七十四話 番犬。オカマに慣れる
マリン「どうもぉ。今回はあ・た・し♪ あら、好みじゃないかしら? まあいいわ。よかったら本編見ていってね」
「あらぁ? なぁにその微妙な表情」
魔王軍の幹部で最強と呼ばれるマリンが、キリッとした目で俺を覗き込む。
それを必死で視界から排除しながら、俺は魔王に問う。
『……親父』
「なんだ?」
『こ、この変態は一体……?』
「だから、うちの幹部」
改めてそう言われて、俺はゆっくりとマリンの方に顔を向ける。
実は、俺は初めてマリンと会うのだ。なんといったって、人間が来るかもしれないこの絶死海。確率は低くとも、離れることはできないだろう。
だが、それにしても……。
「第一感想、言ってみなさいよぅ」
『……ド迫力だな』
「ありがと♪」
いや褒めてないんだが。なんだこいつ。魔王より変態じゃないか。
俺は改めてマリンの姿を視界にとらえる。
ごつい顔着きと、先ほど美しいと感じたマリンブルーの長い髪はなぜか輝きを失っている。体は鍛えているのか筋肉質で、全身の筋肉が盛り上がっている。……言いたくないが、胸筋もすごい。
そして何より、人魚の証であるあの脚が魚と同じで鱗に覆われていた。しかも、二本ではなく尾びれで歩いているような感じだ。器用だな。
「あたしはあなたのこと聞いてるわよぉ。水の便りでね♪」
風の便りだと思うんだが。というのはなんとか堪え、俺は初めてマリンと目を合わせる。
感想を言おう。今までに見たこと無いぐらいにキラキラしている。
「まあ、いきなりあたしに慣れろって言っても無理だと思うからぁ。だんだんと慣れていって欲しいわぁ♪」
『そ、そうだな』
自覚しているのはありがたい。じゃないとどうやって接して良いのかわからなくなるところだった。
俺は一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「じゃ、まあメンバーは揃ったし、向かうか」
「そうねっ♪」
『……わかった』
俺たちは、魔王の後ろについて進む。俺とマリンは横並びになって、お互い慣れようということで――慣れるのは俺だけだが――他愛のない会話をしていた。
『マリンはどのぐらいここを警備してるんだ?』
「そうねぇ……。もうかれこれ二百年ぐらいかしら」
『そりゃ、俺と会わないのも納得だな』
「納得できないわぁ。だって今まで一度ももふれたこと無いのよ?!」
『そ、そうか……』
またキラキラとした目で俺の方を見ながら熱弁してくるマリン。
なんだろう。すごい申し訳ないが、今のこいつにもふらしてやる度胸はない……。なんか無駄に怖いんだよな。不思議だ。
「そういうあんたこそ、最近大変らしいじゃなぁい?」
『そうだな。凶王と戦うことになったからな』
「凶王ねぇ。あ、あとでアクア様とも会う?」
『そうだな……。会話ぐらいはしたい』
凶王とコミュニケーションをとるのは俺の第一の任務であり使命。昔あったあの未来人たちの言葉を信じるならば、ここでアクアと会わないのは愚鈍の極みだ。
それに、最近凶王に会うとなると少し楽しみなことがある。――果たして、アクアはどんな姿をしているのか。そういえば、リーフは巨大な樹らしい。実物は見ていないがそうウィンが話していた。
「アクア様もいい人よぉ。あたし惚れちゃうわ!」
『そうか。まあ、楽しみにしておこう』
そういえばふと疑問に思ったのだが、凶王に性別というものはあるのだろうか? アイスは完全に女、サンドは男であったが、ファイアやリーフは定かでは無いな。今度聞いておこう。
「よし。着いたぞ」
などと会話をしているうちに、俺たちはいつの間にか見晴らしのいい丘に着いていた。
そこは、真っ白い小高い丘。俺らの眼前には、果てしなく続く広大な青い海と、その奥にうっすらと見える小さな大陸が顔を出していて、後ろを振り向けば、背の低い木々の連なる深緑の森林が広がっている。
「ここが俺のおすすめの観光スポットだ。……昔、カミラと来たことを思い出す」
そうぽつりと魔王がこぼす。
『母さんと来たことがあるのか?』
「ああ。二回目のデートだったか。たまたま見つけてな」
『ほう……』
いい場所を見つけるな。と素直に感心してしまう。果たして、母さんはどんな反応をしたのだろうか。……魔王もどう思ったんだろうか。
柄にも無く想像に浸っていると、マリンが俺に手をかざす。
「じっとしててね? 顔の砂落として上げるから」
『……お手柔らかにお願いします』
何か一瞬嫌な予感が頭の中を横切る。マリンの手が淡く光り――俺の顔面に向けて、勢いよく水が放出される。俺はぎゅっと目をつぶり……。
「はい。終わったわ」
何事も起こらずにマリンがそう言った。
俺は舌で顔に砂が付いていないことを確かめて目を開く。
『……どうやったんだ?』
「あたし、器用なのよ」
『説明になってねえな。だがまあ、お前がすごいってことはわかった。ありがとう』
「どういたしましてぇ♪」
素直にお礼を言うと、マリンが目を細めて笑みを浮かべた。
この短時間で、ずいぶんとこいつにも慣れた。やはり、どんな変態でもわかり合えるらしい。
「ねえ、じゃあお礼の代わりに少しもふらせて欲しいんだけど……」
『ああ、かまわないぞ』
「やったぁ♪ じゃ、遠慮無く」
俺が首筋をさらけ出すと、マリンがぽふりと飛び込んできた。
そして、一言。
「あぁ~……。やべぇ、何これ気持ちいい。……んっ、あぁ……」
瞬間。俺の背筋を悪寒が走った。
……素が出てるんですけどマリンさん。完全におっさんじゃないか……。
俺は終始真顔であった。
マリン「最後まで読んでくれてありがとうとぉ。どうだったかしらぁ? あたし、こんな風に見られてるのねぇ。でも、個性は大事にすべきよ! じゃ、次回もよろしくねぇ」




