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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
3章 海からの悪夢
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第28話 告白

事の成り行きによりマッチャンとのリベンジ戦に挑んだヨネシゲ。

アサガオ亭ではマッチャンに完敗だった彼も、先程行われたリベンジ戦はほぼ互角の戦い。

最終的には先に倒れたマッチャンが負けを認めたため、ヨネシゲの勝利と言う形で幕を閉じた。

とはいえ直後にヨネシゲも脱力してその場に座り込んでしまった。

ヨネシゲ曰く、今回の戦いは引き分けのようだ。


早朝にマッチャンのアジトから帰還したユータとヨネシゲは仮眠をとった。

本来であれば屋敷に帰って来た時間にマックスの特訓が始まるわけだが、今回はヨネシゲの姉メアリーの計らいもあり、本日の特訓は休みとなったのだ。


ヨネシゲとユータは屋敷内にある小部屋に来ていた。

広さは三畳ほどで物置として使用していている。

普段はあまり人の出入りがなく、埃が目立っていた。

そんな部屋の扉に鍵をかけ二人は小声で話していた。

それは他の者に聞かれると厄介な話だからだ。

その話とは現実の世界に帰るための話である。

ヨネシゲはマッチャンとの一件が片付いたら、現実世界に帰る方法を探そうとユータと約束した。


この世界はヨネシゲの作り出した世界、つまり彼の空想の中なのだ。

ある日突然この世界に迷い込んでしまった二人であるが、その事についてこの世界の住民は何一つ知らない。

とはいえ、こちらから話す訳にもいかない。

この世界は自分が作り出したなんて言ったら…

間違いなく変人扱いされることだろう。

周りの人間からの不信感を抱かれたり、信用も無くす可能性もある。

ひょっとしたら、一部の信用した人間から恨みを買う可能性も捨てきれない。

ヨネシゲの理想によって作り出された世界であるが、そこに住む人全員が幸せという訳ではないのだから…

事はあまり荒立てない方が良い。

まあ、話したところで信じてくれないだろう。


という訳で現実世界に帰るための作戦会議が初めて行われているのだ。

二人が最初に考えたのは、なぜこの世界に迷い込んでしまったかだ。

そこには必ず原因があるはず。

その原因を突き止めれば帰るためのヒントが手に入るかもしれない。

二人はそう考えたのだ。

まずこの世界に迷い込む直前のことを思い出す。

細かい記憶までは曖昧かもしれないが、一つ確実に言えることは二人が勤務する工場の社員食堂に居たことだ。


「俺たち食堂で昼飯食べてましたよね?」


「ああ、確かユータは唐揚げ食ってたな…」


二人は社員食堂で食事をしていたが、その事がこの世界に迷い込んだ原因か?

いや、他にもあるはず。

ユータが記憶を辿っているとあることを思い出す。

ヨネシゲと言えばお喋り人間。

あの時、ユータはヨネシゲに捕まり信憑性の低い武勇伝や思い出話を延々と聞かされていたのだ。

ユータは更にヨネシゲが話していた話題を思い出していると重大な事に気付いた。

それはヨネシゲが冬山で犬に温められ九死に一生を得る話。

あの日食堂で聞かされていたヨネシゲの十八番ネタの一つだが、その話を聞かされている最中にユータは睡魔に襲われ眠ってしまう。

ユータが目を覚ますとそこは銀世界。

そこで目にした状況がヨネシゲの話の内容と瓜二つだったのだ。

ユータはヨネシゲの冬山犬話について尋ねる。


「ヨネさんがよく話す冬山の話って、やっぱりこの空想の世界での出来事なんですか?」


正直ユータはあの話を現実世界のものとは思っていなかった。

あまりに出来すぎた話であるからだ。

しかし、あの話がこの空想の世界で起きた出来事と言うのであれば納得できる。

ヨネシゲが考案した理想の世界であれば、彼が思うような筋書きで出来事が起こるのは当たり前だ。

一言で言うと、ヨネシゲの武勇伝や思い出話は妄想だ。

しかし、その事をヨネシゲは認めないだろう。

と言うよりは恥ずかしくて言えないと思う。

今まで自分が話していたのは全て妄想でした…

なんて自分はとても言えない。

ユータの問にヨネシゲがどう答えるか?

するとユータの予想外の答えが返ってきた。


「おう!作り話だ!」


ヨネシゲはあの冬山犬話が作り話であることをあっさりと認めた。

厳密に言うと空想の世界での出来事だ。

ユータの想像した通りだった。

そうなると今まで自分はヨネシゲの作り話を聞かされるために貴重な昼休みの時間を奪われていたと言うのか?

