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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
2章 空想の猛者たち
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第18話 一輪の花

かつてグレート王国保安局の敏腕捜査官として活躍していた男…

その名は“マックス・エレファント”

鬼のマックスと呼ばれていた。

彼は犯罪者には容赦なしの男であった。

保安官の役目は犯罪者を生きて捕らえることである。

しかし、この鬼と呼ばれた男は犯罪者が命乞いするまで完膚なきまでに叩きのめす。

その姿は正しく地獄の鬼の様であった。

そして、鬼と呼ばれるにはもう一つ理由があった。

それは鬼のような訓練をすることで有名であった。

マックスは保安官候補生を育成する教官を務めていた時期もあった。

しかし、あまりに厳しすぎる訓練のため大半の候補生が脱落してしまった。

そのためマックスは教官から外されてしまった過去がある。

その後、ある出来事がありマックスは保安官を辞めることになる。

保安官を辞めた後は幼馴染である領主ヨネシゲの相棒としてヨネフト地区で活躍している。

現在は性格も顔つきもかなり穏やかなになったらしい。

その証拠に今では子供たちに人気のおじさんである。

かつての鬼の面影は既にないらしい。

だから、今ユータたちがやっている特訓は優しい内容だ。

マックスはそう語ってくれた。

そんな話を聞かされていたのはユータであった。

何故彼の話を聞かされているのかと言うと…


時をさかのぼること一週間前である。

それはヨネシゲがマッチャンとの決闘に敗れた翌日の事である。

ヨネシゲはある決意をしていた。

“強くなって大切な人たちを守る”

マッチャンに敗れるまで自分は最強のヒーローだと信じていた。

なぜなら、この世界は自分の作り出した空想…

つまり理想の世界である。

しかし、実際の自分は最弱クラスの人間であった。

最強の自分は単なる理想像に過ぎなかった。

ここが理想の世界であっても現実世界から来た自分がいきなり最強の存在になれるはずもなかった。

このままでは万が一の時に大切な家族や仲間、民たちを守りきれない…

そのためには一から鍛え直す必要がある。

そこで考え付いたのは相棒マックスに特訓してもらうこと。

ヨネシゲの特訓生活が始まるのであった…



これはあくまでもヨネシゲが特訓を始める理由。

一方のユータは特訓など始める理由などない。

確かに盗賊相手に逃げ回っていただけで、目の前でやられるヨネシゲに何の援護もできなかった。

正直自分の不甲斐なさを感じた。

しかし、ユータにとってはこの世界で何が起ころうと所詮ヨネシゲの空想に過ぎない。

言い方は悪いがヨネシゲの妄想に付き合わされているだけなのだ。

わざわざこの世界で強くなろうと思わないし、今自分がしなくてはいけないのは現実世界に戻るための方法を探し出すこと。

特訓などしている暇はないのだ。

ヨネシゲの決意を聞かされ一瞬応援してしまっていた。

あの時、ヨネシゲの意思に流されず自分の意思を強く持っていれば…

忘れることもなく彼を連れ戻し、今頃現実世界に帰る方法を二人で模索していたであろう。

いや、もしかしたら現実世界に戻っているかもしれない。

あの時油断さえしていなければ…!

マックスに捕まったのが運の尽きであった。

ユータはマックスに捕まり強制的に特訓をすることになった。


最初のうちはヨネシゲのレベルを考え“基礎”を上げるのに専念するとのこと。

しかし、普段運動しない二人にとってかなりきついものであった。


筋力アップのため

腕立て伏せ…300回

腹筋運動…300回

スクワット…300回


体力アップのため

ヨネフト村からアライバ村まで…2往復

(ハーフマラソン並の距離を走る)


この内容だけなら耐えられたかもしれない。

だが、マックスが言う基礎とはこれだけではなかった。


強い男になるためには戦闘力が必要!

