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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
2章 空想の猛者たち
29/76

第26話 リベンジ

盗賊マッチャン一家の副頭領、ジョーソンの要請でマッチャン一家のアジトにやって来たユータとヨネシゲ。

マッチャンと対面しリベンジ戦に挑もうとしていたヨネシゲであったが、ノア、ジョン、ムラマサをはじめとするマッチャン一家のメンバーたちがヨネシゲの行く手を阻む。

これを退けるも、今度はヨネシゲにアジトへ来るよう要請した張本人であるジョーソンが立ちはだかる。

ジョーソンと対戦しようとするヨネシゲ。

そんなヨネシゲを制止するユータであったが…


「お前の相手は俺だ!」


なんとユータがヨネシゲに代わってジョーソンの相手をすると言うのだ。


「ユータ!コイツの相手は俺だ!お前は下がっていろ!」


我こそがジョーソンの相手だと言い張るヨネシゲ。

一度言い出したら聞かないのがこの男。

いつもなら諦めてヨネシゲの好きなようにさせるユータ。

しかし、今回の彼は譲ろうとしない。

ユータはヨネシゲを説得するかのように話す。


「俺がここに来た理由はヨネさんのサポートするためです。それはヨネさんも承知しましたよね?」


そう、ユータがここに来た理由はヨネシゲのサポート役としてだ。

ヨネシゲは本来一人でマッチャン一家のアジトへ目指すつもりであったが、屋敷をこっそり抜け出すところをユータに見つかってしまった。

ヨネシゲ一人では万が一の時に心配だ。

アジトまでの道中、山賊など悪党に襲撃される可能性は0ではない。

アジトに着いてからも多くの盗賊達がヨネシゲに危害を加えてくることも考えられる。

もっとも今のヨネシゲなら盗賊のしたっぱやその辺の山賊が束になって掛かってきても敵ではないだろう。

だが、あのマッチャンの強さは未知数。

マッチャンの拳が頬を擦っただけでヨネシゲは意識を失ってしまった。

この先、そんな男と対戦するのであれば万全の状態で挑まなくてはならい。

雑魚相手だからと言ってもそこで体力を消費してほしくはない。

そんな思いでユータはヨネシゲのサポート役として同行した訳だが、ここまでの道中何一つヨネシゲのサポートをしていない。

先ほど暴走族グレートアライバ連合に絡まれた際は、大木を殴り倒してヨネシゲの強さを見せつけ争いを回避できた。

マッチャン一家の若い衆に関してはヨネシゲ一人で倒してしまった。

本来であればこの様なときにユータが対応しなくてはならなかったのだが。


今度ヨネシゲが対戦しようとしている相手は、マッチャンに匹敵する強さを持つと言われている副頭領のジョーソン。

彼の強さもマッチャン同様に未知数である。

その敵を相手にした後、マッチャンと戦うのはリスクがありすぎる。

それどころかジョーソンに勝てるかどうかもわからない。

先ほど彼のラリアットを食らったヨネシゲは、不意打ちとはいえ宙を大きく一回転していた。

特訓で急成長を遂げたヨネシゲにこれほどのダメージを与えられる人物が、マックスやクラフト三姉妹以外に存在するとは思ってなかった。

マックスの鬼特訓でユータとヨネシゲは急成長を遂げた。

その二人の実力はほぼ互角であるが、ユータは特訓中にヨネシゲを一回転させるほどのダメージを与えられていない。

そう考えると、もしかしたらジョーソンは自分達より強いかもしれない。

ならジョーソンは無視してヨネシゲにはマッチャンの元へ直行してもらいたい。


「ここは俺に任せて!ヨネさんは早くマッチャンの所へ!」


ここは自分が身代わりになる。

だから余計な体力は消費しないで向かってほしい。

ユータはヨネシゲにそう言う。


「どうしてそこまで…?」


