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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
3章 海からの悪夢
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第29話 散歩

現実世界に帰るための作戦会議は、ヨネシゲの気まぐれで早々に中断。

よって帰るための方法やヒントを得ることはなかった。


どうしてヨネシゲはあそこまで我が儘で気分屋なのか?

作戦会議をすると自ら約束したヨネシゲを信用していたと言うのに…

少しは自分の発言に責任を持ってもらいたい。

ユータは怒りと残念な気持ちで一杯になった。


こうなったら一人で帰る方法を探すまでだ。

ヨネシゲを相手にしていては埒が明かない。

ユータは一人行動するために屋敷を飛び出したが…


「帰る方法を探すと言っても、何をしたらいいのか?」


何のあてもなく屋敷飛び出したため、何から行った方がよいものなのか、ユータは考えを巡らしていた。

ヨネシゲとの作戦会議では、この世界に来る前までの事を思い出していた。

話の流れで行くと次のステップは、この世界に来てからの事を思い出すのが良いだろう。

そうなると、ユータがこの世界で初めて降り立った地は、ヨネシゲの作り話にも出てきたあの冬山だ。

そこでヨネシゲと一緒に倒れているところを、この世界の住民に助けられたのだ。

その冬山に行けば何かヒントが得られるかもしれない。

ユータはそう考えたのだ。

しかし、周りの人間も含めて自分とヨネシゲが倒れていたあの山を“冬山”としか呼んでいないため、正式名称や具体的な位置をユータは把握していなかった。

まずは冬山の正体を知る必要がある。

ユータの次なる行動は決まった。

これから屋敷に戻って冬山のことを誰かに尋ねるのがいいか?

