第17話 特別訓練
マッチャンとの決闘に敗れ、ある決意を固めたヨネシゲ。
その彼は自身を鍛え直すためマックスの元へ向かった。
一方のユータはそのヨネシゲを連れ戻すためマックスの家に向かった。
ユータはある日突然、このヨネシゲの空想の世界に迷い込んでしまった。
この世界に来てからと言うものの現実世界に帰るための行動をまだ一度も起こせていない。
ユータは焦っていた。
今頃、現実世界では自分とヨネシゲが突然居なくなってしまったことで大騒ぎしているはずだ。
一刻も早く元の世界に戻らなければならない。
その為にはヨネシゲと協力して現実世界に戻る方法を模索しなければならない。
しかし、ヨネシゲは特訓すると言い出して家を飛び出していった。
彼は現実世界に戻ることなどすっかり忘れている。
いや、そもそも帰るつもりなどあるのだろうか?
兎に角、ヨネシゲを連れ戻さなければ!
そう考えている間にユータはマックスの家に到着していた。
扉をノックしても反応がない。
思いきって中に入ろうとしたユータであったが、家の裏側から怒号が聞こえてきたのだ。
ユータは家の裏側に移動した。
すると目の前を高速で謎の物体が通過する。
その物体の正体とは…!?
「ヨ、ヨネさん!?」
ユータが見たものとは…
見るも無惨なボロボロになったヨネシゲが、地面にめり込んでいる衝撃的な姿であった。
ユータの前を高速で通過した物体はヨネシゲであった。
一体彼に何があったのか?
ユータはヨネシゲが飛んできた方向を見てみると一人の男が仁王立ちしていた。
「おう、ユータか!どうした?」
マックスである。
彼はにっこりと微笑み右手で挙手をしながら挨拶してきた。
「これは…一体どうしたんですかっ!?」
そんなマックスにユータは何があったのか質問する。
するとマックスは平然と答える。
「特別訓練だ…」
「と、特別訓練?」
(特別訓練って特訓のことだよな?)
ユータは特別訓練と言う言葉に一瞬考え込む。
これが特訓なのか?
確かにヨネシゲは特訓するためにこの家に訪れている。
だが、そのヨネシゲは昨日マッチャンや盗賊たちにやられたときよりも酷い姿で倒れている。
かつて鬼と呼ばれていたマックス。
特訓も厳しいものに違いない。
しかし、何をどうしたらこうなるのか?
訓練も通常、本人のレベルに合わせて行うはずだ。
今のヨネシゲは正直自分より弱いと思う。
ユータも決して強いわけではない。
体力も筋力も下手したら人並み以下だ。
そのヨネシゲのレベルを考えると初めは基礎となる体力や筋力を鍛えるべきだと思う。
いきなりこんな特訓ではヨネシゲの身が持たないぞ。
無理がある…!
そう思っているとマックスはヨネシゲを一喝する。
「どうした!ヨネシゲ!もう終わりか!?」
いや、もう終わりにしたほうがいい。
ユータはヨネシゲの身を案じて止めに入る。
「マックスさん!もう終わりにしましょう!このまま続けたらヨネさんが…!」
するとヨネシゲが突然叫び出す。
「いや!まだまだっ!」
ヨネシゲは起き上がるとマックス目掛けて突進していく。
ボロボロになったヨネシゲ。
よく見ると額から血を流している。
昨日はパンチが頬を擦っただけで失神してしまった彼である。
しかし、昨日より確実にダメージを負っているはずなのに起き上がり物凄い勢いで突っ走っている。
まだ彼にこれ程の体力があるのか…
そんなヨネシゲにユータは驚いていた。
ヨネシゲはマックスに殴りかかる。
それは今まで見たことのない程の気迫と勢いであった。
対してマックスは広げた手のひらをヨネシゲに振り向ける。
どうするつもりかと思っていたユータであったが、次の瞬間である。
マックスの手のひらから強烈な青い閃光が漏れ出す。
それと同時に衝撃波のような風圧が発生する。
その強烈な青い閃光と風圧がヨネシゲを襲う。
案の定、ヨネシゲは先程吹き飛ばされた辺りまで飛んでいく。
ユータもあまりの風圧に身を伏せていた。
閃光と風圧が収まるとユータは急いでヨネシゲの元へ駆け寄る。
「ヨネさん!大丈夫ですか!?」
その問いにヨネシゲは声を振り絞りながら答える。
「ま、まだ…だ…!」
まだ続けるようである。
これ以上は危険である。
その様子に流石のマックスも特訓終了を告げる。
「今日はもう終わりだ。また明日にしよう」
しかし、ヨネシゲは引かない。
「俺は…まだ、やれる…!」
そう言うと倒れていたヨネシゲは体を起こし立ち上がろうとする。
とても昨日までのヨネシゲとは思えない精神力である。
そんなヨネシゲを見てマックスは彼に提案する。
「わかったよ。だが、少し休憩にしよう。俺も少し一服がしたい」
マックスはヨネシゲの性格をよく理解している。
ヨネシゲは一度言い出すと人の意見を聞かない。
彼の頑固と言うかワガママな性格にユータも職場では苦労させられた。
今回は特訓を続けることを条件に少し休息を入れたのだ。
ヨネシゲはマックスの提案を大人しく受け入れた。
ユータとヨネシゲは地面に座り家の壁に寄りかかりながら休息をとっていた。
マックスは二人から離れた所でタバコを吹かしていた。
ユータとヨネシゲは無言のまま青空を眺めていたが、その沈黙を最初に破ったのはユータであった。
「ヨネさん、どうしていきなり特訓なんて…」
ユータは屋敷を出る前にヨネシゲが特訓をはじめる理由をソフィアやエリックから聞いていた。
だが、本人の口から理由を聞いていない。
普段仕事も適当なヨネシゲがここまで真剣に物事に取り組もうとしている姿は初めて見る。
そのユータの問にヨネシゲは静かに口を開く。
「強くならなきゃ、大切なものは守れないからな…」
ヨネシゲはそう言うと言葉を続ける。
ここは自分の作り出した空想の世界、つまり己の理想。
自分は他を圧倒する絶対的ヒーローという存在。
この世界の主人公だ。
しかし、それは理想像に過ぎなかった。
いくら理想の世界に迷い込んだからといえ、現実世界の自分がいきなり“最強”になれるはずもなかった。
マッチャンや盗賊たちに敗れてそれに気付いた。
その他にも理想と異なることがある。
顔の違う姉や全く別人の息子が自分の家族。
そんな中途半端な世界に居る意味などないとヨネシゲは考えていた。
しかし、この世界の人たちにとって自分はヨネシゲ・クラフトと言う存在に変わりはない。
自分の弟、夫、父親、親友…
そう信じて自分の事を心配してくれ、慕い、愛してくれている。
この世界で皆は正真正銘の家族や仲間なのだ。
例えそれが自分の思い描いた存在とは異なっていても。
自分にとって大切な人たちなのだ。
しかし、その大切な人たちに危険が迫ったら?
