第7話 寝ても覚めても
朝日が射し込む屋敷の一室。
その一室のベッドの上で熟睡しているのはユータであった。
ヨネシゲの空想に迷い込んでからの疲労と昨晩の晩餐での酒が効いたのかユータは深い眠りから覚める様子はない。
しかし突然の出来事である。
体が大きく揺れ始めユータは深い眠りから目を覚ます。そしてユータはゆっくりと目を開けると目の前に誰かの顔があった。
始めはぼやけて認識できなかったが徐々にそれが鮮明になる。目の前に現れたのはヨネシゲそっくりの女性の顔であった。
「うおあぁぁぁっ!!」
ユータは思わず悲鳴をあげる。
自分の顔を覗き込むように居たのはヨネシゲの実姉でクラフト三姉妹の長女であるメアリーであった。
「おはよう!起きた?」
「はい、完全に目覚めました……」
「ならよかったわ!」
メアリーは朝食の準備ができたのでユータを起こしに来たようだ。
先ほど感じた力強い揺れはメアリーがユータの体を揺すったときのものだ。
それにしても朝から心臓に悪い。起こしてもらえるのはありがたいが……
(どうせならソフィアさんに起こしてもらいたかった…)
心の中でそう思うユータであった。
「さて、後でまたシゲちゃんを起こさなくちゃ!」
「ヨネさんはまだ起きてないんですか?」
「まだ寝てるわ。きっとキノコ狩りの疲れが溜まってるのね。」
メアリーはヨネシゲを起こしに行ったが目を覚まさなかったそうだ。そしてメアリーはユータに早くリビングに来るよう言うと部屋を後にした。
ユータはベッドから起き上がり、窓から見える景色を見ながら着替え始めた。
「目を覚ましてもやはり何も変わっていない…」
ある日突然ヨネシゲの空想に迷い込んだユータ。もしかしたら自分は長い夢を見ているだけかもしれない……
そう自分に言い聞かせていた。しかし一晩眠り目を覚ましたが状況は何も変わっていなかった。
「本当に俺はヨネさんの空想の中に迷い込んでしまったようだな」
信じられない話だが本当の出来事だ。自分の頬を何回つねったことか。
これから自分はどうすればいいのか。
考えるだけで頭が痛い。だからと言って立ち止まっている訳にはいかない。
元の世界に帰る方法を探さないといけない。
そのためにはこの世界を作り出したヨネシゲの協力が必要不可欠である。きっと帰るためのヒントがあるはずだ。
いつまでも爆睡している暇などない。
「よし!ヨネさんを起こしに行くぞ!」
そう言うとユータは部屋を飛び出しヨネシゲの元へと向かった。
「ヨネさん、入りますよ!」
ユータはそう言いながらヨネシゲの部屋のドアをノックするが、返事を待たないまま中へ入った。
「うっ……」
部屋に入ると鼻をつく匂いがユータを襲う。
部屋の中は酒の匂いで充満しており、呼吸を躊躇いたくなる程だ。よく見るとベッドの下には酒の空き瓶が数本転がっていた。あの後目を覚まし更に酒を飲んだのであろう。
そしてこの部屋の主は耳を塞ぎたくなるような大きな音のイビキをかき爆睡していた。
「呑気な人だ…!」
気持ち良さそうに眠るヨネシゲにイラッとしながらも彼を起こすため体を揺すり始めた。
「ヨネさん!もう朝ですよ!」
声をかけながら体を大きく揺するもヨネシゲは大きいイビキをかき深い眠りから覚める様子はない。それでもユータは諦めず体を揺すり続けた。しかしこの男はしぶとい!
そこでユータはひらめいた。
「揺すってだめなら…」
ペシッ!!
ちょっとくらいなら良いだろうという気持ちでユータは渾身の平手をヨネシゲの顔面に食らわす。
普通に考えたら職場の先輩にそんな事はできない。だが日頃から貴重な昼休みを彼に妨害され、おまけに彼の空想の世界に突然連れて来られてしまった。自分はこの状況に頭を抱えているのに目の前の男は能天気に眠っている……!
ユータはこの鬱憤を晴らさずにはいられなかった。
「ふがっ!?」
「!!」
ユータの平手打ちにヨネシゲは目を覚ます。
(ヤバい!平手打ちしたことが怒られる……!)
