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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
3章 海からの悪夢
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第36話 対面 ※挿絵あり

マロウータン海賊団の襲来で混乱するヨネフト村。

取り乱した様子の人々を兵士たちが落ち着かせながらアライバ村方面へ誘導している。

この兵士たちは領主ヨネシゲに直接雇われた民兵たち。

グレート王国には正規軍であるグレート王国軍が存在する。

それとは別に各地の領主たちには、領土防衛や治安維持のため小規模な軍隊を編成することを認められている。

こうして編成された軍隊は民兵軍と呼ばれ領主の指揮で行動し、いざとなれば王国軍と合流して国土の防衛等の任務に当たる。

しかし、この王国の領主は一枚岩ではない。

ほとんどの領主たちは民兵軍を本来とは異なる使い方をしている。

民の武力制圧に他領土への侵略、国家転覆を企てるために軍編成など。

そんな反王国派領主が大勢いるなか、ヨネシゲは希少な王国派領主の一人。

もちろん王国のルールを忠実に守っているため、民兵軍も正規通りの運用をしている。

ちなみにヨネフト民兵軍の兵士たちはクラフト兵と呼ばれ民たちから親しまれている。

普段はクラフト三姉妹と共に巡回メインとした村の治安維持を行っている。

王国の治安維持組織である保安局を常駐させていないヨネフト地区で、クラフト兵の役割は重要だ。

また非常事態の時は領土の防衛、民の護衛等を行う。

もっとも、強大な敵が現れた場合はヨネシゲやクラフト三姉妹、マックスが対応するのでクラフト兵の見せ場はないのだが。


ヨネフト村の中心部でクラフト兵の指揮をとるのはマックスとクラフト三姉妹。

マックスがクラフト兵たち指示を出す。


「敵はどこから現れるかわからん!村人たちをアライバ村まで護衛しろ!」


マックスの指示に答えるかの様にクラフト兵が雄叫びを上げる。

次にメアリーが言葉を続ける。


「村人たちの安全を最優先に考えなさい!村人たちに危害を加える者が現れたら容赦はいらない。叩き斬れっ!」


メアリーの言葉にこれまたクラフト兵たちは雄叫びを上げ答える。


「よし!出陣せよ!」


リタがそう言うとクラフト兵たちは雄叫びを上げながら出陣していった。


「マックス、メアリー。私は精鋭を引き連れ港で海賊を食い止めるわ!」


「頼むわ、レイラ…!」


「おう、任せときなさい!」


港に向かおうとするレイラにマックスが念を押すように忠告する。


「わかってると思うが…今回は奴等を食い止めるだけだ。深追いはするな。民の護衛と言う任務が残ってるのだからな。それに…あなた達が知っている当時のマロウータンとは訳が違う。」


「わかってるわよ!今回は食い止めるだけ!」


レイラはそう言うとクラフト兵の精鋭たちで編成した特殊部隊を引き連れ海賊を食い止めるべくヨネフト港に向かった。

リタは隣街である北アライバに電話連絡するため近くの民家に入り込んだ。


「こんな事になるなら、あの時息の根を止めておくべきだったわ…」


メアリーは溜め息をつきながらぼやいた。

実はこのマロウータン海賊団、クラフト三姉妹が王国軍在籍時代に対戦したことがある因縁の相手。

まだ駆け出しだったマロウータンはメアリーたち率いるグレート王国軍の圧倒的な戦力を前にして赤子同然であった。

逃亡しようとするマロウータンの海賊船をメアリーたちは深追いすることはなかった。

当時のマロウータン海賊団が世界各国から恐れられる存在になるとは…この時想像していなかった。

それから数年が経ち、マロウータンが世界各国を襲撃して名を馳せるようになると、あの時仕留めておくべきだと酷く後悔していた。

マロウータンを生かした事によって罪のない人々が数えきれないほど命を奪われていく。

それも残酷な方法で。

更に時が過ぎて今日この時、因縁の相手が再び自分たちの前に姿を現したのだ。

マロウータンをこの手で始末したい…!

