七十六話 番犬。すごいやつらと遊ぶ
魔王「ん? 今回は俺か。まあよかったら最後まで見ていってくれ」
「アクアってこんな強かったかしら……」
「おい、凶王に油断したからって言い訳するんじゃ無いぞ」
「うー……」
俺の目の前で、正座をさせられたローブを纏った二人がぶつぶつと言葉を交わす。
それにしても、なぜこいつらがここに……。
『……あー、マリン。説明を頼む』
「はぁい。単純なことよ。見つけたから捕まえた!」
『単純明快で結構』
で、なぜこいつらはこんな場所にいるんだ。
あの零雪原以来現れていなかったというのに、なぜいきなり……。
「……お前らすごいな」
ふと俺の隣で魔王がそうこぼす。
「そんな完璧に魔力を隠せるもんなのか」
「あたしたちが未来人である証拠であり、成果よ」
「ほう……」
魔王がそう言って顎をなでる。
というか、完璧に隠せているのにアクアもよく捕まえられたもんだ。俺はアクアの方をチラリと見る。
「思いっきり海水浴してたから楽だったわ!」
いや普通にバカンスに来てんじゃねえかこいつら。
俺は冷たい目を二人に向ける。すると、何が気まずかったのか目をそらしやがった。
「……大丈夫だと思ったのに」
「甘かったな。失敗だ」
認めちゃうのな。もう何も言うまい。
『で、こいつらどうするんだ?』
「どうするも何も……」
マリンが彫りの深い顔に満面の笑みを浮かべる。
「みんなで遊びましょっ!」
―― ―― ―― ―― ――
『――お前らそんなローブ姿で暑くないのか?』
俺は二人に問いかける。
マリンの提案した、折角だし遊ぼう企画。ネーミングセンスの良いやつがこの世界にはいないらしいが、それにしてもよくこいつらも乗ってくれたな。
「暑いわ。でも脱ぐといろいろあるから」
「いろいろ、な」
『なるほどな。まあ事情なんて人それぞれか』
ちなみに、女の方は再確認するがダイア。男の方はルーケルと言うらしい。
未だ素顔も見えないが、まあ遊んでるうちにどうにかなるだろう。
「それにしても、もう秋終盤なんだがな」
『ちょっと寒いよな』
俺は親父とそんな会話をする。
忘れていたが、今はもう秋も終盤にさしかかる肌寒い日々。日陰のない海岸部だからといって、陽の光だけではまだ少し寒い。
「それが問題なのよねぇ」
俺たちの会話を聞いていたのか、何かアクアと準備をしていたらしいマリンが呟く。
「なら、あたしの魔法で気温も操作できるわよ?」
そこで出てきたのがダイア。
気温操作……?
『そんなことができるのか』
「ええ。あたしたちも遊びたいし、夏までぐらいには上げるわよ?」
「じゃ、よろしくお願いするわ!」
「わかったわ」
そう短く答えると、ふっとダイアが全身の力を抜くのを感じた。
まるで大気と、魔力と一体化したかのような集中力と存在感。そして片手を天に向け――
「――《変化》」
手のひらから吹き出る魔力の奔流が、俺たちのいる空間を包み込んだ。
「わあ! すごいわぁ。あたしとアクアでも無理だわぁ」
「えへへ、どうも」
照れくさそうにダイアがそう言って、ルーケルの元に駆け寄る。
……それにしても今、なんと唱えたのだろうか? よく聞き取れなかったが、未来にはこんな技術も生まれているのか。
「急に暑くなった?!」
そう遠くから声が聞こえてくる。その方を見ると、急な温度変化に驚いた様子のアクアが――溶けていた。
「ちょ、そんな魔法使うなら言ってねっ! 溶けちゃうから!」
『と、溶けちゃうのか……』
「正確には蒸発らしいわぁ」
凶王も蒸発するのか……・。なんか、凶王が蒸発するって可愛いな。字面だけだと。実際にはちょっと怖いぐらいまで溶けてる。
「はーい! じゃ、準備も整ったししゅうごー!」
元気な声でアクアが俺たちを呼ぶ。
俺は魔王とともにアクアの元へ向かう。
「……こんな、遊ぶとかも久しぶりだな」
『なんだ。じじいみたいなこと言ってるぞ』
「じじいなんだよなぁ。俺」
おっと、悲しい現実を聞いてしまった。まあ、親父は歴史に残ってるぐらいには長生きしてるからな。この世界の寿命は魔力と比例するらしいし。
「はいはい。魔王様は年甲斐も無く暴れすぎないでねー」
「ぐはっ!」
『マリン。お前容赦ないな……』
自分の上司に毒舌を浴びせた本人にそう言うと、悪戯っぽく笑って背中を向ける。……筋骨隆々の。
「はーい! じゃあ、まずはビーチバレーを行いまーすっ!」
アクアが宙からそう声を掛ける。その隣には――直径二メートルぐらいの巨大な水のボールが。
「……なんかでかくないか?」
「そう? なんでもおっきい方がいいって言わない?」
「言わないと思うわ」
ダイアよ、ルーケルよ。まったくもって同感だ。
いや、あれはでかすぎるな……。
「ま、いいではないか。少しスリルもあっていい」
『いや親父。お前……』
「ほらほら、そんなちっちゃなこと言ってないで、一回やってみましょ?」
そうマリンに促されて、俺たちは作られていた、水のネットが張られたコートに入る。
チームはダイアとルーケル。マリンとアクア。俺と魔王だ。
「じゃあまずは、ダイアチーム対魔王チーム!」
「よしっ! 行くぞ息子!」
『お前めっちゃ張り切ってるな』
「うわぁ、いきなりね」
「ま、楽しもう」
俺たちはそれぞれコートの中に入る。
まず、最初はダイアチームから。
「行くぞ」
ダイアが、重たそうなボールを宙に上げ――手ではじく。
その球は勢いを付けて俺の元へ飛んできた。俺は尻尾に巨大化をかける。
「ケルベロス!」
『任せろ!』
俺は勢いを付けてボールに尻尾をふ――
「ダイアチーム一点!」
向こう側でダイアとルーケルがハイタッチを交わしている。
うつむいている俺に、魔王が一言。
「……ま、まあ、からぶることもあるよな!」
『あああ……恥ずかしい……』
あれだけ意気込んでおいて、まさかの全力空振り。こんな恥ずかしいことがあってたまるだろうか。
すでに戦意を喪失しかけている俺。その隣で、魔王がボールを手に取った。
「じゃ、次魔王チームサーブだよ!」
「ふふふ。我の力、思い知るがいい……!」
魔王が十分な気迫をまとって、ボールを上げる。
「くらえっ! 我のぜんりょ」
パァンッ!
辺りに水が飛び散る。
しばしの沈黙。一番水の被害を受けた、無言の魔王にマリンが一言。
「……だから言ったのよぉ」
俺たちはともに戦意を失った。
魔王「最後まで読んでくれてありがとう。どうだったよ。俺はすげぇテンション下がったな。こんなことがあっていいのか……。ま、まあ、また次回もよろしくな」




