第27話 過去
「母さん!姉さん!行かないでくれよ!」
ある家の玄関で一人の少年が叫んでいた。
少年の年齢は小学生低学年くらいと思われる。
少年の視線の先には20代後半と思われる少年の母親。
黒髪の容姿端麗な女性であった。
そして少年とあまり年齢の差はないかと思われる、可愛らしい3人の少女たちがいた。
少年はその4人の女性たちに叫び続ける。
「どうして!?どうしてなんだよ!なんで俺だけこんな所に?」
少年は悲痛な声を上げながら母親に訴えかける。
少年に背を向けずっと無言だった母親がついに口を開いた。
「ダメなの、ヨネシゲ。もう決まった事なのよ…」
少年の正体はヨネシゲであった。
母親は少年ヨネシゲの方を振り返り言い聞かす。
しかし、ヨネシゲは母親の言葉を聞き入れない。
「俺も母さんや、姉さんたちと一緒に行くんだ!俺も連れていってくれ!」
ヨネシゲの訴えに母親は諭すように説明した。
ヨネシゲの父親と母親は離婚することなった。
原因は父親の不倫に失業、ギャンブル…そして家庭内暴力であった。
離婚するにあたって、話し合われたのが子供の親権だ。
話し合いの結果としてヨネシゲの姉である三姉妹については母親が連れていくことに。
ヨネシゲは父親が面倒見ることとなった。
母親としては子供全員を連れていきたかった。
だが、三姉妹だけでも養うのは大変。
そこにヨネシゲが加わると、彼女の経済力ではとても生活などできない。
そして何より夫がヨネシゲの親権を譲ろうとしなかった。
夫はヨネシゲのことを気に入っており、妻や三姉妹に振るっていた暴力も彼には振るわなかった。
尚且つ失業していた夫であったが、今では新しい仕事に定職している。
ヨネシゲ母は苦渋の決断ではあったが、ヨネシゲの面倒を夫が見れると判断したのだ。
「ヨネシゲ、あなたは強い子だから逞しく生きていけるわ…」
ヨネシゲには強く生きてほしい…
その言葉は母親の願いであった。
しかし、小学生であるヨネシゲは理解に苦しむ。
何故姉たちだけが優しい母親たちと家を出て行き、自分は気性の荒い暴力父親と残らなくてはならないのか?
全くゼロではないが、自分が父親に暴力を振るわれることは無かった。
何故なら父親の標的は、母親と三姉妹だったからだ。
それに母親や姉たちは盾となり自分のことを守ってくれた。
ヨネシゲが父からの暴力を受けていない理由の一つだ。
ヨネシゲはその事を知っていた。
決して自分は強い子ではない…
もし皆が家を出ていったら…
「俺は強くなんかない!母さんが居なくなったら、俺は誰を頼ればいいんだ…?」
「!!」
ヨネシゲその言葉が母親の胸に突き刺さる。
母親はこれ以上何も言えなかった。
「本当に、ごめんなさい…」
母親は涙を流しながらそう言うと玄関の扉を開け家の外へと飛び出して行った。
「待ってくれ!母さんっ!」
ヨネシゲがそう叫んだ時には玄関の扉は閉まっていた。
その場に残っていた三姉妹がヨネシゲの側まで近付くと、順番に別れの言葉を述べていく。
「シゲちゃん、さようなら。元気でね…」
「メアリー姉さん!」
最初に言葉を発したのは長女のメアリー。
メアリーはそう言い終えると母親の後を追うように玄関の扉を開けゆっくりと家を後にした。
「シゲちゃんとの思い出、一生忘れないわ…」
「レイラ姉さん!」
そう言うと次女のレイラが続けて家を出て行く。
「またいつか、一緒に暮らそうね…」
「行かないでくれ!リタ姉さんっ!」
三女のリタも続けて家を後にすると、玄関にはヨネシゲ一人が取り残されていた。
「どうして、どうしてなんだよ…何で俺だけこんな所に残らなくちゃいけないんだよ…」
ヨネシゲは母や姉を引き留めるために尽力した。
しかし、その努力もむなしく母親と三姉妹は家を出て行ってしまった。
