第20話 地震・雷・火事・姉貴
あの日の夕方の河川敷…
「シゲちゃんは姉ちゃんたちが守ってあげるからね!」
イジメっ子達から助けてくれた姉達の後ろ姿は今でも鮮明に覚えている…
ヨネシゲには三つ子の姉がいる。
通称“クラフト三姉妹”
もちろん、この空想の世界にも登場するのであるが、現実の姉と大きく異なる所が多数ある。
現実世界の姉は三人とも母親似でかなりの美人らしい。
スタイルもモデル並みで身長は170cm程。
歳をとっても顔と体型は若い頃とほとんど変化がなく美魔女と言ったところか。
性格もおしとやかで優しく、ヨネシゲ自慢の姉なのである。
しかし、この空想の世界に登場する姉たちは実際の姉たちと似ても似つかない存在。
まず顔はヨネシゲそっくりである。
ヨネシゲの顔はTHE男と言った感じであるが、それ以上に姉たちの顔の方が男らしい。
そして2メートル超えの身長と力士のような巨体。それなりに脂肪で覆われているが筋肉の割合の方が多いみたいだ。
性格は男勝りで気性が荒い。
優しいところも一応あるのだが。
酒を飲んで酔っぱらうと手のつけようがない。
姉と言うよりは頼れる兄貴と言った方が似合っている。
ただ、現実の姉と共通するところは弟思いなところだ。
こう見えても常にヨネシゲの事を気にかけている素晴らしい姉なのである。
そんな空想の世界での彼女たちクラフト三姉妹についてもう少し説明しよう。
クラフト三姉妹はかつてグレート王国軍に所属していた将校、元軍人である。
彼女たちはグレート王国軍の中でもかなりの実力を持つ猛者であった。
王国を侵略しようとした敵の軍隊や凶悪な海賊に山賊、反国王派の領主たちと激戦を繰り広げてきた。
その中で多くの功績を残してきたのが彼女たちである。
クラフト三姉妹の長女メアリーは“怒りのメアリー”の異名を持つ。
怒りと言うだけあって三姉妹の中でも非常に短気な性格である。
彼女を怒らせて無事だった敵はいない。
怒り始めると全身から高温の蒸気を発する。
迂闊に近付こうものなら火傷では済まない。
過去に敵国の軍隊を蒸気でまるごと蒸し焼きにし全滅させたこともある。
メアリーは自在に高温の蒸気を操れる特殊能力の使い手なのだ。
そして身体能力と武術もずば抜けた才能を持っている。
次にクラフト三姉妹の次女レイラは“冷酷レイラ”の異名を持つ。
現在は当時の面影はまったくないが、軍人時代は相手が命乞いしても力尽きるまで容赦ない攻撃を浴びせ続けていた。
彼女も特殊能力の使い手。
縦横無尽に氷柱を発生させることができる。
地面から発生させた氷柱で敵が串刺しにされ、血を流しながら力尽きている…そんな姿を見たら背筋が凍り付くことであろう。
そして、クラフト三姉妹の三女リタは“恐怖のリタ”と呼ばれていた。
戦線離脱しようと逃げ出す敵兵を地の果てまで追いかけ回していた容赦ない女。
彼女もまた特殊能力を使用することができる。
狂暴な肉食恐竜を何頭も召喚することができるのだ。
その恐竜に捕まった敵に明日はない。
その場で食い殺されるか噛み殺されるか…
見るも無残な姿になってしまう。
恐竜と一緒にどこまでも追いかけてくる彼女の姿は正しく恐怖の一言である。
そんな頼もしい?姉達と戦う日がやって来た。
戦うと言っても実戦形式の訓練である。
この世界に来て自分の弱さに気付かされたヨネシゲ。
彼はこのままでは大切なものを守れないと悟った。
ヨネシゲはマックスの指導のもとユータと共に特訓を行っていた。
特訓の内容は体力や武術を鍛えるのはもちろんのこと特殊能力の習得にも力を入れていた。
元々持っていた才能なのか?それともこの世界の住民になったから故なのか、二人は恐ろしいスピードで急成長していく。
今の状態で現実世界にも戻れば素手だけで無双できることであろう。
更に念願の特殊能力を習得することもできた。
本来二人が習得しようとしていたものと異なるが、ユータは植物系、ヨネシゲは治癒術で頭角を現し始めている。
二人の成長を間近で見ていたマックスは実戦訓練の時期を伺っていた。
マックスは身体能力と武術及び特殊能力の習熟度が妥当だと判断、そして特訓を影で見守っていたクラフト三姉妹と打ち合わせの結果、本日実戦訓練を行うことが決まったのだ。
当初はマックス一人で二人の相手をするつもりであったが、クラフト三姉妹が弟の成長を肌で感じたいと言い出して聞かなかったので緊急参戦することになった。
この三姉妹が実戦訓練の相手であれば不足はない。
今回マックスは審判役を務めることにした。
一同、実戦訓練のためヨネフト村の北側にある荒野へ移動していた。
春が近付いてはいるが所々に雪が残っていた。