ユータVSヨネシゲ

本気の殴り合い、蹴り合い、突進、頭突き、噛み付き…などなど。

ありとあらゆる手段を使い相手が倒れるまで戦い続ける実戦訓練。

ちなみに勝敗についてだが、週の前半はユータが勝利を収めていた。

後半はというとヨネシゲが成長したためか、はたまたユータの疲労がピークに達していたためなのか、ヨネシゲが勝利を収める場面も多くなっていた。


そして、極め付けが…

マックスの人間離れした超能力のような技を全身で受け止める訓練だ。

何の意味があるのかわからないが、マックス曰く防御力をあげるためだとか…

手加減しているとはいえ、青い閃光を伴う衝撃波みたいな攻撃を直に受ける。

かなりのダメージだ。

気を失っても強制的に叩き起こされ再び攻撃を食らう。

まるで拷問だ…


この内容をほぼ全て一週間毎日続けてきた。

運動能力があまりない素人達には激しすぎるものだ。

正直、生きている自分達が不思議だ。

とは言うものの、それなりの信念があるヨネシゲはマックスの鬼特訓に食らい付いてる。

しかし、ユータはというと…

既に限界を迎え心が折れてしまった。

彼はちょうど一週間が過ぎた日の朝、特訓をやめさせてほしいとマックスに嘆願していた。

そんなユータにマックスは昔話を交えながらユータに特訓を続けるよう説得していた。


「せっかく一週間も耐えたんだ…もったいないぞ?」


マックスはここまで耐えたユータを評価していた。

以前村の若者たち相手に同じ内容の特訓を行ったことがある。

だが、初日で脱落する者も少なくはなかった。

一週間すると七割方の若者が脱落していた。

ユータはとりあえずは一週間耐えている。

最初の一週間は確かにきついだろう。

しかし、ここで終わってしまってはもったいない。

たった一週間とはいえ、ユータは着実に力を付けていた。


「もう一週間頑張ってみないか?」


「一週間…」


マックスはユータに留まるよう説得する。

元はと言えば自分がユータを無理矢理特訓に参加させた。

ユータが特訓をやめると言っても引き留める理由はないのかもしれない。

だが、無理矢理特訓に参加させたからこそ最後まで面倒が見たい。

マックスはそう思っていた。

そこで彼はユータに提案する。


「今日は新しいことを教えてやる!」


「新しいこと?」


「そうだ!お前も特殊能力使ってみたいだろ?」


特殊能力と言う言葉にユータは考え込む。

特殊能力とは一体なんだ?

現実世界では漫画やアニメ、映画などでしか聞かない。

でも考えてみれば、マックスの人間離れした超能力みたいな技の数々…

考え込んでいるユータにマックスが特殊能力について軽く説明する。

特殊能力とは文字通り特殊な力を自由自在に操ることのできる能力らしい。

一言に特殊能力と言っても幅が広い。

火や電撃、水などを発生させて操り相手にダメージを与える攻撃タイプのものもあれば、自身の身体を物や動物などに変身させる能力、傷などを回復させる治癒術など多種多様である。

そうなるとマックスが使っていたあの青い閃光を伴う衝撃波のような攻撃は特殊能力だったのか!

だとしてもあのような能力を自分なんかが使えるのか?

特訓をやめたいと言っていたユータであったが少し興味を持ち始めた。


「俺もマックスさんみたいな技使えるんですか?」


「断言はできないが可能性は十分ある」


ユータは少し考え込む。

自分がビームや衝撃波を自在に操れるようになるなど、にわかに信じがたい。

だが、ここはヨネシゲの空想の世界である。

そう考えると自分でも特殊能力とやらを使いこなせる可能性は十分ある。

子供の頃に一度は思い描いたはずだ。

魔法や超能力を自在に操り、強敵を倒していく姿を。

と言うことは、ヨネシゲはこの歳になっても魔法や超能力を操る姿を妄想…もとい、空想していたのか。

いや、歳は幾つになっても夢を見ることは大事である。

だから、自分も夢を見てもいいのかもしれない…

色々考えを巡らせているユータにマックスは続ける。


「あと一週間で効果が出なかったら特訓をやめて構わない。騙されたと思って続けてみないか?」


ユータは少し悩んだが答えは…


「わかりました、続けてみます。一週間で特殊能力が使えなかったら本当に特訓やめますよ?」


「約束しよう。大船に乗ったつもりでいろ」


ユータは一週間で特殊能力が使えるようになることを条件に特訓を継続することにした。




早速であるが特殊能力の練習が始まる。

いつもであれば、朝は筋トレかランニングのどれからか始まる。

しかし、今日はパターンが違う。

ヨネシゲは不思議そうにマックスに尋ねる。


「マックス、今日はどうした?新しい特訓か?」


「今日から特殊能力の練習も加えて特訓を行う」


「と、特殊能力!?」


ヨネシゲは特殊能力という言葉に驚きつつも目をキラキラと輝かせていた。


「まあ、自在に色々な能力を使えるお前なら必要ない訓練かもしれないがな」


「えっ…!?」


ヨネシゲはこの世界ではありとあらゆる特殊能力を使えるらしい。

火、水、雷、風、氷、草…

治癒術なども使える万能な能力者らしい。

マックスが説明しているとヨネシゲの顔が曇り始めていく。


(確かに俺は、特殊能力を自在に使いこなせる設定だが…)


「ヨネシゲ、ちょっとユータに見本を見せてやってくれ」


「お、おっ、おう!」


ヨネシゲ動揺しながらも両手の前方に構え始める。

しかし、ユータは気付いていた。


(ヨネさん…特殊能力なんか使えないだろう)