ヨネシゲは呆然と立ち尽くしていた。
すると家の奥から男の低い声が聞こえてきた。
「まあそう言うな、ヨネシゲ」
「と、父さん…」
ヨネシゲの前に現れたのは父親であった。
伸びきった髪と無精髭。
鋭い目と分厚い唇をニコッとさせヨネシゲの側に近付いてきた。
「あんな女たちと一緒に行ってもつまらねぇだけさ。男同士楽しくやろうぜ!なあ、ヨネシゲ…」
「…………」
楽しくなんかない。
これは地獄の始まりであった…
少年ヨネシゲの家から怒号と騒音が聞こえてくる。
その家の中では、ヨネシゲが尻餅をついた状態で父親を睨み付けていた。
ヨネシゲの顔や体には傷や痣ができており、流れた鼻血を手で拭っていた。
そんなヨネシゲを鋭い目付きで見下し怒鳴り付けている父親が居た。
父親は酒に酔っていた。
「早く酒を買ってこい!」
父親はヨネシゲに酒を買ってくるよう命じている。
元々気性の荒い彼であるが、ヨネシゲに暴力を振るっているのは酒が入っているからではない。
今まで暴力の標的であったヨネシゲの母親と姉が家を出て行ったため、自然と暴力の標的がヨネシゲに変わっただけなのだ。
早く酒を買ってくるよう怒鳴り付ける父親にヨネシゲは反論する。
「だけど!もう金が無いんだよ!酒なんて買えない!」
一時期失業してい父親であったが、友人の紹介により工事現場で働いていた。
ところが先日会社の金に手をつけ解雇されてしまったのだ。
元々金癖の悪い父親であったため貯蓄などもちろん無く、最後に貰った給料はギャンブルや酒でもう底をついていた。
今日食べる物にも困っているのに、酒を買う余裕などあるわけがない。
しかし、そんな理由はこの父親には通用しない。
「ああ!?だったらよ…盗んで来やがれ!このバカ息子っ!!」
「!!」
父親の鋭い拳がヨネシゲを襲う…
ここは夕方の商店街。
少年ヨネシゲは人集りをかき分け前に進む。
その人集りの先でヨネシゲが見たものとは、警察官に連行される父親の姿であった。
ヨネシゲは今から少し前、商店街で父親が暴れていることを友人から聞き、ここに駆け付けた。
父親はツケ払いで酒や食べ物を購入しようとしたが、これを店主が拒否。
激昂した父親が店主を殴り倒し、近くにあった包丁で刺してしまったのだ。
幸いにも店主は一命を取り留めているらしいが、止めに入った通行人も父親に切りつけられ重傷を負っている。
辺りは一時騒然としたらしいが、駆け付けた警察官に捕まり、今はパトカーの中へと押し込まれようとしていた。
そんな父親にヨネシゲは怒鳴り付けた。
「親父っ!何てことをしたんだ!」
「チッ…」
父親は舌打ちをしながら黙ってヨネシゲを睨み付けていたが、警官により強制的にパトカーに押し込まれていった。
やがてパトカーはサイレンを鳴らしながら現場を離れていく。
ヨネシゲはそのパトカーが見えなくなっても、走っていた方向をずっと見つめていた。
「この…馬鹿親父…!」
朝の小学校の教室。
あの事件の翌日、少年ヨネシゲは登校するなりクラスメイトに取り囲まれていた。
「お~い!みんな知ってるか!?コイツの親父、人殺しなんだぜ!」
「嫌だ…怖いんだけど!」
「最低だなっ!」
クラスメイトたちは各々に思いのままの発言をする。
確か自分の父親は人を刺した。
しかし、殺してはいない。
ヨネシゲはそれについて反論する。
「殺してなんかいないよ!」
ヨネシゲは一生懸命事情を説明するも…
「でも刺したんだろ!?殺そうとしたんだろ!?」
あの時の父親に殺意まであったかは不明だが、クラスメイトの言葉にこれ以上反論できなかった。
するとクラスメイトの一人があることを口にする。
「気を付けろ!人殺しの子供も人殺しだ!コイツに近寄ると刺されるぞ~!」
