第8話 ヨネフト村 ※挿絵あり
ある日突然異世界に迷い込んでしまった青年「ユータ・グリーン」と同じ職場の先輩「ヨネシゲ・クラフト」
なんと迷い込んだ世界とはヨネシゲの作り出した空想の中であった。
ユータとヨネシゲは現実世界に帰るための方法を探し始めようとした。
しかし、ヨネシゲの永遠の相棒マックスが財布を忘れたため、それを届けに二人はヨネフト村へと向かうのであった。
「ここがヨネフト村ですか!」
「おう!ヨネフトは漁師町でな、ここの漁師がよく俺に新鮮な魚を届けてくれるんだ!…おうヨネさん!新鮮な魚を持ってきたぜ…」
またヨネシゲの長話が始まりそうだ…
ここはヨネフト地区最大の村、ヨネフト村。
グレート南海と呼ばれる海に面していおり、その背後はアライバ山脈と呼ばれる高い山々に囲まれている。
老若男女3000人程の民が暮らしているらしい。
村と言うよりは町と言ったほうがいい程の規模だ。
グレート王国最大の漁師町と呼ばれており、民の大半が漁師として生計を立てている。
ヨネフト地区近海は魚の宝庫と呼ばれており、活きのよい多種多様な魚が釣れるらしい。
また農業も盛んである。
特に“よねっこ”と呼ばれる米や“ヨネ男爵”と呼ばれる男爵芋が有名で王国内に流通している。
王族や貴族も好んでるらしい。
ちなみに織物も有名でその名も“ヨネ織”
これまた王族や貴族も愛用しているとのこと…
「と言う訳なんだ!」
「そうなんですか…」
(やっと終わったか…)
ヨネシゲの壮大な長話が終わると村の中心部へと歩みを進めた。
そしてたどり着いたのがヨネフト村で一番栄えている商店街通りだ。
「お疲れお疲れ!皆元気か!?」
「おお!ヨネシゲ様だ!皆、ヨネシゲ様だぞ!」
そう言いながら現れたヨネシゲの周りには村人が集まり始める。
その村人たちは皆目をキラキラと輝かせてヨネシゲを見つめている。
それを見たユータはヨネシゲはこの世界では尊敬されているの存在なのだと思った。
まあ彼の理想の世界である訳だから当然か。
ヨネシゲは一人一人に満面の笑みで受け答えしていた。
それはユータが知るいつものヨネシゲとは思えない。
ヨネシゲと言えば一方的に自分の話をしてくるだけだが、今のヨネシゲは人としっかり会話をしている。
(一応ヨネさんも人の話を聞くことはできるんだな…)
ユータはそう思いながらヨネシゲと村人たちの話を聞いていると一人の大男が話しかけてきた。
「お兄さん、見ない顔だね。ヨネさんの知り合いかい?」
「あ、はい!ユータ・グリーンと言います。ヨネさんの板前時代の弟子です」
「そうなんだ。俺の名はウオタミ・フィッシャマン。ヨネさんとは幼馴染でな。この村で漁師をしてるよ」
この男の名は“ウオタミ・フィッシャマン”
ヨネシゲやマックスとは幼馴染でありヨネフト村漁師のリーダーである。
伸びきった白髪頭に優しそうな顔と穏やかな口調。
そしてクラフト三姉妹より大きいであろう巨漢の持ち主だ。
聞くところによるとウオタミには双子の兄が居るらしい…
兄は隣村の西ヨネフトに住んでおり、これまたかなりの実力者とのこと。
(また凄そうな人が現れたな…この流れだとこの人も…)
兵器並みの強さを持つクラフト三姉妹にヨネシゲの相棒マックス。
この世界に来て出会う人は凄い人ばかりだ。
恐らくウオタミもかなりの実力者のだとユータは思った。
双子の兄が強いと言うのだから弟が弱いはずがない。
ユータはウオタミの実力が気になった。
「ウオタミさんもメアリーさんたちみたいに凄く強い人なんですよね?どれくらい強いんですか?」
「いいや…俺はヨネさんやメアリーさん、そして兄貴みたいに強くはない。仲間たちからは腰抜けウオタミと呼ばれてるくらいだからね…」
驚いたことにウオタミには特段飛び抜けた力は無いそうだ。
それどころか仲間からは腰抜けと呼ばれるほど臆病者ものなのだとか。
この人を見る限りとても臆病者には見えないが。
力を宿した眠る獅子と言ったところか。
これと言って特技もないみたいだが、強いて言えば一人で地引き網を行い大量の魚をとることだそうだ。
いや、それだけでも十分凄いと思うが…この世界では大したことではないのであろう。
ユータがウオタミと会話をしているとそこにヨネシゲがやってきた。
「おう、ユータ!いつまで話しているんだ?行くぞ!」
「!!」
お前が言うな!