当然クラフト三姉妹ならそう考えるだろう。

しかし、今回はクラフト三姉妹に与えられた使命とはマロウータンを討伐することではなく、村人たちの生命を守護すること。

村人たちを無事に避難させることができれば良いのだ。

とはいえ、このクラフト三姉妹はとても感情的になりやすい人物たちだ。

マックスはこの3人が良からぬ行動を起こさないか心配していた。

確かにこの三姉妹が揃えば大概の相手なら押さえ込むことができる。

マロウータンも例外ではないだろう。

だがマロウータンも当時と比べたら桁違いに成長している。

一国の軍隊を遥かに上回る強さと称されている。

そんな男と兵器並みの強さを持つクラフト三姉妹が衝突したら…間違いなく戦争レベルの甚大な被害がこのヨネフト地区に及んでしまう。

もし、その火の粉が村人たちに降りかかれば本末転倒だ。

それだけは避けたいところ。

先程マックスがレイラに念を押した理由がこれだ。

クラフト三姉妹の中でも次女レイラは一番冷静な人物。

感情的になって問題を起こすリスクを少しでも下げたい。

そう考えたマックスは冷静なレイラを後衛的ポジションに指名した。

とは言っても、クラフト三姉妹の中で一番冷静なだけであるが…

一番短気な長女メアリーは総指揮官と言う名目でマックスの目が届く所で行動させている。

三女リタの性格関してはメアリーのコピーと言っても過言ではない。

リタはメアリーの補佐官と言うことで、これまたマックスの目の届く所で行動してもらっている。


「それにしてもマックス。私を総指揮官に指名するとは、あなたも良識ある男ね。」


「はっはっはっ。そうでしょう?」


総指揮官に指名され満更でもなもない表情でそう言うメアリーにマックスは苦笑いで答える。


(それにしても、ヨネシゲ。一体、どこに行ってやがる…!)


当然ながらこの場にヨネシゲの姿はない。

早々にガソリンと共に秘密の空間へと消えてしまったのだから。

本来ならヨネシゲが総指揮官を務めるところだが、今はメアリーが代務している。

村の一大事にトップである領主が不在とはどういうことであろうか?

以前のヨネシゲであればこのようなことはなかっただろう。

仮にあったとしても、何か考えがあって単独行動をとっているはずだ。

特段心配することはなかった。

ヨネシゲはマックスにとって信頼できる相棒なのだ。

しかし、最近のヨネシゲは何かがおかしい。

まるで別人を見ているかの様だ。

無理もない。

今この世界に居るのはマックスたちが知るヨネシゲではない。

別世界からやって来たヨネシゲなのだから。

だが、その事をマックスたちは知らない。

マックスが姿をくらましているヨネシゲに苛立っていると、北アライバに電話連絡をしていたリタが戻ってきた。


「北アライバはいつでも避難者を受け入れられる状態が整ってるらしいわ!」


それを聞いたマックスとメアリーは安堵の表情を見せる。


「そいつは良かった。ヨネフト周辺には頼れる領主が他に居ないからな。もっとも、北アライバの場合は王国の大臣が領主を兼務してるが。」


「そうね。寧ろ、大臣が守ってる街だから村人を避難させるには都合がいいわ。避難者たちに下手な真似をする事ないし、マロウータンも近づけないわ。」


村人たちを下手な領主の所へ避難させようものなら、見返りを求められるのは必須。

千人以上の人々の避難となるとその見返りも膨大な物となる。

仮に避難したとしても無名領主ではマロウータンの抑止力にはならない。

避難先もマロウータンに襲撃されるのがオチだ。


「それと、ヨネフト地区とその周辺の海岸線に王国軍と保安隊を派遣するそうよ。マロウーマンの上陸範囲を狭める目的ね。」


「それは願ったり叶ったりだわ。王国軍と保安局の旗を見たらあのバナナ印も尻尾巻いて逃げ出す違いない!」


リタの報告にメアリーは喜びの表情を見せる。

しかし、マックスは悪い予感がしてならなかった。

マロウータン程の海賊団となればグレート王国も本腰入れて排除に乗りきるだろう。

これくらいの対応は当たり前だ。

しかし、海岸線の広範囲に王国軍と保安局を派遣すると言うことは、それだけマロウータンの行動範囲が広いと言うこと。

裏を返せばそれだけ広範囲に散らばせる船団を保有している可能性があると言うことだ。


「メアリーさん、リタさん…」


マックスは呆然と海の方角をみて二人の名を呼ぶ。


「な、何よ?」


マックスの様子を見てメアリーとリタも悪い予感を感じ取った。


「今ヨネフト港にいる船団が、マロウータン海賊団のたった一部だとしたら…?」


その言葉にメアリーとリタの表情が凍り付く。


「西ヨネフトが、危ない…!」


今ヨネフト港に停泊しているマロウータン海賊団の巨大な海賊船は30~40隻、いやそれ以上か!?

