第21話 突然のリーゼント
マックスの鬼特訓が始まってから約1ヶ月。
ユータとヨネシゲは驚く程のスピードで成長している。
つい先日はクラフト三姉妹を特別コーチに迎えた地獄の実戦訓練を実施。
それを乗り越えたユータとヨネシゲは更なる成長を遂げていた。
そんなある日のこと、特訓中に用を足すため一人トイレへと向かうヨネシゲ。
マックスの玄関の扉を開けて中に入ろうとしたその時、ある男に呼び止めれるのであった。
その男とは一ヶ月前に争った盗賊マッチャン一家に所属する中堅、リーゼントの男であった。
突然のリーゼント男訪問に驚きヨネシゲは身構えた。
「お前はマッチャン一家のリーゼントだな!?一体何しに来た!」
ヨネシゲの問にリーゼント男は答える。
「リーゼントか…一応俺にもチャールズと言う名前があってな」
盗賊マッチャン一家に所属するこのリーゼント男の名前はチャールズと言うらしい。
戦闘態勢のヨネシゲに戦う意思が無いことを伝えるチャールズ。
今日ここに来たのはヨネシゲに要件を伝えるためだ。
それを聞いたヨネシゲは構えるのをやめた。
チャールズは言う。
今ここでヨネシゲと戦っても自分に勝ち目はないと…
あっさりヨネシゲの成長した強さを認めた。
チャールズは要件を伝えるためここ数日ヨネシゲの行動を伺っていた。
その時チャールズが目にしたのは、武術や特殊能力を使いこなしているユータとヨネシゲの姿であった。
アサガオ亭で苦戦していたあの時の二人とは思えなかった。
チャールズは二人の成長に驚かせながらも、要件を伝えるためヨネシゲが一人になるタイミングを狙っていた。
しかし、中々一人になるタイミングが訪れず、ようやく今日伝えることができるみたいだ。
そして、その要件とやらをヨネシゲはチャールズに尋ねる。
するとチャールズは要件を伝え始める。
だがそれは予想外のものであった。
「今夜、アライバ峠にあるアジトまでリベンジしに来い」
チャールズはマッチャン一家の頭領“マッチャン・ボンレス”とリベンジするようヨネシゲに求めた。
1ヶ月前のアサガオ亭でマッチャンとの決闘に完敗したヨネシゲは危機感を覚えていた。
このままでは大切な家族や仲間、民たちを守れない。
何より強くなりたかった。
その思いがヨネシゲを特訓へと駆り立てた。
確かに大切なものを守ろうとすれば、この先マッチャンと再び激突する可能性は十分ある。
だが、ヨネシゲはマッチャンへのリベンジは考えてもいなかった。
今晩いきなりリベンジへ来いと言われても困る。
それなりの準備をしたいところだ。
困惑しているヨネシゲにチャールズがヨネシゲに尋ねる。
「アンタ、あの坊主から何も聞いていないのか?」
「坊主って、ユータのことか?」
ヨネシゲは何のことかわからず首をかしげる。
ユータから何も聞いていないようだ。
そんな彼の様子を見たチャールズは説明を始める。
アサガオ亭での決闘の後、マッチャンはユータに言付けをしていた。
“リベンジしたいならアライバ峠にあるアジトに来い。いつでも待ってるとな!”
マッチャンは自分の言葉に責任を持つ男。
そう発言したからにはヨネシゲが姿を現すまで必ず待ち続ける。
しかし、ヨネシゲがリベンジしに姿を現す保証はない。
確かにヨネシゲなら翌日になれば姿を現す可能性は高い。
彼は大して強くはないが誰にでも噛みつく犬の様であり、根性だけはある。
リベンジへ来いと言われたら間違いなくアジトへ向かうだろう。
だが姿を現さなかった。
いくらヨネシゲがリベンジへ行く気満々だとしても周りがそれを許さないであろう。
マックスやメアリーに止められるのがオチだ。
もしくはマッチャンの圧倒的なパワーを目の当たりにして怖気付いている可能性も考えられる。
原因は色々と考えられたが、どうやらマッチャンの言付けをユータが伝えていなかったようだ。
「アンタがリベンジに来ないとマッチャンさんが動かないんだよ」
ヨネシゲにはその理由がわからないのでチャールズに説明を求めた。
そもそもマッチャン一家はグレート王国内を放浪する盗賊団。
盗賊と言っても、ターゲットを悪名高い貴族や資産家などに限定した変わった盗賊団である。
善良な者や貧乏人からは決して金品は盗らない。
それが彼らのポリシーである。
とはいえ盗賊を生業にしている彼らは盗る物がなければ生活はできない。
となれば次の拠点を探すまでだ。
現在彼らが拠点にしているのはアライバ峠と言う場所。
この峠周辺に住む悪徳貴族達からは既に金品を根こそぎ頂いている。
そしてアライバ峠周辺でメインの仕事場になるはずたったヨネフト地区には善良人ばかりで盗みが働けなかったのだ。
そうなると長居無用、これ以上アライバ峠を拠点にする必要はない。
しかしこの盗賊団の頭領マッチャンは何を言っても動こうとしない。
その理由はユータに言付けした際に“いつでも待っている”と言ってしまっている。
マッチャンは嘘を嫌う。
そして自分の言葉に責任を持つ男。
マッチャンはヨネシゲがこのアジトに来るまで絶対に移動はしないも言っているのだ。
当初、副頭領のジョーソンやチャールズたちはヨネシゲが早々に姿を現すと思っていた。