しかし、ユータは屋敷に戻る選択肢を躊躇った。

今屋敷に戻るのは気が引ける。

それは、先ほど口喧嘩したヨネシゲに遭遇する可能性は非常に高いからだ。

当分ヨネシゲの顔は見たくないので屋敷に戻るのは止めることにした。


「マックスさんに聞いてみるか…」


ユータは散歩がてら特訓の師匠であるマックスの元へ向かうことにした。

マックスはヨネシゲとは比べ物にならないほど頼りになる。

特訓となると非常に厳しい人間だが、普段は面倒見が良く人情味がある男だ。

色々と相談にも乗ってくれる。

そんなマックスの側に居るとユータは不思議と安心する。

この世界に初めて来たときは、いつ現実世界に帰れるのかソワソワしたり、不安な気持ちで押し潰されそうになっていた。

だがマックスの特訓が始まって彼と行動を共にするようになってからは気持ちに余裕ができた。

ただ単に特訓に集中していたり、この世界に馴れてきただけなのかもしれない。

だがユータは一ヶ月もの間この世界で耐えられたのは、マックスの存在が大きかったと考えていた。

マックスはこの世界でユータが最も信頼を置く人物なのかもしれない。

ユータは信頼なる師と会うべく、ヨネフト村を目指し歩き始めたのだ。






ここはヨネフト村の港から比較的近い海上。

普段この辺りはヨネフト村漁師の船が往来するくらいである。

そんな閑散とした静かな海にとある船団が近付いていた。


「船長、まもなく到着です。」


乗組員の男は船長と思われる男に目的地に到着する旨を報告していた。

船長と呼ばれる男は部屋の一番奥にある赤いソファーに腰かけながらバナナを頬張っていた。

そのソファーの正面には長いテーブルが置かれており、そのテーブルを囲むように数人の男女が椅子に腰かけていた。

船長の男が野太く低い声で話始めると一同頭をその男に向ける。


「グレート王国に立ち寄るのはリスクが高すぎる。“大戦艦”も居るしな。だが緊急事態だ、やむを得ない。幸いなことに大陸の南側は警備が手薄い。狙い目はここだ…」


船長の男はそう言うと立ち上がり、卓上に広げられたグレート王国の地図の一点を指差す。

するとテーブルを囲んでいたうちの一人、年齢40代半ば位の女が口を開く。


「ヨネフトか…」


船長の男が地図上で指差した場所とはヨネフト村の港であった。


「ヨネフト村の皆さん、残りの余生…今のうちに楽しんでおくんだな。ウホッハッハッハッ!」


船長の不気味な笑い声は船全体にこだましていた。






その頃ユータはヨネフト村の商店街通りを歩いていた。

ヨネシゲが領主を務めるヨネフト地区はグレート王国内でもかなり規模が小さい領土らしい。

そのヨネフト地区の中で一番栄えているのが、このヨネフト村だ。

商店街は多くの人々が行き交い賑わいを見せている。

とても規模が小さい村とは思えないほどの活気だ。

マックスの家に向かうときは大体この商店街通りを通る。

通常ユータがこの道を歩く時は、まだ日が昇らない早朝だ。

マックス主催の特訓は朝が早いため、まだ商店街が眠っているうちにユータはこの道を駆け抜ける。

思い返してみれば、商店街を日中歩くのはマックスの特訓が始まったあの日以来だ。

いつもと違う光景はユータの目には新鮮に映る。

途中、顔馴染みの村人とすれ違ったりして挨拶を交わしたりした。

この1ヶ月でユータは多くの村人に顔を覚えてもらえた。

と言うのも、特訓中にマックスの元へ訪れる村人はかなりいた。

マックスの仕事は村の警備の他に村のちょっとした雑務も担っている。

例えば、橋が老朽化しているので修理してほしいとか、店を留守にするので店番を頼まれたり、老夫婦の家の電球を交換してあげたりと多岐にわたる。

そんなマックスは村の人気者。

ヨネシゲより余っ程ヒーローしていると思う。

そんな彼の元を訪れる村人たちはユータが特訓している光景を目にしている。

その際に村人たちはユータの顔と名を覚えていく。

帰り道はよく村人から応援の言葉や差し入れを貰っていた。

噂によると一定数ユータのファンが居るのだとか…

話は逸れたがユータもヨネフト村の人気者になりつつあるのだ。

皆から好かれるのは嬉しいことだが、やはり一刻も早く現実世界に帰りたいところだ。

商店街を通り抜け村を北進していくと徐々に民家の数も少なくなっていく。

この辺りは田園地帯となっている。

今はまだ雪に覆われ銀世界状態となっているが、所々雪が溶け始め地面が顔を覗かせていた。

一ヶ月間同じ道を毎日のように歩いていたが、こうしてゆっくりと歩いてみると普段気付かなかった細かな変化などに目がいく。

散歩がてらにマックスの家に向かっていたが良い気分転換になる。


先程はヨネシゲの身勝手な態度に怒り心頭であったユータ。

だが、その怒りも少しは落ち着いたみたいだ。

少し冷静になったところで、作戦会議でのヨネシゲとのやり取りを思い出す。


“息子や姉さんの話も作り話なんだ”


あの作戦会議でヨネシゲが発言した一番印象的な言葉であった。

いつも幸せそうに話していた家族の話が作り話だったとは。

ユータは信じられずにいた。

確かに幸せそうに話す彼の話には現実離れした内容も多々あった。

それはただ単に話を盛っているだけであって、基本的には家族と幸せな生活を送っているのだとユータは思っていた。

まさかそれまで作り話だと言うのか?

真相はヨネシゲに聞いてみないとわからない。

ユータはヨネシゲの事を考えていたが、ある言葉を思い出しハッとする。


“うるさいっ!出て行ってくれっ!”


ヨネシゲがユータに言い放った言葉だ。


(くっ、ヨネさんなんか…!)


ヨネシゲの言葉を思い出したユータは再び怒りが込み上げてきた。


(ヨネさんの事を考えるのはもう止めよう…)


せっかくの気持ちよい散歩も、ヨネシゲの顔を思い出したら気分が悪くなり台無しだ。

これ以上ヨネシゲの事を考えるのは止めようとするユータであった。

そうこうしているうちにマックスの家に到着していた。


ユータは家の扉をノックしてマックスに呼び掛ける。

すると家の中からマックスの声が聞こえ、中へ入るよう促される。

ユータが家の中に入るとマックスはリビングでお決まりの出前ラーメンを食べていた。


「イズミ屋のオヤジ、また焼豚を薄くしやがったな…」


マックスは最近焼豚を薄くする中華料理屋店主の不満を漏らすと視線をユータに向ける。


「どうした?今日は休みにしたはずだぞ?」


本来であれば今頃マックスに特訓の指導をされている最中だろう。

しかし、今日はヨネシゲの申し出により特訓は休みとなった。

もっとも、マッチャンアジトから朝帰りをしていたため特訓の定時参加は厳しかった。

ユータは特訓を急遽休んだことを謝った。


「マックスさん、すみませんでした。突然休むなんて言ってしまって…」


するとマックスが静かに口を開く。


「そんな事はどうでもよい。それよりも何故相談無しにマッチャンのアジトに行った?」


バレていたのか!?

