四話 《巨人定食屋》
サブタイトルのセンスが欲しい・・・・・・。
朝。
いつもの時間に起きて、いつも通り遠吠えをし、さて兵隊たちの番だと橋の方を向く。
「よおケル!」
不意に背後から声をかけられる。
そこにいたのは、昨日少しだけ仲良くなったマトイ。
・・・・・・いや、仲良くなったわけじゃないぞ? 毛の処理相手が減るだけだ。
『よお。ケルって誰?』
「いや、お前のことだけど・・・・・・」
俺のこととか言われてもその呼ばれ方に違和感しかないぞ。
「いや、なんかケルべロスってかっこいいけど呼びにくいなーって」
『もうちょっといい呼び方考えろよ』
「いや、あんたの名前って変えにくいんですけど・・・・・・」
『俺の親に言え』
「いや無理無理!」
魔王もいい人だぞ?
『まあいいや。で、なんで来たんだ?』
「いいんすね・・・・・・。いや、また来てもいいですかって言ったじゃないですか」
いや、いいとは言ったけども早すぎやしないか?
『で、何の用だ?』
「いや、特になんもないんすけど・・・・・・」
『じゃあ来るなよ』
「あらま手厳しい!」
はあ。朝から騒がしいな。
そう思っているところに、兵隊たちの足音が聞こえてきた。
「ケルベロス様おはようございます!」
『おーう。おはよー』
「今日もよろしいでしょうか!」
『いいぞー』
いつものやり取り。
そして、首元をさらけ出して・・・・・・。
「失礼します!」
そこに飛び込んでくる。
そういえば、なんか前にこの毛並みは女と子供と老人にしか触らせんとか言ったが、あれは嘘だ。
というか・・・・・・。
『おい。マトイ。どさくさに紛れて一緒に俺の体に抱き着いてくるな。気持ち悪い』
「ええっ! こいつらだけずるい!」
『こいつらはいつも頑張っているからな。その褒美だ褒美』
「お、俺も毛の処理を・・・・・・」
『いや、お前はそれで儲けてるだけだろうが』
俺の毛を持って行くだけでなく、俺の体に触りたいだなんておこがましいやつだ。
「・・・・・・なんか違和感を感じた」
『気のせいだろ』
「ありがとうございました! では!」
『おーう。頑張れよー』
去っていく兵隊たちを見送る。
『・・・・・・どさくさに紛れて最後まで俺の体を堪能しやがって』
「なんか意味が卑猥だよ?!」
卑猥? なんのことだろうか。
「なあ」
『ん?』
「なんか、前ここで売ってた雑誌に”兵隊たちはお肌がキレイ!”とか特集されてたんだけどよお。それってもしかして・・・・・・」
・・・・・・。
なんか、だんだんと自分の体が怖くなってくるんだが。
『三百年も生きているのにまだ自分の体がわかっていないなんて・・・・・・』
「いや、そんなに落ち込む? ・・・・・・そういや、お前の毛で作った毛布を病院に届けたら、普通の二倍くらいの早さで病気が治ったとか・・・・・・」
まじかよ。俺怖い。
グルルルルル・・・・・・。
突然俺の腹が鳴り出す。
そういや、もう三日目だっけか。
「なんだ、腹減ったのか?」
『・・・・・・ああ。俺は飯を食いに行ってくるからな』
「ん? なんだ、飯に行くのか? じゃあよお・・・・・・」
俺を引き留めてこう言う。
「今までの毛の恩もあるし、今日はおごってやるよ。お前も入れるいい店があるんだ」
そう持ち掛けてきた。
『ほんとに大丈夫なのか?』
「大丈夫大丈夫! ・・・・・・たぶん」
おい。今”たぶん”って聞こえたぞ。
「ほら、ここだよ」
半ば無理やり連れてこられて着いたのは、マトイの身長の二、三倍はあるだろうという大きな扉の前。
「《巨人定食屋》だ」
『帰っていいか?』
「待って! せめて中には入ろう!」
