八十二話 番犬、幹部に誘われる
ケルベロス『よう。今日は俺だ。なんだか妙な話になってきたな。とりあえず本編だ。よかったら最後まで見ていってくれよ』
『……俺が? 幹部に?』
唐突な提案に、俺は戸惑う。明確な数字の指定はないが、幹部の席は埋まっていたはずだ。
それに、これまで出会った幹部たちのように、俺は強くもない。
『……無理だろう』
「そういうと思ったわ」
「むしろ、『はいやりたいです』なんて言われてもこっちが驚くよ」
パリスの言う通りだ。驚かせてやるほどのユーモアも、生憎と持ち合わせていない。
……パリス?
『ああ。なるほどわかった。そういうことか』
そういえば、そんな話もしていたな。
『お前、辞めるんだったっけか』
「そうそう。話が早くて助かるよ」
大森林で、リーフとの一件が終わった後、そんな話もしたな。
「それで、跡継ぎを誰に継いでもらおうかと思ってたんだけど、ちょうどいい人材……犬材? がいるじゃないか、と思ってね」
ちょうどいいのか……。
「でもね、ケルベロス。あなた意外とすごいのよ?」
カミラがジト目でいる俺にそう声をかける。
「いろんな幹部とも知り合いだし。私たちからしたら家族みたいなものだし、信頼関係はバッチリだもの。問題は……」
カミラが魔王の方をちらりと見て笑う。
「お父さんが過保護なところぐらいかしら」
「うっ……」
うーん。確かにな。別に悪いことじゃないが鬱陶しくなるからな。
だが、それ以外にも問題がある。
『俺はあいつらほど強くはないぞ』
そう、俺は弱い。あの人間たちを圧倒したマリンにも、ファイアと仲のいいグレンにも、最年少のシクルにも、多重人格のウィンにも、もちろんアイーダにだって遠く及ばない。
そんな俺に務まるわけが無い。
『だから、少し荷が重すぎる』
「そう? あんたなら大丈夫よ。いろいろ便利な能力があるじゃない」
『まあそうだが……』
透明化、巨大化、強化……。確かに面白い能力はある。しかし、それぞれに欠点もあるし、不完全だ。
「でも、私たちはあなたに任せたいのよ」
カミラの厚い信頼が言葉になって押し寄せてくる。カミラだけじゃない。気づけばみんな同じ目をしている。
そこまで信頼されても困る。俺だってまだやると決めた訳では無い。というか、断れない雰囲気になってきた。
そんな中、不安そうな目をする者が一人。
「ううむ。ケルベロスを、幹部にか。……危なくないか? カミラ」
「まだそんなことを言うの? いくら可愛がってるからって、働かないただの犬にしちゃだめよ」
マミー。それは俺の心にダイレクトに来る。ライフポイントが減ってしまう。
……そんな風に思われてたの?
『……ちなみに、どんな仕事があるんだ?』
決して今の言葉が気になったからじゃない。単純にやるとしたらどんな仕事があるのかを気にしただけだ。他に意味は無い。
「まあ、いろいろだ。パリスぐらいになるとさすがにいろいろと忙しそうにしていたがな」
「そんないろいろなんて言われても伝わらないと思うよ」
どれだけ隠したいんだ。パリスがじーっと魔王を見つめる。……魔王も根負けして顔を背けてんじゃないか。
「ま、ボクは研究もあったから忙しかったけど。基本的には地方の様子を見に行ったり、国民の意見を自分のできる範囲で反映していくのさ」
「でも、ケルベロスの場合は忙しくなりそうね。そこらじゅうからもふもふさせてって来るんじゃないの?」
にやにやとアイーダがそう言う。その通りになるだろう。
『まあそれぐらいなら……』
「いいやダメだ!」
魔王が急に声を荒らげる。
シンと一瞬店内が静まる。しかし、酔っ払いたちはすぐにいつもの調子を取り戻し、店内はまた喧騒に包まれた。
だが魔王の表情は緩まない。
「……危険だ。幹部の試練は受けさせられない」
そう静かな声で、ハッキリと告げる。
「あれはやはり、実力が伴ってこそ突破できるものだ」
「あなた一人で決めないでくださいな。なんのための家族会議なのよ」
誰だよ。居酒屋で家族会議しようって言ったやつ。
「……城で行いうべきだったか」
「会議してそのまま食事したいからってここを選んだのは父さんでしょ」
「ぐっ……」
お前か。どれだけポンコツなのだ。一人だけキャラが濃すぎるんだよ。
「でも、ボクはやっぱりどうしても辞めたい。やりたいことが多すぎて、地方に行く時間がないんだ」
「部下の意思を尊重するのがうちのモットーですのよ?」
「そうなんだが……」
魔王がうんうんと唸り出す。いい職場だな。なんて思ってみたりもする。
「……じゃあ、話だけ。まずは話だけをしよう」
ようやく決心がいったのか、魔王がぐいっと飲み物で喉を潤す。
「幹部の試練について、だ。……うー、喋りたくない」
優柔不断すぎるだろ。
ケルベロス『最後まで読んでくれてありがとう。どうだ? 幹部、か……。なかなかの重役だし、知り合いの幹部を見てると、どうも自分に務まる気がしない。次回もよろしくな』