ヨネシゲは不思議に思っていた。

思い返してみれば、自分の作り出したこの空想の世界へ、ユータと共に何らかの理由で迷い込んでしまった。

この空想を作り出した本人が迷い込むなら納得できるし自業自得だと思う。

しかし、全く関係のないユータが他人の空想へ迷い込んでしまうとは理解に苦しむ。


ある日突然、他人の妄想と呼べる世界に迷い込み、他人の茶番劇を毎日見せられたうえ、意味不明な鬼特訓に付き合わされて、現実世界に帰れない日々を送っていたとしたら…

自分がユータの立場なら今頃精神崩壊している。

だがユータは殆んど文句や愚痴を溢さず今日まで耐えており、今自分のために身代わりになると言っている。

この世界に来てから一ヶ月は過ぎるが、まだユータとは腹を割って話が出来ていない。

彼のこの世界に対する本音を聞きたいところだが、特訓漬けの毎日だったためそのような時間は作れていないのだ。

ひょっとしたら案外ユータはこの世界を気に入っているのか?

それとも現実世界に帰れることを諦めてるのかもしれない。

ヨネシゲが考えを巡らせているとユータが口を開く。


「俺、こんなに頑張ってるヨネさん、初めて見たからです…」


ユータは続ける。

この世界に迷い込んでしまった時は正直ヨネシゲを恨んだ。

何故自分が彼の空想に付き合わされなければならないのか?

一刻も早く帰りたい気持ちで一杯であったが、マックスの鬼特訓に強制参加させられ、現実世界に帰る方法を探す時間すら作れなかった。

始めは嫌々やっていた特訓であったが、そこで目にしたのは今まで見たことのないヨネシゲの真剣な表情であった。

ボロボロになりながらも特訓に食らい付いていく。

ヨネシゲが特訓を始めた理由とは、大切なものを守るため。

それは家族や仲間、民たちを指している。

今までのヨネシゲは仕事も適当で熱意など感じる場面は少なかった。

しかし、今の彼は決して自分のためではなく誰かのため強くなろう努力している。

ユータは彼の姿に心を打たれた。

ヨネシゲを応援したい…

それと同時にユータ自身も強くなり仲間たちを守りたいと思うようになった。

このヨネフト地区に住む人達は皆優しく温かい人ばかりだ。

ここへ来てから皆には色々世話になっている。

だから恩返しがしたい。

今できる恩返しとは、村人たちの脅威となっているマッチャン一家をヨネシゲに倒してもらい、そのヨネシゲを自分が全力でサポートすること。

恩返しと呼べるかわからないが、マッチャン達を追い払い、ヨネシゲを立てることができれば一石二鳥だ。


そして、ユータがヨネシゲのサポート役として同行したにはもう一つの理由がある。

それはあの鬼特訓の成果を試したかった。

元はと言えばマックスによって無理やりヨネシゲの特訓に付き合わされたユータ。

先ほども述べた通り最初は嫌々特訓を行っていた。

しかし、その特訓の中でヨネシゲが自分よりも少し力を付けると悔しかった。

ヨネシゲみたいなおじさんには負けたくない。

ユータはいつしかヨネシゲをライバル視していた。

物凄いスピードで成長していくヨネシゲ。

そんなヨネシゲに食らい付いていくユータも目まぐるしい成長を遂げていた。

その一方で自分の実力が具体的にどの位なのか不明であった。

大きな岩を素手で砕いたり、大木を素手で切断するのも朝飯前。

まだ完璧ではないが、ある程度特殊能力を使用できるまでになった。

そんなユータの実戦訓練の相手はヨネシゲにマックス、クラフト三姉妹だ。

実戦訓練では遠慮なしに本気でぶつかっていく。

対ヨネシゲではお互い互角の実力で決着がつかない。

相手がマックスやクラフト三姉妹だと実力に差がありすぎて、今のユータでは到底敵わない。

つまり今わかることはヨネシゲとは互角で、マックスとクラフト三姉妹は強すぎて現時点では越えられない壁である。

今の自分がどこまで通用するのか?