必死に呼び止めてくる。
『普通の店はないのか?』
「いや、お前サイズの犬が入れる店なんてここぐらいしかないぞ?」
『やっぱ、城で食べる』
「待って! 俺寂しい!」
どんだけ寂しがりやなんだこいつは。
というか、巨人・・・・・・か。
少し抵抗感が・・・・・・。
「なんだよ。巨人が怖いのか?」
『それはない。・・・・・・が、昔こいつらとはある因縁があってな』
「因縁・・・・・・?」
心配そうにこちらの顔色を窺ってくるマトイ。
「何があったんだ?」
『ものすごいもみくちゃにモフモフされた』
「行こう」
『おい待て』
マトイが颯爽と扉へ向かって歩き出すのを俺は必死にかみついて止める。
「いーじゃんかー! 何気に仲いいんだぞー!」
『やめろ! 無理やり引っ張るんじゃない! ・・・・・・おい! 今ちょっと本気だしただろ!』
一瞬勇者の力で引っ張られた気がする。
「なんだいにいちゃんたち、人の店の前で騒がしい」
フッと大きな影が俺らを包み込む。
恐る恐るそちらを見上げると・・・・・・。
「ジミー!」
「おお、マトイかよ。・・・・・・で、そっちはかの有名な番犬様だな?」
マトイの身長の三倍はある大きな体を持つジミーと呼ばれた巨人の目が俺を捕らえる。
『ど、どうも・・・・・・』
「おうおう。なんで俺は番犬様に怯えられてんだ? ・・・・・・まあいい。入んな」
ガチャリと大きな扉を開け、ジミーが手招きをしてくる。
「よし! 行くか!」
『まじか・・・・・・』
まさか、こんな展開が待ち受けていたとは・・・・・・。
今更やっぱ帰るとか言えないしな。仕方がなく重い足取りで店内に入る。
店内に入ると、巨人サイズのテーブルやイスが立ち並んでいる。
が、まだ誰も人がいない。
「俺らが一番乗りかい?」
「ああ、その通りさ。今飯を用意するから、適当に座って待ってな」
ジミーがそう言い残して厨房へ消えていく。
『お前、やけに仲がいいじゃないか』
高い椅子にジャンプをしようとしているマトイにそう話しかける。
「ん? ああ、何気に俺ここの常連だからな。巨人族のみんなとは結構仲がいいよ・・・・・・っと」
そう言いながら、マトイが一跳びでイスの上に降り立つ。
俺も後に続いて、反対のイスへと跳ぶ。
『メニューとかはないのか?』
「ああ、全部ここの店主。ジミーの気分料理だよ・・・・・・っと」
テーブルの上に飛び移りながらそう話す。
『そうか・・・・・・』
それは少し楽しみだな。
カランカランッ・・・・・・。
と、誰か他の客がやって来たようだ。
「おう。ベルじゃねえか」
「ん? こりゃあまた珍しい先客がいやがる」
ベルと呼ばれた男が俺の隣の席に座る。
というか、なんだかこいつの顔に見覚えがある気が・・・・・・。
「“また”会ったな!」
『ど、どうも・・・・・・』
思い出した。こいつこそが俺が怯えるようになった原因である巨人。ベルだ。
たしか、この前酒臭いこいつが、通りすがりに寝ている俺をつまみあげて手の中で・・・・・・。
・・・・・・思い出すのはやめておこう。
「? なんか俺したか? すごい目で見られてる気がするんだが」
「なんか昔のトラウマがあるんだってよ」
「そうか。そりゃあ大変だな」
いや、お前なんだよ。
「へいお待ち! ・・・・・・っと、ベルも来たのか」
「おうよ」
ジミーが大きなお盆を持ってやって来た。
「今日は山魚の塩焼きだよ!」
俺は目の前に置かれた皿の上を見て絶句した。
「おう! 今日も美味そうじゃねえか!」
「ありがとよ、マトイ」
いや、美味しそうだけどさ・・・・・・うん。だっていい焼き加減にいい匂いなんだけどね?