マックスたちはヨネフト港に停泊している海賊船がマロウータン海賊団の全戦力だと思っていた。

武装した巨大な海賊船がこれだけ居ればグレート王国周辺の他国を攻めるに十分なはず。

もし海賊船の保有数がもっとあり船団を分散させてるとなれば、隣村の西ヨネフトが危ない。

念のため兵士には西ヨネフトの住民にも避難するよう伝えてもらってるが、ヨネフト港と同時に攻められていたとしたら、手遅れになる可能性が高い。

何故ならヨネフト地区の戦力はこのヨネフト村に集中しているからだ。

そして、嫌な予感は的中する。

西ヨネフトへ電話連絡をしていたクラフト兵が血相変えてマックスたちの所へ戻ってきた


「マックス様!メアリー様!西ヨネフトと連絡が取れません!」


「くっ…俺としたことが…!読みが甘かったか…!」


クラフト兵の報告を聞いて3人の顔は青ざめる。







ここはヨネシゲが住むクラフト家の屋敷。

海賊襲来の知らせを受けヨネシゲの妻ソフィアと使用人たちが慌ただしく避難準備をしていた。

そんな中、ヨネシゲの息子であるルイスは執事のエリックに連れられ2階から1階に降りてきたところだ。

クラフト三姉妹同様、このルイスもヨネシゲが知る実際の息子とは異なる存在だ。

ヨネシゲが知る実際の息子は、顔と性格は自分そっくり、健康でスポーツ万能、喧嘩も強いなど挙げれば切りがない。

しかし、この世界に居るヨネシゲの息子は、整った顔に大人しい性格、病弱体質…

実際の息子とは真逆の存在だ。

そんなルイスの面倒を見ているのは執事のエリック。

彼はルイスが産まれたと同時にクラフト家に仕えることとなった。

エリックはルイスが赤子の時から身の回りの世話から教育までを担当している。

その為、ルイスにとって第2の父親的存在である。

そんな二人の主従であるが、主の方が少し納得いかない表情をしている。


「エリック、やはり僕はここに残ります。」


「ルイス様…」


ルイスは先程からこの場に残ると言ってエリックの言うことを聞かないのだ。

マロウータンが迫る中、エリックは半ば強引にルイスを一階へと連れてきた。

何故ルイスは屋敷に残ろうとしているのか?

その理由を先程からエリックに説明しているが、ここでルイスが再び理由を述べてエリックを説得する。


「こんな僕でも、一応領主ヨネシゲの長子です。今は父上が不在と聞いております。まだ民たちの避難完了報告を受けていないと言うのに、この地を収める者が民より先に避難するわけにはいきません!」


エリックの言うことをいつもなら素直に聞き入れるルイスであるが、今日に限ってはいくら説得してもこの一点張りだ。

確かに領主不在となればその息子が代務するのは当たり前の話。

領主の長子として責任を感じているのだろう。

その事はエリック自身がルイスに教え込んでいた。

常に領主の長子であることを自覚しろと。

現在己の生命に危機が迫っているなかで、この様な判断をするルイスは領主の子の鏡である。

しかし、今は綺麗事を言ってる場合ではない。

今ヨネフトを襲っているのは他とは一線を画する冷酷非道な海賊。

対面すれば命はない。

それに病弱なルイスは逃げるのも一苦労であろう。

本来であれば一目散に避難してもらいたい人物だ。

これ以上ここで時間を無駄にする訳にはいかない。

そう思ったエリックはルイスに提案する。


「ルイス様の民を大切にされるお気持ちは本当に素晴らしいです!ですが、自分の命を守れなければ大切な民を守れませんよ?」


「…っ!?で、ですけど…」


「領主の長子としてこの地に残りたいと思うのは当然のことだと思います。ですが命を落としてしまったら意味がありません。先ずは安全な場所に避難して体制を立て直すのはいかがでしょう?」


エリックの言葉にルイスは黙ったまま考え込む。

そんなルイスにエリックは言葉を続ける。


「それにこの地を収めるクラフト家の人間が全員避難する訳ではありません。メアリー様やレイラ様が最前線で海賊と戦ってくれています。メアリー様たちが民を見捨てて逃げることなど致しません。なのでこの場はメアリー様たちにお任せしてはいかがでしょうか?」