もっと色々な相手と対戦して実力を知りたい。

そう考えたときにジョーソンはうってつけの相手なのかもしれない。

王国内では鉄腕ジョーソンと呼ばれ名の知れた存在。

その実力は、アサガオ亭でヨネシゲを瞬殺したマッチャンと同等と言われている。

そして成長後のヨネシゲをマックス、クラフト三姉妹以外で吹き飛ばすことのできる男。

その実力は噂通りかなりのものだと伺える。

今ジョーソンと戦うと言うことは自分の実力を知ることのできる好機なのだ。


「さあ、ヨネさん!行ってください!」


「わかった。この場は頼む!」


ユータの熱意に押されたのかヨネシゲはマッチャンの元へ向かうためアジトの入口へと歩き始める。

ヨネシゲは入口の手前まで来ると歩みを止める。

するとヨネシゲは意外なことを口にする。


「この一件が片付いたら、帰る方法を探そう」


「忘れていなかったんですね…」


ユータは今日まで現実世界の事を忘れた日などなかった。

ただ、その事をヨネシゲの前で口にすることはなかった。

ヨネシゲと現実世界に帰る方法を探すと誓った翌日にアサガオ亭での事件が起こり、その翌日にはマックスの鬼特訓が始まっていた。

ヨネシゲは現実世界に帰ることなど忘れていたと思っていた。

それどころか自分の作り出した空想だけあって完全にこの世界に染まっているように見えた。

そのヨネシゲから思いもよらない言葉が出たのでユータはとても驚いた。


「お前には色々迷惑を描けたからな。早く帰る方法を探さないと!」


「ヨネさん…」


ヨネシゲはニヤっと笑みを浮かべるとアジトの中へ入っていく。


(アイツがあそこまで、俺のことを考えていたとは…)


(アイツには苦労させた…)


(だから早く探してやらねぇと…)


(帰る方法をな…)




ヨネシゲを見送ったユータはジョーソンと睨み合っていた。

ユータは強がって見せていたが、その足は震えていた。

マックスの特訓で度胸はついたはずなのだが、訓練とはまた違う場の空気。

ギャラリーも大勢居る。

盗賊たちの鋭い視線がユータを襲う。

おまけにその相手は王国内でも名の知れた実力者だ。

もしかしたら、アサガオ亭でのヨネシゲみたいに瞬殺されるかもしれない。


(正直、逃げ出したい…)


今更であるがユータは後悔していた。


(いや、俺だってやる時はやる!)