『・・・・・・俺の何倍あるんだよこれ』
「んー。三倍?」
適当なこと言うなよマトイ。どう見ても六倍はあるわ。
『お前これ食べれるのかよ』
「食べれなきゃ常連になんてならねえよ。この量がちょうどいいんだよ」
そう言って、人間サイズの箸を手に取る。
こいつの胃袋どうなってんだよ。というか、どうやって食べれば・・・・・・。
・・・・・・はぁ。能力使うか。
『流石にこれは能力使わないとと食べれないな』
「ん? 番犬様の能力か。興味があるな」
そう体を乗り出してきたベル。
「どんな能力なんだ?」
『見ればわかるよ』
そう言って、俺はテーブルの上から降りる。
そして、能力を発動する。
体の中の魔力が膨張し、細胞に触れながら駆け巡る。すると、ムクムクと俺の体が大きくなり、隣のベルと同じぐらいの大きさになった。
「お、おお・・・・・・すげぇな・・・・・・マトイは知ってたのか?」
「ん? まあな」
そりゃあ、見せたのはあの事件のときだからな。
ま、俺の能力はこれだけではないが、今はやめておこう。
『じゃ、いただくぞ』
大きな口を広げ、ガブリと一口。
『・・・・・・うまいな』
「だろー? 入って損はなかっただろー?」
マトイがニヤニヤとこちらを見てくる。
どうしよう。今すぐかじりたい。
「お、おお。まさか魚を一口でいく猛者がいるとわな・・・・・・」
『ん? 何か変か?』
「いや、魚って骨がいっぱいあるだろ? ちょうど骨のないところ食べたっぽいけど、気をつけろよ」
骨?
『なあマトイ。魚に骨なんてあるのか?』
「は? あるに決まってんだろ。なんだ、城育ちのお前は知らなかったのか?」
『し、知らなかった・・・・・・』
これで口の中を怪我したら魔王に噛みつきに行こう。
まあ、何はともあれ、この魚はとてつもなくうまい。
『これってどこで捕れるんだ?』
「うーむ。魔力が豊富な山の沼とかにいるんだとよ。・・・・・・ま、勝手に捕りに行くと農業協会に怒られっちまうからな。やめときなよ」
ふむ。そうか・・・・・・食べに行こうと思ったのに。
「へいベル! お待ち!」
と、ベルのもとへジミーがお盆を持って現れる。
「おう! ありがとうよ!」
カランカランッ。
「いらっしゃい!」
「よおジミー。仲間連れてきたぜ」
料理を運んだ直後、新たに三人の巨人が現れる。
「適当に座んな!」
「おうよ!」
カランカランッ。
「よおジミー! 久々に来たぜ!」
「おう! アレックス! よく来たな! 採掘は順調か?」
「もちろん!」
新たに入ってきたのは、周りと比べると違和感のある、小さな四人のドワーフたち。
カランカランッ。
「よう! ジミー! 男臭いこの店に華がやって来たぞ!」
「ベリー! お前も男と変わんねぇよ!」
「何をっ!」
「グハッ!」
「ハハハハハ!」
新たに入ってきた女戦士のような巨人がジミーに飛び蹴りを入れ、暖かい笑いが騒がしく室内を包み込む。
『・・・・・・すごいな。来る全員のことを覚えてんのか』
「ああ、だって、俺だって常連なんて言うけど、今回は一ヶ月ぶりだったんだぜ?」
俺なんて、通りすがる人を二桁覚えているかどうか・・・・・・。
「ま、それで人気なんだろうな。この店も」
巨人どうしのやり取りを遠目に見つめるマトイの目は、少し寂しそうだった。
「じゃ、ジミー。俺らは帰るよ」
「なんだぁ? もう帰っちまうのか?」
「流石にこれ以上は無理かな」
苦笑いをしながらマトイがそう答える。
「ま、また来いよ。いつでも待ってるからな。そっちの番犬様も」
ちらりとこちらを見てそう言う。
なんだか、この四時間ほどでだいぶこいつらの印象も変わったものだ。
・・・・・・まあ、ベルはまた俺をもみくちゃにしようとしたがな。マトイが止めてくれたが。
『・・・・・・ま、気が向いたらまた来るよ』
「おう。ついでに宣伝しといてくれ」
ちゃっかりジミーがそうお願いする。
「じゃあな!」
『ごちそうさま』
「おうよ!」
巨人やドワーフなどがいる騒がしい店をあとにし、俺らは疲れた足取りで石畳の上を歩く。
「どうだったよ」
不意にマトイがそう投げかけてくる。
どうだった・・・・・・ねえ。
『・・・・・・たまには悪くない』
俺は、清々しくそう告げるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか? まったりした雰囲気づくりって難しいなあ・・・・・・。