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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
1章 夢の世界へ
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第1話 昼休みの悲劇

挿絵(By みてみん)

 ここはとある山の奥深く。


 新雪が積もるこの夜の冬山に一人の男が迷い込んでしまった。


 その男は何時間もこの山の中をさ迷ったのであろう、体力の限界を迎えていた。


 ドサッ!


 大きな音とともに男はその場に倒れ込んでしまう。


「も、もう…歩く気力すらねぇ……」


 男は振り絞るような声で独り言を始める。


「冬の山を甘く見ていた。あの時、姉さんの忠告を……聞いていれば……」


 男はキノコ狩り目的でこの冬山に足を踏み入れた。

 実は家を出る前に、冬山に向かうことを姉に強く止められていたのだ。


 不慣れな者がたった一人で冬山に入るのは危険極まりない行為。ところが、男は姉の制止を振り切り、一人で冬山へ足を踏み入れてしまったのだ。


 男はその事を強く後悔する。


「こ、こんなことなら……ひ、一人で……キノコ狩りなんか……来るんじゃ……なかっ……た……」


 男はそう言い終えると意識を失った。









 ピピピピッ! ピピピピッ!


 とある郊外の民家の一室に、目覚まし時計のアラームが鳴り響く。

 2階にあるその部屋の広さは6畳ほど。部屋に入ると正面の窓際にはテレビとゲーム機が置かれている。

 右手には小学生の頃から使っている勉強机、その隣には漫画本や雑誌でぎっしりの本棚があった。そして左手にはベッドと5段式の衣装ケースが置かれている。部屋一面には黄緑色の絨毯が敷かれていた。


 ベッドの上にはこの部屋の主が眠っている。

 彼は目覚まし時計のアラームに気付くと、布団の中から手を伸ばし目覚まし時計を探し始める。やがて目覚まし時計のアラームを止めると、この部屋の主である青年が眠い目を擦りながらベッドから起き上がった。


 青年の名は「ユータ・グリーン」

 とある工場に勤務するどこにでもいそうな23歳の青年である。

 濃い緑色の短髪とエメナルド色の瞳が特徴的。身長が175㎝あり、スタイルも良い方である。ただ、鼻の周りにできたそばかすが玉に瑕である。

 彼は起き上がって早々頭を抱え始める。


「頭痛てぇ……」


 ユータは二日酔いのようだ。

 彼は昨晩職場の飲み会に参加していた。久々の飲み会でつい飲みすぎてしまったようだ。

 二件目、三件目と店をはしごした結果、終電に乗り遅れて、結局朝方タクシーで帰宅した次第だ。

 帰宅してすぐベッドに倒れ込んだユータ。三時間程の睡眠をとるつもりだったが、時計の時刻を見て一気に酔いが覚めたようだ。


「ヤバい! 遅刻する! 目覚ましのセット間違えたか!?」


 朝方帰宅したユータは、遠退く意識の中で目覚まし時計をセットした。その為か設定時刻を誤ってしまったようだ。


「急いで支度しないと!」


 ユータは衣装ケースから適当な通勤着を取り出し急いで着替え始める。


「大丈夫だ、まだ間に合う!」


 一時間も寝過ごしてしまったユータ。だが、現在の時刻は意外にも彼が普段家を出発する時刻だった。

 ユータは毎朝、余裕を持って出勤の二時間前に起床している。ただ今朝に関しては睡眠時間確保のため、出勤の一時間前に目覚まし時計をセットした。しかし、設定時刻を間違えてしまうという痛恨のミスをしてしまった。


 準備を終えたユータは、部屋から飛び出すと駆け足で階段を下り始める。階段を下り終えると母親と遭遇する。出勤時間になっても部屋から出てこないユータを心配し様子を見に行こうとしていたようだ。


「ユータ、仕事は間に合うの?」


「ああ、ギリギリ間に合いそうだ!」


「気を付けるのよ」


「わかった、行ってくる!」


 ユータは母と軽く会話を交わすと勢いよく家を飛び出して行った。




 ――ここはユータが働く工場内にある社員食堂である。

 遅刻寸前のユータだったが、無事遅刻は免れたようだ。出勤してからは普段通り仕事をこなし、一日で一番の楽しみである、お昼休みの時間を迎えていた。

 この工場には約100人程の社員が働いており、昼休みのチャイムが鳴り始めると、一斉に社員達が食堂に押し寄せる。

 大混雑の社員食堂。ところが、ユータはそれを横目に既に食事を始めていた。

 ユータは昼休みのチャイムが鳴ったと同時に、仲の良い先輩と食堂へ駆け込んでいた。すぐさま食券を購入し、定食の注文を行っていたので、この混雑を避けることができたのだ。