なんとか自分の気持ちを奮い立たせる。


「どうした?怖じ気付いてるのか?」


ジョーソンはユータの足の震えに気付いたのか、小馬鹿にした様子で尋ねる。

するとユータは怖がってないと言い張り強がって見せる。

だがジョーソンはユータの実力はある程度知っていた。


「お前の成長ぶりはチャールズから聞いている。特殊能力も使えるんだってな?」


ヨネシゲと接触するためチャールズを送り込んだジョーソン。

最初はヨネシゲの現状を探るためチャールズを偵察へ向かわせた。

偵察から戻ってきたチャールズの驚いた表情は今でも覚えている。

ヨネシゲとユータの成長ぶりを目の当たりにしたからだ。

アサガオ亭でただ腕を振り回し暴れていた彼らではなかった。

今の俺では勝てないと言い放ったチャールズにジョーソンも驚かされた。

ただ、いくら成長したからとはいえ、自分やマッチャンのレベルまで到達したとは思えなかった。

彼らに何か秘めたものがあればその可能性は十分あり得る。

しかし、自分やマッチャンも楽して今の強さを手に入れた訳ではない。

今の強さの裏には血の滲むような努力があった。

命も落としかけたこともある。

そうして手に入れた強さを、たった1ヶ月で追い付かれてしまっては堪ったものではない。

もっとも、ヨネシゲに関してはグレート王国内では最強クラスの力を持つ男と呼ばれていた。

アサガオ亭では拍子抜けするほど弱かった。

何らかの理由で一時的に強さを失っていたことも考えられるが、この一ヶ月で復活している可能性は十分あり得る。

ヨネシゲが本当に噂通りの男なら自分やマッチャンが勝てるような相手ではないだろう。

自分たちより強い奴など山ほど居る。

その猛者たちの中でも最強と名高いのがヨネシゲだからだ。

一方のユータは無名の男だ。

1ヶ月前はユータの放った拳でマッチャン一家の中堅、ノアをノックアウトさせた。

ノアは中堅メンバーだけあり、マッチャン一家でもそれなりの実力の持ち主だ。

だが、あれはまぐれ当たりだ。

アサガオ亭で彼の戦いぶりを見たときは、並の成人男性よりも確実に弱いと感じた。

この1ヶ月でどのくらいの実力を付けたがわからない。

ユータの強さは話で聞いただけで、実際自分の目で見たわけではない。

現時点で彼の強さは未知数だ。

どのくらい成長したのか試したいところだ。

いずれにせよ、こんな気の弱そうな細身の若造に負けるわけにはいかない。

鉄腕の異名を持つ男としてのプライドがある。


「坊主、手合わせ願おう」


「挑むところだ!」


二人はお互いに睨み合う。


「ジョーソンさん!やっちゃってください!」


真夜中のアライバ峠に盗賊たちの声援が響き渡る。

その声援を合図に、ユータとジョーソンの戦いが始まった。


最初に攻撃を仕掛けてきたのはジョーソンだ。

ジョーソンは右腕を水平に上げると、瞬く間にユータとの距離を縮めて行く。

ジョーソンの腕がユータの顔面のすぐそばまで近付くと、ユータは身を伏せギリギリのところで攻撃を回避。

今のユータならこれくらいのスピードを見極めるのも容易い。

ユータはあえてギリギリのところで攻撃をかわした。

自分との距離が縮まっていないうちに回避しても、その後追尾される可能性がある。

そのため、ギリギリまで粘って相手の攻撃をやり過ごさなければならない。

ジョーソンのラリアットをかわしてホッとしたのも束の間だった。

ユータは背中に強い衝撃を覚えた。

それと同時に彼は吹き飛ばされる。

吹き飛ばされながらもユータは後方に目をやる。

すると右足を突き出した状態で立っているジョーソンの姿が見えた。

ユータが背中に受けた衝撃とは、ジョーソンの蹴りであったのだ。

やがて吹き飛ばされたユータは近くの大木に正面からめり込むように衝突した。


「ざまあ見やがれ!」


それを見た盗賊たちから歓声が沸き起こる。

ユータは少し間を置くと大木から離れ再びジョーソンと向き合う。

足取りはしっかりしていたが、口と鼻から血を流していた。

ユータは鋭い目付きでジョーソンを睨みつける。

今の攻撃でスイッチが入ったようだ。


「今度は俺の番だ!」


ユータはそう言い放つと両手を地面にかざす。

すると地面から物凄い勢いでつるが伸びてきた。

伸びてきたつるはその勢いのままジョーソンの体に巻き付いていく。


「特殊能力か…!?」


突然自分の身に襲いかかってきた攻撃に少々驚いた様子のジョーソン。

つるを振り解こうともがいているジョーソンに、ユータは次なる一手を投じる。

ユータは再び両手を地面にかざす。

両手に力を送り込むように掛け声を出すと、地面から勢いよく木が突き出してきた。

木の先端は尖っており、まるで木の槍だ。

木の槍はジョーソン目掛けて進んでいく。


「ジョーソンさん!」


その光景を見ていた盗賊たちがジョーソンの身の危険を感じ叫ぶ。

ジョーソンも身の危険を感じたのか、渾身の力で腕に巻き付いたつるを引きちぎり、自慢の鉄腕をクロスさせ攻撃を防いだ。

ジョーソンの腕に当たった木の槍は粉々に砕けてしまった。

彼の特殊能力で鋼鉄化した腕に、木の槍は通用しなかった。


「この野郎!俺を殺す気か!?」


確かに手合わせ願いたいと言ったジョーソンであったが、まさか命がけの戦いになるとは想像していなかった。

あのままつるを振り解けず腕でガードできていなかったら、木の槍は自分の心臓に突き刺さっていたであろう。


ジョーソンの怒鳴り声聞いたユータはハッとする。

怒りに身を任せてジョーソンを特殊能力で攻撃していた。

彼が実力者であったので今の攻撃は防げたのだ。

これが、盗賊の若い衆たちであったら命を奪っていたかもしれない…

ユータはゾッとした。

特訓では同レベルのヨネシゲや、化物みたいな強さを持つマックスやクラフト三姉妹を相手に特殊能力を発動していた。

特にマックスやクラフト三姉妹は本気で特殊能力を発動しないと太刀打ちすらできなかった。

本気でぶつかっていっても彼らと対等に戦うことはできなかった。

そのためユータは手加減することを知らなかった。


ユータは動揺して立ち尽くしていたが、それが隙となってしまった。


「俺の鉄腕、食らってみろ!」


ユータがその声に気付くと、ジョーソンの腕が自分の顔面の目の前まで迫っていた。


(しまった…)


