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前編

番犬祭、一本目です。よければ最後までどうぞ。

 魔王という男がいた。彼には、とある伝説がある。


 曰く、彼はこの世に生を受けたその瞬間から――魔法が使えた、と。

 曰く、生まれた瞬間から――浮遊していたと。


 だが、それはただの伝説であり、実際は違う。


 魔王は――生まれてから一日で、魔法を使っていた。


 これは、そんな魔王の若かりし頃のお話。


 ―― ―― ―― ―― ――

 五百年前。ロスト大陸。


「いたぞ! 魔王だ!」

「出やがったな! 今こそ仇を――」


「《刃》」


 そう唱えると、重厚な鎧に身を包んだはぐれ者の騎士二人が不可視の刃に鎧ごと切り裂かれる。

 唱えた本人は――表情をわずかにも変えず、ひょうひょうと佇んでいる。


「……まずいな」


 そう呟くのは、魔の王と呼ばれ、人間達からは恐れられ、魔物からは慕われている魔王。名前は無い。

 このころ、ロスト大陸は人間の住まうホウプ大陸と距離が近く、ロスト大陸ではいつものように戦争が行われていた。

 今回は、魔王自ら調査に出向いたわけだが……。


「まずいな。――俺と戦える人間がいる気配がない」


 ひとまず引き返そうと、魔王は移動をはじめる。

 そして一歩地面に足をつけば――


「お帰りなさいませ、魔王様」

「ん、ただいま」


 そこはもう魔王城。無詠唱でテレポートを使った魔王は当然のように歩いて玉座へとこしを下ろす。

 そして、召使いもいる前で一言。


「あー、つまんねぇ」


 魔王の本心。自分よりも強いものがいないという絶望。


「魔王様。それほどまでに戦いを好みますか?」


 ふとした疑問を召使いが魔王になげかける。

 それに嫌がる気配もみせず、これまた魔王が一言。


「大好きだよ」


 紛れもない本心。魔王は力を持て余していた。

 しかし、実際はそこまで甘くはない。いくら幹部とあれども、数の暴力には勝てないのだが……。


「ま、一騎当千どころか一騎当万だな。俺一人で壊滅させられるっていうのに……。よくもまあ、人間も諦めないもんだ」


 実際、それは事実であり、魔王がひとたび本気を出してしまえば人間など容易く滅ぼせるのだが……。魔王は、特に人間との争いは望んでいない。

 だから、「やられたらやり返す」の精神で、この大陸に進軍してくるやつだけを倒しているわけだが。


「それよりも問題は、アクアの不在だな。あいつ何やってんだ」

「お言葉ですが、凶王アクアは現在冬眠時期でして……」

「凶王に冬眠なんてあんのかよ。ま、あいつは体が水でできてるから、このクソ寒い冬には対応できないってわけか……。まあそれも人間どもの作戦だろうな」


 わざわざ危険を冒してまでアクアの領地である《絶死海》を渡ろうとするような阿呆はいないだろう。まあ、死ぬとわかっていてこの大陸に乗り込んでくる馬鹿はいるわけだが。

 と、バタンと魔王の間の扉が突然開かれた。


「魔王様!」


 それは、とある幹部の側近。

 普段見られない焦りように、魔王も崩していた体勢をただす。


「どうした?」

「妖精の――妖精の森を守っていたミミル様が、瀕死でございます!」

「敵か?」

「はい! 妙なスキルを持つ人間が……」


 全て聞き終わる前に、魔王がすっと立ち上がる。


「妖精の森、か」


 そこは大森林の奥地にある、人間どもには到底たどり着けないような秘境。そんな場所まで到達でき、さらには幹部に瀕死の傷を負わせたとなると――


「少しだけ、期待しよう。《移》」


 瞬間。景色が打って変わってそこは森林のど真ん中になった。

 魔王は、神経を研ぎ澄ませて敵を探知する。すると……。


『きゃああああ!』

『み、ミミル様を守れ!』

『クソッ……ぐあぁっ!』


「見つけた」


 魔王が――地面を蹴った。


「ははは! 雑魚妖精が! 死――」

「死ぬのはお前だ」


 背中に羽の生えた妖精を殺そうとしていた人間を、魔王が背後から殴る。

 すると、なんと死角からのそれをひょいと躱し、魔王から距離をとる。


「……なんだ、もうお出ましかよ」

「ああ、もうお出ましだ。――貴様、名前は」


 魔王は、少しだけ高ぶる気持ちを抑え、男に名前を聞く。

 魔王の攻撃は、手加減していたといえ、到底よけれるものではなかった。だが、それをなしたということは……。


「オノギタロウだ! この女神から貰ったチート能力がありゃ、お前なんて余裕だよ!」


 そう言って、オノギと名乗った男が猛スピードで魔王に襲いかかり――


 その顔面に、魔王が拳をめり込ませた。


「ぶっ――」

「期待外れだ。出直せ」


 そして、そのまま拳の勢いのままにオノギが吹っ飛ばされて宙を舞い、遠く彼方へ消えていったのを見届けて改めて魔王が声をかける。


「大丈夫か? 皆の者」

「え、ええ、ありがとうございます。魔王様」

「おかげで助かりました」

「どうも。ミミルは?」

「ミミル様はこちらです」


 ある男が、そう言って魔王を案内する。通りざまに、何体かの妖精の亡骸を見つけた。

 ――今まで、魔物たちに被害はなかったというのに、これは……。

 魔王はそう思いながら歩く。今まで、幹部に敵うような人間すらいなかったのに、突然現れ、そして意味不明な名前と「チート能力」なるものを持っているとなると……。