ところが、一ヶ月近く過ぎても一向に姿を現さない。
このままではいけないと、ジョーソンがマッチャンを説得する。
しかし、マッチャンは首を縦には振らなかった。
頑固者のマッチャンにこれ以上何かを言っても意味がない。
マッチャンと長い付き合いのジョーソンは彼の性格を理解していた。
そうなるとヨネシゲにアジトへ来てもらうのが手っ取り早い。
リベンジするにしてもしないにしても、ヨネシゲ本人から直接マッチャンに意思を伝えてもらおうと考えた。
ヨネシゲがリベンジをすると言うのであればそれで済む話。
仮にリベンジしたくないと言うのであれば、本人から直接伝えてもらえればマッチャンも納得するであろう。
ジョーソンはチャールズを使者としてヨネシゲの元へ送ることにした。
但し、ヨネシゲ関係者には知られることなく実行しなくてはならない。
知られれば、周りは間違いなくヨネシゲを止めるはずだ。
チャールズは数日前から行動を始めヨネシゲが一人になる機会を伺っていた。
なかなか単独行動をしなかったヨネシゲであるが、ヨネシゲが一人でトイレに行く瞬間をチャールズは逃さなかった。
「とりあえず直接マッチャンさんにアンタの意思を伝えてもらいたい、頼む」
そう言うとチャールズは軽く頭を下げた。
自分に頭を下げてるチャールズに驚くヨネシゲ。
チャールズの説明を聞く限り大したことなさそうだが、マッチャン一家にとって死活問題なのであろう。
「わかった、行くよ」
ヨネシゲはアジトに行く意思を伝える。
決してチャールズに協力するわけではない。
ただマッチャンに負けたままが嫌だからだ。
それに1ヶ月近い特訓でヨネシゲは着実に力を付けていた。
今回はマッチャンに勝てる根拠のある自信があったのだ。
ヨネシゲの意思を確認したチャールズはこの事を誰にも話すなとと伝えるとその場を後にした。
チャールズの後ろ姿を眺めているヨネシゲ。
マッチャンへのリベンジに闘志を燃やしていたが、忘れていた尿意が戻ってきてたため急いでトイレに駆け込むのであった。
その日の深夜のヨネシゲ邸。
あと少しで日付が変わるところか。
屋敷はいつも通り寝静まっていた。
そんな照明の落ちた静かな廊下を一人の男がこっそり歩いていた。
ヨネシゲだ!
そう、彼はこれからアライバ峠にあるマッチャン一家のアジトへ一人向かおうとしていたのだ。
誰も起こさないよう静かに廊下を歩くヨネシゲであった。
「ん…?ト、トイレ…」
ちょうどその頃、尿意で目を覚ます一人の男が居た。
ユータである。
用を足すためベッドから起き上がり部屋の扉を開いた。
すると目の前にいきなり黒い人影が現れる。
寝ぼけていたためその物体が何なのかすぐに認識できなかった。
目をこすり再び人影へ目をやると視界が鮮明になった。
そこに居たのはヨネシゲであったのだ。
ヨネシゲは驚いた表情でこちらを見ていた。
ユータはヨネシゲもトイレに行くのかなと思ったが少し様子がおかしい。
ヨネシゲの服装はいつも着ているパジャマではなく、外出用の服であった。
まだ冬場で外は寒いためジャンパーを羽織り、マフラーも巻いていた。
どう見てもどこかに出掛けるつもりだ。
ユータはばつの悪そうな顔をしてるヨネシゲを問いただす。
最初は誤魔化していたヨネシゲだが、これ以上言い訳できなったのかユータに事情を説明し始めた。
これから一人でアライバ峠にあるアジトへ向かい、そこでマッチャンにリベンジ戦を挑む。
ヨネシゲ自信満々の表情で説明する。
確かにここ最近のヨネシゲはかなりのスピードで成長している。
盗賊団の雑魚くらいなら簡単に倒せるであろう。
しかし、あのマッチャンの力は未知数だ。
ヨネシゲの惨敗ぶりも目の当たりしている。
流石に彼一人でアジトへ向かうのは危険だし心配だ。
「俺も行きます!」
ユータはヨネシゲと一緒に着いていくことにした。
それを聞いたヨネシゲは慌ててユータを止める。
これは自分の問題であり周りの人間を巻き込みたくない。
ヨネシゲは一人で向かう意思をユータに伝えたが、彼も引き下がろうとしなかった。
いくらマッチャンと一対一で戦うとはいえ相手方には大勢の盗賊たちが控えている。
その盗賊たちがいつヨネシゲに襲いかかってくるかわからない。
不測の事態に備えて自分も付いて行くと言うユータ。
それにユータ自身もヨネシゲと共に地獄の鬼特訓を耐えてきた。
あわよくば自分も腕試ししたいところだ。
だが、ヨネシゲはそれでもユータが付いてくることを渋っていた。
そんなヨネシゲにユータは切り札を切る。
「メアリーさんとマックスさんにチクりますよ」
それを聞いたヨネシゲは諦めたのかユータが付いてくることを許可する。
「仕方ない、頼むぞ」
「任せてください!」
二人は真夜中の屋敷を抜け出すとアライバ峠を目指すのであった。
待っていろ、マッチャン…!
つづく…
豊田楽太郎です。
21話の投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
仕事の関係で22話の投稿も遅くなる可能性がありますのでご承知おきください。
今後ともヨネシゲの記憶を宜しくお願い致します。