ユータは心の中で反省した。

一瞬の隙が命取りになる。

常日頃からクラフト三姉妹が口にしていた。

しかし、時既に遅し…

案の定ユータはジョーソン渾身の鉄腕ラリアットを食らう。

ちょうど喉の辺りにヒットした。

ジョーソンはそのままの勢いで、腕に張り付いたユータを近くの大木に叩きつける。

すると大木は一瞬で粉砕される。

勢いはそれで収まらず、ユータを腕に張り付けたまま大木を次々となぎ倒し粉砕していく。

やっと8本目の大木で制止した。

ユータはジョーソンの腕から解放されると、その場に倒れ込んでしまった。

辺りは静まり返っている。

ここまで凄いジョーソンのラリアットは、普段彼と共に行動している盗賊たちですら見たことなかった。


「あいつ、死んじまったんじゃねぇか?」


盗賊たちからどよめきが起こる。

ジョーソンは息を切らしながら倒れたユータを見下していた。


「勝負あったようだな…」


ピクリとも動かないユータにジョーソンはそう吐き捨てる。


しかし、次の瞬間であった。


誰もが想像していなかった出来事が起こる。


ぽんっ!


ジョーソンの頭から一輪の大きな花が姿を現す。


「な、何だこれは!?」


ジョーソンが動揺する。

彼の頭に咲いた花はどんどんと成長し大きくなっていく。

そして更に驚くことが起きた。

ジョーソンの体から無数の花や草が姿を表し、これまたどんどんと成長していくのだ。

慌てるジョーソン。

まさか自分の体から植物が芽生えてくるとは思わなかっただろう。

すると今度は地面からつるが伸びてきてジョーソンの足に絡みつく。

それを見たジョーソンはやっと気が付いた。


「お前の仕業だな…!?」


ジョーソンがそう言葉を投げ掛けるとユータはゆっくりと立ち上がった。

ジョーソン渾身の鉄腕ラリアットを食らったはずなのに信じられない…

立ち上がるユータを見た盗賊達から驚きの声が上がる。


最初は辛そうな表情をしていたユータであったが、その表情も徐々に穏やかなものへと変わっていく。

表情だけではない。

立ち上がってからもフラフラしていたユータであるが、今ではしっかりと立ち上がっている。

どういうことか?

まるで治癒術を使ったかのように復活していた。


その一方でジョーソンに異変が起きていた。

ジョーソンは脱力感した様子でその場に座り込み、意識を朦朧とさせていた。


「ジョーソンさん!どうしちゃったんですか!?」


盗賊たちは心配になりジョーソンの側に駆け寄ろうとするが、彼はそれを制止する。

これは奴との一対一の勝負。

決着がつくまで手を出すなと振り絞る声でジョーソンは言う。

とは言ったものの、既にジョーソンは自力で立ち上がることができなくなっていた。


「なかなかやるな。俺から体力を奪うとは…」


ジョーソンがそう言うとユータは自慢気の笑みを浮かべる。


「相手から体力を奪い、自分は回復できる。一石二鳥の大技だ。」


ジョーソンの体に咲いた無数の草花は彼の体力を奪いながらどんどんと成長。

地面から伸びたつるはユータと繋がっており、そのつるからジョーソンの体力を奪い自分のものとした。

地味なやり方かもしれないが、この戦い方が自分に合っているような気がする。

派手な技で勝負を決めたいところだが、今のユータにはそんな技は使えない。

先ほどの木の槍で急所をつくのも1つの手だが、この戦いで必要以上に相手を傷付ける必要があるだろうか?

もっとも、ジョーソン相手では木の槍も無力。

だが、今のジョーソンなら…


ユータは右腕を地面にかざすと、木の槍がゆっくりと姿を表した。

ユータは木の槍を手にすると、意識を朦朧とさせ脱力し座り込んでいるジョーソンに近付いていく。

何をする気だ?

盗賊たちは固唾を飲んでその状況を見守っていた。


座り込むジョーソンの目の前まで来たユータは木の槍を彼の喉元に突きつけた。


「まだやるか…?」


ユータはすました表情でそう言っていたが、心臓の音が自分でわかるほど心拍数が上がっていた。


(まだ終わりじゃない!…なんて言われたらどうするよ!?)