冗談ではない。

時間は有限であり、ヨネシゲの作り話など聞いている暇はない。

そう考えるとユータはやるせない怒りが込み上げてきた。

確かに当初から作り話だと思って信じてはいなかったが、ヨネシゲにはせめて実話だと言い張ってほしかったと思うユータであった。

でなければ、ヨネシゲに配慮して実話だと信じてあげていた自分に腹が立つ。

とはいえ怒っている暇などない。

今はヨネシゲと現実世界へ帰る方法を探さないといけない。

時間は有限なのだから。


しかし、現実世界で最後に聞いた話の内容が空想世界での出来事と判明しただけで収穫は大きい。

恐らくユータ達がこの世界に迷い込んだ原因の一つであろう。

もしそれが原因だとすれば…

ユータはあることを思いつく。


「ヨネさん!現実世界での出来事を何か話してください!」


「現実世界の話か?」


ヨネシゲが空想世界の話をした直後に二人はこの世界に迷い込んだ。

だとすればその逆の事をすればよい。

ヨネシゲが現実世界の話をすれば元の世界に戻れるかもしれない。

単純な発想だが、もしそれが本当の原因だとすればあらかた間違っていない。

早速ユータはヨネシゲに現実世界の話をするよう詰め寄る。

いきなりの要求にヨネシゲは少々困った表情を見せるが、少々間を置いた後に咳払いをするとヨネシゲは口を開こうとする。

ユータは息を飲みながらヨネシゲが話すのを今や今やと待っていた。

この人生でヨネシゲの話を真剣に聞こうとしているのは正直初めてだ。

それもそのはず…

ヨネシゲが今から話すことによって、もしかしたら現実世界に戻れるかもしれない。

ユータはヨネシゲの話に僅かな望みをかけたのであった。

そしてついにヨネシゲが現実世界での体験談を話始める。


「工場長の事なんだが…」


ヨネシゲはどうやら自分達が勤務先の工場長の話をするそうだ。


「実は工場長…俺と同じ駅なんだ」


どうやら工場長の地元の最寄り駅はヨネシゲと同じらしい。

それは良いのだが…

ヨネシゲはそれから先喋ろうとしない。

ユータは勘づいた。

まさか…?


「ヨネさん…話はこれで終わりですか?」


「ああ…」


ユータは唖然とした。

ヨネシゲが語った内容は工場長の最寄り駅が自分と同じと言うだけだ。

いつもの長話はどうした?

これでは流石に短すぎる。

ヨネシゲが現実世界の話をしたからと言って帰れる保証はない。

しかし、あの時話したようなスケールの大きい話をしてくれないと確証が得られない。

いや、ヨネさんなら他にもネタがあるはずだ。

突然話してくれと頼んでしまったので、何を話そうか考えてしまったのかもしれない。

ユータはそう思いながら次なる話題を話すようヨネシゲに要求した。

するとヨネシゲが固い表情で話始める。


「俺はこう見えて…洋食派なんだ」


ヨネシゲはそう言い終えると口を一文字に結ぶ。

ユータはまさかと思いヨネシゲに尋ねる。


「まさか、これで終わりですか?」


「そうだ…」


あのお喋り大好きなヨネシゲがたった一言で話を終わらしている。

そんなに話題がないのか?

ユータは不思議に思う。

いつもなら武勇伝や昔の思い出、家族の話を幸せそうに語っているヨネシゲ。

それなら一層のことその話題について語ってもらおう。

いきなり現実世界の事を話してくれと要求するよりは、楽しい思い出や家族の事を聞きたいと言った方が彼も話しやすいだろう。

ヨネシゲには自慢の息子や姉も居ることだし、ここは…


「ヨネさん、息子さんやお姉さんの話を聞かせてください!」


これならヨネシゲも能弁に語ってくれること間違いなし。

そう考えたユータであったが、ヨネシゲの顔は先程よりも更に険しくなっていた。

黙ったままのヨネシゲにユータは早く話すよう催促するが、ヨネシゲは思いがけないことを告白する。


「実は、息子や姉さんの話も作り話なんだ…」


「え?」


ユータは驚く。

ヨネシゲがいつも幸せそうに話している家族の話が作り話だったと言うのか?

確かにスケールが大きすぎて信じがたい話もあるが、少なくとも家族とは本当に幸せな日々を送っているのだと感じていた。

流石に全部が作り話と言うわけではないはずだ。

ユータはヨネシゲに家族の話題を聞き出そうと質問を投げ掛けるもヨネシゲは黙ったままであった。

するとヨネシゲはユータに背を向け始めた。


「すまないが、今日はもう終わりにしよう。気が進まないんだ…」


ヨネシゲはせっかく始めた初となる現実世界帰還のための作戦会議を早々に終わらそうとしていた。


「ちょっとヨネさん、真面目にやってくださいよ!マッチャンの一件が片付いたら返る方法に専念するって言いましたよね!?」


ヨネシゲは一区切りついた時点で帰る方法を探すとユータに約束したのだ。

この世界に染まっていたように見えたヨネシゲであったが、現実世界に帰ることを忘れていなかったし、ユータの一刻も帰りたいという気持ちも理解していた。

ユータはヨネシゲの言葉を信用した。

そのため現実世界に帰るため、やっと一歩前進できると胸を踊らせていたのだ。

しかし、ヨネシゲの態度に出鼻をくじかれた気分だ。

本日の会議はこれまでと言い張るヨネシゲにユータは苛立ちを露にする。

それと同時にユータの口調も次第に強くなっていく。


「ヨネさんはいつもそうです!自分勝手すぎだ!」


「ドンマイ!」


ドンマイではない!

こちらの身にもなってほしいものだ。

ヨネシゲは普段から自分の気分で物事を左右させることが多い。

また頑固であるため周りの意見は基本的に聞かないのだ。

そんな彼に周りの人々は振り回されていた。


「大体ヨネさんは…!」


ユータはヨネシゲに抗議を続ける。

するとヨネシゲが突然大声で怒鳴る。


「うるさいっ!出て行ってくれっ!」


その瞬間、部屋が静まり返った。

二人はしばらく無言のままであったがユータが静かに口を開く。


「ヨネさんの事、信用してたのに…」


「……………」


「わかりました。帰る方法は一人で探します…」


ユータはそう言うと一人部屋の外へ出る。


(ヨネさんなんか…もうどうでもよい!こうなったら一人で帰る方法を探して帰ってやる!)


ヨネシゲなど当てにしていては時間の無駄だ。

一刻も早く帰る方法を探して元の世界に帰ってやる。

ユータは自分勝手なヨネシゲに怒りを覚えながらも、現実世界に帰るための手がかりを探すため屋敷を後にした。


小部屋に残ったヨネシゲはユータが出た行った後も一人黙ったまま立ち尽くしていた。


(俺は、空っぽなんだよ…)



仲間割れの二人…

それぞれの思い…



つづく…

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