かをマッチャンたちは気配を感じとり鉄拳と鉄腕で受け止めているのだ。
「凄い…」
ユータは思わず言葉を漏らしてしまう。
しかし、あの二人を助けないといけない!
そう思ったユータは咄嗟に特殊能力を発動させようと腕に力を入れる。
するとマックスがそれを止める。
「マックスさん!?」
マックスは、ここは俺に任せろと言った視線をユータに送ると、右手を海賊戦闘員が集まっている方向に向ける。
次の瞬間、強烈な青白い光線が海賊戦闘員が居るその更に奥へ向かって放たれた。
その光線により多くの戦闘員たちが吹き飛ばされていく。
恐らく光線を食らった彼らの命はないだろう。
あまりの迫力に一同マックスの方を振り返る。
そして見えない何かの攻撃は止まったようである。
「マッチャン!大丈夫か!?」
ヨネシゲとユータはマッチャンとジョーソンの元へ駆け寄る。
あれだけの攻撃を受け止めながら二人は無傷であった。
強いて言えば、アジトでヨネシゲとユータから付けられた傷のみが残っていた。
「俺たちは大丈夫だが…コイツらが!」
マッチャンの視線の先には見るも無惨な姿になった盗賊たちが倒れていた。
まだ息はあるみたいだ!
早く手当てしないと!
ヨネシゲが治癒術で手当てするため盗賊の元へ駆け寄ろうとした時、一人の女の笑い声が聞こえてきた。
「止めときな!そいつらなんかゴミよ、ゴミ!助ける価値なんて一つもないわよ!」
海賊の軍勢の中から現れたのは、40代後半長身の女。
鋭い目付きに、口からは八重歯を覗かせ、明るい茶髪の頭にはマロウータンのドクロが描かれた三角帽子を被っていた。
仲間を“ゴミ”呼ばわりする発言に、マッチャンは鬼の形相で女を睨み付ける。
するとマックスは女の名を呼ぶ。
「辻斬りキャロルだな…?」
マックスは女の存在を知っていた。
この女の正体は、マロウータン海賊団最高幹部の“キャロル”だ。
辻斬りキャロルの異名を持つとても危険な人物である。
「いきなり光線で挨拶とは無礼な男ね…鬼のマックス!」
ついに本格戦闘か…!?
つづく…
お世話になってます、豊田楽太郎です。
いつも読んでいただきありがとうございます!
なんとか1週間以内の投稿ができました。
この調子で投稿ペースを保ちたいところですが、次回の投稿は少し遅くなるかもしれません…
一応今週末を予定してます。
これからもヨネシゲの記憶を宜しくお願いしますm(__)m