第41話 領主の役目
3時間ぶりの再会を果たしたヨネシゲとユータ。
ユータの無事は確認できたが、その代償は大きかった。
その代償とはウオタミの死…
彼は自らの命と引き換えにして若い男女3名の命を守った。
ウオタミの死を無駄にしないためにも、ユータたちには生き延びてもらわなければならない。
その為には一刻も早くこのヨネフト村から避難する必要がある。
いつまたマロウータン海賊団が襲撃してくるかわからないからだ。
そんな中、クラフト兵から不穏な知らせを受ける。
それはヨネフト村の隣村となる西ヨネフトと連絡がとれないと…
マロウータン海賊団の別動隊により襲撃を受けている可能性がある。
村への侵入を許せば当然内陸部までこの海賊は進軍してくる。
下手をすればヨネフト村から避難中の民たちと鉢合わせになることも十分考えられる。
それだけは何としても避けたいところだ。
という事でマックスとリタが既に西ヨネフトへ向けて移動している。
ここは実力者の2人任せておくのが利口であろう。
素人が付いて行っても足手まといになるだけだ。
しかし、自分も西ヨネフトへ行くと言い出して聞かない男が一人いた。
そう…
ヨネシゲだ!
1度言い出したら聞かないのがこの男である。
そんなヨネシゲをレイラが説得する。
「気持ちはわかるけど…今のシゲちゃんが行っても何かできる訳じゃない!」
この世界はヨネシゲの作り出した空想である。
そこで彼は最強の強さを持つと謳われるヒーロー的存在。
しかし、それはヨネシゲが思い描いた理想の自分であり、今ここに居るのは現実世界からやって来たヨネシゲ。
理想とは程遠い存在だ。
その事実をこの世界で知っているのはヨネシゲ本人とユータ、空想の番人であるガソリンだけだ。
この世界に来た当初のヨネシゲは常人以下の強さであった。
所謂雑魚キャラ相手にボコボコにされてしまうのだから。
マックスの鬼特訓により多少の強さを手に入れたものの、無双して強敵を倒すなんて事はこのヨネシゲにはできない。
そしてこのヨネフト地区に襲いかかっている敵は、一国の軍隊を上回る戦闘力を持ち世界中から恐れられている残虐非道な海賊。
そんな強敵相手にヨネシゲが一人立ち向かったところで何の役にも立たない。
殺されに行くのと同じことである。
今ここに居るヨネシゲがレイラ達の知る空想世界のヨネシゲであれば引き留めることなくヨネシゲを西ヨネフトに向かわすだろう。
むしろ、行ってもらうようお願いするところだ。
だが、今ここに居るヨネシゲはレイラ達からすれば恐ろしく劣化した存在。
空想世界でのヨネシゲを知る者であれば誰もがそう思うことであろう。
であるからレイラはヨネシゲを強く引き留めている。
一方のヨネシゲもレイラが引き留める理由は十分理解している。
言われなくても己が無力であることくらいわかっているのだ。
確かに今の自分が海賊が占拠しているであろう村に飛び込んだところで何かできる訳でもない。
雑魚相手ならそれなりに倒せると思うが、マッチャン級の敵がゴロゴロ現れたら今のヨネシゲには勝ち目はない。
マッチャンの一件で自分の実力は痛い程思い知らされた。
それ以降、一応無理はしないようにはしている。
しかし、ヨネシゲには自ら危険な地に飛び込もうと駆り立てるものがあった。
それは、領主としての責任だ。
「俺はヨネフト地区の領主だ。西ヨネフトが今どうなってるかわからないと言うのにノコノコと避難なんかできるか。この目で状況を確かめる必要がある!」
ヨネシゲはこのヨネフト地区の領主。
どこぞの悪徳領主たちと違い、領主としての責任感は兼ね備えている。
もっと言えばここは自分の作り出した空想世界。
その世界で秩序が乱れるのであれば正すのが己の役目だ。
所詮、自分の作り出し空想なのだからゲームオーバーになっても繰り返し元の状況に戻す事ができる!