特殊能力が使えるのは理想像のヨネシゲであって、このヨネシゲではないのだ。


「ハーッ!!」


ヨネシゲは気迫のこもった声を出しながら両手を振りかざす。

しかし、何も起こらない…

何度試しても、何も起こらない…

いつしかヨネシゲの息は上がっていた。

それを見ていたマックスはため息を漏らす。


「ヨネシゲ、もういい。特殊能力まで使えなくなってしまったか…」


マックスは落胆した様子で言葉を漏らした。


「マックス、一から俺に特殊能力の使い方を教えてくれ!」


「わかったよ」


こうしてユータとヨネシゲの特殊能力の練習が始まった。





マックスが二人に特殊能力の使い方を教える。

まず大切なのは特殊能力を使っている自分をイメージすること。

自分の奥に眠る潜在能力を呼び覚ますのが大事らしい。

また、具体的にどんな能力を使いたいのか想像するのも重要。

但し、いきなり大技を繰り出そうとしても上手くはいかない。

最初のうちは火の玉や軽い電撃を放つ程度のイメージで訓練したほうがよい。

きちんと段階を踏んでいく必要があるのだ。

また特殊能力には個人差がある。

才能のある者であれば一ヶ月もあれば大技を使いこなせるようになっている。

しかし、才能がない者だと初歩的な技を使いかなせるのに数ヶ月要するにこともある。

下手をしたら特殊能力自体が使えないことも。

それと特殊能力を使えたとしても得意な分野、苦手な分野がでてくる。

ある人は火炎系は得意であるが水系は苦手…

攻撃系全般は得意であるが、治癒術が全く使えないなどそれぞれである。

早めに自分の得意分野を発見して成長させる必要があるのだ。

ユータとヨネシゲはマックスから特殊能力の説明を一通り受けると実際に練習に入る。

練習は意外と地味なものであった。

先ほど説明を受けたように特殊能力を使っている自分を想像する。

具体的にどのような特殊能力を使いたいのか?

ユータは電撃系、ヨネシゲは火炎系を選択した。

そして、特殊能力を使用している己の姿を想像し声を出したりしながら…

空手の素振りのように拳を繰り出したり、シャドーボクシングをしたり、木や岩などに突進したりと…見えない相手とひたすら戦っていた。

傍から見るとその様子は異様である。

男二人が見えない相手に向かって大声を出しながら拳や蹴りを繰り出しているのだから。

しかし、これは特殊能力を使えるようにするため必要なことなのである。




それから数日が過ぎ二人に少しずつ変化が現れ始める。

最初に変化が現れたのはヨネシゲであった。

ヨネシゲは実戦訓練で傷付いたユータの身体を治癒術で治そうとしていた。

ユータとヨネシゲは攻撃系の特殊能力をメインで練習していたが、治癒術についてもマックスに練習させられていた。

いざと言う時に自分の傷を治癒できるというのは大きな武器である。

そんな事もあり、ヨネシゲは練習のためユータの傷の手当てを治癒術で行うことにした。

ちなみにまだ一度も成功していない。

マックスも気になりその様子を側で伺っていた。

そして、ヨネシゲは両手をユータにかざし力を入れる。


「おうっ!」


ヨネシゲの気迫ある声が響き渡る。

その瞬間である。

ユータの体に変化が現れる。


「あ、あれ?」


「ど、どうした!?大丈夫か?」


不思議そうにするユータにヨネシゲが慌てた様子で問いかける。

するとユータが返事をするがその答えはヨネシゲの予想していなかったものであった。


「ヨネさん、凄いです!体が凄く楽になりました!」


それは溜まっていた疲れが一気に体の外へ流れていくような感覚であった。

そして腕にあった傷なども塞いでいた。

しかし、まだ完璧ではないみたいだ。

傷は塞いだだけで完治した訳でもなく、疲労感も多少残っていた。

とはいえ、疲労がピークに達して傷だらけだったユータにとって劇的に体が楽になったのは事実であった。

一方のヨネシゲはと言うと、自分がまさか本当に治癒術を使っていることに信じられないでいた。

そんな彼をユータとマックスは褒める。


「その調子だ、ヨネシゲ!」


「流石です!ヨネさん!」


「へへへ…」


少し自分に自信の持てたヨネシゲであった。


翌日、ユータはいつも以上に気合いを入れて特訓に臨んでいた。

昨日、ヨネシゲの治癒術で疲労が回復したから?

確かにそれもユータがいつも以上に元気な理由かもしれない。

ではユータが気合いを入れている真の理由とは?

ユータは焦っていた。

そう、ヨネシゲに特殊能力の訓練で先に越されてしまったからだ。

かれこれ2週間近くヨネシゲと共にマックスの鬼特訓を受けている。

そうなるとヨネシゲは単なる職場の先輩ではなく、共に戦う戦友でもあり、ライバルでもあった。

同じ時期に特訓を始め能力も大差ないこの二人。

特訓については無理矢理始めさせられたユータであったが、ライバル的存在のヨネシゲに先を越されるのは悔しい。

少しでも早くヨネシゲのレベルに追い付かなくては…!


「今日のユータは気合いが入っているな!」


「そうだな」


マックスがそう言うとヨネシゲは頷いた。


ユータは電撃を放つつもりで両手を前方に構える。


(集中しろ…!)


ユータは両手の手のひらに全神経を集中させた。


(俺にだって…できる!)


そして、その様子をヨネシゲとマックスが見守る。

ユータは大きな声と共に両手を前に突き出した。

するとユータに異変が起こる。



ぽんっ!



目の前に起きた光景にヨネシゲとマックスは目を丸くしていた。

何より一番驚いていたのはユータ本人であった。

何故なら電撃を放つつもりで両手に力を送り込んだが、ユータの手のひらに現れたのは電撃ではなく、一輪の小さな赤い花であった。


「な、なんだこれは…!?」



ユータの手に咲く一輪の花…



つづく…

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