九十一話 番犬、魔女に相談する
パリス「やあ、今日はボクだよ。投稿が遅れてすまないね。よかったら最後まで見ていってくれ」
また幾ばくかの時間が経ち。
「やっほー。ケルベロス。久しぶりだね」
『よう。パリス』
空は曇り模様。少し天気の機嫌も斜めではある中、颯爽と箒に跨ってパリスがやってきた。
今日も背丈と同じぐらいの白衣をたなびかせ、だがスカート周りはなぜかガッチリとしている。魔法か。夢も希望もない……。いや俺には関係ない。
『珍しいな、こっちから入ってくるなんて』
「んー、まあね。気分的にこっちから来ようと思ったんだ」
よかった。また何か新しい薬の実験台にさせられるんじゃないかと少し警戒していたが、杞憂だったか。
「あれ? どうかしたの? 新しい薬いるかい?」
『いらない。そして今ちょうどそのことを考えてたんだ』
「あるよ? いる?」
『いらないって言っただろ……』
薬の話をする時に、こんなに嬉々とした表情で、キャピキャピと語るのはやめてくれ。怖い。純粋に。
……こいつ人の話聞かないな。なんで右手に小瓶持ってんだ。しかもなんか入ってるし。
「えー。せっかくあるんだけどなぁ」
『俺以外で勘弁してくれよ』
これ以上話したら、うっかり飲まされる気がしたので、俺はそのまま地面に突っ伏す。
それを見て察したのか、薬を内ポケットにしまい、パリスが箒を降りた。
俺がおもむろに顔を上げると、先程と同じぐらいの笑みでパリスが言った。
「幹部昇進おめでとう。っていっても、君はそもそも昇進じゃないけれどね」
『そうだな。いわばいきなり幹部だ』
「お手軽そうに聞こえて不思議だなぁ」
知らんな。……お手軽? 仕事をいきなり押し付けられた不運な社畜……いや、なんでもない。
『で、早く戻らなくていいのか?』
「うん。だって僕もう幹部じゃないし、別に忙しくないからね」
ああ、そうだった。こいつの後釜を俺が埋めたのだった。
別に忘れてたわけじゃないが、長く幹部としてのパリスを見ていた分、なかなか受け入れ難い。自分が幹部だという事実含め。
「しかも、今やってる所はアイーダに任せてもいいところだし」
『なるほどな』
……あいつも大変なのかなぁ。なんて考えてみる。その途中で、ふと前にアイーダと遊びに行った時のことを思い出す。
人と犬。そして俺の感情。
……いざ訊こうと思うと、言い出しづらいな。
「それじゃ、ボクはそろそろ行くよ」
『あ、ちょ、ちょっと待ってくれ』
去っていこうとするパリスを引き止める。珍しい俺の行動に、パリスは俺の方を興味深そうに見た。
「へえ、どうしたの?」
……訊くしかない。この薬の制作主にしか、わからないのだろうから。
『……犬から人になった時、この姿の時にはなかった感情が芽生えたのだ』
ああ、頭が真っ白になる。
『アイーダに対して、なんというか、こう……目が離せなくなるというか、気になるというか』
「……ふふっ」
『笑ってくれるな』
気恥しさとむず痒さが募り、俺は思わず身をよじり目を泳がす。
そんな俺に微笑を湛えたまま、パリスは答えてくれた。
「それはいい感情だ。まさか、人化にそんな効果まであるなんてね。いい報告をありがとう。……しかし、ほんとに“恋”なんてするんだねぇ」
恋。
……随分俺も人間臭くなったものだな。
だが否定はできない。
『……自分でも困惑するな』
「あはは。そりゃそうだよ。だって前例ないし。……まあ、獣人とかの亜人が妖精とかに好意を抱くのと同じかもしれないね」
獣人と妖精……なるほど確かに奇妙な組み合わせだ。もちろん俺もそのぐらいおかしいのかもしれないが。
「ま、うちの研究室にでも寄っていこう」
やっぱり楽しそうにそうパリスは俺を招くのだった。
パリス「最後まで読んでくれてありがとう。どうだったかな? いやぁ、興味深いねぇ。いったいどうなるのかが楽しみだよ。ま、次回もよろしくね」