第22話 アライバ峠
真冬の星空の下、二人の男がアライバ峠を目指し歩いていた。
その二人の男の正体はユータとヨネシゲである。
マッチャン一家に所属するリーゼントの男チャールズに促され、マッチャンにリベンジすることになったヨネシゲ。
真夜中屋敷をこっそり抜け出そうとしたヨネシゲを発見し事情を知ったユータは彼のサポート役として同行することになった。
今二人が歩いているのはアライバ峠の手前にある“アライバ村”だ。
ヨネフト村から歩いて約一時間半程の距離だ。
この村はヨネシゲが領主として管理している。
ヨネフト地区で一番規模の小さい村であり民家の数もヨネフト村に比べるとかなり少ない。
この村に住む人たちは主に農業で生計を立てている。
そんな静かな村は真夜中であるため更に静まり帰っている。
二人は無言のまま歩き続けていたが、ユータがヨネシゲに質問をする。
「ヨネさんは何でこの世界を作ったんですか?」
ヨネシゲはユータの突然の質問に困った様子であった。
この世界はヨネシゲの作り上げた世界、つまり彼の空想なのだ。
そのヨネシゲの空想の世界にある日突然迷い込んでしまったのがユータとこの空想を作り出した張本人であるヨネシゲ。
ヨネシゲにとってこの空想は理想の世界。
理想の自分に、理想の家族や仲間、理想の展開…
自分の思い通りに事が進む世界のはずだった。
しかし、実際はヨネシゲの空想と大きく異なるところが多々あった。
美人であるはずの実姉がヨネシゲそっくりの厳つい顔であったり、スポーツ万能で喧嘩も強くヨネシゲそっくりの自慢の息子が病弱体質の見知らぬ少年であったり。
何よりこの世界で最強であるはずの自分が雑魚一人も倒せないほど弱い男だった。
疑問に思うことは多々あるが、そもそも何故この空想を作り出したのかユータは気になって仕方ない。
それは自分にもちょっとした空想の世界はあるかもしれない。
スポーツも勉強、喧嘩もできて女の子にモテモテ…
学生の頃はよく妄想したものだ。
ヨネシゲの空想はファンタジー世界の主人公になったかのような内容である。
既に中年のおじさんであるヨネシゲだが、幼い頃の憧れでもあったのだろうか?
ユータが色々と考えを巡らしていると、ヨネシゲは立ち止まり口を開く。
「俺はヒーローになって、家族や仲間と笑って暮らしたい…ただそれだけなんだ。それが俺の憧れだ…」
ヨネシゲは微笑みながらそう答えたが、どこか悲しい表情をしてるように見えた。
そう言い終えると先程より速い速度で再び歩き始めた。
ユータはこれ以上聞くこともなく黙ってヨネシゲの後を付いていった。
それから30分程歩いた二人はアライバ峠の入り口に到着していた。
目の前にはアライバ山脈の山々そびえ立つ。
自分たちが進もうとする道は森の奥へと吸い込まれるように延びている。
真夜中であるためか奥の方は真っ暗である。
懐中電灯の一つは欲しいところだ。
ユータが辺りを見回していると立て看板があることに気づく。
近付いて確かめてみるが看板は古く文字はかすれており、また暗闇のせいでよくわからない。
それでも月明かりを頼りに目を凝らして見てみると、そこにはこう書かれていた。
“ここはアライバ峠入口。かつて王国軍とアルプ家が激戦を繰り広げた地”
(もしかして…ここは古戦場なのか…!?)
