鈴木ラーメン
「すみませーん!」
田んぼに囲まれた質素なラーメン屋。俺は硬いドアをスライドさせ、大きな声で店員を呼んだ。
「何だよ」
不機嫌丸出しのオヤジがランニング一枚で姿を現した。
「ここで働きたいんですけど・・・」
オヤジは無言で踵を返した。
『アルバイト募集 時給千円 五時間勤務 即日勤務可能者求む 鈴木ラーメン』
雨風に晒されてボロボロになった貼り紙が、そこら中に空しくあったから来てやったのに。 田舎の田んぼのど真ん中にあるラーメン屋が即日勤務可能者求むだって?客なんか一人もいねぇじゃねぇか。
「まず食え」
戻ってきたオヤジが乱暴にラーメンを置いた。ネギとチャーシュー一枚の単純なものだったが、見ると食欲が湧いてきた。
「うめぇなオヤジ!」
「俺が作ったんだからあたりめぇだ」
「これいくらなんだ?」
「五千円だ。食ったんだから払えよ」
「高すぎねぇ?俺そんな持ってねぇよ」
「じゃあ働きな。五時間働きゃあ払える」
「きたねぇぞオヤジ!」
「おめぇ働きたくてここに来たんだろうが!」
鈴木ラーメンでのアルバイトが始まった。俺は客が来たらオヤジが命令する事をやればいいらしい。客が来たらの話だが。
「暇すぎるぜオヤジ・・・何とかしてくれよ」
新聞を大きく広げているオヤジに訴えた。
「時計見てみろ。後三時間の辛抱じゃねぇか」
三時間が過ぎ、結局客はゼロだった。
「時間だ。とっとと帰りな」
追い出された感じで外に出た。訳の分からないオヤジと過ごした五時間。給料も貰えず、ラーメンを食べただけ。
ん?ラッキーじゃないか。結局ラーメンのタダ食いが出来た。
それから毎日、腹が減ったら鈴木ラーメンにバイトに行った。五時間そこに居ればいい。二食欲しかったら十時間居ればいい。暇な俺にはもってこいだ。
気がつけば、俺は一日中鈴木ラーメンに居る様になった。客は未だに一人も来ない。オヤジはと言えば新聞を広げているばかりで、たまに電話が鳴れば店の奥へ行ってすぐに戻ってくるだけだ。
「なぁオヤジ、大丈夫なのかよこの店」
今日も相変わらず新聞を大きく広げているオヤジに訊いてみた。
「客がいねぇのは平和な証拠だ」
「何言ってんだよ。商売にならねぇだろ」
「何の商売だ」
「はぁ?ラーメンに決まってるだろ」
「誰がラーメンの商売をしていると言った」
「だって貼り紙に・・・」
オヤジが、これか、と言って綺麗な貼り紙を俺に手渡した。
『アルバイト募集 時給千円 五時間勤務 即日勤務可能者求む 鈴木ラーメン裏 村交番』
俺が見た貼り紙は、雨風に晒されて鈴木ラーメンから下が破れていた。
「じゃあこの鈴木ラーメンは?」
「俺の店だったが、とうの昔に閉店した。交番勤務になってからは、休憩所として使っている」
オヤジは新聞をたたみ、立ち上がった。
「俺も体力が落ちてきた。手伝いが欲しかったんだが、どうやらこの田舎は俺一人でも大丈夫なくらい平和な様だな」
そう言って店の奥へ行き、しばらくして両手にラーメンを持って帰ってきた。
「食うか?いちおう体力つけとけ。いつ何が起きるかは分からんからな」
「うめぇなオヤジ!」
「俺が作ったんだからあたりめぇだ」