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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
2章 空想の猛者たち
18/76

第15話 真夜中の決意 ※挿絵あり

マッチャンとの決闘に敗れたヨネシゲ。

屋敷に運ばれた彼だが今も気を失ったまま。

自室のベッドに横たわるヨネシゲを医師が診断している。

その様子をユータたちは見守っていた。

部屋は静まり返り時計の針が動く音だけが聞こえていた。

最初に口を開いたのはヨネシゲの妻ソフィアだ。

彼女は夫の容態を医師に尋ねた。


「先生…夫は大丈夫なのでしょうか…?」


医師はしばらく無言のままだったが、診断が終わりソフィアの方に体を向け診断の結果を伝える。


「奥様、ご安心ください。怪我の程度も軽いですし、しばらくたてば目も覚まします」


診断の結果は大事無いとのこと。

医師はそう言いながらニッコリ微笑みかけると一同安堵の表情を浮かべる。

しかし医師には疑問があるそうだ。


「それにしても…」


「どうしたのよ?」


硬い表情の医師にリタが尋ねる。


「いや、あのヨネシゲ様がこの程度の怪我で意識を失われるとは不思議でして…」


ヨネシゲは傷だらけではあるが程度も軽く正直大した怪我ではない。

その程度の怪我であろうことか、最強のヒーローと名高いあのヨネシゲが意識を失ってしまっている。

医師は不思議でたまらなかった。

いや、ヨネシゲを知る者は皆そう思うだろう。

そんな医師の発言にヨネシゲを庇うかのようにレイラが反論する。


「違うわ!シゲちゃんだからこれくらいで済んだのよ!」


「そうかもしれませんな…」


その後医師は薬などの説明をして屋敷を後にした。

ソフィアは医師を見送った後、ヨネシゲの側に歩み寄る。

そして彼に言葉をかける。


「あなた…あまり心配をかけないでください…」


ヨネシゲの妻であるソフィアは誰よりも彼の事を心配していたに違いない。

気を失って運ばれてきたヨネシゲを見た時の彼女が取り乱した様子は脳裏に焼き付いている。

そのソフィアも今はヨネシゲの隣で安堵の表情を見せていた。

するとメアリーがソフィアに謝罪をする。


「ごめんなさい…私が付いていながら」


メアリーは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

ヨネシゲの姉であるメアリーは彼の決闘の場に居合わせた。

彼女はあの時ヨネシゲを止めるべきだと後悔している。

決闘の直前に盗賊団の雑魚相手に苦戦をしていた。

普段の彼であればあれくらいの相手は敵ではない。

そんな彼が窮地に追い込まれていた。

異常事態だ。

それを知っていながらメアリーは決闘の後押しをするかのように声援を送っていた。

姉として弟を危険な目に遭わせてしまい責任を感じていた。

メアリーが険しい表情のまま立ち尽くしていると、今度はマックスが口を開く。


「いいや…悪いのは俺だ。ヨネシゲをあの場に連れてきてしまったのだからな」


トムからアサガオ亭占拠の一報を受け出動しようとしたヨネシゲ。

その時に彼はマックスとメアリーから家に留まるよう一度制止を受けている。

最終的にアサガオ亭に向かうことを許可したのはマックスだ。

あの時、心を鬼にしてヨネシゲを家で留守番させていればこのような事にはならなかっただろう。

決闘になろうという場面でも黙って彼を見届けていた。

普段の彼ならそれで問題ない。

しかし、簡単に倒せるであろう相手に苦戦した挙げ句に怪我までさせられた。

マックスもメアリーと同様に後悔していた。

その一方、ユータはあの場で何もできなかっことに不甲斐なさを感じていた。

ここはヨネシゲの作り出した空想の世界。

この世界で何が起ころうと正直どうでもよい。

ユータはそう思っていた。

しかし、実際に盗賊と対峙してみると逃げ回るので精一杯だった。

我ながら情けない話である。

せめてもう少し自分に力があればヨネシゲの援護くらいはできたかもしれない。

力不足の自分に腹が立つ。


「俺は何の役にも立ちませんでした…」


そう漏らすとユータも黙りこくってしまった。

そんなユータたちにヨネシゲの息子ルイスは気遣うように言葉をかける。


「誰の責任でもありません。父上もそう言うでしょう」


そのあとにリタも続く。


「そうね、シゲちゃんが自分の意志で戦ったのだから仕方ないわ…」


確かに誰の責任でもない。

