中編
あれから、魔界にはそれといった変化もなく、大きな襲撃もなくなった。ミミルも回復し、幹部たちにも被害はない。
そんな中。
「よう、調子はどうだ?」
魔王は、あの新たな妖精の村を訪れていた。
目覚しいほどの復興、いや、新興には驚かされるが、それを眺めるのもまた面白い。
「あら、魔王様。今日も来てくださったのですか?」
「む……。ま、まあな」
美しいピンクの髪をなびかせる妖精族の女王ーーカミラの言葉に、魔王が顔を赤らめながら答える。
なんと、この魔王。ここ最近は二日に一度のペースでここを訪れているのだから驚きだ。何か妙な噂もたっているようだ。
「それにしても、これだけ早く進むとは……。妖精には驚かせられる」
「いえ、違うんですよ。これは、私が強化魔法でみんなの体力や力を上げてあげているだけです」
「ふむ……み、妙なニュアンスだな」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
どこか、奴隷をこき使っているように聞こえたが……いや、そんなことはないのか。うん。きっと違う。などと魔王は思いつつ、話題を変える。
「強化魔法か……。何人ぐらいに掛けているのだ?」
「そうですね。ざっと……」
カミラが、指を折り曲げて数を数え、両手が開いたところで口を開く。
「百人は超えてますね」
「ほう。十人」
「ひとつ桁が違いますわよ」
「おっと。一桁違ったか。なるほど、百人……百人?!」
「以上ですね♪」
瞬間。魔王の体がぐらりと揺れる。そして、なんとか踏みとどまってこめかみに指を当ててもう一つ尋ねる。
「……どれぐらい強化できる?」
「本人の肉体が持つまでです」
「……いくらでも、と?」
「ならば、魔王様にかけて見せましょうか?」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべるカミラを見て、魔王は少し恐怖を感じつつ。
「た、頼む」
「では、参ります」
カミラが、すっと魔王の手を握る。それに少しドキッとしつつ、魔王は流れてくる魔力に身を任せる。
(……ふむ。なるほど、全強化か。それはなかなか……)
などと考えながら、刻々と時はすぎていく。そして、陽がいくつか移動したころ。
「……素晴らしいですね。ここまで注ぎ込めたのは初めてです」
『うむ。俺もだ』
魔王の実力に改めて驚いているところに、魔王がなぜかテレパシーで話しかける。
「どうしたのですか?」
『……なんかだな、喋ったらとんでもないことになる気がする』
「そうですか……では、少し跳んでみてはいかがですか?」
『うむ。そうしよう』
魔王は少し嫌な予感を感じつつも、足に力をーー
「……は?」
思わず出てしまう声。いやだが、それも仕方があるまい。なぜならーー
ーー天龍が、目の前にいたのだから。
空間の狭間に存在すると言われる天龍が、魔王の目をじっと見つめる。
そんな天龍に向かって一言。
「……ど、どうも」
そう言うと、興味を無くしたのか背を向けて去っていった。
そして魔王は考える。
「……うん。幹部に加えよう」
ちなみに、降りてくるまでに一日かかった。
魔王軍の幹部で、最も強い者で、同時に強化をかけることは最大で七十人。そして強化をできる最大値は精々今の一割にも満たないといったところ。
つまり……。
「こ、こんなところに俺の次に強い者がいるとは……」
意味不明な場所に着地した魔王は、腕を組んで夜空を見上げた。
とりあえず、明日また来よう。そう思いながら、魔王は城へと戻った。
ーー ーー ーー ーー ーー
「カミラよ」
次の日。考えていた通りに魔王は妖精の村を訪れていた。すると、昨日とまったく同じ位置にカミラが立っていた。
「あ、やっと帰ってきたのですね」
「ああ。なんか降りるのに一日かかったぞ。天龍の住むあの空間。魔法が使えないらしい。……それより」
魔王は、ずっと不思議に思っていたことを口にする。
「お前……ずっと待っていたのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