いつも人を捕まえては延々と長話をしてくるヨネシゲ。
その彼にいつまで話してるんだと言われると凄く腹が立つ。
ヨネシゲのこう言うところは自分勝手だ。
そう思いつつユータは込み上げてくる怒りを押さえつける。
ここは我慢!怒った方の負けだ。
ウオタミに別れを告げユータとヨネシゲはその場を後にした。
ちなみにこのウオタミ…
後にユータの命の恩人となる人物であるが、それはまだ先の話である。
マックスの家は村の外れにあるらしい。
村の中心部から少し離れると民家がちらほらとあるだけだ。
辺り一面が雪に覆われているためわからないが、恐らくこの一帯は田園地帯なのであろう。
そんな殺風景の道をユータとヨネシゲは歩き続ける。
「ヨネさん、本当にマックスさんの家はこっちにあるんですか?」
「ああ、俺の記憶が確かならな!」
この世界はヨネシゲが作り出した空想の世界である。
そうなるとこの世界で彼の知らないことはないはずだ。
今は彼の記憶に頼る他ない。
しかし、本当にここがヨネシゲの空想なのかは疑問が残るが…
「おっ!橋が見えてきたぞ!」
更に歩き続けると小さな橋が見えてきた。
橋の下には小川が流れていた。
その橋が見えるとヨネシゲがはしゃぎ始めた。
ヨネシゲによるとこの橋を渡って少し歩くとマックスの家があるそうだ。
「あの家がそうですか?」
目の前の橋から5分くらい歩いた距離であろうか。
遠くに一軒の家が見えた。
どうやらそこがマックスの家みたいだ。
ようやくゴールが見えほっとするユータ。
そして二人は小さな橋を渡り始めた。
橋の幅は狭く他の人とすれ違うには難しい。
年期も入っており歩く度にギシギシと音がする。
「ヨネさん、この橋大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!壊れはしないさ!」
二人がそんなやり取りをしていると前から一人の少年が走ってきた。
視線を落としこちらを見てはいない。
するとその少年は狭い橋を渡る二人にお構いなしで強引に突っ込んできた。
ドン!
「うわぁ!」
ユータは思わず声が出る。
少年はユータとヨネシゲにぶつかりながら橋を渡り終えた。
そして無言のままその場を走り去ろうとした。
(強引な子供だな!)