ヨネシゲが自分自身の意思でアサガオ亭に向かい、盗賊と戦った結果がこれであるのだから。




あれから一時間程が過ぎ日は完全に沈んでいた。

夜空には無数の星が瞬いている。

そしてマックスが帰宅しようとしていた。

見送りのためユータはマックスの後を玄関まで付いていく。


「ユータ、今日はお疲れだったな。お前も早く休め」


「はい!マックスさんも帰りは気を付けてください」


マックスは俺は大丈夫だと言いながら玄関の扉を開け外に出る。

するとユータの方を振り返り再度別れの挨拶をする。


「じゃあな、おやすみ!俺は帰ったら冷えて伸びきったイズミ屋の中華そばを食わなきゃな」


「あっ…!」


ユータは完全に忘れていた。

トムが救いを求めてくる前に皆でイズミ屋の出前をとっていた。

結局、一口も口をつけずにアサガオ亭へ急行した。

ユータは油淋鶏定食を注文したが、どんな味付けをしてるのか気になった。

マックスはユータとヨネシゲが頼んだ油淋鶏定食とカツ丼について、明日の朝食と昼食として頂くから安心しろと言い残し家路についた。




ここはヨネシゲの部屋。

ヨネシゲが横たわるベッドの側で妻のソフィアは彼の様子を見守っていた。

キノコ狩り遭難事件の件もあり昨日から彼に付きっきりの状態だ。

彼女はヨネシゲが遭難した日から睡眠をまともにとっていない。

夫が心配で眠れなかったのだ。

疲労もかなり溜まってきている。

少し休息をとらなくてはいけないと思ってはいたが、ヨネシゲが心配で側を離れることができなかった。

すると誰かが扉をノックする音が聞こえた。

ソフィアが中へ入るよう促すとそこに現れたのは息子のルイスであった。


「ルイス…!」


「母上、少し休まれた方がいいですよ?」


「ええ、わかっていますけど。心配でね…」


ルイスはヨネシゲのベッドの側まで近寄るとソフィアに部屋に戻り休むよう促す。

後は自分が様子を見ているので安心して休んでほしいとルイスはソフィアの体調を気遣った。


「だけど、あなたも本調子ではないでしょう?」


ソフィアもルイスの体調を気遣う。

ルイスは病弱体質であり、ここ数日は体調を崩していた。

そんな息子にこの場を任せてしまうのは母として不安である。

しかし、ルイスは自分は大丈夫だから安心してほしいとソフィアに伝えた。


「僕は二人の息子ですよ?こういう時くらい母上や父上たちのお役に立ちたいのです。それに何かあればエリックが居ます」


「そうね。では少し休ませてもらいます」


ソフィアはルイスの言葉に少し安心したのか、彼にこの場を任せて休息のため自室へ戻るのであった。



その頃、屋敷のリビングではクラフト三姉妹が険しい表情でテーブルを囲んでいた。

最初に口を開いたのはメアリーである。


「やっぱり、キノコ狩り後のシゲちゃんは様子がおかしいわよ!」


するとヨネシゲをキノコ狩りに行かせた張本人であるレイラが不満そうに言葉を漏らす。


「まだ私を悪く言うつもり!?」


「そういう訳じゃないけど…」


いつものメアリーなら“そうよ!あなたが悪いのよ!”とキレる場面であるが今回はそういうこともなく大人しい。

その様子を見てレイラも更に反論することはなかった。

静まり返ったリビングで今度はリタが口を開く。


「あのシゲちゃんは…まるで別人だわ」


確かにキノコ狩り遭難事件後のヨネシゲは様子がおかしい。

今まではどんな強敵でも軽々倒してきた彼であった。

しかし、遭難して帰ってきてからの彼はまるで別人の様である。

雑魚の相手に苦戦を強いられ怪我までさせられた。

挙げ句の果てには相手が名のある人物とはいえ、拳が頬を擦っただけで意識を失ってしまった。

信じられない出来事だ。

最強と謳われた弟の哀れな姿であった。

とはいえ自分達の弟には変わりはない。


「今の私たちにできることはシゲちゃんを全力でサポートすること!それが私達姉の役目よ!」


メアリーがそう言うとレイラとリタは静かに頷く。

普段仲が悪い姉妹も全会一致ようだ。




ユータは自室に戻っていた。

照明は付けずに部屋の窓から夜空の星を眺め今日起きたことを思い返していた。

ここはヨネシゲの空想、つまり理想の世界だ。

彼の思い描いた通りに事が進むはずなのだが…

自信満々でマッチャンとの決闘に挑んだヨネシゲはいい場面を見せることなく一瞬で敗北した。

周りに居た仲間たちに自分のカッコいいところを見せたかったはずだ。

しかし、あれではただ恥をさらしただけである。

本当にここがヨネシゲにとって理想の世界なのか疑問に思う。

それとも皆の前で敵にやられ恥をさらすのが彼にとっての理想なのか?