 先輩がユータに尋ねる。


「今日は何にした?」


「俺はいつもの唐揚げ定食です! ここの食堂の唐揚げはサクサクしていて本当にウマいんですよ!」


 先輩の問いにユータは誇らしげに答えた。

 ここの食堂の唐揚げは、正直自分の母が揚げる唐揚げよりも美味しい。

 この唐揚げは、第2の母と呼ばれている経験豊富な食堂のおばちゃん達が、毎朝「秘伝のタレ」に漬け込んだ鶏肉を食券購入と同時に揚げてくれるシステムだ。

 また、ユータや他の唐揚げファンの社員が食堂に姿を見せた瞬間、おばちゃん達は唐揚げを揚げ始める。

 これぞプロの仕事である。

 しかも揚げ方が上手い! 外はサクサク、中はジューシー! おまけにご飯と味噌汁はおかわり自由ときた! これがたったワンコインで食べられるのは本当にありがたい。

 他にも生姜焼定食やトンカツ定食がここで働く男たちに愛されている。


「お前は本当にここの唐揚げが好きだな。二日酔いなのによく揚げ物なんか食えるよ」


「午前中動き回ってたら二日酔いも治っちゃいました」


「若いっていいよな、俺なんかまだ胃がムカムカするよ。今日は大人しくざるそばにしてる」


「たまには、ざるそばもアリですね!」


「まあな、さっぱりしていて美味いぞ」


 先輩はそう言うと、豪快にざるそばを胃袋に収めていく。


 ユータも先輩の食べっぷりを目に焼き付けながら、唐揚げ定食を競い合うように頬張る。

 そんなに急いで食べなくてもいいのでは? と思われるかもしれないが、食事を早く済まし、勤務中で唯一の自由時間を満喫したい思惑があるのだ。

 ユータはスマートフォンでゲームを、先輩は昼寝をするのが定番だ。


 ――そして、早く食事を済ませなければならない、重要な理由がもう一つあるのだ。


 ガチャン!

 扉の開閉する音と共に、一人の中年男が食堂に姿を現す。その瞬間、先程まで談笑しながら昼食を楽しんでいた社員たちが、会話は程々にし、食べることに専念し始める。


「はぁ~」


 中年男は大きく息を吐くと、辺りをキョロキョロ見渡す。そして、ゆっくりと券売機に向かって歩みを進める。

 先輩が小声でユータに声を掛ける。


「ユータ、急ぐぞ……」


「はい……」


 二人は中年男と目を合わせないようにして、昼食を完食することに全神経を注いだ。


 やがて中年男は、注文した定食を受け取ると、空いてる席を探し始めた。

 この工場には約100人程の社員が働いているが、食堂は200人以上が一斉に食事できるほど無駄に広い。以前事業拡大の話があり、何故か食堂が真っ先に改装されたが、景気悪化の影響で事業拡大の話は白紙に戻された。

 そんな空席が目立つ食堂を中年男は行ったり来たりしている。

 非公認であるが、殆どの社員達に自分の指定席と言うものが存在する。ユータも食堂の南端にある、窓際の席に先輩と座るのがお決まりとなっている。ところが、この中年男には指定席と言うものが無く、座る場所は毎回違うのだ。もちろん、そういう社員は他にも沢山居るので、決して不自然なことではない。

 だが、指定席がないということは、自分達の隣の空席に座る可能性があるということだ。それが他の社員なら問題ないのだが、この男が隣に座るのは凄く困るのである。


 なぜ困るかというのは……後程説明しよう。


 案の定ユータ達の席の近くに中年男が現れる。


(頼む! 他の席に座ってくれ!)


 すると、中年男はユータの心の叫びが聞こえたのか、彼の前を素通りしていく。


(ふぅ~、これで一安心だぜ……)


 と安心したのも束の間、中年男はUターンしてユータの席の前に再び現れる。そして……


「よいしょっとぉ!」


 あろうことか中年男はユータの隣に腰かけたのだった。


(マジかよ!? まだ昼飯食べ終わってないのに!)


 100席以上の空席がある中で、なぜ自分の隣に座るのか? 他の席に座ればいいでしょ!?