違った。
魔王は思わずしゃがみこんで膝に顔を埋める。こんな恥ずかしさ、生まれて初めてだ。と思いながら。
「一生の恥じ……」
「でも、少しは心配してたんですよ?」
「そ、そうか」
まあでも少しでも心配してもらってたのなら、と自分に言い聞かせて、魔王は立ち上がって本題に入る。
「カミラよ。少し相談があるのだが」
「相談ですか?」
「ああ。お前の腕を買っての話だが。ーー魔王軍の幹部にならないか?」
「魔王軍の、幹部に……?」
カミラがその提案に首を傾げる。
魔王は答えをじっと待つが……。
「……それは、どういう?」
カミラ。理解していなかった。
想定外な答えに魔王は思わず唸って、カミラに説明を始める。
「ーーなるほど。すみません。なかなか村には情報が入ってこないので、魔王様の存在は知っていてもそんなことまでは知りませんでした」
「まあ、大森林に入ろうとする輩なんぞいないからな」
そもそも、凶王の領地ではまともに行動できないのだ。それこそ幹部クラスでもないと。
「で、どうだ? よかったら入ってくれないか?」
「それはーー突然私のような者が入ってもいいのでしょうか?」
「ああ。もちろん。俺が推すのだし、何より、お前のような能力を持つ者を放っておくのも勿体ない」
「そうですか……」
ふと口をつぐんで、カミラが村の方を眺める。そして、ゆっくりと見渡した後に魔王に向き直って言った。
「はい。私なんかでよければ、ぜひとも、この大陸を守るために」
その表情はどこか不安げだ。
それを見て、魔王も声をかける。
「……もちろん。女王であるおまえは、こっちを優先してもらっても構わん」
「いえ、魔王様直々の推薦でしょう? 受けない訳には行きませんわ。……それに」
カミラがすっと瞼を閉じて、にこりと笑った。
「彼らのことを、信頼してますから」
「わかった」
そう一言返して、魔王も笑う。
「では、歓迎の宴でもしようか」
「いえ、そんなもの……」
「俺だってお前達に恩があるからな。宴は宴で返させて頂こうか」
「……実は?」
「俺がやりたいだけだ!」
「ふふっ。正直なお方ですね」
翌日の夜。魔王城では盛大な宴が行われた。
新たなる幹部の祝福を祝い、そしてただ楽しむために行われたそれは、実に素晴らしい空間だったそうな。
「マオちゃんや」
そんな空間の中、ふと幹部である鬼族のデイジーが魔王の元へやって来た。
「おう、デイジー。どうした?」
「こりゃ、また良いもん見つけたねぇ」
「まあな」
若々しいく美しい角を生やす容姿からは想像のつかない口調で、デイジーが話しかける。
「……予言でも行くかねぇ」
「ん? 今度は何が出るんだ?」
「まあまあ、待っておれ」
そう言って、デイジーが自分のスキルである《予言》を発動させる。
魔王軍は、この力に何度助けられたことか。と、デイジーが見終わったようで。
「……ふむ」
「どうだ? 何が見えた?」
「そうだねぇ。……要らないことも見えちゃったけど、マオちゃんや」
デイジーが満面の笑みを浮かべる。
「地獄を乗り越えた先に、幸せはあるぞい」
「……意味は教えられないのか?」
「そうだえねぇ。地獄がもっと地獄になるねぇ」
「そ、そうか」
「じゃあのう」
そんな意味深なことを残して、デイジーが去っていく。
地獄のあとに幸せが。
一体どんな意味合いなのかは、その時にならないとわからない。わかるのはデイジーだけだ。
だが……。
「……先がわかるって、いいよな」
少なくとも、心の準備はさせてもらえるのだ。
そして、来るべき地獄を、来るべき幸せを掴みとろう。
「ま、魔王様!」
ふと、魔王の元に一人の妖精がやって来た。
「どうした?」
「か、カミラ様が!」
「ーーカミラが?!」
一体何があったと言うのだろう。大急ぎでカミラを探しーー
「うぇへぇ〜っひっく」
「お酒でベロンベロンなので解毒魔法を!」
「いや俺じゃなくてよくない?! てか酷いなこれ」
見るも無様なほどにべろべろで、床に寝そべるカミラがそこにいた。
見たくないものを見てしまった魔王だった。