その言葉に女子児童たちは笑いながらも悲鳴を上げヨネシゲから離れていく。
残った男子児童たちから、ヨネシゲ自身も人殺しだと罵倒される。
流石にこれには反論しないと気が済まない。
そもそも人は殺していないうえに、自分まで人殺し扱いされているのだから。
「俺は人殺しなんかじゃない!」
ヨネシゲが大声で反論しても、周りの男子児童たちはヨネシゲをからかい続けている。
その様子を他の児童たちは、クスクスと笑っていたり、あるいは野次を飛ばし見物していた。
からかい続ける男子児童たちにヨネシゲの我慢は限界を超えた。
「違うって言ってるだろ!」
ヨネシゲはその言葉を発すると同時に、一人の男子児童の顔面を殴っていた。
その瞬間、教室は静まり返る。
殴られた男子児童は床に倒れ込んだが、すぐに上半身を起こした。
そして少し間を置いた後、その男子児童は大声で泣き始めた。
その直後、担任の教諭が教室に入ってきて何事かと周りの児童に尋ねる。
ヨネシゲが殴ったと知り教諭は彼を問い詰める。
そんな中、周りの児童がヨネシゲに追い討ちをかける。
「やっぱりコイツは人殺しの子供だ!」
「や~い!人殺し!」
ヨネシゲは小声で反論する。
「俺は違う…」
ヨネシゲの小声に教諭が問い詰める。
「何が違うの!?これヨネシゲ君がやったってみんな言ってるよ!?」
そんな教諭の問い詰める声もかき消されるほどの掛け声が教室中に響き渡っていた。
「人殺し!人殺し!人殺し!…」
ヨネシゲは放心状態になっていた。
クラスメイトのからかう声も、教諭の尋問する声も次第に聞こえなくなっていく。
(俺は人殺しなんかじゃない…)
(俺は何もやってない…)
「俺は違うんだっ!」
ヨネシゲは大声でそう叫ぶとハッとする。
気が付くとそこは自分の屋敷のベッドの上。
マッチャンとのリベンジを果たして早朝屋敷に戻ったヨネシゲは、すぐさま布団に入り仮眠をとっていた。
気付けばもう少しで昼食の時間だ。
「夢を見ていたのか…」
ヨネシゲはどうやら悪夢を見ていたようだ。
昔の嫌な記憶が鮮明に再現された夢であった。
ヨネシゲは布団から起き上がり身支度を整えた。
「どうしても昔のことを思い出してしまうな…」
そう言うとヨネシゲは大きなため息を吐く。
彼はしばしば、過去の記憶を夢で見る事がある。
その度にうなされては睡眠から目を覚ます。
決して良いものではない。
こうして目覚めた日は一日中気が重たく何もやる気が起きない。
そして今回の悪夢はここ最近見た中でも特に目覚めの悪いものであった。
「今日の特訓は断ろう…」
ヨネシゲはそう言うと部屋にある電話の受話器をとり、マックスに電話をかける。
一応この世界にも電話はあり、主な連絡手段となっている。
使われている電話はいわゆる黒電話である。
電話をかけるとすぐマックスが出る。
ヨネシゲは今日の特訓を休ませてほしいと申し出る。
いつもなら朝日が昇ると同時に特訓が始まる。
しかし、今日は既にお昼近い時間になっている。
大遅刻である。
本当ならマッチャンとの一戦が終わったらマックスの家に直行すべきだった。
だがマッチャンの辛い過去の話を聞き、すぐに特訓という気にはなれなかったのだ。
それに体力も消費していたし、何より眠かった。
怪我も負っていたため、体勢を立て直すつもりで一度帰宅することにしたのだ。
ヨネシゲは大遅刻と特訓を休ませてほしい理由をマックスに説明しようとする。
正直にマッチャンのアジトに行っていた事を話すつもりだ。
しかし、マックスは理由を聞く前に休暇の許可を言い渡した。
「遅れることは姉御さんから聞いていた。今日はゆっくりしてろ」
マックスはそう言うと電話を切った。
姉さんが事前に連絡していたのか?
