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ヨネシゲの記憶  作者: 豊田楽太郎
2章 空想の猛者たち
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第14話 決闘の後で

ヨネフト村にある定食屋アサガオ亭。

今ここで二人の男の決闘が始まろうとしていた。

険しい表情で相手を睨み付け拳を構えているのは“ヨネシゲ・クラフト”

ある日突然、自身の作り出した空想の世界に迷い込んでしまう。

この空想の世界は彼にとっての理想。

そこでの彼は民たちから慕われる小さな村の領主。

その存在は最強と噂される絶対的ヒーロー。

悪者を圧倒的な力で成敗し弱き者達を助け出す。

強くて頼りになるそんな男のはずであったが…

この世界に来てからのヨネシゲは良い場面がない。

盗賊と対峙するも終始劣勢であった。

だが、一人で複数人を相手にしていたため劣勢なのは当たり前。

しかし今度は一対一の決闘だ。

相手が一人なら勝てる見込みが十分ある。

今度こそ良い場面を見せたいヨネシゲである。

若者のユータやクレアの前で恥はかきたくない。

そのヨネシゲの決闘の相手はグレート王国内でも名の通った男であった。

男の名は“マッチャン・ボンレス”

鉄拳のマッチャンの異名を持つ、盗賊マッチャン一家の頭領である。

その鉄拳の名に恥じぬ大きく硬そうな拳を構え余裕の表情でヨネシゲを見下ろしていた。

するとマッチャンがヨネシゲに問う。


「準備はいいか?」


「ああ!いつでもかかってきやがれっ!」


マッチャンの問いにヨネシゲは威勢よく答える。

その様子をユータは不安そうに見守っていた。

あのヨネシゲがこんな大男に勝てるはずがない…

普段から“この”ヨネシゲを見ていたユータはそう思っていた。

一方のマックスやメアリー、クレアたちはヨネシゲの実力を知っていた。

それは絶対的ヒーローの名に恥じぬ他を圧倒する力。

例え相手が名を馳せた盗賊の頭領だったとしても、これくらいの相手一人や二人を倒すことは彼にとって容易いことだ。

先ほどは確かに苦戦していた。

だが誰にでも調子が悪いときはある。

キノコ狩り遭難事件の後であるため本調子ではないのかもしれない。

とはいえヨネシゲの本気を知っていたマックスやメアリーたちは彼が一対一の決闘で負けるはずなどないと思っていた。

ヨネシゲはやる時はやる男である。

しかし、彼らが知っているのは“この”ヨネシゲではないのだ。


周りの盗賊たちはマッチャンに声援を送っていた。

それに負けじとメアリーも大声でヨネシゲに声援を送っていた。

クレアとアサガオ亭店主もヨネシゲに声援を送る。


「ヨネさん!頑張って下さい!」


ユータも思わず声援を送っていた。

ただマックス一人だけが無言で見守っていた。

その声援はヨネシゲの耳に届いていた。


(俺が負けるはずない!俺はここでは最強のヒーローだ!)