この荒野は村から少し離れた所にあり、周りには民家もなく村人が訪れることも滅多にない。
この場所なら暴れまわっても誰かに迷惑を掛けることはないのだ。
ユータとヨネシゲの正面には今にも襲いかかってきそうなクラフト三姉妹が並んでいた。
まるで腹を空かした猛獣のようだ。
マックスが双方の間に割って入って実戦訓練の説明をする。
ルールは簡単、ユータとヨネシゲが倒れるまで訓練は行われる。
降参したり逃げ出したりすることも禁止だ。
もちろんの事だが、クラフト三姉妹を全滅させた時点でも訓練終了であるが、その可能性はゼロに等しいであろう。
「本気でやれよ、健闘を祈る」
マックスはそう言い残すと少し離れた場所まで移動していった。
彼が移動するのを見届けるとメアリーが訓練開始の確認を行う。
「準備はいい?始めるわよ」
ユータとヨネシゲは頷いて答える。
それを確認したクラフト三姉妹は拳を握りしめ構え始める。
ユータとヨネシゲも身構え始めいつでも攻撃できる体勢をとった。
そしていよいよ実践訓練が開始されるのであった。
「始めっ!」
メアリーの野太い声が荒野に轟く。
先手を打ったのは意外にもユータであった。
ユータの表情は自信に満ち溢れていた。
マックスの鬼特訓で着々と力を付け特殊能力まで習得できた。
今の自分の実力を試したかったのだ。
とは言え相手はあのクラフト三姉妹。
攻撃される前に攻撃しなければ…
三姉妹の強さはマックスに散々聞かされた。
彼女たちの攻撃は一撃必殺級。
攻撃を受ければただでは済まない。
やられる前にやるという考えだ。
しかし、そう簡単に通用する相手ではないのはわかっている。
今のユータはがむしゃらに突っ込むことしかできないのだ。
ユータは特殊能力を使用して無数の花びらを発生させた。
その花びらをクラフト三姉妹に向けて吹き付ける。
花吹雪である。
宙を舞う無数の花びらが三姉妹を覆い視界を奪っていた。
ユータはすかさず大量の木の矢を発生させそれを放った。
木の矢は花吹雪の中へと消えていった。
今度はヨネシゲが攻撃を仕掛ける。
彼はマックスに攻撃系特殊能力が不向きだと判断された。
なので素手での攻撃に特化した訓練を行っていた。
パンチとキックに体当たり…
これがヨネシゲの主な攻撃技だ。
バリエーションは少ないが、この短期間で恐ろしい程の攻撃力を身に付けることに成功した。
今のヨネシゲなら巨大な岩をパンチ一発で粉砕することができる。
それも半分位の力で可能だ。
そのヨネシゲの鋭い拳が花吹雪の中で視界を奪われているであろう姉たちに向けて襲いかかる。
すると何かに当たった感覚がヨネシゲの拳に伝わる。
手応えありだ!
花吹雪で何に当たったかは確認できないが、この何もない荒野で目の前に存在する物体と言ったらクラフト三姉妹しかない。
しかし、その姉たちから反撃がない。
流石の姉もヨネシゲ渾身の一撃とユータの特殊能力に怯んでるに違いない。
ヨネシゲは好機だと思い花吹雪の中に隠れている姉たち目掛けパンチとキックの乱れ打ちをお見舞いする。
ユータも特殊能力で作り出した木刀で花吹雪の中の三姉妹へ打撃を与える。
この光景、完全に袋叩きだ。
誰もがそう思うであろう。
ユータとヨネシゲは無我夢中で攻撃を続けている。
その様子をマックスは煙草を吹かしながら眺めていた。
それからしばらくの間彼らの攻撃が続いた。
ユータとヨネシゲの息は上がっていた。
するとヨネシゲが攻撃を中断させる。
それを見たユータも攻撃をやめた。
ヨネシゲは不安そうな顔でユータを見る。
「ユータ、姉さんたち大丈夫かな…?」
怒濤の攻撃を浴びせ続けていたユータとヨネシゲ。
普通の人間なら恐らく命を落としているであろう。
いくら実力者だからといえ相手は生身の人間である。
ただでは済んでないはずだ。
花吹雪で中の様子が伺うことができない。
ひょっとしたら姉たちは反撃できないほどのダメージを負っているのかもしれない。
ヨネシゲは突然そんな不安に襲われたのだ。
ユータも流石にやり過ぎたかと焦り始めていた。
今まで人を傷つけたことのなかったユータ。
強いて言えば盗賊のスキンヘッドを失神させてしまったくらいだろうか。
だが、あれは故意ではなかった。
今回は自分の意思で相手に怒濤の攻撃を仕掛けている。
先程まで無我夢中で攻撃していたユータであったが、ヨネシゲの不安そうな表情を見て急に罪悪感に襲われた。
もしかしたら自分たちは取り返しのつかない事をしているのかもしれない…
全く反応のないクラフト三姉妹…
ヨネシゲは姉たちの安否が気になりユータに花吹雪を解除するように求める。
ユータもそれに応じ急いで花吹雪を解除しようとした。