ユータの顔が強張る。

マッチャンアジトに行くことは極秘で行われた。

チャールズからは一人で来るように言われていたヨネシゲたが、結果としてユータも同行することになったのだが。

ヨネシゲがマッチャンアジトへ向かう際に一番懸念されていたのは、アジトに向かうことを周りの人間に阻止されることだ。

特にマックスやクラフト三姉妹に知られ阻止されればヨネシゲに勝ち目はない。

メアリーに関しては事前にヨネシゲがマッチャンアジトに向かうことを把握していたが、今回は弟の成長を見守るという名目で見逃していた。

しかし、マックスまで知っていたとはユータは驚いたと同時に、やはり彼の目は欺けないと実感した。

流石、元保安局の敏腕捜査官だ。


「知っていたんですね…」


ユータは観念した様子でマックスに尋ねる。

だがそのマックスの答えは意外なものだった。


「俺もさっき知った。まあ、お前を責めても仕方ないがな…」


ん?さっき?

自分達の行動を事前に把握していた訳ではなかったのか?

更にマックスは驚きの内容をユータに話す。


「実は昼前にマッチャンがここにやって来てな…」


「え?マッチャンがですか!?」


何故マッチャンがマックスの家に来たのか?

マックスは話を続ける。


マックスの家に突然やって来たマッチャン一同。

マッチャンはマックスと対面するなり頭を下げたそうだ。

自分達の存在で村の人々に恐怖心を与えてしまった。

これ以上この村周辺で活動するのは村人たちに迷惑をかけてしまうので、次の拠点へ移動することにしたそうだ。

マックスは尋ねた。

何故突然そんな事を思い、ここへ伝えに来たのか?

その問いにマッチャンは答える。

自分たちは今日の未明にヨネシゲとユータとの戦いに敗れた。

ヨネシゲは大切なものを守るため、特訓して強くなり、村人の脅威となっている自分たちと戦った。

そして自分たちはそんなヒーローに倒された悪党だと語る。

敗者は潔く去ると言うのだ。

最後にマッチャンはヨネシゲは村人のために戦った立派な男と称えたそうだ。


「マッチャンがそんな事を…」


マッチャンは盗賊である。

盗賊と言えば人々から金品を奪い野蛮な行動をとる輩だ。

しかし、あのマッチャンと言う男は悪い男ではない。

ヨネシゲに敗れた後は盗賊になった経緯を話してくれた。

マッチャンは好きで盗賊になった訳ではないのだ。

それ故、マッチャンは善人を襲ったりすることはない。

悪名高い貴族や資産家などの悪党を相手にしか盗みを働かないのだ。

今回の戦いでは、自らを敗れた悪党と称し、勝利したヨネシゲをヒーローと称えた。

そしてこの地を去っていく。

マッチャン、なんと潔い男なのだろうか…

敵ながらあっぱれである。

いや…そもそも敵だったのか?


「マッチャンも気持ちの良い男だな」


マックスもマッチャンの行動には惚れ惚れした様子だ。


「それにしても、マッチャンはどこに向かったのでしょうか?」


ユータはマックスにマッチャンの行き先を尋ねる。

しかし、マックスも詳しい行き先を聞いていないらしい。

マッチャンは西の方へ向かうとだけ言ってマックスの家を後にしたそうだ。


「ところでユータ。何しにここへ来た?」


ユータはマックスの問にハッとする。

そうだった!現実世界に帰るための手がかりを探しに来たのだ。

そのために、あの冬山の存在を知る必要がある。

ユータは改まった様子でマックスに質問を始める。


「マックスさん。実は教えて欲しいことがありまして…」


「教えて欲しいこと?」


ユータはマックスの反応を見て言葉を続けようとする。

その時であった。

玄関の方からユータの聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。


「マックス、邪魔するぞ!」


「あの声は…あいつか?」


マックスは声の主が誰だか知っているようだ。

声の主はマックスの返事を待たぬまま、家の中に入ってきているようだ。

やがてユータとマックスの前に姿を現したのはスーツ姿の40代後半かと思われる一人の男であった。


「久しぶりだな、マックス。元気にしてたか?」



この男、一体何者?



つづく…

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