“最強のヒーローヨネシゲ様が必ず助けてくれる!”
皆そう思って自分を頼ってくるはず。
だが、今の自分では何もできずに敗北するだけだ。
実際、マッチャン一家相手に歯が立たなかった。
このまま何の努力もせずに、虚勢だけ張っていては皆を失望させ期待を裏切ることになる。
果たしてそれでよいのか?
このままではダメだ…
ヨネシゲは強くなって自分を愛してくれる皆のことを守りたいと思った。
領主として、またこの世界を作り出した張本人として責任もあるのかもしれない。
それに何より自分の為でもある。
「マッチャンに負けた俺は本当に情けない…」
ヨネシゲは溜め息を吐きながら言葉を漏らした。
アサガオ亭でユータ達の前で格好いいところを見せたかった。
しかし、実際は恥をさらしただけであった。
このまま負けっぱなしと言う訳にはいかない。
「まずは…汚名返上だな」
ヨネシゲの最初の目標は強くなってこのヨネフト村からマッチャン一家を追い出すことらしい。
その言葉を聞いてユータはあることを思い出す。
“リベンジしたいならアライバ峠にあるアジトへ来い”
ヨネシゲを下したマッチャンが去り際に残した言葉である。
ユータはそのことをヨネシゲに伝えると彼は拳を強く握りしめ青空を見つめる。
「待っていろ、マッチャン…!」
ヨネシゲはそう言うと立ち上がりマックスに声をかける。
「マックス、休憩は終わりだ!いつまでも休んでいられねぇ」
その言葉を聞くとマックスは持っていた携帯灰皿にタバコを捨てこちらに向かって歩いてきた。
「もう大丈夫なんだな?」
「おう!」
マックスの問にヨネシゲは力強く答えた。
マックスは今度は少しレベルを下げて特訓するそうだ。
普段から最強ヨネシゲを見ていた彼であったので手加減の度合いがわからなかったそうだ。
だが、昨日のヨネシゲを見ていたなら先程のはやり過ぎたと思うが…
この時ユータは本来の目的を忘れていた。
そう、ヨネシゲを連れ戻すこと。
しかし、いきなり目の前で吹き飛ばされるヨネシゲ、マックスの人間離れした技、そしてヨネシゲの決意を聞かされたユータは連れ戻す事などすっかり忘れ帰路に着こうとしていた。
「ヨネさん、無理だけはしないでください!」
「わかっている!最初は少し無理しちまったがな…」
“無理はしてねぇ!”とか言われると思ったが、ヨネシゲは珍しく素直にそう返した。
連れ戻すことを完全に忘れてはいたが、ヨネシゲの決意を聞かされ応援したい気持ちで一杯になった。
彼の燃え上がるような瞳は本物だ。
(頑張れ!ヨネさん!)
ユータは心の中でエールを送る。
ヨネシゲとマックスに別れを告げ屋敷へ戻るのであった…
「おう、ユータ!」
彼を呼び止める声。
声の主はマックスであった。
「マックスさん?」
ユータは立ち止まりマックスの方を振り返る。
何か自分に用件でもあるのか?
するとマックスはユータが想定外のことを口にする。
「ユータ、せっかくだしお前も特訓していけよ」
「え?」
突然の言葉にユータは一瞬フリーズする。
特訓って俺もヨネさんと一緒にあの攻撃を食らうのか!?
そんなのごめんだ。
ヨネシゲはともかく自分が特訓する理由など見当たらない。
確かに盗賊相手に逃げ回っていただけで力不足を感じたが。
「まあ、遠慮するなって!」
「してませんしてません!」
ユータが立ち尽くして特訓を拒否していると、マックスは一瞬のうちに距離を詰めてくる。
ガシッ!
マックスに腕を掴まれるユータ。
その掴まれた腕はピクリとも動かない。
「ちょ、ちょっと…!」
ユータは抵抗するが時すでに遅し…
マックスは不気味な笑みを浮かべていた。
特別訓練始動…!
つづく…