七十一話 パリスに
アイーダ「今回はあたしね。よかったら最後まで見ていってね」
(おい、聞こえたか?)
(聞こえたわね!)
(き、聞こえた)
「まさかはぶっ?!」
(ファイア! 今それはまずいっすよ!)
……なんだか外が騒がしいな。
俺は毛並みにうずまるパリスをちらりと見る。が、気づいていないようだ。
(よし、準備するか)
(なんの?)
「宴やはぶっ?!」
(ファイア! ちょっと黙ってるっすよ!)
(き、凶王の扱い……)
(シクル。それは黙っておこう)
何やら騒がしいなぁ。
ニヤニヤと笑みを浮かべてパリスを見ると……。
なんかもうピクリともしないんだが。
(まあ、労うというのもいいな)
(だよな! じゃ、どうしようか……)
(パリスには研究でいろいろしてもらったからね、あたしが一肌脱ぐわ!)
(わ、私も、パリス殿には世話になったからな)
(うむ。妾もである)
(わいも、ちょっとだけ恩はあるわい)
(そうっすね)
(……俺は迷惑被ってるが……よし、食材余ってるか?)
……いい部下を持ったな。
俺は、そんな思いを込めてパリスの顔に首を擦り付ける。すると……。
「〜〜〜〜っ!」
『うおっ?! ちょ、待て、毛が! 抜ける抜ける!』
照れ隠しにわしゃわしゃするな! めちゃくちゃ抜けるだろうが!
しばらくかなりの量を抜かれた。
「ケルー! パリスー!」
しばらくすると、外からそう声がかかった。
俺はパリスに言う。
『ほら、お呼びだぞ』
「……みたいだね。ちょっと待って、もう少し……」
言われたとおり、しばらくそのままにする。パリスの耳が少しだけ赤かったのは触れないでおこう。
「……よし、行こうか」
『だな』
俺はパリスの後ろについて扉を抜ける。
そこには……。
たくさんの食材と、大きなキャンプファイアーと、炎の光を反射する氷塊と、そしてみんなが待ち構えていた。
その空間は、とても幻想的でーー
「ようし! まずはシクルからだな!」
「わ、私か?!?!」
「なんだよ。一番はやっぱ後輩からだろ?」
「そ、そうなのか……?」
いや、まず俺は突っ込みたい。マトイ。お前が仕切るのな。てっきりアイーダとかかと思ったが……まあいいか。
シクルがもじもじしながらパリスの前に立つ。
「ええと……なんだ。こんな場で少し緊張してるのは許せ」
「許すよ」
「……ちょ、ちょっと、調子が……」
「なんじゃシクル。しっかりせい」
アイスに言われながら、シクルが咳払いをひとつする。
「ええと……。パリス殿には、私が幹部に入りたての時はとても世話になった思い出がある。だから、その……こんな不器用な私を助けてくれてありがとう。幹部を辞めても、どうか仲良くしてくれ」
「ああ。こちらこそ。シクルはいじりがいがあったよ」
「そ、そうなのか?!」
若干ショックを受けているシクルに、少し笑いが起こる。シクルが顔を赤らめながら下がった。
そこからは、みんなが思いの丈をパリスにぶつけた。ファイアはわずかの付き合いを喜び、マトイは俺に人化の薬を渡したことをネタにし、アイス、ファイア、リンは眺めていた。
そして、あと喋ってないのは一人。
「じゃ、最後はアイーダだな」
「そ、そうね」
呼ばれたアイーダがひとつ大きく深呼吸をして、パリスの前に歩みでる。
パリスも少し姿勢をただした。
「……あの、本当に、あと五十年ぐらいで?」
「そうさ。どうしたんだい。そんな風に喋るなんて初めてじゃないから」
「し、仕方ないじゃない!」
アイーダがギュッと服の端を握った。
「パリスは、よくあたしと研究をしたりしてくれたけど、あたしはすごいって言われるけど、全部パリスのおかげなのよ。パリスがいたおかげで作れた薬も、魔法も、技術もいっぱいある。ぱ、パリスは、この魔界でも、すごい、すごいすごくて……」
アイーダがそう言って、俯く。
立ち込める静寂。
「でも!」
顔を上げた彼女の顔は、赤くて、頬を伝う水滴に月光と炎が反射した。
「それよりも! ぱ、パリスはあたしの友達で! ずっと、それこそ、親友で、ずっと、まだ遊んだり、一緒に話ができたりできるって、思ってたのに……」
また俯くアイーダ。パリスも、どこか悲しそうで。
「……でも、今言うのはそういう別れじゃないわ」
笑顔を見せたアイーダが、言葉を続ける。
「まだ! あと五十年でしょ? じゃ、それまで一緒にいるわ! ーーこれからもよろしくね!」
「ーーああ」
震えた声で、パリスが小さく返す。アイーダの影で表情は見て取れない。が、見る必要もないだろう。
「じゃ! こっからはウィンちゃんの出番だよ!」
『なんだ、いたのか』
「いたよ! まったく……」
どこに行ったのかと思ったよ。いたならば安心だ。
「パリス! あたしからも沢山伝えたいことがあるけど、まずはこれ見て! いくよ! アイス、ファイア、リーフ!」
「御意」
「承ったわい!」
「……仕方がないな」
各々が声を出して応答する。ウィンの意識が、リーフのものへと変化する。
「わいに合わせてな!」
ファイアが、宙に夜空を覆うほど大きな炎を広げる。
「わかってると言っておる!」
アイスがそう言って宙の炎を凍らせ、紅く光る氷が出来上がった。
「我も、パリスに恩は少なからずあるだろう」
それを、最後にリーフがーー地面から伸ばした根でアーチを作りながら、砕いた。瞬間。
「……わぁ」
幸運なことに雲ひとつない夜空にかかった緑色のアーチから、幻想的なまでに美しい紅い火の粉とキラキラと光る氷が、視界を彩っていく。
それは、思わず声が出てしまうような、幻想的な光景で。
「よっしゃあ! 宴だあ! パリス、お前から一言!」
マトイの元気な声に、パリスが涙を乱暴に拭って言う。
「本当にーー本当に最っ高さ! ありがとう! みんな!」
震えた声を必死に響かせて、宴は始まった。
俺は静かにパリスに近づく。
「……いい部下を持ったな」
「うん。うん……」
「パリスー! お肉焼けたわ!」
「今行くよ!」
その夜は、きっとパリスの中で忘れられないものになるだろう。
アイーダ「さ、最後まで読んでくれてありがとう……。ちょ、ちょっとまだ余韻が残ってて……」
パリス「まったく。仕方ないなぁ。じゃ、代わりに。こんなに嬉しいことは初めてだったね。本当に、泣いたことも久しぶりだったよ。それと、今回で大森林編が終わりらしい。じゃ、また次回もよろしくね」