最初はそう思っていた。
しかし、ここは空想世界でありながら現実世界と何ら変わりはない。
世界観は違うものの、この世界に存在する人々は各々一生懸命に生きている。
ヨネシゲがただのモブキャラだと思っていた人物にも唯一無二の人生があり、家族や仲間が存在する。
そして、その家族や仲間にも各々の人生がある。
彼らには当然、感情もある。
笑ったり、怒ったり、泣いたり、悲しんだり…現実世界に住む人間と同じだ。
そんな人々を己の空想と共に生み出してしまったヨネシゲ。
自分の欲さえ満たせれば良かったこの世界。
だが、この世界がただの空想ではないと知ってしまった以上無責任な事は言ってられない。
人々に危険が迫っているのであれば、その人々を守るために行動を起こさなければならないのだ。
例え自分が無力だったとしても。
「危険なのはわかってる。俺が無力な存在であることも…だけど、俺はこのヨネフト地区の領主だ!領主としての役目と責任を果たさなければならない…」
ヨネシゲはレイラに説得を続ける。
レイラもヨネシゲの言ってることが正論であり、その事を十分に理解している。
とはいえ姉として弟を危険な地には送り込みたくない。
「だけどね、シゲちゃん…。姉としてあなたには自ら死地に飛び込んでほしくないのよ…」
「姉さん、気持ちはありがたいが…今は弟として見るのはやめてほしい。領主として見てくれ。それと思い出してくれ!姉さんが軍人だった時のことを…!」
今は弟や家族としてではなく一人の領主として接してほしい。
感情で物事を決める場面ではないからだ。
そして、姉レイラはグレート王国軍の元将校。
危険な戦場には何回も赴いたはずだ。
ヨネシゲも弟として姉には危険な戦場には行ってほしくない。
そう思うのが普通であろう。
しかし、争いが起これば戦場に赴くのが軍人の役目…
役目なのである。
そして領主にも役目はある。
数えれば切りはないが、領主として絶対に行ってはならないことがある。
それは…領土を捨て民を捨て逃げることだ。
確かに綺麗事かもしれない。
そうせざるを得ない場面も多々あることだろう。
だが領主になった以上それなりの覚悟をしておく必要がある。
でなければ領主になる資格はない。
ヨネシゲはレイラを説得し続ける。
そして、ヨネシゲの熱い思いが通じたのかレイラが折れた。
「やっぱりシゲちゃんを止めることはできないわね。まあ、いくら言っても無駄だと最初からわかっていたけど…」
「すまないな、姉さん…」
「わかってる?無理だけはしちゃダメよ!命落としたら元も子もないんだからね!この村から犠牲者がでるのはもう十分よ…」
レイラはそう言い悲しい表情を見せた後、脱力して自力で歩けなくなっているクレアを背負い上げる。
一同避難先の北アライバへ移動しようとしたその時、一人の男がヨネシゲの前までやって来ると、これまた驚きの発言をするのであった。
「ヨネさん、俺も行きます…!」
「ユータ!?」
その男とはユータであった。
再び危険な地に赴こうとするユータに一同驚きを隠せない様子だ。
先程までマロウータン海賊団に囚われウオタミの命と引き換えに解放された。
せっかく救ってもらった命を再び危険に晒すつもりか?
レイラに背負われているクレアが怒りを滲ませながらユータを止める。
「ダメよ、ユータさん!ウオタミさんの命を無駄にするつもり!?正直、ユータさんが行ったところで何もできないわ!」
クレアが怒るのも無理はない。
ウオタミが自らの命と引き換えにユータたちを助けた。
そのユータは再びマロウータン海賊団が襲撃してるとみられる西ヨネフトに向かおうとしている。
もし西ヨネフトに向かって海賊に殺されたりしたら、今回のウオタミの死が無駄になってしまう。
その事をユータはわかっているのだろうか?
クレアは珍しく声を荒げてユータを説得し続ける。
しかし、ユータも何の考えなしに西ヨネフトに向かおうとした訳ではない。
ユータはウオタミが最後に言った言葉が頭から離れなかった。
“もっと多くの人を守ってあげてくれ”
ウオタミはそうユータたちに望み託した。
今がその時ではないのか?
ユータはそう考えた。
しかし、これもクレアに否定される。
「そう言う意味じゃない!生き延びて、もっと長い意味で皆を守ってほしいって言ったのよっ!」
確かそういう考え方もできる。
実際ウオタミは若いユータたちをまだ死なす訳にはいかないとも言っていた。
そしてユータの考えも最初はクレアと同じだった。
だがすぐ隣の村、それも同じヨネフト領で民たちが危険に晒されている。
マックスとリタは西ヨネフトに急行している最中で、ヨネシゲもこれから向かおうとしている。
彼らに任せておけばそれで良いのかもしれない。
だけど、本当にそれで良いのか?