 ユータは困惑した表情で中年男を見つめる。すると向かい側の席からわざとらしい声が聞こえてきた。


「ごっつぁんでした!」


 今日に限ってざるそばを注文していた先輩は、あっという間に食事を終えると席を立ち上がった。


「さてさて……昼寝でもするか……」


「あぁ……先輩!!」


 先輩はわざとらしく言葉を漏らすと、まるで競歩の如く凄まじいスピードで食堂から立ち去った。


(先輩の薄情ものっ!)


 この時ばかしは、お世話になっている先輩と言えども、ユータは怒りを覚えた。

 しかし先輩に怒りを覚えている余裕などもはやユータにはない。「昼休みの悲劇」と呼ばれる災難がユータに襲いかかろうとしていた。


 中年男が口を開く。


 昼休みの悲劇の始まりである。


「おう! ユータ! 今日は何を食べてるんだ?」


「あ、はい……唐揚げ定食です」


「おっ! いいな! よく俺の姉さんが作ってくれたよ!」


「あはは……そうなんですかぁ……」


 この男の名は「ヨネシゲ・クラフト」

 皆からヨネさんと呼ばれている中年オヤジだ。

 髪型は角刈り。顔はやや強面でほうれい線がはっきりしており、銀縁の眼鏡がトレードマークだ。

 身長はユータよりも頭一つ分低く小太り体型。

 この工場ではちょっとした有名人である、45歳のおしゃべり大好きなオヤジなのだ。


 ヨネシゲは後輩たちの面倒見は良いのだが、何故か皆から煙たがられている。その理由は、彼の長くて一方的なおしゃべりとその内容だ。

 ヨネシゲは饒舌に語り始める。


「ウチの姉さんの料理はプロ顔負けの腕前でな、よくテレビや雑誌に取り上げられるんだよ!」


 だったり……


「俺も元板前でな、よく海外の要人に料理を振る舞ったもんだ」


 と、にわかに信じ難い話を、実話のように語るからある意味凄い。


「この間は地元のヤンキー達をボコボコにしてお説教してやったよ! 奴ら泣きながら土下座して俺に謝ってたな! 今では俺の舎弟みたいなもんだがな!」


(もう終わりにしてよ……)


 所謂、武勇伝と言ったものだろうか。これをヨネシゲの時間が許す限り聞かされるのだ。かなりの苦痛である。貴重な昼休みを彼のおしゃべりタイムで奪われてしまうのだ。


 まさしく「昼休みの悲劇」である。

 ヨネシゲは平社員であるが、勤続年数はかなり長い。大先輩であるヨネシゲに話しかけられたらそう簡単には逃げられない。

 仮に逃げようとしても無駄な足掻きだ。彼から逃れようと仮眠室やトイレに隠れたが、そこにまで付いてきて話を聞かされた過去がユータにはある。

 無論、他の社員たちも同じ経験をしている。ヨネシゲに捕まったらこの職場には逃げ場はない。


 ――そして30分経過したが、ヨネシゲの話は終わるどころか更にヒートアップしていた。


「昔さぁ、姉さんに頼まれて一人で冬山にキノコ狩りに行ったんだけどさぁ~」


「うぅ……」


(ダメだ……睡魔が襲って来たぞ)


 いつもの如く、ヨネシゲの話を聞いてるフリをしていたユータだったが、突然の睡魔に襲われる。昨晩の飲み会で朝帰りした彼は、十分な睡眠がとれていなかった。

 不覚にもヨネシゲの語り声が子守唄の様に聞こえてきて、ユータを眠りへと誘う。


「何時間も山の中をさ迷ってさぁ、流石の俺も力尽きたよ……」


(寝ちゃ……ダメだ! まだ唐揚げ定食も食べ終わってないじゃないか……だけど……)


「寒くて寒くてなぁ~。あの時は死を覚悟したよ、するとさあ!」


(ダメだ……ヨネさん、少し寝かせてくれ……)


 ユータは睡魔に打ち勝つことができず深い眠りにはいってしまった。







「Zzz……Zzz……」


 あれから何時間経過したことか。

 ユータは深い眠りのためか夢を一回も見なかった。爆睡と言うやつだ。

 日頃の疲れも溜まっていたのであろう。今のユータはどんなに声を掛けても、どんなに体を揺すっても起きることはないだろう。それほど深い眠りについている。

 しかし、そんな爆睡状態でも身体全身に異変を感じ、目覚めることになる。


「さ、寒っ!」


 ユータは異常な程の寒さに襲われ、目を覚ましたのだった。


「な、何だ? ここは……?」


 辺りを見回すとそこは銀世界、新雪が積もる夜の冬山の奥深くであった。



つづく……

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