ユータはドキドキしながらジョーソンの答えを待っていた。


「ふっ…格好付けやがって…」


ジョーソンは鼻で笑いながらそう言うと…


「俺の負けだ…」


ジョーソンはあっさり負けを認めたのであった。






場面変わり、ここはマッチャン一家アジトの2階。

その一番奥にある部屋からは、殴り合う音と男たちの荒い息だけが聞こえてきていた。


その部屋の中で無言で殴り合っているのは、ヨネフト地区領主“ヨネシゲ・クラフト”と、マッチャン一家頭領“マッチャン・ボンレス”だ。

この2つのトップが衝突したのは初めてではない。

一ヶ月前、ヨネフト村にある定食屋、アサガオ亭にて二人は対決した。

その勝敗はマッチャンの圧勝、ヨネシゲ完敗であった。

1ヶ月の時を経て二人は再び相見えることとなった。

そして今の二人は恐らく互角に張り合っている。

片方が殴り終えると、もう片方が殴ってくる。

二人は交互に拳を繰り出していた。

ヨネシゲもマッチャンも鼻や口から血を流し息を切らしていた。


二人の対決は今から少し前、ちょうどユータとジョーソンの戦いが行われたと同時に始まった。

ユータに促されアジトに突入したヨネシゲ。

長年の勘と言うやつか、マッチャンが居る部屋の位置は知らされて居なかったが、迷うことなく2階の一番奥の部屋を目指した。

まあ、ボスが一番奥の部屋に居るのはお決まりなのかもしれないが。

ヨネシゲが部屋に入るとマッチャンはお気に入りのソファーに腰掛けながら、トレードマークの丸眼鏡を磨いていた。


「やっと来たか…待ちくたびれたぞ」


マッチャンは磨いていた丸眼鏡をかけるとヨネシゲの方に視線を向ける。


「ドンマイ!早速始めようじゃねぇか!」


ヨネシゲはそう言うと袖を捲り始めた。

するとマッチャンは立ち上がりヨネシゲの正面までやってくる。


「噂は聞いている。1ヶ月でどれ程成長したか…本気の拳を俺にぶつけてみろ!」


マッチャンがそう言うとヨネシゲは満面の笑みでそれに答える。


「おう!楽しみにしてろ!」


こうして二人の拳による語り合いが始まったのだ。


しばらくの間、休むこともなく渾身の拳を繰り出していた二人。

二人の動きは次第に鈍くなっていく。

二人は殴り合いが始まってから無言のままだったが、ここで初めてヨネシゲが言葉を発する。


「そろそろ鉄拳を使ったらどうだ?」


鉄拳の異名を持つマッチャン。

その由来は彼の特殊能力にある。

マッチャンも特殊能力で自分の拳を鋼鉄のように硬くすることができる。

鋼鉄化した拳はもはや武器である。

そんな鉄拳を使えば戦いを有利に進めることができるはずだ。

しかし、マッチャンは鉄拳を使う様子はない。

ヨネシゲはそれが納得いかなかった。

何故なら手加減されているような気がしてならなかったからだ。

一ヶ月前の自分なら手加減されても当然である。

しかし、マックスの鬼特訓を受けてきた後のヨネシゲからすると鉄拳を使用した本気のマッチャンと戦いたかった。

とはいえ鉄拳を使用してないマッチャンも十分強い。

特訓後のヨネシゲとほぼ互角だ。


そんなヨネシゲの問いにマッチャンは答えた。


「男が拳で語り合うのに武器は必要か?俺は拳で語り合いたい!」


「違いねぇ…無粋なこと聞いちまって悪かったな!」


謎の会話が成り立っているようだか…

マッチャンは自分の鉄拳を武器だと思っている。

男同士、拳の語り合いで武器を使用するのはフェアではない。

鉄拳をしようしてヨネシゲに勝っても嬉しくもなんとも思わないし、後味が悪い。

マッチャンが鉄拳を使用とするときは大切なものを守るときだけ。

彼はそう語った。


「男だねぇ…」


ヨネシゲはマッチャンを称える。

この言葉は男にとって最大の褒め言葉なのである。


「アンタも男さぁ…」


続けてマッチャンもヨネシゲを称えた。


男同士、男と認め合った瞬間であった。


少し間を置いた後、今度はマッチャンがヨネシゲに質問する。


「あんたは領主のくせして民に好かれているよな?」


マッチャンは不思議に思っていた。

マッチャンが今まで見てきた領主たちの大半は悪徳貴族。

民から金品を根こそぎ巻き上げ、民を奴隷のように扱っている。

民たちを武力で押さえ込み、反発する者は殺害する。

民たちを恐怖で支配している領主は当然民たちに好かれるはずがない。

しかし、ヨネシゲはどうだ?