目の前に居た人間一人も助けることができなかったが、こんな自分でも何か役に立てることはあるんじゃないか?
もしあれば一人でも多くの人を守る事に繋がるのではないか?
大人しく逃げるべきか?それともヨネシゲと向かうべきかなのか?
もしウオタミが自分と同じ状況に立たされたらどういう選択肢をとっていただろうか?
ユータは心の中で葛藤していたのだ。
「ユータ、気持ちはわかるが…無理するな。」
ヨネシゲはユータの肩を軽く叩きながら諭すようにそう言う。
するとユータはヨネシゲにあることを問いかける。
「ヨネさん、俺の役目って何ですか?」
「ユータの役目…?」
突然の質問にヨネシゲは言葉を探していた。
するとユータは自分の考えをヨネシゲに伝え始める。
「俺はウオタミさんから、もっと多くの人を守ってほしいと望みを託されました。もしそれが、俺の役目だと言うのなら…今がその役目を果たす時じゃないかと…」
「だけどな…」
困った表情を見せるヨネシゲにユータは続ける。
「クレアさんの言うとおり、生き延びて、もっと長い意味で多くの人を守っていく考え方もあります。実際自分もそう考えました。だけど、こんな俺でも今守れる人が居るはず!守らなきゃならない人が居るはず…」
ユータはそう言うとヨネシゲの目を真っ直ぐ見つめる。
「ヨネさんには役目がある。ですけど一人じゃ危険すぎますし、ヨネさんが命を落としたら救える命も救えません。だから俺がヨネさんを援護します!ヨネさんに役目を果たしてもらうことが、一人でも多くの人を守る事に繋がるから…」
ユータはそこまで言うと黙ったままヨネシゲを見つめ返事を待っている。
ユータが今行動しようとしていることは、ウオタミが託した真の望みとは意味が違っているかもしれない。
何が正しいのかわからない。
だが、今のユータにはこれ以上のことは思い付かなかった。
自分なりに考えて導き出した答えがこれだ。
ヨネシゲの返事を待つユータ。
港に沈黙が流れるが、一人の男によってその沈黙は破られる。
「俺も行くよ…」
そうヨネシゲとユータに言い放ったのはゴリキッドであった。
元々彼は停泊中の旅客船に忍び込んで荒稼ぎしつつ故郷に帰るつもりであったが、ユータに発見されその後海賊に囚われることとなった。
彼もまたウオタミに命を救ってもらった一人である。
また無謀な発言をする者現れたため、クレアがキツい口調で止めようとするが、ゴリキッドの耳には聞こえていないようだ。
「おっさん、そいつも連れていくなら俺も連れていけ!俺だってあのオヤジ…いや、ウオタミさんから望みを託された者の一人だ。ウオタミさんの命は無駄にはしたくない。だけど、無駄にしたくないからこそ今やらなきゃいけないことがある!頼む、俺も連れてってくれ、このとおりだ…」
不真面目そうなゴリキッドとは思えない程真剣な表情を見せ、深々とヨネシゲに頭を下げた。
それを見たユータもヨネシゲに頭を下げる。
ヨネシゲそんな二人をしばらく見つめると口を開く。
「姉さん、この二人を俺に預からせてくれ…」
ヨネシゲの言葉が耳に入るとユータとゴリキッドは頭を上げる。
それと同時にレイラは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにやれやれと言った感じで呆れた顔でヨネシゲの判断を了承した。
「3人とも、リタたちと合流するまで出過ぎた真似はしちゃダメよ!」
「わかってるさ姉さん。2人は絶対に死なせない!」
ユータとゴリキッドはヨネシゲと同行することを認めてもらえた。
そんな中、レイラに背負われているクレアが突然泣き始める。
心配したレイラがクレアに言葉をかける。
「クレアちゃん…大丈夫?」
「本当にユータさんたちも一緒に連れて行っちゃうんですか…?どうして…どうして…もう、ウオタミさんみたいに誰も死んでほしくない…」
そう言うとクレアはレイラの背中に顔を埋めると黙りこくってしまう。
ユータがクレアに近付いて謝るが反応はなかった。
そしてユータがクレアの側を離れようとした時、彼女の小さな声がユータの耳に届いた。