 まあ、余裕だったから特に問題はないか。


「こちらです」

「ありがとう」


 などと考えている内に、ひとつの大きめのテントに案内された。住居も軒並み破壊されたようだから、緊急の仮住まいだそうだ。


「ミミル」

「あ……魔王、様」


 テントの中に入ると、一人のディープピンクの美しい髪の女性に回復魔法をかけられている幹部。ミミルが体中に包帯を巻き付けて横たわっていた。


「倒しておいたからな」

「そう、ですか」

「何か他に異常があったのなら今ここで」

「――申し訳ないですが」


 と、魔王に声をかけたのは、回復魔法をかけていた女性。


「今、この方はかなり疲弊なさっています。また後でにしていただけますか」

「……うむ。わかった。ミミル。しっかり療養していてくれ」

「はい。ありがたきお言葉……」


 そうして魔王はテントを出た。

 ただ、ひとつ想定外で、衝撃的だったことがある。


「……あの妖精」


 まさか、あそこまで怒気を含んだ声で命令されるとは……。

 この魔王。初めての体験であった。


「あの」


 と、先ほど聞いた声音で背後から声をかけられ、魔王が少し体をびくつかせる。


「……なんだ」

「あら。少し驚かせてしまいましたか?」


 そんなことはない。

 ――と言いかけたが、なぜかその声は出てこなかった。


「私、妖精族の長を務めています。女王のカミラと申します。先ほどの無礼、お許しください」

「……いや、あれは俺の配慮が足りていなかっただけだ」


 ――その妖精族の女王の、なんと美しいことやら。

 心地よい風に吹かれた髪は見とれるほどにつややかで、その美貌は魔法でもかけられたかのように目が離せなくなる。光すら反射しそうな白い肌に、引き締まった体。


 これが魔王の――初恋、であった。


 魔王はなんとかぎこちない口を動かす。


「ここは、おそらくまだ人間が何人か残っているか、これからやってくることも予想できる。なるべく海岸から遠いところに村を造れ」

「残念ながらそれは不可能です」

「なぜだ?」

「大森林の特徴でございますね。ここは私たちの先祖が長い年月をかけて造りだした、大森林の中の安全地帯。ここ以外に住もうものなら、か弱い私たちではたちまち殺されてしまいます」


 まあ、確かにその通りである。

 妖精族は、下手をしたら低級悪魔よりも脆く、弱い。だからこそこんな大森林の奥地に村を構えているわけだ。


「その問題は大丈夫だ」


 だが、魔王はそう言い切る。

 それを聞いたカミラが、首をかしげた。


「どういうことですか?」

「まあ、待っていろ」


 そう言って、魔王はテレポートをする。

 そして魔力を両手に込め――


「《伐》」


 両手を横に振る。

 すると目の前の木々が――いや、大地ごと木々がなぎ払われ、目の前に広大な更地ができあがった。そしてもう一度魔王は魔力を込める。


「まったく。確かにこれは、大森林も面倒だな。《植》」


 徐々に吸い取られる魔力に悪態をつきながら、魔王は地面に魔力を流し込む。すると、土だけの大地にだんだんと緑が広がっていく。

 あとは、最後の仕上げ。


「《結》」


 目の前の開けた大地が、薄紫色のベールに包まれていく。

 これは、あの妖精族の村の結界をそのまま真似ただけのものだが、その完成度の高さ。


「よし、こんなものだな」


 満足気に手に付いた土を払って、最後に魔方陣を一瞬でかいてまたテレポートを行う。


「準備ができた。この魔方陣に入ってくれ」


 これまた一瞬でかいた魔方陣を指さし、カミラに言う。


「準備? それは一体なんの……」

「一回視察をしてほしくてな。とりあえず頼む」

「……わかりました」


 納得はしていないようだったが、カミラが素直に魔方陣へと足を運ぶ。

 光にのまれたのを確認してから、魔王はテレポートで飛ぶ。


「どうだ? これなら暮らせそうか?」

「……なるほど。準備とはこのことだったのですね。確かにこれならば、私たち全員で暮らせます」


 カミラが魔王の方を向いて、微笑みを浮かべる。


「お礼を言わせてください。本当に、ありがとうございます」

「いや、なんだ。王としての勤めだ。活用してくれ」


 深々と頭を下げられる感覚にどこか照れくさくなりながら、魔王はそう言う。

 王、とは言っても、名ばかりではあるが、こう感謝されるとどこかむずがゆい感情が生まれるようである。


「では、俺は帰ろうか」

「帰ってしまうのですか? よければ、感謝の宴でも開きたいのですが……」


 宴、という言葉が、魔王の鼓膜を震わせた。


「よし、参加しよう」


 宴は魔王の大好物である。いろいろな人と関わり、そして会話ができるその場を何よりも魔王は好いているのだ。

 と、何がおかしかったのか、カミラが口を覆った。


「……どうした?」

「いえ、まさか……ふふっ。――可愛い面もあるのですね」


 可愛い、と言われて魔王は――


「……そ、そうか」


 これまた、どうしようもなく恥ずかしかった。

 何はともあれ、その夜は宴が開催された。魔王は――終始どこか顔が赤かったそうな。 

最後までお読みいただきありがとうございます。本日はあと二本投稿予定です。よければそちらもお願いします。

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