第11話 マックスの家 ※挿絵あり
この世界でヨネシゲは他を圧倒する強さを持つヒーローだ。
そんな最強のヒーローが敗れるはずなどない。
あってはいけないのだ。
しかし、ユータとメアリーが目にしたのは最強であるはずのヒーローが敗れた姿であった。
こんなことはありえない!
メアリーは自分の目を疑った。
一方のユータはヨネシゲの敗北をある程度予想していた。
なぜなら、彼が決して最強のヒーローではないことを知っていたからだ。
「いっ、痛いよ!姉さん!」
「大人なんだから、これくらい我慢なさい!」
盗賊との戦闘で負傷したヨネシゲは姉メアリーから傷の手当を受けていた。
消毒液が傷にしみて大声を出して痛がるヨネシゲ。
その様子にメアリーは呆れながらも手当を続けていた。
今ユータたちが居るのはマックスの家である。
ヨネシゲの傷の手当をするためメアリーに連れられてきた。
元よりマックスの財布を届けるためユータたちはこの家を目指していた。
ユータたちが家に到着するとマックスが出迎えてくれた。
マックスはヨネシゲの傷に驚きつつも初訪問となるユータに家の説明と自分について語り始めた。
彼には昨日軽く自己紹介を受けた。
昨日の晩餐の時に色々と話をしたかったが、大荒の晩餐となり話などしている余裕はなかった。
マックスの家は木造2階建て。
1階はキッチンとリビング、風呂にトイレ。
2階は書斎と寝室らしい。
この家にはマックス一人で住んでいるとのこと。
マックスには妻子はおらず長年独身生活をしているらしい。
保安官時代は多忙だったらしく婚期を逃したとのことだ。
現在は保安官を辞め、領主ヨネシゲの相棒としてありとあらゆる仕事をしている。
マックスもヨネシゲ同様村人からの信頼は厚い。
彼もまたヒーロー的存在だ。
「ざまあねぇな、ヨネシゲ!」
手当てを受けるヨネシゲにマックスは笑いながらそう言う。
するとメアリーが怒り出す。
「マックス!そもそもアナタが財布なんか忘れなきゃこんな事にはならなかったのよ!」
事の発端はマックスの財布である。
昨日の晩餐で酔っ払っていた彼は財布をトイレに落として帰宅していった。
そしてその財布をユータとヨネシゲはマックスの所へ届けに向かった。
しかし、その道中謎の少年に財布を奪われる。
財布を取り返すも謎の少年追って現れた盗賊団と対峙しヨネシゲは負傷した。
マックスが財布を忘れなければ今回の災難には逢わなかったことであろう。
もっとも、彼らが知っている“理想のヨネシゲ”であれば盗賊の数人くらい簡単に倒せたはずなのだが。
「すまん、すまん!財布を忘れたのは反省してるよ…」
ヘラヘラしながらそう言うマックス。
とても反省しているようには見えない。
と思ったら今度は心配そうな表情でヨネシゲに尋ねる。
「しかし、あのお前が盗賊相手くらいで怪我を負うとは…。一体何があった?」
「面目ない…」
ヨネシゲは下を向き黙ってしまう。
その様子を見たマックスは更に問いただすようなことはしなかった。
「きっとキノコ狩りの疲れが残っているのよ…」
弟を庇うかのようにメアリーはそう言う。
キノコ狩りに行ったヨネシゲは冬山で遭難した。
厳密に言うと現実世界から冬山に迷い込んでしまったのだが。
この世界に来る前、ここで何が起きていたなどユータは知らない。
恐らくヨネシゲもそうであろう。
いくらヨネシゲ自身が作り出した空想とはいえ、知らないところで時は流れている。
ヨネシゲは一昨日の朝キノコ狩りのため冬山に向かい、昨日の朝方捜索隊によって救出された。
目を覚ましたのは昨日の昼過ぎだ。
昨日の今日だ、当然疲れは溜まっていることであろう。
だからヨネシゲは本領発揮ができないとのこと。
確かにそうかもしれないが。
果たして疲れが溜まっていなくても、この現実世界からやって来たヨネシゲに盗賊たちを倒せただろうか?