「領主の子として本当にそれで良いのでしょうか?」


ルイスはエリックの提案に迷いながらも疑問を投げ掛ける。


「それで良いのです!今のルイス様の使命は生き延びること。ルイス様がここで命を落としてしまったら、この先誰がこの地を守るのですか?…ルイス様しか居ないのです!」


「わかりました…」


ようやくルイスはエリックの提案を受け入れる。

そしてルイスは母ソフィアの元へと駆け寄り避難準備の手伝いを始めた。

そんなルイスの後ろ姿をエリックは険しい顔付きで見つめていた。


(あなた様には“こんな所で”命を落とされる訳にはいきません。)


(生き延びてもらわなければ困るんです。この領土、いや…この国のために!)


エリックは不敵な笑みを浮かべるとルイスの側に向かい避難準備の手伝いを始めた。








「頼む!来ないでくれ!」


暗闇の中を全速力で何者からか逃げる青年。

その青年の体力も限界を迎えているようだ。

青年の体がよろけたと思うとその場で転んでしまう。

青年は顔を上げる。

その青年の容姿は濃い緑色の短髪とエメナルド色の瞳が特徴的。

鼻の周りにはそばかすがある。

そう、全速力で何者からか逃げていたのはユータであった。

では一体何から逃げているのか?


「ヒッヒッヒッ!終わりだな!」


ユータを追っていたのは、マロウータン海賊団戦闘員3人の男たち。

3人の戦闘員は持っていたサーベルを一斉に振り上げる。


「た、頼む!助けてくれ!」


命乞いをするユータ。

しかし、戦闘員たちはそれを聞き入れる様子はない。

もうダメだと思ったその時、一人の老婆の声が聞こえてきた。


「やめなされ!」


その老婆の声はユータの聞き覚えのある声であった。


「ば、ばあちゃん!」


姿を現した老婆はなんと、ユータの祖母であった。


「ばあちゃん!俺のこと助けに来てくれたのか!?」


祖母はゆっくりと戦闘員の側まで近付くと、強烈な張り手を3人の戦闘員にお見舞いする。

張り手を食らった戦闘員は何故か炎上して断末魔をあげながら蒸発していった。


「助かったよ、ばあちゃん!」


ユータは地面に座ったままの状態で祖母にお礼の言葉を述べる。

しかし、祖母から返ってきた言葉は恐ろしいものであった。


「ユータ…あんたを殺すのはこのワシじゃ!」


「ば、ばあちゃん!?」


あまりの衝撃にユータの顔はひきつる。


「あの時のこと…ワシが許したと思ってるのかね!?」


「違うんだ!あれは、悪気があった訳じゃ…!」


「ユータ。ワシはあんたが…憎い、憎い。憎い!」


「ごめんよ!ばあちゃん!許してくれっ!」


「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い…」


「ごめんなさい、ごめんなさい…」


必死で謝るユータであったが、祖母は許す気配がない。

そして…


「くたばれっ!」


「うわあぁぁぁっ!!」


祖母はどこからか取り出した包丁でユータの左胸を突き刺した。










「ユータ…」


どこからかともなく自分の名を呼ぶ女性の声がする。


「ユータさん…」


その声は祖母の声ではなく若い女性の声であった。


「ユータさん!しっかりして!」


その声はどこかで聞き覚えのある声であった。

暗かった視界も次第に明るくなっていき、ユータはゆっくりと目を開く。

目を開いた直後は視界がぼやけて目の前に何があるのかわからなかった。

そして視界が鮮明になると、目の前に居たのは心配そうな表情で自分の顔を覗き込むクレアであった。


「クレア…さん?」


「良かった!気が付いたみたいね!」


「こ、ここは?」


ユータは目覚めると木製の床の上で仰向けに横たわっていた。

周りを見渡すとユータは鉄格子のある三畳程の部屋に閉じ込められていた。

部屋の中にはユータの他にクレア、ウオタミそして謎のゴリラ顔の少年がいた。

ウオタミ酷く怯えた様子で身体を丸めていた。

そして謎の少年はどこに隠し持っていたの知らないがバナナを頬張っている最中であった。