ユータはヨネシゲにアライバ峠について聞いてみた。
すると“わからん”の一言。
確かにこの世界はヨネシゲの作り上げた世界かもしれないが、細かい設定までは知らないらしい。
寧ろ単純な考えで作り出したこの世界に細かい設定までされていることに驚いているそうだ。
それに村人の顔や名前なども全員知っているわけではない。
ヨネシゲ曰く殆どの人物がモブキャラらしい。
それはそれで何だか酷い感じはするが…
このアライバ峠、看板に書かれている通りかつて王国とアルプ家と呼ばれる大領主が激戦を繰り広げた戦場である。
決着は着かなかったそうであるが、現在でも王国とアルプ家は対立しているのだ。
この峠の途中には現在使われていない双方の軍施設が点在している。
そのうちの一つをマッチャン一家はアジトとして利用している。
また余談であるがこのアライバ峠には戦死した兵士の亡霊が出ると噂されている。
ユータとヨネシゲはマッチャン一家のアジトを目指しアライバ峠の奥へと進んで行った。
しばらく歩いているとヨネシゲが何かを思い出したかのように話始める。
「実は、ここ出るんだよ…」
「で、出るってもしかして…!?」
突然ヨネシゲの出ると言う言葉に、ユータの脳裏に浮かんだのは幽霊である。
実はユータ、幽霊や心霊スポットなどと言ったものが少々苦手である。
自分からヨネシゲに付いて来たが、いざアライバ峠の暗闇を前にすると彼に付いてきたことに後悔していた。
ましてやこの場所が戦場跡なのだから尚更だ。
ユータは恐る恐るその“出る”と言う存在をヨネシゲに確める。
するとヨネシゲの答えは以外なものであった。
「暴走族が出るんだよ!」
「ぼ、暴走族ですか!?」
「おうっ!グレートアライバ連合と言ってな…」
ヨネシゲはこのアライバ峠に出ると言われている暴走族について説明し始めた。
また話が長くなりそうだ…
ユータはいつも通り聞き流そうとしていたが、暴走族に纏わる話を昔ヨネシゲが話していたのを思い出した。
そう!毎度お馴染み、嘘か実かわからないヨネシゲの武勇伝である。
確か隣町の迷惑暴走族をヨネシゲが改心させた話であった。
内容はこうである。
ヨネシゲは近所の人にも頼られるリーダー的存在。
子供にもお年寄りにも優しい人気のおじさんだ。
また、ヨネシゲが若い衆を引き連れ積極的に防犯活動を行っている。
そのため彼の住む町はずば抜けて治安がよく、ヨネシゲは警察からも一目瞭然置かれている存在なのだとか。
しかしある日事件は起こる。
その日に限ってヨネシゲは出掛けており町を不在にしていた。
深夜になると若い衆だけで町の見回り活動を行っていた。
すると彼らの前にとある集団が姿を現す。
奇抜な格好をした男たちがバイクに乗り、耳を塞ぎたくなるような騒音を撒き散らしながら走行していた。
暴走族だ!
彼らは隣町の暴走族。
周囲の車や歩行者に暴言を吐き威嚇している。
複数台のパトカーが到着し暴走族を追跡するも、最後尾のバイクがその進路を妨害する。
その隙に前を走る暴走族のバイクは街の中心部へと走り去っていく。
それを見ていた見回り中の若い衆は暴走続の後を追う。
若い衆が町の中心部に到着すると衝撃的な光景が広がったいた。
そこには暴走族のバイクに追われ逃げ回るお年寄りや小さな子供。
若い女性たちは暴走族の男たちな腕を掴まれ無理矢理連れていかれそうになっている。
その様子を見て楽しそうに笑っている他の暴走族のメンバー。
皆を助けなければ…!
「やめろっ!」
若い衆は暴走族たちに立ちはだかった。
暴走族たちは鉄パイプや金属バッドなどを持ち睨みをきかせていた。
若い衆たちは暴走族の気迫に押されながらもこの町から出ていくよう警告する。
「出て行かないとただでは済まないぞ!」
「ただでは済まないのは、お前らだよっ!」
気付くと若い衆は暴走族の集団に取り囲まれていた。
「やっちまえ!」
暴走族のリーダーがそう言うと他のメンバーが若い衆に一斉に襲いかかる。
それから数分後…
ボコボコにされてしまった若い衆が倒れていた。
その姿を見ている暴走族たちは笑っていたり、暴言を吐き捨てていたり、酷い者は倒れている若い衆に蹴りをいれたりしていた。
「ヨ、ヨネシゲさん…た、助けて…」
若い衆の一人が振り絞るような声でそう言うと暴走族たちは、からかうように大声で笑い始める。
「見ろよ情けねぇ!」
「助けなんて来ねぇよ!」
若い衆は悔し涙を流していた。
その時である!
一台のバイクが暴走族と若い衆の間に割って入る。
「待たせたな!」
「ヨネシゲさんっ!」
お待ちかね!ヨネシゲ登場!