否、彼にはそういう趣味はないであろう…いや、そう信じたい。

その他にもメアリーたち姉の顔が違っていたり、息子ルイスが全くの別人であったり…

ヨネシゲの空想とは一体何なのか?

それとも本当にここが彼の空想なのか?

謎が深まるばかりだ。


「結局、今日も何もできなかった…」


本来であれば今日は現実世界に戻るための方法を探すためヨネシゲと行動するはずだった。

しかし、マックスの財布から始まり、謎の少年に出会し、盗賊と対峙、最後はマッチャンとの決闘で撃沈し今も尚意識が戻らない。

振り出しに戻ってしまった。

いや、そもそも何も進展していないか…


「ふわぁ~」


あくびをするユータ。

今日は色々ありすぎて疲れてしまった。

現実世界に帰る方法は明日から考えよう。

明日にはヨネシゲも目を覚ますはずだ。


「よし!明日から頑張ろう!」


ユータはそう言うとベッドに入る。

余程疲れていたのか、彼は一分経たないうちに深い眠りへと入っていった。




ここはアライバ峠にある、盗賊マッチャン一家のアジト。

かつてアライバ峠は王国軍とある領主が激戦を繰り広げた地。

そのため双方の軍の施設跡が幾つか存在する。

現在は使われていないため廃墟同然だ。

そのうちの程度の良さそうな施設跡をマッチャン一家は自分達のアジトとして使用している。

彼らが拝借しているのは王国軍の施設跡である。

石造り二階建ての堅固な建物だ。

大きさはファミリー層向けのアパート一棟くらいか。

建物の中は一階と二階共に数部屋存在する。

一階の部屋は盗賊の若い衆の寝床である。

二階は中堅の盗賊たちの部屋がある。

二階の一番奥にある、恐らく将校クラスの軍人が使用していたであろう部屋がマッチャン一家の頭領であるマッチャン・ボンレスの部屋である。

その部屋の中でマッチャンはお気に入りのソファーに座り黙々と読書を楽しんでいた。

このソファーは北のとある悪徳貴族の屋敷を襲撃した時に手に入れた戦利品である。

マッチャンが読書に夢中になっていると一人の男が部屋に入ってくる。


「また読書か?よく飽きねぇな」


「ジョーソンか…。読書は最高の娯楽、男は黙って読書だ」


マッチャンが視線を向けた先にはマッチャン一家の古株、ジョーソンが立っていた。

“鉄腕ジョーソン”と呼ばているマッチャン同様王国内で知られた存在である。

マッチャン一家の副頭領を任されているナンバー2だ。

彼はマッチャンが盗賊を始める前からの長い付き合い。

マッチャンと二人三脚でその名をグレート王国内に広めてきた。


「最高の娯楽?顔に似合わず…また女向けの恋愛小説だろ?」


ジョーソンがからかうようにそう言うとマッチャンは眉をひそめる。

図星であるそうだ。

マッチャンは不機嫌そうな表情で視線を本に戻しジョーソンに用件を尋ねる。


「用件はなんだ?」


「いつまでここに居るつもりだ?」


ジョーソンはこのアライバ峠にいつまで滞在するつもりかマッチャンに尋ねた。

そもそもこの盗賊団がアライバ峠を拠点にしたのはつい一ヶ月前のこと。

マッチャン一家はグレート王国内を自由気ままに放浪する盗賊団。

条件な良さそうな場所を発見すると数ヶ月間、長いときは一年以上滞在して盗みを働く。

彼らは盗賊と言っても手当たり次第に盗みを働く訳ではない。

民たちから金を巻き上げる悪名高い貴族や資産家をターゲットにして盗みを働いている。

その盗んだ金品は被害に遭った民たちにしっかりと還元する。

もちろんマッチャン一家は盗賊として食べている。

取り分はしっかり頂くのである。

しかし、このアライバ峠周辺はターゲットとなる貴族や資産家が居なかったのだ。

山脈を挟んで北側にはちらほらターゲットは居た。

だが、そのターゲット達からは先日根こそぎ金品を頂いたばかりである。

西側は山続きとなっているためそもそも人が住んでいない。

東側はとある大領主の領土、いくらマッチャン一家とは言え忍び込むのはリスクが高すぎる。

そして南側がヨネフト地区。

ヨネフト地区は噂に聞いていたが民たちがイキイキと暮らしている。