「絶対に死なないでください…」
「わかりました…」
ユータはクレアの言葉に返事を返すとヨネシゲの側まで駆け寄る。
そしていよいよ出発の時。
ヨネシゲは姉レイラに別れを告げる。
「それじゃ姉さん、ソフィアやルイス、民たちを頼む!」
「お姉ちゃんに任せなさい!それと…」
レイラはそこまで言うと、隣に居たクラフト兵たちに視線を送る。
すると5名のクラフト兵がヨネシゲの元に駆け寄ってきた。
「姉さん、これは?」
「流石にシゲちゃん達だけじゃ不安だから、彼らも連れて行きなさい。全員シゲちゃんにあげる訳にはいかないけど、彼らは一応クラフト家民兵軍の特殊部隊。5人居ればかなりの戦力よ!」
「助かるよ、姉さん!」
ヨネシゲたち3人だけでマロウータン海賊団が襲撃してるであろう西ヨネフトに向かわすのはやはり不安だ。
そこでレイラは十数人居るクラフト兵特殊部隊の中から5名だけヨネシゲに貸し出すことにしたのだ。
腕の立つ男たちである、5名とはいえかなりの戦力だ。
「ヨネシゲ様!お供つかまつります!」
「おう!頼んだぞ!」
そしてヨネシゲは西ヨネフトへ向かうメンバーを集めると円陣を組むよう促す。
そして、一同隣同士で肩を組始めるとヨネシゲが号令をかける。
「ヨッシャー!皆、気を引き締めて行くぞっ!!」
「おおぉぉぉっ!!」
男たちの力強い雄叫びが静かなヨネフト港に響き渡った。
ここは西ヨネフトの港。
ヨネフト港に比べるとその規模は少し小さい。
そんな小さな港を埋め尽くすかの如くマロウータン海賊団の船団が停泊している。
機関銃や剣などで武装した屈強な肉体を持つ海賊の戦闘員たちが船から降りて港の倉庫等を片っ端から荒らし回っていた。
その戦闘員の数は軽く300人以上は居るであろう。
海賊船の中にもかなりの戦闘員が残っているのでその戦力の高さが伺える。
一部の戦闘員は西ヨネフトの村中心部へ進軍している模様。
その海賊の戦闘員の指揮をとっているのは一人の女。
身長は180cmを超える長身。
鋭い目付きをしており、はっきりとしたほうれい線。
年齢は40代後半であろうか?
髪は明るい茶髪、口からは八重歯を覗かせている。
マロウータン海賊団のシンボルであるバナナ印のドクロが描かれた三角帽子がトレードマークである。
彼女は港の中心部で仁王立ちし辺りに睨みを利かせていた。
すると一人の戦闘員が彼女の名を呼び駆け寄ってきた。
「キャロルさん、不審な男1人を捕らえました!話があると言ってるんですが…」
彼女の名はキャロル。
このマロウータン海賊団の最高幹部である。
“辻斬りキャロル”の異名を持つ、マロウータンと肩を並べるほどの実力者だ。
そんなキャロルたちマロウータン海賊団の前に、一人の男が話があると言い姿を現してるそうだ。
「わざわざ自分から交渉しに来るとは良い度胸してるじゃないの。いいわよ、連れてきな!」
残虐非道なマロウータン海賊団。
命乞いする者の命も問答無用で奪っていくこの海賊の前にわざわざ話があるからと自ら足を運んでくるとは、度胸が座っている者かただの変わり者だ。
キャロルは暇潰しにとその男の話を聞くことにした。
やがてキャロルの前に姿を現したのは、50代前半のスーツを着た男。
額の中心から分けられた前髪は先端の方でカールしている。
そして開いてるのかわからないほどの細目だ。
眠そうでやる気の無さそうな雰囲気を醸し出している。
こんな状況であるがニッコリ笑みを浮かべながら戦闘員に連れられてきた。
そしてキャロルは男の名を尋ねる。
「アタシらに何の用だい?名を名乗りな!」
するとキャロルの要求通り名乗り始める男。
「私はヨネフト地区副領主のテツだ。簡単には言うとこの村の責任者だよ。」
副領主“テツ”出現!
つづく…
豊田楽太郎です。
いつもヨネシゲの記憶を楽しみにしていただきありがとうございます。
なんとか目標だったゴールデンウィーク中に1話投稿するが達成できました。
できればこの連休中にもう1話投稿できるように頑張ります!
今後ともヨネシゲの記憶を宜しくお願い致しますm(__)m