ヨネシゲは少々不安を覚えつつも、今日やることを頭の中で決めていた。
「今日はユータと現実世界に帰る方法を探さないとな…」
ヨネシゲはマッチャン一家のアジトでユータと約束をした。
“この一件が片付いたら、帰る方法を探そう”
この世界に来てからは何かと忙しく帰る方法を探してる余裕などなかった。
しかし、マッチャンと言う強敵に勝利して一旦の区切りがついた。
まだまだ特訓して強くなる必要があったが、この辺りでユータのために帰る方法を探さなくてはならない。
彼には色々協力してもらったし迷惑も掛けた。
今度は自分が協力する番だ。
ヨネシゲはそう思っていた。
ヨネシゲはユータの居る部屋と向かうため自室の扉をあけた。
「マッチャンとの決闘は楽しかったかしら?」
「!!」
扉を開けると声が聞こえてきた。
ヨネシゲは声の聞こえた方に顔を向けると、そこには廊下の壁に寄りかかり腕を組んで立っている長女メアリーの姿があった。
ヨネシゲがメアリーの名を口にすると彼女はゆっくりとヨネシゲの側まで近付いていく。
「姉さん、知ってたのか…?」
「シゲちゃんの考えていることなんて全てお見通しよ」
メアリーはドヤ顔でそう言って見せる。
自分そっくり、厳つい顔の姉に全てお見通しされるのは少し怖い…
ヨネシゲはメアリーに話を聞くと、昨晩マッチャンのアジトに行ったことはもちろん、チャールズがヨネシゲに接触していたことまで知っていたのだ。
どうしてそこまで知っているかの問いに、メアリーは“姉に隠し事はできないわよ“としか答えてくれなかった。
そのうえで彼女は、以前のヨネシゲならマッチャンのアジトに行くことを全力で阻止した。
しかし、特訓で成長したヨネシゲなら然程心配はしていない。
メアリーは陰ながらヨネシゲを見守ることにしたのだ。
「レイラ姉さんたちは知ってるのか?」
ヨネシゲの問いにメアリーは、知っているのは私だけと答えた。
マックスにも話していないそうだ。
「今回は弟の成長を見守ると言うことで多めに見てあげるわ。だけど今度このようなことがあったら、ちゃんと相談なさい。」
今度何かあれば必ず姉に相談することと念を押された。
そしてメアリーは機転をきかせて、ヨネシゲとユータは日頃の特訓で疲れて果てて眠っていると周りの皆に伝えていた。
その証拠にソフィアや使用人たちは二人を心配して起こしに来ることはなかった。
マックスにも特訓は遅れると事前に伝えていたのだ。
メアリー、できる姉であるのだ。
彼女はそう言い終えると自室に戻っていった。
(ありがとう、メアリー姉さん)
ヨネシゲは今回の件を陰で支えていたメアリーに心の中で礼を言うと、ユータの居る部屋へと向かったのだ。
(ユータ、待っててくれ。早く帰る方法を探してお前の居場所に帰してやるから!)
ヨネシゲは責任を感じている。
自分の作り出した空想の世界にある日突然迷い込んでしまったユータ。
訳のわからない世界に迷い込んでしまったのだから、一刻も早く元居た世界に戻りたいはずだ。
とはいえ現在のユータは何一つ不自由はしてない。
住む場所もあるし、食べるものにも服にも困っていない。
強いて言うなら毎日特訓に縛られている事であろう。
しかし、この世界にはユータの真の居場所はない。
何故なら…
(だってこの世界は、俺の居場所なのだからな…)
さて…
現実世界に戻る方法は見つかるのか?
作戦会議開始!
つづく…
豊田楽太郎です。
いつもヨネシゲの記憶を応援していただき、ありがとうございます。
お陰様でいよいよ3章突入です!
3章は色々な登場人物に焦点を当てていきたいと思います。
今後ともヨネシゲの記憶をよろしくお願いします。