すなわち領主からの締め付けが無いということ。

民に良心的な善良な領主から金品を盗みとるのは自分達の意に反する。

そうなるとこれ以上アライバ峠を拠点にするのは時間の無駄である。

ジョーソンは場所選びに失敗したと思っていた。

いつもなら目的が済むとすぐに次の拠点を探し移動を始めるのであるが、今回のマッチャンは動く気配がない。

ジョーソンはマッチャンの考えが気になったのだ。

そんなジョーソンにマッチャンは答える。


「ここは居心地が良い。たまには休息も必要だ。それに…」


マッチャンは続ける。

ここにしばらく留まらなくてはならない理由ができてしまったらしい。

それは先程自分と対戦したヨネシゲにあった。

結果としてマッチャンの圧勝であった。

しかし、マッチャンは一言言い残してしまった。

“リベンジしたいならアライバ峠のアジトに来い”と…

もし自分たちが早々に移動してしまい、後からヨネシゲがこのアジトに来たとしたら…

自分は“男の約束”を破ってしまうことになる。

それはマッチャン的に絶対に許されないことである。


「だけどよ、あのオヤジが来ると思うか?今頃お前の力に怖じ気づいているはずさ」


ジョーソンはヨネシゲがここに来ることはないと考えていた。

マッチャンの圧倒的な力を見せられ赤子同然であったヨネシゲ。

普通の人間なら恐れをなし二度と近づかないであろう。

仮にリベンジしに現れたとしてもマッチャンにまたやられるのがオチである。

数ヵ月やそこらの修行で勝てる相手ではない。

それに数ヵ月もこの場所で待ってはいられない。

盗賊とはいえ自分たちにも生活がかかっている。

ジョーソンは早いうちに拠点を変えることをマッチャンに提案した。

それに対してマッチャンは…


「わかっているさ。だが、あのオヤジ…近いうち必ずここへやって来るぞ。それも恐ろしく強くなってな」


「なぜそんな事がわかる?」


そう言うマッチャンにジョーソンが問う。


「いいや…そんな気がするだけさ…」


そう言うとマッチャンは再び読書に没頭する。

しばらくアライバ峠に滞在するそうだ。

果たしてマッチャンの勘は当たるのだろうか?





真夜中の屋敷で一人の男が目覚める。


「う…いててて…」


ヨネシゲである。

彼はようやく意識を取り戻したのであった。


「俺はマッチャンに負けたんだよな…」


ヨネシゲの脳裏に繰り返し浮かぶのはマッチャンの一撃を食らった瞬間のこと。

その先の記憶は全くない。

それは今目覚めるまで意識を失っていた証拠である。


「情けねぇ…」


虚勢を張っていたわりにはパンチ一発でノックアウトしてしまった。

それもユータやクレアたちが見ている前で。

彼らに格好いい所を見せたかったが、結果として恥をさらしただけであった。

そんな自分が情けなくてたまらなかった。

ヨネシゲはアサガオ亭での事を思い出しながらボーッと天井を見つめていた。

すると腹の辺りが重たいことに気が付いた。

首を上げ己の腹の方へ目をやる。

そこには椅子に座った状態で上半身をヨネシゲの腹の上に覆い被せ眠っている息子ルイスの姿があった。

ヨネシゲは上半身を起こし眠っているルイスを見つめる。

意識を失っていた自分の側にずっと居てくれたのであろう。

このルイスは自分が知る息子とはかけ離れた存在、全くの別人である。

だがこの子にとっては自分は本当の父親なのであろう。

その本当の父は家族に心配や迷惑をかけることしかできない。

ヨネシゲは申し訳ない気持ちで一杯になった。


「結局俺は…空想の世界でも、お前たちに迷惑かけてばかりだな…」


ヨネシゲはそう言うと眠っているルイスの頭を撫でる。






挿絵(By みてみん)




「俺、頑張るからな…!」


ヨネシゲは何かを決意した表情でそう言った。



自分のため…


仲間のため…


家族のため…


ヨネシゲの決意…



つづく…

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