ここは自身が作り出した理想の世界。

しかし、理想と異なる所は多々あった。

姉の顔、息子の存在…

だがそれを除けば自分が思い描いた通りの世界。

そんな理想の世界で自分が負けるはずない。

ヨネシゲはそう思っていた。

確かにここは理想の世界なのかもしれない。

だけど、今ここに居るヨネシゲは…


「それじゃあ…始めるぞ!」


マッチャンがそう言うと決闘がはじまる。

それはあっけないものであった。

マッチャンは物凄い勢いでヨネシゲに殴りかかる。

ヨネシゲはそれを避けようとする。

しかし、避けきれず頬の辺りに当たってしまった。

当たったと言うよりは擦れたと言ったほうがいいかもしれない。

これくらいの事は誰もが予想していた。

だが、次の光景を見て一同唖然としてしまう。

それは今の攻撃を受けて床に倒れ込むヨネシゲの姿であった。

すぐに起き上がるのであろうと思っていたが一向に起き上がる気配がない。

クレアがヨネシゲの元に駆け寄り体を揺さぶる。


「ヨネシゲ様、大丈夫ですか!?しっかりしてください!」


しかし、ヨネシゲから反応は無かった。

完全に気を失っている。

その様子を見たマッチャンが口を開く。


「どうやら…俺の勝ちみたいだな」


その言葉を合図に盗賊たちから割れんばかりの歓声が沸き起こる。


「ヨッシャー!マッチャンさんの勝ちだ!」


「ざまあ見やがれ!ヨネシゲ!」


誰がどう見てもヨネシゲの敗北であった。


「う、嘘でしょ…シゲちゃん…!?」


そう言いながらメアリーはヨネシゲの元に歩み寄る。

その後をユータと店主が続く。


「わっはっはっ!見ろよあれ、情けねぇ!」


「笑えるな!いい気味だぜ!」


盗賊たちはヨネシゲを罵りながら大声で笑っていた。

するとマッチャンが彼らを一喝する。


「笑うなっ!奴は男として立派に俺と向き合った!」


マッチャンが一喝すると盗賊たちは静まり返った。

ヨネシゲは一人の男として自分との決闘に望んだ。

決闘の内容がどうであれ、己と真剣に向き合った対戦相手を罵り笑う事はマッチャンは好かなかった。

するとそのマッチャンがユータに声をかける。

予期せね事にユータの顔はこわばる。


「坊主、その男に伝えろ。リベンジしたいならアライバ峠にあるアジトに来い。いつでも待ってるとな!」


ユータにそう伝えるとマッチャンは視線の向きをクレアに変え言葉を続けた。


「姉ちゃん、ごちそうさん!騒いで悪かったな…」


マッチャンはクレアの元に歩み寄ると財布から札束を取り出し彼女に渡す。


「釣りはいらねぇ…」


「え…?こ、こんなに!?」


クレアに食事代を渡すとマッチャンが一人の男の名を呼ぶ。


「行くぞ、ジョーソン」


「おう!」


マッチャンに名前を呼ばれ店の奥から姿を現したのはマッチャンに匹敵する程の大男。

例のごとく強面の顔で屈強な肉体。

他の盗賊たちと異なるところはマッチャンと対等に会話しているところだ。

恐らくマッチャン一家の中でもそれなりの立場なのであろう。

するとジョーソンと呼ばれる男はマッチャンに質問する。


「鉄拳は使ったのか?」


「本気の拳で相手をしたが、鉄拳は使っていない」


「まあそうだろうな、使ったらこのオヤジが死んじまうか…」


二人はそんな会話をしつつ盗賊たちに撤収の合図をする。

店を後にしようとすると、マッチャンの前にマックスが立ちはだかる。


「なかなか迫力のある拳だったよ。今度は俺が手合わせを願いたい。どうだ?」


マックスがそう要求するとマッチャンは軽く鼻で笑ったあと返答する。


「あんたの噂は知っている。先程の戦いぶりを見せてもらったが本物だ。若い衆相手に全力で戦うオヤジとは訳が違う…」


マッチャンはそう言うとマックスの要求を退け店を出る。


「マスター、邪魔したな。また来るぜ」


「ま、まいどー」


マッチャンはアサガオ亭の店主にそう言い残すと盗賊たちを引き連れ店を後にした。






マッチャン一家が立ち去った後のアサガオ亭は不気味なまでに静まり返っていた。

メアリーは床に倒れているヨネシゲを抱きかかえながら声をかけ続けている。

その周りを囲むようにユータとマックス、クレアに店主が立ち尽くしていた。

マッチャンが去った後、兵士たちやクレアの弟トムも店内に入り込んできたが目の前に飛び込んできた光景に唖然としていた。

そしてヨネシゲに憧れを抱いていた少年トムは目の前に広がる信じられない現実に悲痛の表情で涙を滲ませていた。


「う、嘘だ…!ヨネシゲ様が負けるはずがない!ヨネシゲ様は俺の理想で憧れだったのに!」


トムはそう言い残すと店から走り去っていった。

子供にとって受け入れがたい現実であった。

そして皆が各々に言葉を漏らす。


「まさか…あのヨネシゲ様が負けるなんて…」


アサガオ亭店主が唖然とした表情でそう言う。


「ヨネシゲ様…私は夢でも見てるのかしら…?」


クレアも目の前で起きていることが信じられないでいた。


「シゲちゃん!一体どうしちゃったのよ!?」


メアリーの悲痛な叫びのような声が店内に響き渡る。

長年自分の弟を側で見てきたメアリー。

弟のこのような哀れな姿を見るのは初めての事。

それ故、彼女のショックは大きかった。


「相棒、あの程度で負ける男だったか?」


マックスが険しい表情で気を失ってるヨネシゲに問う。

彼もまた長年ヨネシゲを見てきた。

幼馴染と言うだけあって子供の頃からお互い切磋琢磨してきた。

そんな長年付き添ってきた相棒の哀れな姿。

マックスはそんなヨネシゲを直視できなかった。

いや、受け入れたくないのであろう。

その光景に兵士たちからもどよめきが起きていた。

兵士たちもまた絶対的ヒーローであるヨネシゲに憧れを抱き、クラフト家の民兵軍に入隊した。

いつかはヨネシゲみたいな強くて男気溢れる存在になりたいと夢見ながら日々厳しい訓練を積んできた。

しかし、その憧れの存在はその気になれば自分達でも制圧できそうな盗賊団に敗れてしまった。

兵士たちは今まで何のために頑張ってきたのか?

まるで生きるための目標を失ったかのような気分に襲われた。

呆気にとられているこの世界で生きる人々。

そんな彼らの溢す言葉をユータは胸の中で否定していた。


(皆、違うんだ!このヨネさんは…)


ユータのみが知っていた。

今目の前に居るヨネシゲは圧倒的な強さを持つ絶対的ヒーローなんかではない。

少し変わってはいるが…どこにでも居る中年男と大差はない。

ユータはこのヨネシゲと共に現実の世界から彼の作り出した空想、つまり理想の世界へと迷い込んでしまった。

この世界でのヨネシゲは、彼が思い描いた理想の自分に過ぎない。

理想の世界に迷い込んだからとはいえ、現実世界の自分が何の努力なしに突然理想の自分になれるはずなどない。

この世界の人々が知るヨネシゲとは理想のヨネシゲであり、目の前に居る現実世界のヨネシゲではないのである。

ヨネシゲの理想が高い分、現実との差は大きい。

そしてその差が今、マックスやメアリーたちの驚きやショック、落胆といった形で表れているのだ。


(このヨネさんは…皆が知るヨネさんじゃないんだ…!)


この事を皆に説明してあげたい。

だけど、こんなことを説明したら…

まず信じてもらえないであろう。

それに自分は変人扱いされてしまう。

下手したら自分とヨネさんの立場が危うくなるかもしれない…

ヨネシゲをフォローしてあげたい。

だが今は堪えるしかなかった。

歯がゆい気持ちである。


マッチャンとの決闘に敗れたヨネシゲは担架で屋敷へと運ばれていく。

道中、その姿を村人たちに晒すことになる。

ヨネシゲの変わり果てた哀れな姿に村人たちは唖然としていた。

中には腰を抜かす者、涙を流す者も、気を失ってしまう者もいた。

それだけこの世界でヨネシゲの存在は偉大なものであった。


さあ、これからが大変だぞ…ヨネシゲ!



つづく…

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