ユータの額には冷や汗が流れる。
「ん?ユータか、おはよう……」
「お、おはようございます……」
どうやらユータが平手打ちしたことには気付いていないようである。
ユータは何事もなかったかのようにヨネシゲに話しかける。
「ヨネさん、早く起きて準備してください!」
朝食ら既にできている。そして自分達にはやらなくてはいけないことがある。
今日は現実世界に帰る方法を探さなくてはいけない。
ユータはそう伝えるとヨネシゲもそれを理解しているようですぐに身支度を始めた。
「さあ、朝食は済ませちゃいましょう」
「あ、あぁ…」
ユータは焦っていた。
今日は現実世界に帰る方法を探さないといけない。時間は一分たりとも無駄にはできない。
ユータは着替え終えたヨネシゲをすぐさまリビングへ連れて行こうとする。だがヨネシゲが足を止める。
「ヨネさん?」
「あの、ルイスに会いたいのだ……」
ヨネシゲはルイスに会いたいと言い出した。
昨日は健康でスポーツ万能であるはずの息子が病弱だと知った。エリックからそう聞いたが事実はこの目で確かめたい。
「ヨネさんの息子さんですね、俺も挨拶しないと!」
「じゃあ、一緒に行くか!」
二人は朝食の前にルイスの部屋に立ち寄ることにした。焦っていたユータもヨネシゲの息子がどんな人間なのか気になった。
そして二人はルイスの部屋の前に辿り着く。
「この部屋ですか?」
「俺の記憶が確かならな!」
コンコン…
「ルイス!入るぞ!」
ヨネシゲがドアをノックし呼び掛けると中から高めの声で返事が聞こえた。それを合図に二人は部屋の中に入った。
中に居たのは薄い金色の髪に青い瞳が特徴的の美少年であった。とてもヨネシゲの息子とは思えない。
「父上、おはようございます」
「え?……あぁ、おはよう」
ヨネシゲは動揺していた。
何故なら目の前に居る少年は自分の息子と大きくかけ離れていたからだ。
(この子が俺の息子、ルイスなのか……?)
「そちらの方が、ユータさんですか?」
執事のエリックから話は聞いていたのであろう。
ルイスは目の前に居る青年がユータだとすぐ認識した様子だ。
ユータもすぐに自己紹介を始めた。
「初めまして!ユータ・グリーンです!ヨネさんの板前時代の弟子です」
この世界ではユータはヨネシゲの板前時代の弟子と言うことになっている。
「僕はルイス・クラフトと申します。父がいつもお世話になっております」
「こちらこそ!」
自己紹介が終わるとルイスはヨネシゲの体調を気遣っていた。その姿は正しく父を心配する息子だ。
ヨネシゲもルイスの体調を気遣っていたが、会話はそこそこにして早々にその場を後にする。
「ヨネさん、もういいんですか?」
「あぁ……」
「それにしても綺麗でしっかりした息子さんですね!」
「あれは、俺の息子じゃない……」
ヨネシゲは暗い表情でそう言った。
あっさりと息子ではないと言うヨネシゲにユータは困惑する。そんなユータにヨネシゲは言葉を続ける。
「確かにこの世界ではあの子は俺の息子なのだろう。だが俺の息子はな顔も性格も俺にそっくりでな…」
ヨネシゲの息子は顔も性格も自分そっくり。
男らしい筋肉質な体型。
健康的でスポーツも万能。
喧嘩も強く、女子たちにはモテモテ……
しかし目の前に現れた息子ルイスと名乗る少年は全くの別人であった。
顔はヨネシゲに全く似ておらず、恐らく性格も真逆であろう。
弱々しい小柄な体型、女の子と間違えそうになる外見だ。スポーツもできないほど病弱。もちろん喧嘩などできるはずもなく、女子たちにはモテモテかは不明だが……
ソフィアに関してはヨネシゲの妻そのままで登場している。
しかしクラフト三姉妹に息子ルイスは関してはヨネシゲの知る姉と息子とはかけ離れた存在だ。
別人の家族に囲まれても何も面白くない。
この世界は真の家族と仲間たちと笑いあって暮らせる世界。そんな世界のはずだったのに……
落胆し肩を落とすヨネシゲ。そんなヨネシゲにユータは言葉をかける。
「ヨネさん、この世界が自分の理想だと思わない方がいいですよ!現実世界と同じで何が起こってもおかしくない世界なんです!」
「そうだな。むしろ俺達が置かれているこの状況こそが現実なのだろう」
「帰る方法を探しましょう!」
「おう!」
この世界からの早期脱出を誓った二人は朝食が準備されているリビングへと向かった。
「いただきまーす!」
朝から凄い勢いで朝食を食べるヨネシゲ。
その朝食とはなんと、しょうが焼きだ。
(朝からしょうが焼きとは…)
ユータの表情を察してかソフィアがユータに謝る。
「ユータさん、ごめんなさい…主人の大好物なの」
「いえ!俺は大丈……」
「気にしない気にしない!」
ユータの言葉を遮りヨネシゲがそう言う。
(お前が言うな……!)