その時である。
花吹雪の奥から野太い声が聞こえてきた。
「敵に情けをかけるな…!」
すると花吹雪の中から突然、太い腕が飛び出しきてユータとヨネシゲの首を掴むのであった。
物凄い力で首を掴まれている二人は息が思うようにできなく苦しんでいた。
そして花吹雪の中から巨大な影が浮かび上がってきた。
姿を現したのは言うまでもなくクラフト三姉妹であった。
驚くことに彼女たちは無傷であった。
レイラはヨネシゲを、リタはユータの首を掴んでいた。
メアリーは腕を組ながら鬼の形相で苦しむ二人を見つめていた。
しばらく見つめた後、メアリーが突然二人に怒鳴り始めた。
「戦場ではな!その一瞬の隙が命取りなのよ!」
ユータとヨネシゲは三姉妹の安否が気になり攻撃を中断してしまった。
確かに相手がヨネシゲの姉であるため安否が気になるのも無理はない。
しかし、今行っているのは実戦形式の訓練。
訓練と言えども本気で戦うように言われている。
もしこれが本番の実戦だったら命を落としているとメアリー叱責されるユータとヨネシゲ。
メアリーの厳しい説教が終わるとユータとヨネシゲは解放された。
その場に座り込んでしまうユータとヨネシゲ。
先程の猛攻撃で体力をほとんど消費してしまったようだ。
だが彼らに休んでいる暇などない。
案の定、三姉妹から立ち上がるよう促される。
二人は渋々立ち上がった。
さて始めるかと思った次の瞬間である。
レイラとリタの強烈な蹴りがユータとヨネシゲの腹にめり込む。
二人は物凄い勢いで空中に吹き飛ばされる。
地面に落下した彼らは苦しそうにもがいていた。
二人は身の危険を感じた。
全身に激痛が走っている。
蹴られた瞬間に自分の骨の折れる音も聞こえた。
確実に骨折している…
そして、むせると口から大量の血を流していた。
その二人の元にレイラが歩み寄ってきた。
「隙を見せるなと言ったばかりよ。さあ、立ちなさい」
レイラは冷たい目つきで二人を見下しそう言った。
(殺される…!)
恐ろしい程の冷酷な目つきにユータは恐怖で背筋が凍りついた。
それに逃げようと思っても体が動かない。
先ほどの一撃を食らっただけで立ち上がることすらできなくなっていた。
ヨネシゲはあまりの激痛にうめき声をあげながら踞っていた。
その様子に見兼ねたメアリーが二人の元にやって来ると治癒術を使い始めた。
しかし、激痛は和らいだものの、まだ体のあちこちに痛みが走っている。
メアリーほどの実力者なら簡単に痛みや傷を治せるはずだ。
疑問を感じていたユータに気付いていたのかメアリーが説明を始める。
戦場ではいつでも万全の状態で戦える訳ではない。
怪我を負ってても敵と戦闘することがある。
そうしなければ相手に殺されてしまう。
踞っている暇などないのだ。
この実戦訓練の目的としては極限の状態でいかにして戦うかを学んでもらうこと。
そして痛みに耐えきれることのできる精神力を養ってもらうためなのだ。
なので体を動かせる程度の回復しか行わないとのこと。
「さあ、立ちなさい。動けるでしょ」
メアリーに促されるとユータとヨネシゲは立ち上がる。
自力で動けるようになったが、体を動かす度に激痛が走る。
あまりの痛さに体がフリーズしてしまう二人。
その隙をついて三姉妹の容赦ない攻撃が再びユータたちに襲いかかるのであった。
倒れては少しだけ回復、再び倒れては少しだけ回復…
この日は繰り返しこのようなサイクルで訓練が行われた。
正直ユータとヨネシゲにとっては生き地獄のようだ。
そして、この地獄のような実戦訓練は一週間連続で続けられた。
地獄のような実戦訓練が終了して通常の特訓に戻っていた。
実戦訓練の成果はしっかり出ていて、痛みにはかなり強くなった。
また武術や特殊能力についても、実戦で十分使用できるものへと進化していた。
これも、世にも恐ろしいクラフト三姉妹のスパルタ指導のお陰だ。
そしてある日のことだ。
特訓中に尿意を催したヨネシゲは用を足すためトイレへと向かった。
トイレはマックスの家の中だ。
ヨネシゲは玄関の扉を開け中に入ろうとした。
「ヨネシゲだな?話がある」
すると突然ある男に呼び止められる。
ヨネシゲは振り返ると見覚えのある男が背後に立っていた。
ヨネシゲは驚く。
「お、お前は!あの時の!」
そこに立っていたのはリーゼントの男。
そう、盗賊マッチャン一家の中堅の男であった。
リーゼント襲来!?
つづく…
お世話になっております、豊田楽太郎です。
いつもヨネシゲの記憶を応援してくださっている皆様、ありがとうございます!
投稿の方遅くなってすみませんでした。
次話の投稿も一週間程お時間頂きたいと思いますのでよろしくお願い致します。