ユータはこの状況をすぐに理解した。

マロウータン海賊団に捕まったのだと。

そしてユータはあることに気付く。

それはヨネフト港でのこと。

ユータは海賊の男の不意打ちにあい胸部をナイフで刺されてしまったのだ。

しかし、今ユータの胸部には痛みなどなかった。

ユータは自分の胸部を触ったが出血してる様子もなかった。

その事を不思議に思い刺された時の事をクレアに尋ねた。


「クレアさん、俺…刺されたんじゃ?」


「これが守ってくれたんですよ!」


クレアはそう言うと穴のあいたお守りを見せた。

ユータは上半身を起こしてそのお守りを手に取る。

一般的に寺や神社で手に入れることのできる四角い名刺ほどのサイズのお守りだ。

ただ、自分の血で赤く染まっていて元の色が何色かはわからない。

しかし、お守りなんかいつ持ち歩くようになっていたのか?

ユータは自分の記憶を辿るが、部屋の片隅で怯えて丸くなっているウオタミの姿を見て思い出す。


「あっ!こ、これは確か…!?」


そのお守りとは一ヶ月前にウオタミから預かった代物だった。

このお守りは災難から身を守ってくれると言うことで臆病者のウオタミの必需品であった。

そんな大切なお守りであったが、マッチャン一家の件で災難が続いていたヨネシゲに渡してほしいとユータに託したのだ。

しかし、ユータはそのお守りのことをすっかり忘れていた。

ウオタミの大切なお守りをヨネシゲに渡せていないのは凄く申し訳ないし、その託した本人が目の前に居るのだから少々気まずい。

とはいえ、お守りを持っていた故に助かったのだ。

まさか、こんな形でお守りに助けられるとは思ってもみなかった。

でもこんな薄っぺらいお守りであのサバイバルナイフを防げるのか。

そもそも、出血もしていたし自分の胸に穴もあいていた。

あの時の手の感覚が覚えている。

不思議そうしているユータにウオタミが説明し始める。


「そのお守りには…災難から身を守ってくれるために寺の住職が特殊能力を施してるんだ…」


ユータは驚いた。

なんとお守りには特殊能力が施されていると言うのだ。

特殊能力というと直接人体から能力を発生させるものだと思っていたが、こうして間接的に物にも特殊能力を施しておけば条件を満たしたときに発動するらしい。

そして今回お守りが発動した能力により、ユータへのダメージが軽減されたとのこと。

中には強力な特殊能力が施されているお守りもあり、攻撃その物を無効化することもできるとか。

その分、値が張るが…


「でも…」


ユータには一つ疑問があった。

お守りの能力でダメージが軽減できたのはわかったが、実際ユータ自身は負傷した。

しかし、今は出血もなければ痛みもない。

恐らく傷口も塞がっているのだろう。

その事をユータはクレアに尋ねる。

すると意外な答えが返ってきた。


「一応、私の治癒術でも止血することができたわ。痛みも消えているなら良かったです!」


ユータの刺し傷はクレアの治癒術でほぼ完治していた。

話によると父親から特殊能力を教わっていたが、どれも上手くいかず。

唯一、まともに使えたのが治癒術だったのだ。

しかし、治癒術を使うのは慣れていないらしく、体力をかなり消費したようでクレアの表情から疲れを感じ取れた。

ユータはクレアとウオタミにお礼を言う。

二人とも礼には及ばずと言った感じであった。

狭い牢獄の中、和やか雰囲気になっていたが、一人だけ冷ややかな目でその様子を眺めている人物がいた。


「おめでたい奴等だ。もうじき殺されると言うのに…」


ゴリラ顔の謎の少年であった。

殺されると言う少年の放った言葉にウオタミは再び脅え始める。


「ちょっとアナタ、空気読みなさいよ!」


「悪いな、字なら読めるが空気は読めねえんだ!」


クレアと謎の少年はムッとした表情で睨み合っている。

しかしこの少年、一体何者なのだ?

小学高学年位の少年が人のポケットから財布を掠めるだけではなく、盗賊相手に盗みまで働いていた。

只者ではない…!