まあ、事情を知らない人間ならそう推測するであろう。
「いや…俺が未熟なだけだ…」
盗賊からの攻撃を受けて負傷したのは己の力不足が原因だとあっさり言うヨネシゲにユータは驚いた。
普段のヨネシゲならすぐ強がって自分の非を認めなかった。
酷いときは誰かのせいにして丸く収めようとする。
そんなヨネシゲが更に意外な言葉を口にした。
「ユータ、お前のほうがいい勝負してたぜ。あのスキンヘッドを戦闘不能にするんだからな」
「あ、あれはまぐれですよ!」
ヨネシゲはユータの戦いぶりを絶賛していた。
ヨネシゲは人を褒めることはあまりしない。
どちらかと言うと褒め言葉を貰うために自分の行いを自画自賛し周囲にひけらかしていた。
そんな男が他人のことを嬉しそうに褒めている。
ユータは不吉なことの前兆か何かなのかと思うのであった。
しかし、褒められるの気分が良い。
それが普段人を褒めない人からのものだと尚更だ。
ヨネシゲのお褒めの言葉にユータは不覚にも照れてしまい顔を赤めるのであった。
「まあ、財布を届けてくれてありがとよ!御礼に昼飯をご馳走しよう。イズミ屋の出前でいいか?」
「ヨッシャー!!」
誰よりも喜んでいたのはメアリーである。
イズミ屋とはヨネフト村にある中華屋のことである。
ヨネフト村でも上位を争う程人気の飲食店である。
出前のメニューを見せてもらうと中華そばに炒飯、丼もの、その他豊富な定食類などがある。
ユータは油淋鶏定食、ヨネシゲはカツ丼、マックスとメアリーは定番の中華そばを注文した。
出前の到着を待っている間、ヨネシゲ、マックス、メアリーの三人は雑談に花を咲かせていた。
一方、ユータはというと三人のスケールの大きい雑談に付いていけなかったので部屋の中を徘徊していた。
本棚並べられた本や棚の上に置かれた雑貨などを眺めていた。
まだこの世界の全貌は明らかになっていないが、こうして見てみると現実世界と大差ないかもしれない。
しかし、時代背景が古いところは多々ある。
電話はあるが黒電話であったり、テレビはあるがブラウン管テレビだったり。
ヨネフト村を歩いていて驚いたのは馬車が走っていたこと。
現実世界で見慣れたスマートフォンや薄型テレビ、自動車などはこの世界に存在しないようだ。
ここはヨネシゲの空想の世界。
つまり理想の世界のはずだ。
現実世界の生活に慣れた人間なら絶対不便を感じるはずだ。
何故彼はこんな世界を作り出したのか?
一体ヨネシゲにとって理想とは?
考えれば考えるほど謎が深まる。
そんな事を考えながら部屋の中を見渡していると、写真立てに入った一枚の写真がユータの目に飛び込んでくる。
その写真にはマックスと一人の若い青年が写っていた。
ユータは写真を近くで見てみる。
今は白髪が目立つマックスもまだ黒髪で若々しい姿だ。
かなり昔の写真なのだろう。
その写真を眺めているユータに気付いたマックスが側までやってくる。
「マックスさん若いですね!いつ頃の写真ですか?」
「ああ、17年前のだ…」
写真に写っていたマックスは17年前の姿であった。
恐らく保安官時代に撮られたものであろう。
そうなると隣に写っている若い青年はマックスの部下なのかもしれない。
ユータは気になってマックスに質問してみた。
「隣の人は部下さんですか?」
「そいつは…」
マックスが何かを言いかけたその時であった。
「まいど~!イズミ屋で~す!」
どうやら出前が届いたようだ。
それと同時にヨネシゲとメアリーの雄叫びも聞こえてきた。
落ち込んでいたヨネシゲも調子が戻ってきたようだ。
立ち直りが早いのは彼の持ち味である。
「保安官時代のことは…また今度教えてやる…」
マックスはそう言うと支払いのため玄関へと向かった。
その顔はどこか浮かない表情をしていた。
出前が届き料理がテーブルの上に並べられていた。
出前が届いた時のあの独特の香りが食欲をそそる。
「うふっ!これこれ!」