民たちを優先して行動する彼は、頼りにされ親しまれている存在だ。

ヨネフト地区で暮らす民たちは皆イキイキしていた。

マッチャンの目には新鮮に映った。

するとヨネシゲは答える。


「それが本来の姿だ」


領主が民から頼りにされるのは当たり前のこと。

そのために領主が存在するからだ。

民あってこその領主である。

領主が管理する土地で生活する民たちであるが、その土地で働き、税を納め、村の経済を動かし生活を豊かにしてくれる…

こんなにありがたいことはない。

そしてなにより、人として素晴らしい民たちばかりだ。

そんな大切な民たちの生命と財産を守らなくてはならない。

それが領主の義務だ。

だが一ヶ月前、マッチャンに敗れたヨネシゲは現実に気付かされた。

今の自分じゃ民たちを守れない。

マッチャンみたいな強敵が村を襲撃してきたら民たちはどうなる?

民たちだけではない。

家族や仲間も守りきれない。

ヨネシゲは決意した…強くなると。

ヨネシゲはマックスに頼み特訓を始めた。

一ヶ月でかなり成長はしたが、これで民たちを守れるかというとまだまだ不十分だ。

大切なものを守るために、もっと強くなりたい!

そのためにも今ここで敗れる訳にはいかないのだ。


「俺はお前に勝つ!」


ヨネシゲは拳を握りしめ宣言した。


「そうか…お前の所の民に生まれたかったよ…」


「え?」


マッチャンは小声でそう言ったがヨネシゲの耳には届いていなかった。


「いいや…それでこそ倒しがいがある。俺は何でも奪う盗賊だ!大切なものを俺たちから奪われたくなかったら、殺すつもりでかかってこい!」


マッチャンは今までにないほどの気迫でそう言った。

マッチャンのその言葉を合図にヨネシゲは雄叫びを上げながらマッチャンに殴りかかっていった。






ジョーソンとの勝負を終えユータはアジトの中へ突入。

ユータもまた迷うことなく2階の奥の部屋の前まで来ていた。

もっとも、ユータの場合は勘ではなくジョーソンからマッチャンの部屋の位置を事前に聞いていたからだ。


ユータはマッチャンの部屋の扉を静かに開けた。

すると衝撃の光景が広がっていた。


マッチャンは大の字になって床に倒れていた。

そのマッチャンの横で彼の顔を覗き込むようにヨネシゲが胡座をかき座り込んでいた。


ユータはヨネシゲの側まで近づく。

ヨネシゲはユータの存在に気が付いた。


「ユータか…どうだった?」


ヨネシゲはユータを見るなりジョーソンとの勝敗を尋ねる。


「一応、俺の勝ちです…ヨネさんは?」


今度はユータがヨネシゲに尋ねると意外な答えが返ってきた。


「流石ユータだな。俺たちゃ引き分けだ…」


ヨネシゲが言うには引き分けのようだ。

最初この光景を見たときは、マッチャンが倒れていたのでヨネシゲの勝利かと想像していた。

そんなヨネシゲの言葉を否定するかのようにマッチャンが口を開く。


「いや、アンタの勝ちだ。倒れたのは俺が先だし、まだ起き上がれねぇ…」


殴り合いの末、最初に倒れたのはマッチャンだったそうだ。

ヨネシゲは倒れはしなかったものの、マッチャンが倒れた後脱力しその場に座り込んでしまった。

ヨネシゲの言い分はほぼ同時に力尽きたので引き分け。

マッチャンの言い分だと自分が先に倒れたからヨネシゲの勝ちだと言い張る。


お互い意地っ張りのため譲らないのだが、ヨネシゲが珍しく自分から折れる。


「わかったよ。じゃあ、俺の勝ちってことにしよう!」


まあ、ヨネシゲの勝ちと言う結果で終わるのならいいのかもしれない。

めでたしめでたしと言ったところか。


すると、ヨネシゲがあることをマッチャンに質問する。


「一つ質問していいか?何故盗賊なんかになったんだ?」


その質問にマッチャンは苦笑いをする。


「嫌らしい質問をするな…」


そう言うとマッチャンは静かに語り始めた。