そこに現れたのは大型バイクに乗ったヨネシゲである。
突然現れたヨネシゲに動揺しつつも総攻撃を仕掛ける暴走族一同。
暴走族の抵抗もヨネシゲ相手では無駄なものであった。
例の如くヨネシゲは巧みにバイクを操って暴走族を追いかけ回しはね飛ばす。
あれよあれよという間に暴走族は次々と倒れていく。
それを見た暴走族のリーダーはバイクに乗って逃走する。
ヨネシゲはその後を追う。
しかし、暴走族リーダーに不運が起こる。
リーダーの男が乗っていたバイクがバランスを崩し転倒してしまう。
転倒すると同時にリーダーは反対車線に振り落とされてしまう。
その瞬間、けたたましい音のクラクション聞こえてきた。
道路に倒れているリーダーがクラクションの聞こえた方へ視線を送ると、そこには一台の大型バスがすぐ側まで迫っていた。
万事休すか…
リーダーの男がそう思った次の瞬間である。
突然体が浮き上がりまるで空を飛んでる様な感覚になった。
ふと横を見上げるとバイクを運転しているヨネシゲの姿があった。
ヨネシゲの右腕にはズボンのベルト辺りを掴まれ宙に浮いているリーダーの男が居た。
ヨネシゲはバイクを減速して路肩に停車させる。
そしてゆっくりとリーダーの男を地面へ降ろす。
それを見ていたバスの乗客は窓を開けて割れんばかりの拍手と歓声を浴びせていた。
「怪我はないか?」
ヨネシゲがそう問うとリーダーの男は答えを返さないまま質問する。
「なぜ俺を助けた!?」
するとヨネシゲ…
「息子と同じ位の年齢だからよ…」
更にヨネシゲは自分の子供が交通事故で亡くなったら親が悲しむぞと言い残しその場を立ち去った。
それから数日後、若い衆の怪我の程度は軽く夜の見回り活動に復帰していた。
いつものコースを回っていると目の前に頭を丸刈りにしたスーツ男の集団が現れた。
思わず身構える若い衆たち。
だがヨネシゲはこの男たち顔を覚えていた。
「お前たちは…この間の兄ちゃん達だな?」
そう、この丸刈りスーツ男の集団はこの間の暴走族の男達であった。
そして、男たちは突然土下座を始めた。
「この間はすみませんでした!」
わざわざ謝りに来たのかと尋ねるヨネシゲに一番先頭に居たリーダーの男が説明する。
先日リーダーの男はバイクで転倒しバスに轢かれそうになった際ヨネシゲに命を救われた。
そして助けてもらったのはリーダーだけではなかった。
あの時、ヨネシゲのお仕置きで負傷した暴走族のメンバーたち。
そんな彼らの傷の手当てを行ったのは自分達が襲っていた町の人々であった。
あれだけ酷いことをしたのに自分達を助けてくれる。
この町の人達の心の暖かさに彼らは改心したのだ。
「ヨネシゲさんでしたっけ?」
「ああ、そうだが…」
「ヨネシゲさん、俺達を弟子にしてください!」
その後彼らはヨネシゲの元で防犯活動のノウハウを学び、隣町で見回り隊を結成したのだとか。
めでたしめでたし…
「そんなわけあるかいっ!」
「!?…どうした、ユータ?」
ユータはヨネシゲの武勇伝を思い出して一人でツッコミを入れていた。
いつもなら心の中でそう叫んでいたが、今日は思わず声が出てしまった。
相変わらずツッコミどころ満載であるが、何故深夜の町に小さな子供が居たのかが一番の謎だ。
何はともあれ、ヨネシゲの武勇伝が長くなってしまったことをお詫びしよう。
「なんでもないです!」
「そ、そうか…?」
とりあえずこの場を誤魔化かすユータ。
その後、何事もなかったかのように二人はマッチャン一家のアジトを目指す。
順調に進んでいたその時、遠くから聞こえてくる音に二人は立ち止まる。
「ヨネさん…何か聞こえません?」
「あ、あぁ…聞こえるな…」
次第にその音はこちらに近付いてくる。
そして遠くの方から無数の光が見えた来た。
「な、なんだ!あれは!」
ヨネシゲがそう叫ぶ。
パラリラ…パラリラ…パラリラ…
どこかで聞いたことのある音が二人に迫ってくる…!
これはもしかして…!?
つづく…
豊田楽太郎です。
次話投稿までお時間いただく場合がございますのでご承知おきください。