この屋敷の食事は専属の料理人が作っているそうだ。
朝からしょうが焼きと聞いて重たいイメージがあった。しかしいざ食べてみると味付けや脂身の量などが考えられていており、お腹の中にスルスルと入っていく。
「ソフィア、姉さんたちは?」
「お姉様たちはもう村へ巡回にいってます」
クラフト三姉妹の主な仕事は村の治安維持だ。
村に王国軍の元将校が居ると言うだけで防犯効果は高い。そのためヨネフト地区で悪さを働くものは非常に少ない。しかしここ最近ヨネフト村付近に盗賊団が現れると言う情報が入っている。
被害を未然に防ぐため三姉妹が兵士を引き連れ警備を強化している。
「それと、お姉様たちに頼むの忘れちゃいましたけど……」
「これは?」
そう言うとソフィアは男物の黒い長財布をヨネシゲに渡した。
「マックスさんの忘れ物です。あなたも村に巡回に行くのでしょ?ついでに届けてくださいな」
ヨネシゲの永遠の相棒マックスは昨晩の晩餐で酔っていたせいか、大事な財布をトイレに落として帰っていた。それを今朝使用人が発見しソフィアの元へ届けられた。
「おう!任せておけ!」
「お願いしますね」
ソフィアはヨネシゲに財布を預けるとリビングを後にした。
ヨネシゲは快くおつかいを引き受けたがユータはあまりよく思っていなかった。何故なら元の世界に帰る方法を探すのに専念したかったからだ。
ユータは怒りを滲ませながらヨネシゲに詰め寄る。
「ヨネさん!俺たちは帰るための方法を探さないと行けないんですよ!?財布なんか届けてる暇なんか……!」
「まあ、落ち着け……」
「!?」
「外に出れば帰るためのヒントを得られるかもしれんぞ?」
なんだ?この落ち着いた大人の余裕は!?
いつものふざけたヨネさんとは思えない。
流石、自分より倍の人生を歩んでいるだけある。
これが大人というやつなのか!?
悔しいが余裕のない自分がまだ子供だと気付かされた。
「あ、ヨネさん…今まともな事言った。」
ユータが思わずこぼした言葉にヨネシゲは反応する。
「な、何だ!?俺がいつもまともな事言ってないみたいじゃないか!大体!ユータだって…!」
ちょっとしたことでムキになるところはやはりヨネシゲである。
朝食を終えたユータとヨネシゲ。
マックスの財布を届けるため屋敷を出発するところだ。
屋敷の外にはソフィアやエリック、多くの使用人や兵士たちが二人を見送るため集まっていた。
「お疲れお疲れ!ちょっくら行ってくるぜ!」
「いってきます!」
「あなた!ユータさん!気を付けてね!」
「ヨネシゲ様、ユータ様。いってらっしゃいませ!」
ヨネシゲは使用人たち一人一人に言葉をかけていく。
ヨネシゲに言葉をかけられた使用人や兵士たちは目をキラキラ輝かせていた。尊敬の眼差しと言ったところか。
(ヨネさん凄いな……)
空想の中とはいえヨネシゲの行動は感心してしまう。
使用人や兵士全員に満面の笑みで言葉をかけている姿は好印象だ。ヨネシゲは彼らにとって理想の主なのかもしれない。
「よし!行くぞ、ユータ!」
「はい!」
皆に挨拶を終えヨネシゲが出発しようとするとエリックが一つ忠告する。
「ご存知の通り最近村の周辺に盗賊団が出現してます。マックス様の大金が入った財布を届けるゆえ十分ご注意ください」
「心配するな!盗賊なんか指一本あれば倒せるさ!」
「流石ヨネシゲ様!」
「帰ったら我々に武術のご指導を!」
「おう!任せろ!」
兵士たちの歓声を背にヨネシゲとユータは屋敷を後にする。
ユータとヨネシゲはマックスの財布を届けにヨネフト村へと向かった。ちょっとしたお散歩気分だ。
しかし……
この時は彼らに多くの試練が待ち受けているなど知る由もなかった……
世界の歯車は少しづつ狂い始めている……
つづく…
豊田楽太郎です。
いつもヨネシゲの記憶を応援していただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!
次のお話からは第2章突入です!
近日公開となります。
お楽しみに!