マッチャンはグレート王国内のとある領土の出身。

マッチャンの生まれた家は貧しい農家だった。

今日食べていくのも厳しい。

そんな辛い生活を毎日送っていた。

そこまでマッチャンの生活を圧迫していたのは領主の存在だ。

マッチャンの住んでいた村の領主は悪名高い悪徳貴族であった。

農家として育てていた野菜や穀物は根こそぎ領主に回収された。

おまけに高額の税金を提示され、持ち金を全て持っていかれた。

とても生活などできなかった。

そんなマッチャンの家を支えていたのは父の副業だ。

その副業とは盗みである。

マッチャンの父は周辺の村や町へ出掛けては盗みを働いていた。

その戦利品でマッチャンたちは、なんとかギリギリの生活をしていたのだ。

だが、そんな生活は長くは続かなかった。

マッチャンの父はある町で盗みに入った際、民兵に殺されてしまった。

そして母は、突然の病に倒れ亡くなってしまったのだ。

母に関しては薬さえあれば命を救えたのだが、薬を買う金など無かった。

生活できなくなってしまったマッチャンは盗みを働くことを決心した。

同じ村に住んでいた親友ジョーソンと共に真夜中の領主宅を襲撃。

奪える物は全て奪った。

金品や食べ物、家具に服など…

奪ったものは村人たちに還元するつもりだった。

だが、一つ還元出来ないものをマッチャンは奪ってしまった。

それは、悪徳領主と、その護衛たちの命であった。

悪徳領主の命を奪ったことは正直後悔はしていない。

しかし、護衛たちの命を奪ったことは酷く後悔した。

彼らは領主に雇われた人物だが、元を辿れば自分たちと同じ民であった。

彼らも生きるためにこの悪徳貴族に仕えるしか道がなかったのだ。

当然、マッチャンは彼らの家族に恨まれた。

他の村人たちからも人殺しとレッテルを貼られた。

マッチャンとジョーソンは居場所を求め故郷を後にした。

これがマッチャン盗賊人生の始まりであった。


「この拳は汚れているのさ…」


マッチャンは自分の拳を見つめながらそう言った。


「あんたのような領主が増えれば、この国も変わるんだろうな…」








真夜中に足を踏み入れたアライバ峠は朝の眩しい日差しに照らされていた。

峠の下り坂を無言でゆっくりと歩いているのは、ユータとヨネシゲ。

マッチャン一家との戦いは勝利に終わりリベンジを果たすことができたが、その気分は晴れなかった。


「すっかり朝になっちゃいましたね…」


ユータがヨネシゲに言葉を投げ掛けるも返事は返ってこなかった。

しばらく無言のまま歩いていると、ようやくヨネシゲが口を開く。


「なあ、ユータ…」


「?」


「彼らにも辛い過去があったのだな…」


「そうみたいですね…」


「この世界は、俺が作り出した世界。だとしたら俺は…彼らを不幸にしてしまったのか…?」


「考えるのはもうやめましょう。さあ、ソフィアさんたちが心配しちゃいますから早く帰りましょう」


「ああ、そうだな…」


ヨネシゲはユータとの会話を終えると空を見上げた。


(俺にとって…この世界とは…?)




ヨネシゲの気持ちとは裏腹に、朝の空は澄みきっていた。



つづく…



次話より三章突入!

ヨネシゲたちに新たな試練が待ち受ける!


挿絵(By みてみん)


お楽しみに!

豊田楽太郎です。

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


投稿遅くなり申し訳ありませんでした。

今回は2章最後のお話となります。

次回からは3章突入、新たなヨネシゲを見せていきたいと思います。

ちなみに、1月中旬頃の投稿予定です。


今後ともヨネシゲの記憶をよろしくお願いします。

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