ユータは少年の行動に驚きながらも怒りを覚えた。
その時である。
「おう、待ちな…!」
「!!」
ヨネシゲである。
ヨネシゲはドスの効いた声で少年に制止するよう求めた。
すると少年は素直に言うことを聞き足を止めこちらを振り返る。
丸刈り頭にゴリラのような迫力のある顔だった。
見た感じ年齢は12~14歳くらいで身長は140センチほどか…
そして何故か異常に膨れ上がった服が特徴的であった。
「な、なんでしょう…?」
少年は恐る恐るヨネシゲに尋ねる。
「何故俺が呼び止めたかわかるな?」
ヨネシゲがそう言うと少年はハッとした表情をする。
「す、すいません…急いでたもんで…」
「いや、そうじゃねぇ…」
少年が強引に橋を渡ろうとしたことを謝罪するもヨネシゲは納得してないようだ。
そこにユータが割って入る。
「ヨネさん、相手は子供ですしその辺で…」
確かに先程の少年の行動は頭にはくる。
だけど子供相手に怒りをあらわにしても意味がない。
ユータはヨネシゲを宥める。
するとヨネシゲがユータに予想外の言葉をかける。
「ユータ!お前はまだ気付いていないのか!?」
「へっ?」
「ポケットの中を確かめてみろ!」
ユータはヨネシゲに言われるがまま上着のポケットの中を確認する。
するとそこにあるはずの物が無くなっていた。
「マックスさんの財布がない!?」
今自分達がここに居る理由は、あるはずのその財布を持ち主の元に届けるためだ。
しかし、その財布は消えて無くなっていた。
屋敷を出発する前にユータはヨネシゲから財布を預けられた。
ヨネシゲは自称手ぶら主義で物を持ち歩いたりポケットに大きな物を入れるのはあまり好まないらしい。
普段も小銭入れとタバコとライターくらいしか持ち歩かないそうだ。
突然財布が無くなり動揺してるユータを横目にヨネシゲが少年に問う。
「坊や、その右手に隠し持っている物を見せてみな」
「わ、わかったよ…」
誤魔化しきれないと感じたのか少年は大人しく隠し持っていた物をヨネシゲに見せる。
それはユータのポケットから突然消えて無くなったものであった。
「マックスさんの財布だ!」
少年が持っていたのは紛れなくマックスの財布だ。
どうやら先ほどぶつかった際にポケットから抜き取られたみたいだ。
「よく気付いたな…」
少年はヨネシゲを睨み付けながらそう言った。
その表情は悔しさで満ちあふれていた。
自信があったのであろう。
それに対してヨネシゲがすました表情で…
「目を見ればわかるさ…」
「なっ!?」
なんとヨネシゲは一瞬のすれ違いで少年の目を見ただけで財布を狙っていたのがわかったのだと言う。
少年は驚きを隠せない表情だ。
(凄い、ヨネさん!初めて凄いと思った!)
ユータは初めてヨネシゲが凄いと感心した。
「今回は大目に見てやる。さあ、大人しく財布を返してもらおうか」
ヨネシゲは財布を返すよう求める。
しかし、ここで初めて少年が反抗的な態度を見せる。
「嫌だね!」
「何だと?」
少年は財布を返すことを拒んだ。
普通の子供なら大人しく財布を返す場面だ。
大人しく返せば許してもらえる。
それに抵抗したところで相手は大人二人。
勝ち目はない。
だがこの少年は違った。
「財布を返して欲しかったら俺を殺していけよっ!」
「殺すって…おい、落ち着けよ…」
ヨネシゲは驚きつつも落ち着いた口調で少年を説得する。
突然目の前で起きていることにユータはただ見守ることしかできなかった。
「俺はお前を殺したくなんかない。さあ、大人しく財布を返してくれ。それで済むことだ…」
「甘いな…」
「なんだと?」
「そんな甘いことばかり言ってたら何も守れないんだよっ!」
少年はそう吐き捨てると鋭く光る物をポケットから取り出した。
「お、おい!落ち着けよ!」
少年が取り出したのはサバイバルナイフだ。
とても年相応の少年が持っているような代物ではない。
ヨネシゲは少年を落ち着かせようとするが聞く耳を持たない。
少年の目は血走っていた。
「それなら俺がお前らを殺してこの財布を頂いていく!」
「おい!やめるんだ!」
「うおぉぉぉっ!」
少年はナイフを両手で握りヨネシゲ目掛けながら突進して行く。
ヨネシゲどうなる!?
そしてこの少年は一体何者!?
つづく…