メアリーは今にも目の前に置かれた中華そばに飛び付きそうな勢いだ。
ヨネシゲはイズミ屋のカツ丼について熱弁しているが誰も聞いていなかった。
ユータも目の前に置かれた油淋鶏定食に思わず涎が出てくる。
そしてマックスがお茶を持ってくると皆に配膳する。
「今日は俺の奢りだ、食べてくれ」
それを合図に全員箸を持ち始め食事を開始しようとした。
その時、玄関の方からマックスを呼ぶ少年の大きな声が聞こえた。
「マックスさん!大変だよ!」
その声に一同玄関の方へと向かう。
食事はひとまずお預けだ。
玄関に向かうと一人の少年が息を切らしながら立ち尽くしていた。
黒髪で10歳前後のどこにでも居そうな少年であった。
「おお、トムか!血相変えてどうした!?」
少年の名はトムと言うらしい。
マックスが何があったのかトムに尋ねた。
「大変だよ!盗賊団がアサガオ亭を占拠してるんだ!」
「何だって!?」
ヨネシゲ、マックス、メアリーの三人は一斉に声をあげた。
アサガオ亭とはヨネフト村にある定食屋兼酒場のことである。
日中は定食屋として、夜は酒場として営業しているそうだ。
アサガオ亭もヨネフト村で上位争いをするほどの人気店。
この時間帯なら多くの客で賑わっているはずだ。
しかし、そんなアサガオ亭は現在盗賊団に占拠されておりトムが救いを求めマックスの所へやって来たのだ。
何故少年トムが血相を変えてまで助けを求めに来たのかは理由があった。
「助けてよ!うちの姉ちゃん盗賊の親玉の相手をさせられてるんだ!」
「何?」
それを聞いたヨネシゲとマックスの目付きが変わる。
トムには年の離れた姉がいる。
その姉はアサガオの看板娘として働いているそうだ。
メアリー曰く、ヨネシゲとマックスは彼女目当てによく夜のアサガオ亭に行くのだとか。
もちろん、アサガオ亭の美味しい料理も彼らが足を運ぶ理由でもある。
そんな村の男たちに人気の看板娘が現在盗賊の親玉に独占されているのだ。
それを聞いたヨネフト男児が黙っているはずがない。
「無理もねぇ…お前の姉ちゃん美人だしな、盗賊の親玉が気に入ったんだろう。よし俺が今すぐ行ってやる!」
「ヨッシャー!マックスさんが居れば盗賊なんかイチコロだね!」
マックスは急いで上着を羽織り靴を履くと家を飛び出そうとする。
トムは玄関の扉を開けマックスを待っていた。
するとヨネシゲがマックスを呼び止める。
「待て、マックス!」
「どうしたヨネシゲ!?」
マックスは不思議そうにヨネシゲの顔を見つめた。
するとヨネシゲが驚きの言葉を発した。
「俺も行く!」
「ヨッシャー!ヨネシゲ様が居れば親玉なんかイチコロだね!」
「ああ、イチコロさあ!」
ヨネシゲの言葉にトムは興奮する。
絶対的ヒーローが自分の姉を助けてくれると言うのだから。
だが、メアリーとマックスはヨネシゲに留まるよう説得する。
ヨネシゲは先ほど盗賊にやられたばかりだ。
怪我もしているし、昨日の冬山の一件で本調子ではない。
アサガオ亭に乗り込めば大勢の盗賊たちと戦うことになるであろう。
少なくとも今の状態のヨネシゲではまともに戦えない。
先ほどみたいに怪我するのがオチだ。
いや、怪我では済まないかもしれない。
しかし、一度言い出したヨネシゲはもう誰にも止めることはできない。
「男ヨネシゲ!子供に救いを求められて黙っていられるか!」
そんなヨネシゲを見て諦めたのか、それとも長年の相棒として信頼があるのかマックスがヨネシゲに確認する。
「やれるな?」
「ああ…任せとけ!」
この一瞬のやり取りでヨネシゲがアサガオ亭へ向かうことが確定してしまった。
「やれやれだわ…」
それを見たメアリーは弟に呆れつつも自身も腕をまくり戦闘モードに入っていた。
「よし!出発だ!」
「おお!」
ヨネシゲの言葉を合図に一同一斉に家を飛び出す。
アサガオ亭を奪還せよ!
(と言うか…なぜ俺も一緒に向かってるんだ!?)
ユータたちは盗賊団を排除するためアサガオ亭へと急行する!
つづく…