「お前、一体何者なんだ?名前くらいあるだろ?」


「人に名前を聞くときは、先ず自分から名乗らないとね!」


「ア、アナタねぇ!偉そうに!」


ユータが少年の名前を尋ねると先に名乗るよう要求された。

クレアは少年の言葉にお怒りの様子。

だが、悔しいがこの少年が言っていることは正論だ。

ユータは少年の要求通り大人しく自分の名を名乗る。


「俺はユータ・グリーンだ」


「私はクレア・ケリーよ!」


ユータに続けて不機嫌そうにクレアが自分の名を名乗る。

ちなみに、ユータはこの時初めてクレアのファミリーネームが“ケリー”だと知った。


少年は待ってました!と言った感じでニヤけると、遂にその名を明かすのであった。


「俺の名はゴリキッド・マウンテン!23歳!ゴリキって読んでくれ!」


ユータとクレアは自分の耳を疑った。

この少年…もとい、この青年の名は“ゴリキッド・マウンテン”23歳だ!

ユータはてっきり小学高学年くらいの少年と思っていたが、自分と同い年であった。

クレアに関しては自分よりゴリキッドの方が年上であることに衝撃を受けていた。


「あの親父は何て言うんだ?」


ゴリキッドはウオタミを指差しながらユータとクレアに彼の名を尋ねる。


「先ずは自分から名乗らないとダメなんじゃない?」


クレアは冷たい目付きと声でゴリキッドにそう言う。

ゴリキッドは悔しそうな表情でクレアを睨み付けている。


(この二人の相性は最悪みたいだな…)


ユータは苦笑いしながら二人のやり取りを見ていた。


「ちぇっ!知ってるよ!ウオタミさんって言うんだろ!?」


そう言うとゴリキッドはバナナの束を持ってウオタミに近寄る。


「ウオタミさん、これでも食べて元気出しなよ!」


ゴリキッドは持っていたバナナの束から一番熟してそうな物を選びウオタミに差し出す。


「あ、ありがとう…。で、でも、食欲がないんだ…」


ゴリキッドにバナナを差し出されるもウオタミは食欲がないと言って受け取りを断った。

当然である。

恐らくこの後殺されるかもしれないという時に、普通の人なら呑気にバナナなど食べていられない。


「いらないの?じゃあ、俺が頂いちゃいます!」


そう言うとゴリキッドはウオタミに差し出したバナナの皮を剥き始める。

一体どこで手に入れたバナナなのか?

クレアは気になりゴリキッドに尋ねる。


「アナタ、そのバナナどこで手に入れたの?」


「これか?港の倉庫から頂いちゃいました!」


「それっ!泥棒っていうのよ!」


「いいだろ?少しぐらい…」


どうやらゴリキッドが持っていたバナナの束はヨネフト港の倉庫から盗み出したものらしい。

ゴリキッドはそのバナナを悪びれた様子もなく頬張り始める。


「ウッマッ!!」


「凄くムカつくんだけど…」


「まあまあ…」


バナナを頬張るゴリキッドの顔を見てクレアは拳を握りながら怒りを滲ませていた。

そんなクレアをユータが宥める。


(クレアさんってこんに怒る人だったのか…)


ヨネフト村で上位を争う定食屋の看板娘であるクレア。

そんな彼女の意外な一面を見てしまったユータであった。



その時!


「ウッホッハッハッハッ!」


不気味な笑い声が遠くの方から聞こえてきた。

その笑い声を聞いた瞬間、辺りが凍り付く。

ユータの表情は険しいものへと変わり、額からは冷や汗が流れ落ちる。

先程まで怒りの表情を見せていたクレアは一変して怯えた表情となっていた。

ゴリキッドは食べていたバナナを一気に口の中へ押し込むと、笑い声が聞こえる方向を強張った表情で見つめていた。

ウオタミに関しては失神寸前。

大量の汗をかきながら顔を真っ青にして呼吸を乱していた。

外でユータ達を監視していた海賊の男たちも背筋をピンと伸ばし緊張した様子で笑い声のする方向を見つめていた。


カツッ…カツッ…カツッ…


不気味な笑い声と共に足音も段々とこちらに近付いてくる。



そして…



笑い声の主がユータたちの前に姿を現した。



「港で調子に乗っていた坊主は誰だ…?」









挿絵(By みてみん)


ゴリキッドが言葉を漏らす。



「海の悪魔…マロウータン…!」


「ウッホッハッハッハッ!…ご名答っ!」




海の悪魔、対面。



つづく…

豊田楽太郎です。

ヨネシゲの記憶楽しみにしてくださってる皆様、本当にありがとうございます。

相変わらず投稿が遅くて申し訳ありません。

次回の投稿も恐らく遅いと思いますが、必ず投稿します。

今後とも宜しくお願いします。

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